チカノミチ


オフグリッドで暮らしてみると
オフグリッドに生きてみると
いままでいた世界がとても窮屈で退屈に感じて
価値観が逆転したり新しい概念が創出されて
この世界が鮮やかな色と無限の空間に変化します


どこまでも自身をグリッドから解放していって
一人の人間として一人の女性として
この世界を思いっきり楽しみ尽くす
それがわたしの生きる道〝チカノミチ〟
  • 08Jul
    • 結婚指輪を天に還して、永遠に自分を愛することを誓う

      生まれ育った横浜を発つのを9月に決めました!といっても、新しく根を下ろす場所はまだ見つかっていません。でも、運命とは心を決めたら動き出すもの。きっと奇跡と呼べるようなたくさんの導きに恵まれて、その頃には全てが整っているのだと信じています。ということで、あと2ヶ月と時間も迫ってきているので、今のうちに更にモノを捨てて身軽に動けるようにしておこうと、持ち物の整理に取り掛かることにしました。といっても、旅生活だったのでそもそもモノが最小限すぎて、もう捨てるものもなかったのですが、ひとつしっかり葬らないとならないものが出てきました。それは、結婚指輪。今日は、そのお話しです。■太陽も祝福した結婚指輪を還すセレモニー前夫に連絡して相談した結果、指輪の最後をしっかりふたりで見届けようということになりました。何かよい方法がないか調べてみると、神社にお願いしてお焚き上げをしてもらうことが一般的(?)な模様。しかしながら、火で燃やされてそのあとどうされてしまうのかも分からないのは不安なので、できれば自然に還したいというきもちになりました。偉大なる自然の浄化力と還元力に委ねたいと思ったのです。そこで、海に還すことに決定。金なので環境負荷はかからないことと、小さなものなので不法投棄にもならないということで、母なる海にお願いして返還させていただくことに。場所はよく遊びに出かけた鎌倉の材木座海岸に決定。そして、本日そのセレモニーをおこなってきました!指輪たちよ、ありがとう!豪雨の後とは思えないほど海は澄んでいて、空の青も鮮やかで、風もきもちよくて、最高のコンディション。それぞれが指輪を手にとって、見つめ合って、微笑み合って、「これからしあわせになってね」と伝え合うふたり。そうして海に還す心の準備が整うと、彼が「わ!すごい!見て!」と空を指さして大きな声を上げました。なになに?と思って空を見上げると、なんと日輪!七色の虹が太陽をぐるりと囲んでいて、幻想的で感動的な太陽が照らしてくれているではありませんか!日輪は天からのOKサインと言われているので、このセレモニーを通してふたりがそれぞれの人生へとさらに進むことを、宇宙は祝福してくれているんだと確信して、なんだかとても嬉しくなったのでした。人生で2度目の日輪!輪郭をつくる虹色がとても綺麗だった!「わたしと結婚してくれてありがとう」と彼に感謝のきもちを伝えて、「わたしたちを夫婦にしてくださってありがとうございました」と神さまに感謝を伝えて、「ふたりを見守ってくれてありがとうございました」と指輪にお礼を伝えて、「これからわたしたちはますます幸せな人生を歩んでいきます!」と宣言して、いざ指輪を海へ。不思議なことに、手から離した瞬間に空中に吸い込まれてしまったかのように、音もしぶきも立てずに消えてしまったのでした。こうして無事にセレモニーは終了したのですが、そのあいだずっと日輪が照らしてくれていたのが印象的でした。「今日のこの瞬間にわたしたちの頭上に日輪が出たということは、この区切りを天が祝福してくれているんだろうね!きっとこれからいいことが起こるね!」と、ワクワクしながら帰り道の歩を進めるふたり。彼が、「よーっし!これからしあわせになっちゃうぞ~!」と意気込む姿を見たら、嬉しくてたまりませんでした。神さま、どうかわたしよりも彼をしあわせにしてください。そう心から祈ったのでした。■〝結婚〟ではなくて〝結魂〟をしたいという本音にきづいたとき不和な両親の元で育ち、夫婦や家族というものに良いイメージがなかったわたしは、結婚願望があまりありませんでした。でも、いわゆる結婚適齢期と呼ばれる社会がつくりあげた〝年頃〟を迎えると、周りはどんどん結婚していって、その波に乗らなきゃと焦り始めて、自分の軸がないまま結婚したことをここで告白します(というよりも懺悔させてください)。お互い大切な大好きな人ではありましたが、条件で選んだ人だったことをお互いに認めています。わたしも彼も有名大学を卒業していて、名のある企業に勤めていたいわゆるエリートカップル。結婚することを決めたら、親も友人も「どこの大学出身?」「どこの会社の人?」「年収はどのくらい?」と聞いてくるのが当たり前で、答える度に胸を張って言える相手であることを誇りに感じていました。決して、「どんな素敵な人?」「どんなところを愛しているの?」など聞かれたことはなく、結婚とは生活条件を満たした者同士が周りの承認を得て夫婦になるものだと思い込んでいました。親が納得して、友人たちが羨むような、そんな結婚が良い結婚なのだと、本当にそう信じ切っていたのです。でも、東日本大震災を経験して、お金や肩書きさえあれば幸せというそれまでの価値観がガラガラと崩れて、しかもオフグリッドな暮らしを始めて不自然なものから自然なものへとどんどん繋がり直していくと、わたし自身もどんどん自然で純粋なものへと還っていくようになりました。すると、不自然なものや不純なものに対しての違和感や拒否反応が起こるようになって、そのようなきもちを隠したり自分に嘘をついたりすることができなくなっていったのです。そのひとつが結婚生活でした。社会や誰かがつくった価値観に飼いならされた結婚をしてしまったかもしれない…。確かに法律上は夫婦だけど、本来の夫婦ってもっと純真で野生的なものなのかもしれない…。結婚って何をもって結婚になるんだろう?夫婦って何をもって夫婦と呼ぶんだろう?それまで封じ込まれていたわたしの中の純粋なものが爆発し始めて、それを止めることはもう不可能で、気づいてしまったこのきもちをどうしようもできなくなっていって、葛藤で苦しむことになりました。〝結婚〟ではなくて〝結魂〟をしたい。条件ではなくてハートや魂で伴侶を選びたい。ゼロに戻って女性としての自分を立て直して、本当の結婚ができる人間に自分を生まれ変わらせたい。夫を傷つけてしまうし、周囲の期待を裏切ってしまうし、親や家族を悲しませてしまうけれど、でも、この湧きあがる願いや叫びを無視するなんてできない。