竹野山浄福寺の近未来仏教ブログ ~親鸞・唯識・臨床哲学・臨床心理学・臨床仏教・そして愛~

~このブログの目的は、愚鈍にして迂闊な未熟僧である私が、いかにして仏(ぶつ)になっていくのかを探究することにある。同時に、仏になりきれない、自分自身を見つめ続ける旅になるであろう~


3つの誓い

軟弱な仏教との決別!難解な仏道を説き、考察する硬派(ハード)な研究を目指します。

②自分に甘く、他人に厳しく! …最低な自分!

愚鈍な人、集まれ!


「近未来」の仏への道(方法)として私が選択するもの。


それが、近未来仏教 =臨床仏教の世界です!!


【心理療法概論】―現代に通用しうる(「効く」)心理療法を解説します―


認知療法行動療法論理療法森田療法内観療法


フロイト流の古典療法との決別をした最新の智慧との対話。

どんどん対話していきます。


モクモクと文献を読むことによって、もたもた仏智に触れていくことが、私の仕事であると考えています。


ときどき道に迷ったり、だれかが仕掛けた落とし穴に落ちたり、ポカンとしたりすることがあろうかと思いますが、よろしくお願いしますm(__)m



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―こんなものもあります―

鳥の両翼のように、学問の道と修行の道は相俟って成立するものです。


以下の二つの道で、覚りへの門をくぐりぬけて下さい。


【仏教を学ぶ】―学者への道から転落した愚僧によるルサンチマンに満ちた解説―


 ドンッ竹野山浄福寺版浄土真宗重要用語虎の巻  

(似非学者だからこそ理解できる!!難解な仏教用語を、難解なままに、平易に説く!!絶対矛盾的自己同一)


【仏教を「使う」】―前衛的応用仏教学―


 ドンッ臨床仏教的地獄一定セラピー修行の門  (修行の道!)


【おまけ】

  NEW認知行動療法を受診できる病院一覧


【反吐がでるほどの自己愛!!!】

祝!ルサンチマンと自己愛に満ちた論文が新潟親鸞学会研究紀要第8集 に掲載されました。……また嫌われるな。概ねこのブログで書いたものをまとめた内容になっています。論文は「現代心理学者における仏教受容の諸相」。


〔付記〕また、しつこく新潟親鸞学会研究紀要第9集にも投稿。「現代心理学諸派における凡夫の概念とその超克」。2012.8.20

$竹野山浄福寺の近未来仏教 ~親鸞・唯識・臨床哲学・臨床心理学・臨床仏教・そして愛~-新潟親鸞学会紀要


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2018-01-14 01:24:47

精神・身体・酒・シュトーレン・パン

テーマ:仏教とは?

▲2015年に勤め先寺院の親鸞750回御遠忌があり、忙しくてまったくブログを放置して3年ぶりにログインした。

怪しいコメントとかがぎっしりたまっていて、嫌だな~とか思う。宗教は根深いし、メンタルヘルスも根深いし、やばい世界だなと思う。

人間はそれほど単純ではないということで、かえってそれが救いになったりしたりするかもしれない。

たまに更新したらどうなるのかと思って更新してみた。

 

▲今の関心は身体にあるので、今年のボーナスでサンドバッグを購入した。去年の夏のボーナスはブルワーカーを購入した。「まったく簡単だ」。酒の量が増えたので、ワタナベオイスターを飲んでいる。ヘパリーゼより10倍高いが10倍効く。

 

▲身体についての関心。ボディワークはやばい分野だ。ロルフィングやフェルデンクライスはやばい。浄土真宗的には「静坐」。ニューヨークで布教している名倉幹先生から教えてもらったが自力じゃないのか?やるけど。田舎は不便だ。埼玉の弟にロルフィングを教えてやったらさっそく腰痛を治した。埼玉とはいえどもさすが関東だ。車で30分のところに先生がいるって。私は高速で2時間かけて受けに行かねばならないし、県内に1人しか先生がいない。悔しい。

 

▲去年はオリジナルのシュトーレンやパンをつくった。パン屋さんは美人で私は死にそうだ。

 

 


2015-02-11 22:22:31

愚僧食道楽@饅頭と仏法

テーマ:ブログ(瑣末事あらため重大事)
前回の記事で紹介したように愚僧の勤め先の寺院の五十年に一度の法要を記念した饅頭もとい焼菓子が完成した。その名も「越佐の国 なむの里」。

饅頭のすごいところは、「おみやげ」として消費されるということである。つまり、愚僧⇒菓子屋⇒客⇒客の知人といった具合に、最低でも三段階の伝達が行われているのであり、形のない仏法が饅頭に形を変え、四方八方に広まっていくのである。

