「白羽扇三軍を指揮して、その中を守る。中扇といふもまた宜なるかな。功名を収取して退くは天の道なり。」


 岩付に城を築いた正等は、白い鳥の羽で作った扇を持って三軍を指揮して領内を守った。  岩付城には、中に白い羽扇をを持った強い武将が居て手強いぞとか、或いは安全だぞと、誰云うとなく「中扇」が岩付のニックネームになったが、それも尤もだと書かれています。

 正等は或る程度名を上げ実績を上げた処で、頃合い良く隠居したようで、玉隠は、それは天の道に叶っていると賛同しています。

    

  ここでは、押さえておくべき重要な事が二つあります。


 先ずは、正等が白羽扇に特別の愛着を持っていて、正等のトレード・マークのように知れ渡っていた事です。 白羽扇の武将・戦略家と言えばピント来る方も多いと思います。 中国の三国志で有名な諸葛孔明が

知られる処です。 つまり、正等は当時の武州周辺の諸葛孔明を自負する程のビッグネームの武将という事が判るのです。

 次には、正等が死亡して家督を譲ったのでは無い事です。隠退後も相応の力を発揮しながら、悠々自適の日々であった筈です。