もうとっくに30歳を過ぎているし、いまさら再出発なんて遅すぎるかもしれないけれど、でも、後悔してもどんな結果になってもいいから、気づいたこの純粋な自分の一部を守り抜きたい。そう思っての婚姻オフでもありました。■孤独感は自分に嘘をついたときに生まれるもの7年間にわたる結婚生活は、わたしが抱えていた闇と対峙させられる修行期間でもありました。結婚すると、子どもを迎え入れることに対しての大きな抵抗と拒否感に襲われて、心も身体も全くオープンにできない自分を責め続けました。母にされたことを自分の子どもにしてしまったらどうしよう…。そんな想いをする被害者をこれ以上この世に増やしたくない。それなら産まなければいい。そう思って、ずっとずっと避け続けたのです。子どもが好きな夫の願いに応えられないことへの申し訳なさと、女性なのに母性がない自分への落胆とで、毎日が重く辛い日々でした。一方で、それだけ自分を責め続けて悩んで苦しんだということは、心の奥では子どもを授かり育てることをとても望んでいたとも言えます。難ありな家族で生まれ育ち、もの心つく頃から家族が怖い存在で、温かで安心するような家族の愛を感じることがないまま成長したわたし。心が空っぽで枯渇していたことに気づいたのは最近です。自分に対して冷たくて、オープンでなくて、抑圧してばかりで、大嫌いだったから、前夫にも優しくできなかったのだと今となってよく分かります。自分を愛することができないのに相手を愛することなんかできないし、自分が満たされていないのに相手を満たすことなんて無理なのです。でも、そのことがその頃は全く分からなくて、無意識に距離を取ったり、相手から逃げたりの繰り返しでした。そんな状態であったにも関わらず、前夫は7年ものあいだ全身全霊でわたしを見守り続けてくれました。父親、母親、兄、姉、親友、恋人など、あらゆる役を一手に引き受けて、大人になるまでに家族や親愛なる人たちから注がれるはずだったものを、一人で何役もこなして与え続けてくれたように思います。20数年かけて育まれるものをたった7年間でやってのけて、わたしを一人の人間に育てあげてくれたと言えるでしょう。そして、無事に成長したら、「ほら、もう大丈夫だよ。外の世界に行っても怖くないよ。さあ、旅立ってごらん。行ってらっしゃい!」と言わんばかりに、笑顔で送り出してくれたのでした。サプライズでレッドカーペットを敷いて送り出してくれた夫離婚をして1年ちょっと経ちますが、いまは心の底から満たされていて、この人生が愛おしくてたまらなくて、今の自分が大好きです。彼が育ててくれたわたしという存在への尊さであったり、様々な決断をして独り立ちしたことへの誇りであったり。いまは離婚をして恋人もパートナーもいなくてひとりなのに、全く孤独感がないのが不思議です。むしろ、自分に嘘をついて抑圧して無理をして暮らしていたころは孤独感がひどくて、「もう死にたい」なんて言い出すことも度々あって、迷惑や心配をかけてしまっていました。自分と仲良しだったら孤独感なんて生まれないことをいま実感・体感しています。生きているあいだも、死んでも、生まれ変わっても、わたしはわたし。ずーっとわたし。永遠にわたし。魂の長い旅路ずっと共にいるのはこのわたし。だから、わたしはわたしとしっかり手を繋いで、微笑み合って、足並みそろえていたい。いつだって内なる自分の声に素直になって、自分で自分の願いを叶え続けてあげたい。自分に嘘をつけばつくほど自分から嫌われて離れて逸れてしまう。それは潜在的に味わう自身がふたつに引き裂かれてしまうような壮絶な痛み。その痛みを孤独感と呼ぶのでしょう。結婚指輪を還した今日のセレモニーは、わたしはわたしと結婚したことの証になるのかもしれません。ひょっとしたら、日輪はそれを祝福していたのかな。前夫よ、指輪よ、我が人生よ、ありがとう!ありがとう!ありがとう!

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  • 04Jul
    • 一人ひとりが人生のクリエイターでありプロデューサーでありディレクター

      (梅雨が)明けましておめでとうございます!雨の多い6月は、お話し会やソーラークッキングのWSなどを全てお休みにさせていただくことにして早1ヶ月(そのお話はこちら)。お仕事再開初日となる7月1日は、八ヶ岳のやつはさん主催で、滝沢泰平さんとオフグリッドコラボセミナーを開催していただきました!一人でコツコツと3年間続けてきたこの活動。長年尊敬している泰平さんにお招きいただけるなんて、努力が結実するってこういうことだと感涙しそうになりました。八ヶ岳の清らかで豊かな自然の中で、泰平さんを筆頭とする素敵な方々と過ごした楽しい嬉しい夢のような時間。みなさま、ありがとうございました!ショップを併設した新事務所「やつはエコハウス」にて。最新のオフグリッドな建物で、とーっても素敵な空間!■社会がつくりあげた家族に関する常識に囚われないこと前回の記事終わりから始まりへ。海底の船を発って初めて空を見る!では、生まれ育った家族が海底に沈んでいる沈没船だったことに気づいて、もうその船を救おうと格闘するのはやめて、海底を脱出して地上を目指して、辿り着いた地で新しい家族や暮らしや人生を創造していこうと決めたことについて書きました。すると、読んでくださった方々から、このような嬉しいお言葉を頂戴して心がポカポカに。「家族とオフグリッドしてもDNAは続いていきますし、太陽はどこにあっても太陽で、チカちゃんはどこにいてもチカちゃんです。自分らしく生きる選択をスパっと決めるチカちゃんは凄いと思います。身体に気を付けて、益々のご活躍を期待しています!」 by Aさん「チカちゃんのブログを読ませていただいて、わたしが薄々気づきながら見ないようにしてきたことはこういうことだ!と思わされました。正直、わたしも実家の家族とある意味オフグリッドしたいとずっと思ってきたのです。でも、家族だから…そんなことできない…そんなことするわたしは非道な人間だ…というブロックでいっぱいで。。。でも、ブロブを読んで、そうか!わたしもこれが課題なんだ!と改めて思いました。直面化させてくれてありがとうございます!感謝です!」 by Mさん しあわせいっぱいの家族で生まれ育った人にはなかなか分からないかもしれませんが、不和な家族やさまざまな問題を抱えている家庭で育った人間は、それによって人生にかなり大きな影響を受けていて、自分自身を縛り上げている根強いグリッドとなっていることは、わたし自身の経験や多くの方々と関わる中で強く実感しています。