私は中学校のときに国語の授業で詩を書く授業がありました。
そのときに私の書いた詩がなんだかとてもよくて、自分で気に入っていました。
その授業では匿名でクラス全員の詩を先生が読み上げるというものでした。
今思うと変わったことしてるなと思います。
いろんな詩が読まれていて普段授業は寝る時間だった私も、自分の詩がどんな評価されるか気になって寝ませんでした。
そしてついに自分の詩が読み上げられるときが着ました。
題名を言われたときドキドキする高揚感が今でも忘れません。
初恋の人に告白するようなドキドキだったようにも思えます。
読んでいるときに自分だとアピールする人もいたのですが、私はそれが嫌で必死に自分ではないフリをして聞いていました。
内容は昼間空を見上げて、そのとき思ったことを春夏秋冬で4つに区切ったこと。
当然起承転結にして、冬で締めました。
春の頃はこれから一年が始まる期待と不安をイメージさせて
夏の頃はビールを片手に見上げる空のゆったりとしたイメージを
秋の頃はそんな2つの季節を越えて成長した自分に思いを耽り
冬は・・・・なんだかよく覚えていないが結構かっこいいことを言った気がします。
私の詩が終わるとクラスメイトからいろんな声が上がりました。
中学生でビールとは何事だ!?とか、大人になったらこういう時間がとりたい!!とか・・・。
クラスでちょっと不良ぶってる子がそんな評価でしたね。
女子からは素敵みたいなことも言われた記憶があります。
でもビールのことは意見が分かれてましたw
とりあえずクラスで一番いい評価を受けた私は嬉しいと思うよりも顔真っ赤で恥ずかしさを必死にこらえていました。
こうなることがわかっていたため、その授業は他の人の詩の評価は一切せず自分のときも何も言わなかったです。
しかし、先生が目でなんとなく合図をしたので字でばれてるんだろうなと思いました。
そんなこんなで書き上げた詩は今でももう一度見たいと思っています。
世間一般の人も意外とそういう経験あるんじゃないかなぁ?
授業で嫌々作った作文や論文もこんな年になるとまた見てみたいと思うのは不思議なものです。
もし見たら同じ思いを今でもしていられるか気になるところです。
私はこの詩を書いたときから本当に一人で空を数時間見上げてることが多かったです。
中学校1年のときは家の近くの山に登り草原で寝転がり一人空を眺めていました。
風が心地よく、雲の流れを見ていると色んな形に見えて想像力が膨らみます。
目が青に慣れていく数時間。
気がつくと寝たりもしてましたねw
起きてみると夕暮れになり、豆腐屋さんのラッパの音が聞こえて帰ろうと思ってました。
家路に着くときには近所の小学生がお母さんに手をひかれている風景がみられました。
子供をよそに井戸端会議しているお母さん連中もいました。
ある家からはカレーの匂いがあり、ある家からは煮物の匂いがあり、「ただいま~」の声があちこちから聞こえていました。
そうなると自分も家に帰るとおいしい料理が待ってるかなと楽しみにしたものです。
寝転びながら空を見る生活はその後、高校、大学、働いても続きました。
いつの空も違って見えます。
地球の歴史からしたら私が生きている時間なんてほんの一瞬、何にも変わりのない地球にみえるたけどどうなんでしょうね。
サーフィンしている人ならわかると思いますが、波待ちしている時間が楽しいのと同じようなものですね。
そしていつしか外で寝転んで空を見上げることをやめてしまった私は、何か大切なものを失った気がします。
またそんな時間が持てるようにしたいものですね。