越後の老舗つるがやさんは、この饅頭もとい焼菓子「なむの里」を創作していただくにあたり、何度も試作品を作ってくださり、綿密な話合いもしていただいた。アツい仏法論議が交わされた日もあった。試作品がボツになり、涙を流した日もあった…。

最近愚僧はたくましくなり、めっきりB・F・スキナー由来の行動主義者になってしまったので、「仏教の理屈とか、ごちゃごちゃうるせー!」という気分に酔っており、とにかく饅頭もとい焼菓子に狂っている。
ちなみにこの饅頭のいいところは、含蓄があるのみならず「美味しい」ところです。なお、行動主義だけでなく身体論にも興味をもってきたので、こんど余裕あればまたブログを書きます。

関連記事はこちら
■愚僧食道楽@カレーラーメン
■行動療法・行動主義について
2015-02-03 22:51:16

ついに、できた‥

テーマ:ブログ(瑣末事あらため重大事)
ついに、まんじゅうができた。正確に言うと、焼き菓子であるが。

2014-05-05 13:29:43

仏教と東洋医学~漢方(抑肝散)・鍼灸・整体~

テーマ:仏教とは?
半年ぶりの更新である。何が忙しいかって、来年2015年に愚僧の勤め先の寺院で親鸞の七百五十回御遠忌法要が勤まるので、それに向けた会議や行事が目白押しで、死にそうなのである。GWは今日一日だけ休みがとれたので、これを機に更新する。次にいつ更新することができるか解らぬので、少し冗長になるかもしれぬ。

愚僧は先日、大変忙しい中を、子ども会の巡回で曽我量深の実家の本坊で、「仏教聞いたら幸せになれるか」という内容で子ども対象の法話をした(愚僧は子どもが大嫌いだから、ヤレヤレという感じである)。

曽我量深

子どもに、清沢満之の生涯を話した。在家から学費のために僧侶になり、一生懸命修行したせいで肺結核となり、妻と子ども2人に結核をうつして先立たれ、婿養子として冷たい目で見られ、門徒さんからも冷たい目で見られ、41歳という短命に終わった満之。「仏教を一生懸命勉強した人間が、こんなになるんや。どうや、仏教聞いたら、幸せになれるんか?」と子供たちに凄む愚僧(実際は流暢な標準語です)。静まり返る堂内……。

さて、枕はこの程度にして、本年も、5月25日(日)北西憲二先生(森田療法研究所所長)に勤め先の寺院でお話していただくことになった。詳しくはHPを参照していただきたいが、昨年の公開講座の質疑応答で、一番盛り上がった(?)話題。「森田療法をやったら、薬はいりませんか?」もしくは「森田療法を行っていて、同時に薬を飲んでもいいですか?」切実な問題である。

北西先生は、理想は薬をやめることであるが、状況的にSSRI等の薬を飲むことが必要な場合があると結論された。質疑応答の時間にも制限があったのでそれ以上は語られなかったが、本年はそのことに関してもう少しお聞きしてみたい。

愚僧としては非常に面白い話題なので、このことについて徒然なるままに記す。行動療法の原井宏明先生は、薬を行動的に調整していくことが、そのままエクスポージャー(曝露)に繋がるとして、行動療法的な薬との付き合い方を提示している。これはある意味で西洋的な考えである。

森田療法は東洋的な心身一元論に立つ(過去の記事参照)。愚僧は学生時代「東洋哲学」を無為に学んだため、このことに関して、東洋的な視点から論じたい。江戸時代の漢方医に後藤艮山(ごとうごんざん)(1659~1733)があり、百病は一気の留滞からおこるという「一気留滞説(いっきりゅうたいせつ)」を立てたことで有名である。愚僧は浄土真宗であるので、すべての煩悩は南無阿弥陀仏の留滞からおこるという「南無阿弥陀仏留滞説」に立っているが(たぶんこの言葉は世界で初めて、今、愚僧が発明した!)、ある意味で「気」ということに還元してすべてを俯瞰してみると、いろいろなことに気づいたりする。

デカルトの心身二元論は、今日の西洋的な価値観の行き詰まりの原因であると認められつつあるが、確かに西洋医学は、うつ病や統合失調症や強迫性障害や不安障害などについて決定的な効果を示すことができていない。それは「心」という見えないものを仮定して、それに効く薬を開発しようとしているのだから、幽霊退治みたいなもので、心の分野に関しては、西洋の薬は苦戦している。一方、東洋的な考えは心身一元論であり、目に見えない「心」よりも、目に見える「身」を重視してきた。「身」が楽になれば、「心」も必然的に楽になる。後藤艮山の思想からすれば、身における「気」の留滞を治せば、心も楽になるはずである。