そこで苦しむことになるのが、いわゆる社会が作り出している〝常識〟と呼ばれるものと、それらの影響を受けて自らがつくり上げてしまった〝観念〟です。「親は尊敬するものだ」「両親に感謝すべき」「親不孝はしてはいけない」「家族は仲が良いもの」「家族は大切にしなければいけない」など。家族という理由だけで親への感謝を強制・強要されてしまうことは、よくよく考えると暴力的でけっこう危険なこと。他人が言ってくる「感謝しましょう」とか「愛しましょう」って、お節介で余計なお世話な言葉だなと思うことがよくあります(苦笑)感謝はするものではなく勝手に湧きあがるものであって、愛は絞り出すものではなく自然と生まれてくるもの。そもそもないものを無理に生み出そうとしたらゼロからマイナスに進めることになるので、さらに枯渇していってしまいます。それは借金が雪だるまのように大きくなっていく感じ。しかも、感謝を無理強いすればするほど、本来の自分から遠ざかって心は捻じれてしまい、その捻じれをほどくための作業やエネルギーが後々また必要になって、さらに複雑で生きにくい人生になってしまいます。逆に、怒ってもいい、嫌ってもいい、憎んでもいい、愛せなくてもいい、感謝できなくてもいい、そして、捨ててもいい。こういった許しを自分に与えられたとき、心は縛りからほどかれ、命は息を吹き返し、本来の自然な自分に戻っていくことを実感しています。■捨てることを決めたら、どれだけ大切なものかが分かった!囚われから解放されて、生まれた家族とのグリッドを切ることが悪いことではないことが分かって、35年ものあいだ沈没船を必死に掴んでいたその手をやっと離せたら、過去の自分を客観視できるようになりました。そうしたら、あの家族がとても大切だったという、意外な本音に行きついてしまってかなり焦りました(汗)沈没船を掴むことに全エネルギーを注いでいたということは、それだけその船(家)が気がかりだったから。過去の記憶が走馬燈のように蘇えってきて、バラバラになってしまった家族をユニットさせようと、一人で四苦八苦していたことを思い出しました。あれやこれやとがんばっているのに、この家族はどんどん不和になっていくことに落胆して、悲しみがどんどん大きくなって、そのうちに怒りに変わっていって…。人生の半分をこんなに苦しんでもがいて疲弊してきたのに、その理由は単純に大切だったから。それに気づいてしまったら、「嘘でしょう…」と思わず苦笑いしながら一人で呟いてしまいました。家族を好きになれなくて、母を憎んでばかりで、わたしはどれだけダメな人間なんだろうと、いつも自分を責めてきましたが、実は情け深い人間であったことが分かったら、大きな安堵感に包まれて全身から力が抜けてしまったのでした。そこで、家族を愛せなくて苦しんでいる方々に対して、声を大にしてお伝えしたいことがあります。それは、苦しんでいる時点で情けがあって、つまり心がしっかりと働いて命がしっかり燃えていて、それだけ自分を生きているということ。だから、そんな素直で純粋な自分を多いに褒め称えて欲しいということ。愛せないままでいいのです。それを無理に愛そうとしたときに、その心は嘘と欺瞞で汚れ、命は曇り、人生が淀み始めます。だから、感じるままでいいんです。家族のことで悩むか悩まないかはそれぞれの選択であって自由ですが、自分を責める必要は1ミリもないということをお伝えしたいです!わたしはもう悩まない(格闘しない)という選択をすることにしました。この家族はどう頑張ろうとも壊れた海底の沈没船だから手放すのは致し方なし!地上で楽しく生きたいから、この船を脱出して海を越えていこう!いままでありがとう!という感じです。そして、生まれてきてよかった!この人生最高!と思えたときに、両親や家族への感謝が自然と生まれてくるのだと確信しています。それならば、これから自分でそんな楽しい人生にしてしまえばいいわけで、わたしがわたしの人生のクリエイターとなりプロデューサーとなりディレクターとなって、面白い作品をつくっていこうと意気込んでいるところです。自分で自分を喜ばせることができたら、自ずと然りとこの世界のあらゆるものに対して喜びや感謝が湧きあがってくるはず。そんな境地に至る日を夢見て、いざ再出発です!■一気に気が抜けたら、身体も緩んでしまった!やっと家族とオフグリッドできたいまは、沈没船から無事に抜けて海の上でぷかぷか浮きながら、波の流れに身を任せて新天地に運んでもらっている感じです。力はどこにも入っていなくて、むしろ力を入れると波に抵抗しておぼれてしまうので、完全リラックス状態。このハンパないゆるゆる感は人生初の感覚。すると、身体も連動して弛緩してしまったようで、口を開けて寝るようになってしまいました。寝入りばなに、「フガッ」という自分のいびきの音にビックリしてハッと起きたり、朝はヨダレが染みたシーツの冷たさを顔で感じて目が覚めたり(笑)でも、実はこれは素晴らしいこと。というのも、長年ひどい歯ぎしりが続いてきて、この2年のあいだに磨耗して耐えられなくなった歯が3本も欠けてしまっていたのです。それほど寝ても覚めても無意識に力が入っていたこのわたしが、いびきやヨダレが出るくらい緩んで寝てるなんて奇跡なのです!また、余計な力が入っていないと、エネルギーがスムーズに循環するようで、無限の力が湧いてくる感じも今味わってます。3時間くらい歩いても全然疲れないので、この有り余るエネルギーをどう消費しようか悩むくらい。リラックスしているとこんなにパワーが湧いてくるんですね!力めば力むほどエネルギーは滞ってしまうのかもしれません。ただ、残念なことに体格も緩んでしまって、久し振りにお会いした方に「ふくよかになりましたね…」と、太ったことを遠まわしに言われることが最近続いています。あまりの顔の丸さに思わず吹き出してしまった人もいて、さすがにそれは失礼じゃないかと思ってちょっとムッとしてしまったのですが、鏡を見るとわたしも笑ってしまうくらいだから責められません。このパンパンに大きく丸く膨らんだほっぺたはちゃんと元に戻るのだろうか…と、やや心配な今日このごろです。しあわせ太りってこういうことなのかな(意味が違うか 笑)。八ヶ岳とさよならするときにお連れいただいた天女山富士山が空に浮いているみたいで神秘的!あまりの美しさに涙がポロポロ…

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  • 14Jun
    • 終わりから始まりへ。海底の船を発って初めて空を見る!

