アイヌの語り部で思い出した在日コリアンのこと
アイヌ工芸の職人の孫娘として旭川で生まれた語り部の彼女は、中学時代に札幌に転校したら、そこの教師は「アイヌ人は毛深い」といって生徒たちを笑わせたうえで、「アイヌというのはもういない。」と言われたという。その偏見と無理解に彼女は深く傷ついた。クラスには自分というアイヌ人がいるのだが、自分は存在しないことにされたのだ。
和人の友達、というか、必然的に札幌での環境では友達はすべて和人になるのだが、祖母の作ったアイヌ工芸品がならぶ自分の家に遊びに来させるわけにはいかない。無知と偏見がどのような形になって自分に帰ってくるか、分からないからだ。さすがに家庭訪問の教師だけは受け入れねばならないため、祖母が作ってきた作品はすべて見えないところに隠したという。おそらく1980年ごろに生まれた彼女にとって、「平成」とはまだそのような時代だったのだ。
私は聞きながら大阪の在日コリアンの同級生、「金田君」が語ってくれたことを思い出した。日本人の友達ができたので、自宅に呼ぼうと思ったけれどキムチ臭いといけないと思い、一週間窓を開けっぱなしにし、朝鮮的なものはすべて押し入れに隠した。さらにトイレに貼ってあった朝鮮総連のチマチョゴリを着た女性のカレンダーを見つけたためごみ箱に捨てた。外に出ると表札に「金田(金)」と民族名も書かれているため「(金)」をガムテープで隠した。
準備万端と思って友達をまっていたら、孫の初めての友達が来ると喜んだおばあさんが台所で朝鮮料理を作ろうとするので「殺すぞ!くそばばあ!」と怒鳴ると、おばあさんは済州の方言で泣き崩れた。こんなところを友達に見られたらたまらないと、結局はうちの前まで来た友達とショッピングセンターに行った、というのだ。
大阪人の金田君はそれを冗談交じりでいうのだが、目の前のアイヌ人の語り部さんは淡々と語る。この事実に気づかなった自分を愧じるとともに、自分を含めた日本社会の人権感覚の低さに今さらながら驚き呆れた。囲炉裏を囲み、話を聞きながらも、目頭をおさえていた。
一億人の「支配者側」に語るための日本語
なお、語り部さんはあいさつ言葉以外すべて日本語で語る。ファノンの言葉を思い出した。
「この言語を身につけることによってしか、母語クレオール語を否定することによってしか、支配者の側に近づくことはできない。」
私は彼女が日本語を話すことを当然としてきたことに気づいた。現に彼女の母語は日本語であり、アイヌ語は教科書で学んだものであろう。現在アイヌ語を母語とする人はおそらく後期高齢者の中でもごくわずかという。だからといって彼女が日本語を母語とするのを当然と考えてよいのだろうか。ファノンたちが母語クレオール語を否定することで支配者(フランス人)に近づき、この植民地主義の矛盾と非人間性をフランス語で世界に向けて発信したように、彼女も母語である日本語で一億人の「支配者側」に語りかけ、この国の人々の認識を変えようとしているのではないかと思うことにした。
民族共生公園で最も心を打ったのは彼女の語り部だったことは言うまでもないが、博物館内の展示にはかき消されているアイヌ人の「声」を語り部の肉声を通じて伝えるという手法も興味深かった。政府は200億円、つまり国民一人当たり170円の税金を使ってなるべく過去の政策を隠そうとするのだが、その隙間をかいくぐり、税金を利用させながらアイヌ人の本当の声が聴けるのがこの語り部コーナーではないかと思えてくる。
最後にウポポイ三つ目の場所に向かうために、このポロト(大きな沼)を離れ、一キロ離れた「慰霊施設」に向かった。
「慰霊施設」とは
実はウポポイの中で、当初私が最も気になっていたのはこの慰霊施設であった。ウポポイ公式HPの「ご利用案内」のタブを開くと、「アイヌ民族博物館」と「民族共生公園」のタブが大きくあり、その下に「ショップ」、「レストラン・フードコート」とならび、最後に「慰霊施設」がある。が、この説明がはっきりしない。
「過去に発掘・収集され、全国各地の大学において保管されていたアイヌ民族の遺骨・副葬品のうち、直ちに返還できないものについてはウポポイに集約されています。
慰霊施設は、アイヌ民族による尊厳ある慰霊の実現を図るとともに、受入体制が整うまでの間の適切な管理を行うための施設です。」
事情を知っている人向けの解説ではあろうが、一般人から見ると「アイヌ人の墓か?」となることだろう。「慰霊」という表現が使われるからには不本意な死を遂げた人なのか、気になるが、それに関してはこう続く。
「アイヌの人々の遺骨やこれに付随する副葬品は、古くから人類学等の分野で研究対象とされてきました。明治中ごろには、日本人の起源をめぐる研究が盛んになり、研究者等によってアイヌの人骨の発掘・収集が行われ、昭和に入っても続けられました。その結果、数カ所の大学等に研究資料等としてアイヌの人骨が保管され、それらの中には、発掘・収集時にアイヌの人々の意に関わらず収集されたものも含まれていたと見られています。」