漢方薬は基本的には「身」に重点をおいて考えられているので、心の分野においては、西洋の薬よりも効果は甚だしい。試みに「抑肝散(よくかんさん)」で検索していただくと、認知症の症状を和らげる効果や各種の精神症状にかなりの効果があることがみえる(!)。漢方学者が抑肝散に含まれる生薬について分析して、「抑肝散の口訣は、気の異常、瘀血、水毒。釣藤鈎というのは鎮静、鎮痙効果である。柴胡というのが胸から脇、胸脇の熱証で、当帰、川芎は駆瘀血。白朮・茯苓は水毒に効く。要するに鎮静プラス熱証プラス瘀血、水毒、怒りやすい、怒りっぽい、不眠症、性急、いらいらしている、そういう肝気が亢進しているような興奮、四肢の痙攣。」(水嶋文雄『漢方治療の診断と実践』)と説明されるように、気や水や血というような身体に属するものを治療の対象とすることで、心を治療していく。

南無阿弥陀仏

また、「気が留滞」するということで、鍼灸について考える者も多いかもしれぬ。心理療法にもTFTやEFT(以前若干記したこともあるが、効果が不明瞭なのであまり取り上げていない)という鍼灸に影響を受けたものも開発されてきているが、愚僧の考えでは、「気の留滞」ということでは、局所的な鍼灸治療よりも、曲がっている骨格を無理やり「バキバキ(ギャー!)」と矯正してしまう整体が一番てっとりばやいのではないかと思う。気もぐんぐん流れる。

そして、仏教徒としては「南無阿弥陀仏留滞説」である。最後の最後では、健康を求める心が「死」を目前にして、気の留滞を必ずひき起こしていく。仏教を学んでいた曇鸞(どんらん)が、「病が治らなければ救われない」という思いこみで、仙経を求めたが、菩提流支に一喝された。ちなみに仙経とは陶弘景の註釈した『神農本草経』という漢方の聖典だった。今では仙経もamazonで3,240円で購入できる時代である……素晴らしい時代になった。

清沢満之

曇鸞が一喝されたのは、「病が治らなければ、救われないならば、お前は救われないよ!」ということだったのであろう。曇鸞はここで真の意味で仏教に帰依することになる。冒頭の清沢満之にもどる。一見すると悲惨としか思えないような人生であるが、清沢満之は救われたのか?

――救われたのです!死を現前にして、南無阿弥陀仏という妙薬を口に含んで……。
今回は特に、東洋医学と仏教ということで、大長編となりました。

◆関連記事はこちら
仏教とこころの病【総論】
森田療法の心身一元論
清沢満之のはなし
曇鸞のはなし
2013-11-23 12:21:24

認知行動療法都市としての千葉県

テーマ:臨床仏教とは?
『認知行動療法のすべてがわかる本』(講談社)に千葉大学の「認知行動療法士トレーニングコース」の取り組みが紹介されていたので、ホームページを訪ねてみた。そこには主に千葉県内を中心に「認知行動療法が受けられる病院・機関」が列挙されており、千葉が認知行動療法都市と化していることに驚きを感じ得なかった(おぉ…)。

愚僧は地方在住なので、県内に大きな病院は大学病院しかなく、多くの県民はその弊害を感じているが……(まさに白い巨塔)。

【参考】大学病院には、診療科ごとに「医局」と呼ばれる組織、そして教育研究を行う大学医学部には「講座」という組織がそれぞれあります。国内の大学のほとんどは、講座のトップである教授が診療科のトップも兼ね、絶大な権力を握る「医局講座制」という構造になっています。医局講座制は、その頂点に君臨する教授以下、准教授、講師、助教らが続くピラミッド型の権力構造になっています。大学病院は、地域医療を担う医療機関に医師を派遣している「関連病院」を持っていますが、何処に誰を何年派遣するかは全て教授のさじ加減一つで決まるのです。また研究費の使い道なども教授決めることができます。(孤高のメスファンサイトより)

『白い巨塔』は大学病院の腐敗を描いたが、反対に大学病院が最先端の教育を施すと、末端の関連病院に訓練を受けた医師が派遣され、最新医療がいきわたるのである。本当に感心した。

千葉認知行動療法サイト内の「認知行動療法が受けられる病院・機関」

関連記事はこちら
認知行動療法を受診できる病院について①
認知行動療法を受診できる病院について②
デビッド・バーンズの今昔物語
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