       今日の4時44分にふたご座新月を迎えました。2年前に離婚を心に強く決めたときに降りてきた、「44」という数字と「終わりは始まり」という言葉(四=死 四=始)。今日は始まりを告げる44のように勝手に感じています。さあ、いよいよ出発だ!と、いま意気込んでいるのですが、その力強い意志が生まれたのは、素手で便器の中を磨いたことがきっかけです(え?!というみなさんの声が今にも聞こえてきそうですね 笑)。今日はそんなお話しです。■〝始まり〟を後押ししてくれる一冊の本と出逢う 昨年5月に離婚をして、9月に家を出て旅生活にチャレンジして、今年1月に母との確執を乗り越えて、4月に突き動かされるようにニュージーランドを訪れて…。この1年のあいだ、ものすごい勢いで人生を早送りして濃縮したような経験をしています。それまでの自分はもはや同じ人生の自分とは思えず、過去生のように思えてくるほどです!参考◎ 旅立ちのトキ~支配欲・所有欲・独占欲を超えていけ~◎ 自分以外の誰かではなく自分自身をしあわせにする覚悟◎ 自分を貫き通したことで現れた、澄み切った生きやすい世界) しかしながら、4月末にお話し会巡業旅から帰ってきて、この1ヶ月のあいだ母の家で過ごしていると、昔の自分に揺り戻されがちで、家族へのやるせない想いからどんどん卑屈になってしまったりと、苦しい時間を過ごしていました。 そんな折、タイムリーにも友人のヤヨイさんから救いとなるようなメッセージが。空間診断士・空間セラピストである船越耕太さんという方にご自宅の空間コンサルをしてもらったそうで、とても素晴らしい方なのでチカさんにお伝えしたいと、ホームページとご本『ぞうきん1枚で人生が輝くそうじ力』を知らせてくださったのです。さっそくホームページを覗いてみると、そこには素手でトイレを洗うことについての記事や動画が載っていて、それを見たら強烈に感動して胸が熱くなって涙がボロボロ。空間や人の心に隠れている部分に光を当てる尊いおしごとに感銘を受けたのでした。(特に感動したのがこちらの記事!) ご本を注文して読んでみると、ただの掃除メソッドではなく、掃除を通して自分の人生やこの命と向き合うことへの勇気を与えてくれるような温かい内容でした。中学生の時からずっと掃除を続けてきたことで得られた人生哲学やその生き様にただただ感嘆。笑ったり泣いたり真剣に頷いたりと心が動く素敵なご本です。ただいま二回目熟読中!見ようとしていなかった汚れや、やりたくないと思っていた場所に、あえて触れる。輝かせる。すると、自分の見ようとしていなかった負の気持ちや、コントロールすることができなかった根っこの部分が一気に反応し、自分が変わり始める。見えない部分の汚れは、現実に対する不安や恐れそのもの。見えないところを輝かせると、見えるところが輝く。見えない部分を輝かせると、自分が幸せになる。(本より抜粋)■素手で便器を洗ったら、過去・現在・未来が手を繋ぎ始めた! もともと掃除は好きで箒や雑巾でほぼ毎日していますが、見えているところばかりを掃除していたことに気づいたので、見えていなかったところを意識して探してキレイにすることに。そこで、ずっと見て見ぬふりをしてきた棚(学生時代のものが化石状態!汗)に着手すると、ぎょえーーーーー!と思うほどホコリが積もりに積もっていたり、棚にモノがへばりついて剥がせなくなっていたり(汗)モノを全て捨てて棚がスッキリして、ホコリや汚れがなくなってピカピカになったら、心も軽やかになったのでした! 掃除にちょっと疲れたので一旦横になろうと思ってお部屋の床にゴロンとしたときに、まるで油汚れが浮くようにいろんな負の記憶が浮いてきて、涙がツーっと頬をつたってきました。この家は16歳から25歳まで過ごした空間で、そのあいだには辛いことがたくさんあって苦しんだ場所。大好きな父が去っていった家でもあり、家族関係に悩んで疲れた末に17歳のときに自殺を一度だけ試みようとした家でもあります。 過去のきもちがリアルに顕在化して現在のわたしと対峙したら、「(自分とこの家に対して)ごめんね」と口からポロっと出てきました。過去に置き去りにされたまま泣いている10代の自分。大嫌いな過去の自分と、今もこの空間に残り続けているそのときのエネルギー。そのことに気づいたら、弔うようなきもちで心を込めて素手で便器を洗ってあげたいと、そんなきもちが自然と湧いてきました。そして、数日前に意を決して便器を素手で洗ってみたのです。 便器の奥の裏にはその人や家族の負の感情が溜まるらしく、それを素手で磨くことに意味があるそうです。ドキドキしながら恐る恐る手を突っ込んでみると、ヌルヌルした底の感触に一瞬ギャー!となって、裏側は尿石でザラザラになっていてヒョエー!となったのですが、心を落ち着かせて指先に意識を集中して磨いていくと、ヌメリがどんどんとれてきゅっきゅっとなってきて、それがきもちよくてしまいにはやめられなくなって、なかなか便器から手を離せなくなってしまいました(笑)ひたすら磨いているときは無心に近くて、ものすごい集中力でした!(とてもきもちいいので、それ以来楽しんで続けてます) 便器を素手洗いしてからは、明らかに〝氣〟の質と流れがよくなって、空間全体が調う感じになりました。あれ?この感覚どこかで最近味わったような?と思ったら、〝中今〟のチカラを使って現在・過去・未来を調えたときと似ていることに気づきました。参考◎わたしたちは過去・現在・未来をつなぐ〝時の結び人〟トイレの裏側に溜まっていた汚れは滞っていた自分の過去そのもので、それを清められたことで過去が動き出し、現在が呼吸をし始め、未来から感謝や祝福の声がきこえてくるような感じ。