20年のマッチ&ペアリング経験の結婚相談所

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恋愛の先進国のフランス文学を専攻。人生経験、恋愛経験も豊富な結城邦彦が出会いから結婚まで親身に真摯にサポート!



結婚相手は年収1,000万以上でないと、、、

 

 

女性の中にはこう広言する方もいらっしゃいます。

その気持ちはよくわかります。

誰だって、お金がたくさんあったほうがいいに決まっています。

 

 

もう、かなり昔の話になりますが、男女雇用均等法なんてものができました。

酒屋さんのバイト募集で「男性のアルバイト募集 倉庫業務有り」

こうした募集方法は違法となるようです。

 

 

私の感覚ですと、逆に親切な募集内容に見えてしまいます。

男性には男性向きの、女性には女性向の仕事があるのは自然なことだと思います。

そうしたことを一括りにしてしまうのは、、、なんて思ったりします。

 

 

女性が結婚相手に高収入を希望するのは、よくわかります。

逆に男性が女性に高収入を希望してはおかしいのでしょうか?

逆に主婦ではなくて、主夫とか?

男女雇用均等法とはこう言うことではないのでしょうね?

 

 

女性は出産、育児という大きな役割を担う性です。

その期間、男性は経済力で支えていかなくてはいけません。

そうした意味合いもあって、従来から男性の経済力は必須のものとなっています。

 

 

仲人さんの中には男性の年収350万以上でないと、受付しないとか。

確かに、結婚生活を維持するには最低限の収入が必要です。

でも、こうした数字だけでお相手を選り分けるのもとても寂しい。

 

 

かりに、お見合いしてそのお相手が気に入ったら、そして、その方の年収が低かったとしても、二人で頑張ればいいではないですか!

 

 

好きで愛し合えるその幸せに比べたら、共働きだって、毎日が輝いて幸せになれる筈。

多少、お金が無くたって、愛し合う二人なら、力を合わせて乗り越えて行ける!

山あり谷ありの長い人生をきっと、乗り越えられる!

 

 

お金と結婚するのではない!

あなたが選ぶのは人生のパートナー、人生の伴侶を選ぶのだから。

 

 

それが結婚となるのだと思います。

いい相手がなかなか見つからないのは、どうして?

さて、どうしてだと思いますか?

 

 

何度もお見合いしてもこれぞ!と言う人に巡り会えないのは?

その一番の原因は「あなた」では?

 

 

お互いにプロフィールを見て、写真を見て、その時にお互いにチョイスされているんですよね~

ご自分がチョイスすると同時にお相手からもチョイスされていますから。

 

 

お見合いは釣り合う相手との出会いとも言われています。

要するに、それなりの人はそれなりの人とのお見合いとなります。

 

 

男性目線からすると、美人で可愛くて、スタイルが良くて、性格も良くて、そんな条件を併せ持った女性は普通に考えれば、モテモテですから、競争力も激しくて並みの男性では勝ち目はありません。

 

 

そうした女性は3高の男性を視野に入れています。

身長も170cm以上、有名大学卒、

そして、職業も医者、弁護士、会社役員、経営者などなど。

 

 

ただ、幸福は経済力が全てではありません。

極端に収入が低い場合には問題があるかもしれませんが、世間一般を見てみても、普通の人が普通に幸福に暮らしているのではないでしょうか。

 

 

それは男性目線から考えたら、美人で可愛くて、、、がいいのは当たり前。

女性目線ではイケメンで経済力があって、誰もが知ってる有名大学卒がいい。

 

 

人それぞれ。

育った環境も違います。

あなたが、いろんな意味で好条件を持っているなら、見合う相手を探せば良いと思います。

でも、そうでなかったら、自然体で釣り合うお相手を探したほうが早いと思います。

 

 

結局、いい条件ばかりをいくら探しても、それに見合う条件をご自分が持っていなければ、空振りに終わるだけ。

 

 

いいお相手とは、ご自分と釣り合う人。

気持ちが自然に通い合う人。

自然体でいられる人です。

 

 

もちろん、必要最低限の経済力は必要なのは当たり前ですが、お互いに10人並でいいのではないのでしょうか。

 

 

あなたはイケメンですか?

あなたは美人ですか?