いかにも奥歯に物が挟まったようなお役所的記述ではあるが、「アイヌの人々の意に関わらず収集された」遺骨とは、ストレートに言えば学者による盗掘である可能性が極めて高い。とはいえ、百聞は一見に如かずである。まずは現場に向かってみた。
1キロ先なのに迷う道
慰霊施設に行くまでのわずか1㎞で、迷ってしまった。しかもルートはアイヌ民族博物館の駐車場から一本道である。矢印も何もないため、3㎞ほど進んでゴルフ場が見えたあたりで何かおかしいと思い、引き返すことにした。帰り道にようやく坂道の途中にそれらしき施設の駐車場を見つけた。大人が四人乗っていて見落としてしまうほどの分かりにくさである。この場所は明らかに来られることを拒んでいる。
そもそも慰霊施設だけを1㎞離れた場所につくる理由はあるのだろうか。答えは一つだけ。ここは政府の財布からでて造られたとはいえ、なるべく多くの人には来てほしくないからだろう。「民族共生象徴空間ウポポイ 〇〇㎞」という表示は道内随所にある。しかし私には新千歳空港からウポポイまでの53㎞よりも、ここから慰霊施設までの1㎞のほうが精神的にははるかに遠かった。
博物館や共生公園では知的なものを求めてやってきた観光客であふれており、駐車場も満車状態だったが、ここはスタッフの車が一台あるだけだ。さらに料金として200円徴収された。
200円の駐車料
広大な草原を歩く。右側にシルバーに光る塔が見える。アイヌ人が祭祀に使う「イクパスイ」の形をしている。「イク」とは酒を飲む。「バスイ」とは箸を表すが、カムイ(神)とアイヌ(人)がつながる際の依り代のようなものだが、天までとどくかのようなこのモニュメントは盗掘されたアイヌ人たちの想いを天に伝えてくれているのだろうか。
ただここにはアイヌ民族博物館のような丁寧な解説はない。解説プレートが一枚あるが、それはなんと例のホームページの文章と一字一句同じであることが後で分かった。文章の後半はこう続く。
「日本政府は、アイヌの人々の遺骨等を巡る経緯や先住民族にその遺骨を返還することが世界的な潮流となっていることに鑑み、関係者の理解 及び協力の下で、アイヌの人々への遺骨等の返還を進め、直ちに返還できない遺骨等についてはウポポイに集約し、アイヌの人々による尊厳 ある慰霊の実現を図るとともに、アイヌの人々による受入体制が整うまでの間の適切な管理を行うことを平成 26 年 6 月に決定しました。」
つまり、他国もやっている「世界的潮流」だから日本も先住民に遺骨返還をする、というこのやる気のなさを隠さない正直さには脱帽である。これではそもそもなぜ明治時代の学者たちがアイヌ人の墓地を盗掘したのかさえもわからないではないか。「俺たちだけじゃない。外国人学者もやっていた。」という発言さえ人類学者の中からでるほどだ。
ここに来る人は観光客ではない。ここはアイヌ人および関係者のための施設のようだ。物見遊山の我々はともかく遺族に対してまで200円の駐車料を課すというのもよい商売だ。200円を惜しむ私もなかなかセコいが、日本政府のセコさの足元にも及ばない自覚はある。
「未来の共生社会の礎」とは?
解説プレートは次のように締めくくっている。
「ここを訪れる多くの方に、このような歴史を理解していただくことが、未来の共生社会の礎となるものと考えます。」
普通はこのあと、「内閣総理大臣 ○○」とか、「北海道知事 ○○」とか「北海道アイヌ協会 ○○」とかが続くものだが、これは誰の責任において語られたものか全くわからないようになっている。誰の発言か伏せなければならないのはなぜなのか気になる。
いや、それ以上に、この最後の文が何を指すのかさえ意味不明だ。「このような歴史を理解していただく」と述べながら、どんな歴史かは全く隠されている。それが「未来の共生社会の礎となる」とはなんのことか?私なりに解釈すると、「このような歴史」=「都合の悪いことは隠蔽する歴史」。「理解していただく」=「こんなものだと思って受け流す」。それによって成し遂げられた共生社会とはいかなるものになろうか。「民族が共生していくには都合の悪いことは見て見ぬふりをすること」という匿名の人物からのメッセージだとすると、これ以上に不気味な「慰霊施設」はない。
約千三百体もの遺骨が眠るコンクリートの墓所に向かい合掌し、浄土真宗の「正信偈」をあげたが、こんなことでは成仏できまいと思いつつ、もやもやした気持ちを残して東に向かった。行先は平取町二風谷である。
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