時間と空間は陰陽の関係ゆえに、このふたつをしっかり調え整えることで、人生の手綱を取り戻せるのかもしれません。■海底の沈没船で窒息して生きていたことに気づく 便器を素手で洗った翌日の朝のこと。その達成感やきもちよい疲労感などいろいろな感覚が混ざり合っているのを味わいながら、布団の中で目を瞑って静かに横になっていると、海の中にいる自分のビジョンが見えてきました。それは、海底に沈没している船の中から両親や姉や兄を必死に引き上げようともがき、その大きな重い船を一人でなんとか海上へと持ち上げようとしている自分の姿。でも、この船は大きすぎて重すぎて1ミリも動かなくて、家族はまったく逃げようとしなくて、わたしひとりが家族や船(家)をなんとかしようともがいています。 このまま海底で人生を終わらせるなんてイヤだ!浮き上がりたい!空気を吸いたい!地上で楽しく生きたい!そう願うものの、家族や船を海底に残して自分だけその場を去ってしあわせになることに罪悪感を感じて、一生懸命みんなを一緒に引き上げようと必死になって暗い海底で格闘しているのでした。 その光景を見て、わたしは沈没した船の中で生きていたことに気づいたんです。いつからか海底の住人になってしまって暗闇の中で生きるようになってしまったけれど、魂は地上の存在をしっかり覚えていて、そこにはしあわせに生きることができるもう一つの世界が用意されていることを、頭ではないもっと違う次元でちゃんと理解している自分。だから、それを目指して浮き上がろうとしたいのだけど、生まれた船(家)だからここを離れてはいけない、ここを愛して一生過ごさなければいけない、家族を捨ててはいけないと思って、その両極のきもちに板挟みになりながら海底沈没船を掴んでいたのでした。 そんなことをするのはもうやめよう!この船を去ろう!わたしはわたしを生きていいんだ!しあわせになってはいけない理由なんてどこにもなかったんだ!生まれた家や家族を離れて生きていいんだ!それは冷酷なことではなかったんだ!わたしの魂が望んでいたことだったんだ!!! 自分にそんな許しを与えられたら涙が溢れてきて、船を掴んでいた手をやっと離すことができました。海面目指してどんどん浮上して、近づくにつれて太陽の光がどんどん強くなってきて、ずっと吸ってみたかった空気の味を想像して胸が高鳴って、いよいよ海面に手が届いて、そして顔をプハーっと出したときのこの感動。ああ、ついに抜けた!待ち焦がれていた海の上!空がある!息ができる!風が吹いてる!波に揺られてる!わたしはいま自由に泳いでる!!!■生まれた家族とオフ・グリッドすることで、海底にも地上にも楽園を創ることができる やっと水面に身体を浮かべることができたいま、ここからは風を信頼して波に全てを委ねようと思います。きっとその風と波は新しく生きていく新天地の場所を知っていて、優しく確実に運んでくれるはず。そこで待っている魂の伴侶や家族や友人や仲間やたくさんの人たちを思い浮かべながら、ただただこの身を宇宙の流れに預けてみようと。これは、暗闇で育った海底人が光と共に生きる地上人になるくらいの大きな大転換。オセロ盤が黒から一気に白へと変わった瞬間です! 生まれ育った家族とのオフ・グリッドは、わたしの人生の最大のテーマなのではないかとずっと感じてきました。それは電線というグリッドを切ることと比べ物にならないくらいはるかにずっと勇気のいること。でも、越えていくこの時がついに訪れたようです。生を受けた家族とオフ・グリッドして、魂が望む血の繋がりを超えたもうひとつの真実の家族とリ・グリッドする時が。 わたしにはもう見えているんです。無事に地上に流れ着いて、その土地の人たちに温かく迎え入れてもらって、笑顔と笑い声に溢れるしあわせな地球家族を創造していることを。そして、その豊かな人生を歩めたときに、生まれて初めて自然と両親への感謝のきもちが生まれて、微笑みながらこうつぶやくことを。「お父さん、お母さん、わたしを生んでくれてありがとう。あなたたちが生んでくれたから、いまこここで家族と楽園を築いてしあわせに生きることができています」と。生まれた環境がどんなものであっても、生きているということはしあわせになっていいという天からの許可の表れ。そういう意味では、親の役目とは産むまでであって、あとは子どもがその魂の願い通りに力強く生きていくものなのかもしれません。 そして、もうひとつ見えている光景があります。それは、海底に沈んでいるあの船が美しい魚たちのすみかとなって、新たな命のパラダイスとなっている様子。わたしと船との格闘がやっと終了したことで海底に穏やかさが訪れて、船は平和な場所となって命を育む場所に生まれかわる。わたしが勇気をもって船を去り、生まれた家族から自分をしっかり切り離すことで、この世にふたつの美しい楽園を創り出すことができるなんて、これからがとても楽しみです!  便器の汚れをこの目で見て受け止めて、この手で触って認識して、素手で磨いて剥がして清めたら、わたしの心にこびりついていた家族を去ることへの罪悪感や躊躇が消えて、旅立つ勇気としあわせになる覚悟が生まれたようです。どうやらトイレ掃除にはものすごい力が秘められていそうです! そんな〝始まり〟を予感させる今日は、奇しくも父の誕生日。プレゼントを買って久しぶりに会いに行ってきました。近い将来横浜を離れるであろうことを伝えると、父は寂しそうな表情を浮かべていましたが、「いい場所が見つかるといいな!」と笑顔で背中を押してくれました。この純粋で力強い意志は未来を現在にぐっと近づけたから、地上の楽園が目の前に現れる日はきっともう近いはず。そんな予感に胸をときめかせながら、いざ出発です!久し振りに晴れた!まるで海の中から太陽を見ているみたい!