 

 

辺りを見回しても、めったにそんな人はいません。

イケメンでなくても、美人でなくても、それは幸福の絶対条件ではなく、一部に過ぎません。

そうでなくても、みんなそれなりに幸福に暮らしていけます。

 

 

いいお相手とは、ご自分と釣り合う人。

気持ちが自然に通い合う人。

自然体でいられる人。

 

 

それこそが幸福の第一条件ではないかと思います。

 

こんな夢を見たことはありませんか?

 

 

19歳の夏。

そして、恋人は20歳でした。

 

 

彼女のアパートに向かって歩いていると、我慢できなくなって、走り始めると、道は滑走路となって、ぐんぐんスピードも速くなり、すぐに空を飛べるまでになりました。

 

 

やがて、遠くに彼女の部屋のピンクのカーテンが見えてきました。

私は着陸し、部屋のドアをノックしました。

 

 

甘い風が舞い始め、彼女の笑顔が目の前に、、、

 

 

その時の気持ちはどう表現したらいいのか、、、

世界は新たに生まれ変わり、光に満ち溢れ、甘い風の香りに包まれて、

カーテンの隙間から覗く、輝く緑の梢が光の信号のように煌いていた。

 

 

今でも、夏のある朝にふと目覚めたら、19の夏に戻っているのではないか?

この今の現実が夢なのではないか?

 

 

そんな気がしてしまうこともあります。

どちらが本当の現実で、どちらが夢なのか?

そんな想いに駆られることはないでしょうか?

 

 

この現実が夢のような、そんなお相手が目の前に現れたら、、、

それは長い夢の始まりになるかも知れません。

 

 

 

「無償の愛」と言う言葉があります。

何やら宗教っぽい感じですが、そうではなく、私が思い浮かべるのは親子の愛情です。

この親子の愛情はこれに当てはまるのではないかと思います。

 

 

考えてみると、親は子供の成長を長年に渡って見守っていきます。

ただ、想うことは子供の幸福だけです。

子供の幸福がそのまま親の幸福となります。

 

 

これが、男女の関係となるとそう簡単にはいきません。

男性が女性を見るときには、どうしても容姿から入っていきます。

これは本能的にそうなってしまいます。

また、女性から男性を見るときには真っ先に年収になります。

 

 

ですから、好きになれる人には愛情が芽生えますが、タイプでない人には愛情は注げません。

 

 

でも、親は産まれた子供には深い愛情を注ぎます。

そこには、容姿で愛情をかける、かけないの選択はありません。

 

 

また、好きで一緒になったとしても、浮気や離婚もあります。

でも、親が他の子供に自分の子供より愛情をかけたり、ましては、子供と別れることなんかはありません。

 

 

どうしてでしょう?

男と女の関係では何故、このような「無償の愛」が育みにくいのでしょうか?

 

 

あなたはどう思いますか?

今年の桜は長く咲きましたね。

 

 

先日、私は靖国神社に行きました。

桜もちょうど見頃でした。

でも、寒かったですね。

 

 

いつも感じることですが、遊就館に向かう手前の鳥居をくぐった瞬間に世界がハッキリと変わるのを感じます。

英霊たちの透き通った、凛とした世界が肌に触れました。

大げさかも知れませんが、いつも、そうした印象を受けます。

そして、そうした人々のことを、いつも忘れてはいけないと自戒しています。

 

 

しかし、世は春です。

境内のベンチではあちら、こちらに笑顔の二人が焼きそばやらを手にし、ビールを飲みながら楽しげに話しています。

こんなとき、にぎやかな出店を眺めるのも楽しいものです。

私も適当な所に陣取って、缶チューハイを飲みながら、心穏やかに頭上に枝を広げている桜を見ていました。

 

 

「散る桜 残る桜も 散る桜」

 

 

ふと、良寛の言葉がよぎります。

 

 

「いつも、謙虚な気持ちを持つことができたら、それこそ、どんな試練がでも乗り越えていけるのではないか?」

 

 

良寛の言葉に触発されたのか、ふと、そんな想いが脳裏をよぎりました。

 

 

目の前では、彼女らしき人が出店から、おつまみを買って彼に渡しています。

それを彼が嬉しそうに受け取ります。

その様子が何か微笑ましく、可愛らしく感じます。

その二人は幸せのオーラに包まれています。

 

 

そうした、姿を見ている私も、オーラの余波で幸せな気持ちになりました。

 

 

人生は長いかも知れませんが、こうした二人のようなショートストーリーの幸せの積み重ねが、結果的に幸福な人生を形作るのだな、なんて思ったりします。