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  • 06Jun
    • ずっと輝きつづけない勇気。それが自然な美しさを引き出す。

       梅の木から実がコロコロ落ちてきて、梅干作りのために塩漬けにして梅仕事が完了。梅酢が上がってくるのを毎日眺めながら、今年も梅雨の季節がやってきたなあと、一年が巡ってきたことに感慨深くなります!■晴耕雨読に暮らす・働く・生きる 6月のあいだはお話し会や講演やソーラークッキングWSを全てお休みさせていただくことにしました。おひさまが夏本番に向けて小休憩するこの時期、わたしも一緒に休みたいと自然に思うようになったのです。梅雨のあいだは晴天率が下がるためにソーラークッキングができない可能性も高く、わたしも主催者さまも参加者さまも雨が降らないか当日まで心配します。それならば、「梅雨のあいだはおひさまと共に休業いたします」と、潔く休んでみようと思い立ってそうすることにしました。(開催依頼の問い合わせをくださったみなさま、大変申し訳ございません!) このことを友人に話したら、「すごく素敵!なんていうか〝晴耕雨読〟みたいな感じ?晴れた日はお店を開くけど、雨が降ったら開店しないみたいな!自然と共にあるお仕事って感じがしてナチュラルでいいね!」と言ってもらい、そんな捉え方をしてもらえるなんてすごく嬉しいなあと思いました。 太陽光発電で電力完全自給するオフグリッドな暮らしになると、否応なしにおひさまリズムになって、日々の暮らしは晴耕雨読なものへと変わりました。晴れたら作りたての電気で家電をガンガン動かして家事をして、エコ作で一日に何度もソーラークッキングして楽しんで。逆に、雨が降ったら読書をしたり昼寝をしたりパソコンで仕事の準備をしたり。そんな暮らしをしているうちに、昼間は元気いっぱいに活動するけれれど、日が暮れたら目が開けていられないほどの睡魔に襲われるようになって、幼稚園児なみに20時過ぎには寝るようになってしまいました(笑) そんな身体のリズムになったら、今度は冬が到来すると冬眠モードに入るようにもなりました。おひさまエネルギーが少なくなると、連動してわたしのエネルギーも少なくなって、活動量がグンと減るのです。そんなこともあって、今年の2月はおしごとをせずにがっつり休んだのでした(何かをして得るもの。何もしないで得るもの)。そして、ついには梅雨時期まで休むまでになってしまいました(笑) 休んでばっかじゃないか!とツッコミを入れられそうですが、自然のリズムで生きているうちに、このような働き方に着地することとなりました。というのも、わたしは〝揺らぎ〟をとても大切にするようになったのです。■ずっと輝き咲き続けていたら造花と一緒 これは、電力自給生活を通して「生きること=揺らぐこと」だと体得したからです(揺らぎの中に安定があり、孤独の中に熱力がある)。ずっと同じことをし続けること、ずっとがんばり続けること、ずっと同じエネルギーやリズムを固持すること、それらは固定・一定となって揺らぎがなくなってしまいます。変わらないことや変化しないことは、自然界には存在せず、とても不自然なこと。昼があれば夜がある。暑い夏があれば寒い冬がある。元気な日もあれば疲れている日もある。生もあれば死もある。緩急やアップダウンや動静があることが自然の摂理というものです。 花を美しいと感じるのは、つぼみをつけ、咲き、しぼみ、散るから。その揺らぎや動きの中にある儚さに自然の美が宿っているわけで、ずっと咲いているものは造花であってフェイクなもの。それは人間も同じで、ずっとがんばって咲こうとしたらウソモノの自分に近づいていくことになってしまいます。だから、一日のあいだでも、一週間のあいだでも、一ヶ月のあいだでも、一年のあいだでも、身体や心や考えやあらゆるものが変化することを歓迎するようにして、自分自身が自然の一部として溶け込んでいるようにありたいのです。 以前のわたしは、ずっと輝いていないと人から求められないのではないか、ずっとがんばっていないと評価されないのではないかと、自分を一生懸命奮い立たせてがんばり続けていました。そして、いつも笑っていないと価値がないと思いこむようになって、愛想笑いが癖になってしまい、悲しくても辛くても悔しくても怒っても、嘘をついてにこにこ笑って自分を深く傷つけることを無意識でし続けるようになりました。チカちゃんはいつもがんばってて偉いね!チカちゃんはいつも笑顔で偉いね!そう言ってもらえるように、どんどんウソモノ・フェイク・造花な自分を造り上げていたのです。 でも、それが極限まで到達して限界を超えて、全部ゼロリセットするしか道がなくなって裸になった自分。それはそれはしんどかったですが、でも今は自然なわたしで居られるようになって生きやすくなりました!すると、色々な感情がありのままあらわれるようになったので、素敵な人との関わり合いに心から喜べて、納得いかないことがあったら毅然とした態度で言葉にできるようになって、依存や束縛などをしてくるようだったら思い切って距離をとるようになって、いま目の前にある人間関係に対して自然と湧き上がる気持ちのままに自分が居るようになりました。本音と建前を使い分けるこの社会では歓迎されない在り方かもしれませんが、自然な自分で居ることを貫いていたとき、こんな嬉しいことが起きました!■揺らぎの中にある一瞬一瞬を大切にして生きていたい それは初対面の人たちが20名ほど集まった場でのことでした。その時わたしは疲れが最高に溜まっていて、あまり友好的な態度が取れず、話しかけてこないでください的なオーラを放っていました。疲れていることを隠せないくらいエネルギーが減っていたので、あえて周囲と溶け込まずに、この場にいる人たちと仲良くなれなくても構わないと思って、そのままの自分自身で居続けることを選択しました。 このままここにいるともっと疲れちゃうな…と思って、その場から離れて一人になって、しばらくして戻ってくると、一人の方が話しかけてきました。「純粋なオーラを発していて、ずっと気になって遠くから見てました。あなたと少しお話ししたいです」と。 えええええええええええ?!こんなに不機嫌な態度をとっているのに?!と心底ビックリしたのですが、どうもそれが純粋さを引き出していたようです。無理をして人に合わせない。不快な場所からは逃げる。赤ん坊がイヤな人に抱っこされると泣いて嫌がるように、野生動物が合わない場所には留まらず去るように、感じるままにあるがままに居る姿に、自然な何かを感じたのかもしれません。 その方はわたしのことを知らず、オフ・グリッドという考え方も初めて知ったとのこと。「チカさんは〝ピュア〟という言葉がぴったりきますね。それに、なんというか、〝生き物〟って感じがすごくします。言葉がおかしくてごめんなさい。でも、〝生きている〟と全身から感じるんです」と。 ピュアかどうかはわかりませんが、初対面となる人から、「この人は生きている」と思ってもらえるほど命の躍動感が放たれているなんて、ヤッター!という感じです。これは要するに、感情やエネルギーの揺らぎを自分で止めなかったからだと推測しています。きもちも、身体の調子も、エネルギーも、思考も、自分を構成するあらゆるすべてにおいて、一瞬一瞬揺らいでいる。その揺らぎを大切にしながら、この命を燃やして輝かせて生きていたいと、改めて思ったのでした。 この社会では、嫌だと感じても疲れていてもにこやかに相手に接するのが、よいことでありあるべきことだとされていることでしょう。なので、その場にいた人たちは、わたしの態度を感じ悪いものとして受け止められたと思います。一方で、この人は、疲れていることをありのまま認めてそのときの自分が心地よくいられることを選択した行動や在り方に、〝自然〝や〝ピュア〟や〝命〟を感じられました。ブラック(黒)とクリア(透明)という色は、両方ともすべての色を含んでいる共通点があると聞いたことがあります。どちらも同じ色の構成要素を持っているけれど、色があるかないかで、闇(ブラック)と光(クリア)に分かれるわけです。ということは、ふたつは同質であって、闇と思っているものが光で、光だと思っているものが闇ともなります。事実として言えることは、どちらもこの世界に存在する自然な色であるということ。今回のことは、そんなことを表している出来事のように感じます。おひさまの休憩が終わったらまた会いましょう!※エコ作の販売は継続していますので、購入を希望される方は下記HPよりご注文くださいませhttp://amaterasu.life/【セミナーのお知らせ】「天下泰平ブログ」で有名な滝沢泰平さんとのオフグリッドコラボイベントを、7月1日に八ヶ岳で開催していただくこととなりました!時代の先を走りながら日々の中で実践しているふたりの話が聴ける貴重な場となりますので、ぜひぜひご参加くださいませ詳細やお申し込みはコチラから(ただいま満席でキャンセル待ちとなっております)

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  • 30May
    • 生きている、だから大丈夫。いまここに在る命が〝答え〟そのもの。

       先日、婚姻制度というグリッドからオフして1年を迎えました!国を介した婚姻契約をやめて、法律に基づいたものではなく、もっと自然な人間愛に基づいた関係になりたい。お互いを縛り合い監視するのではなく、自由を与え合いそれぞれが自分自身を生きられるパートナーシップを育みたい。そう思っての大きなチャレンジでした。 1年経ったいま、「籍を抜いて本当によかったね!」と二人で口を揃えて言ってます。社会的には〝離婚〟と呼ばれる悲しいイメージのものなのでしょうが、わたしたちにとってはお互いの大切さにより深くきづくこととなり、どれだけ依存し合っていたかを知るよいきっかけとなりました。そして、〝妻〟や〝夫〟という役割に囚われることがなくなり、一人の人間として自分の時間や暮らしや人生の手綱を握る自立した生き方をいま歩んでいます。 この1年を振り返ると、全ての体験・経験に学びや気づきがあり、それらが人生を豊かにさせてくれています。すべての体験は人生を色鮮やかに輝かせる宝石のようなもので、失敗というものはこの世に存在しないのだと確信するようになりました。都内の素敵なヴィーガンレストランで婚姻オフ1周年をお祝い♪■「きみをしあわせにするよ」なんて言われたら、1万年の恋も冷めてしまうかも… 前夫とはもう夫婦ではないですが、血のつながった親やきょうだいより家族と呼べる大切な存在です。こういう関係を表す言葉がないのがもどかしいなあといつも感じます。今のこの家族スタイルになってから、お互い視野が広がって、それぞれの個性や感性やペースを尊重するようになって、優しく親切になって、以前よりもずっとずっとずっとずっとよい関係になりました。 それまでは、相手が〝夫〟であるからという理由だけで、色々なことを制限したり縛ったりしていたのですが、その〝夫〟というフィルターがなくなって一人の人間として見れるようになったら、求めることも押し付けることもなくなって、「あなたは自由よ。あなたの自由よ」と言えるようになりました。本来、一人ひとりがそういう自由な存在であるはずなのに、〝わたしの夫〟という所有めいた観念に知らず知らずのうちに囚われて、窮屈な世界に押し込んでいたのだと今となってよく分かります。婚姻制度から抜けてみて、客観的に夫婦とはなんぞや家族とはなんぞやと冷静に見れるようになると、この目に映る世界が逆転や変化を起こすのでおもしろいものです。 本当はこういう人だったんだ!と初めて気づくことも多く、ひとつひとつがなんだか新鮮です。新たな分野の勉強を始めたり、一段上の活動に挑戦したりと、自分の興味や関心事に素直になって行動するようになっていて、本人いわく「あのまま結婚して一緒に過ごしていたら、絶対にいまの自分にはなれなかった」と言います。本当にやりたいことに気づくには、人は一度一人になる必要があるのかもしれません。それまでは、すべてをわたしに合わせてくれていた心優しき前夫。行きたいところ、食べたいもの、やりたいこと、色々なことを叶えてくれていました。夫としてできる限り妻をしあわせにしようというきもちゆえに、自分を置き去りにさせてしまっていたのかもしれません。そのプレッシャーがなくなった今、自分の願いのままに自然体に生きれるようになったそうです。これは一番の変化であり一番嬉しいこと。そんないまの人生を、〝自発的人生〟と彼は呼んでいて、すごくいい言葉だなと思います。 もし新たな人と再婚することになったとき、その男性から「きみを必ずしあわせにするよ」なんて言われたら、「それは勘弁してください!絶対にやめてください!」と全力で拒否すると思います(笑)まず何よりもあなたがしあわせになることを最優先して欲しいと伝えるでしょう。そして、「養おうなんて考えないでね」と言うと思います。会社に行く姿を玄関先で見送ることが辛かった日々。決して好きなしごとではないけれど、わたしを養い家のローンを返済するために行かなければならない…。わたしのせいでこの人はそういう毎日を送っているのだと思うと申し訳なくて、自分という存在をこの世から消したくなるような想いを潜在下で味わっていたように思います。誰かのために生きることなく、あなたはあなたを生きて欲しい。これは前夫にもこれから出逢うであろう新たなパートナーにも伝えたい大切な大切なわたしの願いです。■ゼロポイントが生み出すチカラに圧倒される わたしにとってこの離婚は、全てを一旦ゼロリセットする大きな試練でもあり挑戦でもありました。4年前に「東電が我が家にやってきた(汗)」をこのブログで書いたらあっという間に3万シェアを越えて、アメブロランキングで1位を獲得して、様々なメディアからの取材が殺到して、すぐに週刊誌でのコラム連載が始まってと、あれよあれよと有名になっていきました。周りの期待はとても大きく、それに応えたい!とやる気に満ちた自分もいる一方で、心の準備もないまま意図せず表舞台に出ることになって戸惑いを感じる自分もいました。サトウチカという名前が独り歩きをし始めて、周りがイメージするサトウチカ像に自分を合わせていくことにエネルギーを使い始めた頃から、色々なことがおかしくなっていきました。自分以外の何者にも絶対になってはいけないのです。 このままこの家でみんなが望むわたしを演じたまま一生を終えるなんてだめだ。もう降りよう、全部捨てよう、一旦戻ろう。ゼロからスタートして自分が本当に望む人生を歩んで、わたしがわたしを喜ばす生き方に変えよう。周りの期待を裏切ることとなって批判を浴びようが、大切な人たちから嫌われようが、独りぼっちになろうが、もうこれはやらなければいけない限界まで来ているんだ。そう腹をくくって、夫、コラム連載という仕事、家、仲間、イメージなど、経済的にも社会的にも心理的にもわたしを支えていたものを全部手放すこととなりました。それは、自分を縛っている見えうる限りのグリッド全てをオフする挑戦でした。 それは死ぬくらいの恐れを伴うものでしたが、1年経ったいまわたしの前にあるものは、変わらず優しい前夫(以前よりさらにさらにさらに優しい!)、依頼が止まらないお話し会や講演会(前年比4倍!)、「いつでも帰ってきてね」と言ってくださる心優しき人たちの家(ホームレスからホームモアに!)、嘘偽りのない本当のサトウチカ(良くも悪くもありのままに!笑)。捨てたはずが逆に強い繋がりになったり、減るどころか増えることになったり、余計なものがなくなって純粋な形に戻ったりと、不思議なくらい豊かで生きやすくなってしまったのです! そして、オフグリッドを広める活動も消えてなくなることはなく、むしろその考え方や暮らし方や生き方をわたし自身が心底愛していることに改めて気づくことになって、誰かに担ぎ出されて期待を背負ってオフグリッドを広めるのではなく、自らの意志で伝道していける強い人間へと生まれ変わりました。ゼロポイントから生まれるチカラってすごいです!■真理は目の前にある。しかも、堂々と明らかに。 死を覚悟するくらいのきもちで臨んだ婚姻や家や仕事のグリッド・オフは、予想だにしなかった現象を目の前に見せてくれました。必要なグリッドは切ってもやはりまた同じものと繋がること、不必要なグリッドは切ったら消えること、ひとつのグリッドを切ったことで何倍もの無数の繋がりを生み出すことなど。この現象を見て思うことは、「人はそうそう簡単に死なない」ということ。というよりも、生かされるようにできているようです。 持っているものを一旦すべて手放してみたときに、勝手になくなるものはその人生に必要ないものであり、そのまま残り続けるものが必要なものだと明確に分かるようになりました。自分を生かすものや自分にとって大切なものがリアルなものとして認識できると、迷いや不安などの余計な思考を働かせなくて済むことになって、むしろ安心感に満ちて生きやすくなりました。色々なものを手放して限りなくゼロに近づければ近づけるほど、生きることへの安心感が増すなんて、この世界は本当に不思議だなと思います。 オフグリッドに生きていると必然的に自然なものと繋がり直して生きることになるのですが、自然界を見ていてあることに気づきました。それは、草が生えたり花が咲いたりと命が存在しているということは、生きる条件がすべて揃っている状態だということ。アスファルトの割れ目から咲いている雑草はまさにその真実を物語っていて、必用な条件が満たされればもうそこで生きていけるし、勝手に命が与えられて生きていられてしまうことを教えてくれています。つまり、わたしが(あなたが)いまこの瞬間生きている事実こそが、すべての条件が整っているという確固たる証。「いま生きている、だから大丈夫」。このロジックは非論理的かもしれないけれど、これ以上に論理的な説明はない感じです。この世界をもっと信頼してもっと安心して生きていいのだと思います。 このような経験を経て体得したことは、真理は追うな探すな求めるな!です。いまここを生きている。わたしもあなたもあらゆるものが命を持った存在である。もうそれが明確な〝答え〟のように思います。あなたに優しく微笑んでくれる人、緑を輝かせている木や草や花、頬を過ぎていく風、空間や肺を満たしている空気、降り注ぐ太陽の光のシャワーなどなど、いま目の前にあるあらゆる存在がこの世界を構成して現して映し出していて、それ以上のものはどこにもない。だから、見つけなくていいんです。探さなくていいんです。いまここに命がある。もうこれが全て。 この境地に至ってからは、真理について偉そうに話す人に対して、心と耳が自動的にシャットダウンするようになってしまいました(笑)そもそも、肉体など目に見えるものの〝原理〟は言語化できますが、自然などの〝摂理〟になってくると言語化がだんだん難しくなってきます。そして、天然などの目に見えない〝哲理〟にまでになってくると、もうこれは言語化は不可能に近いかなと。そして、〝真理〟とまでいくと、言語を超える域なので説明は無理だと思うのです。その代わりに、いま目の前に在る〝命〟という存在を通して、人が口で説くよりもずっと分かりやすく明瞭に現わしてくれています。ただ在る、ただ存在する。それ以上でもそれ以下でもない。真理を遠くにあるものとして追ったり探したり求めたりすればするほど自分の命やあらゆる存在から離れてしまい、自分自身からはぐれ、世界の中で迷い、人生の迷子となるのではないかと。 真理を説く人たちへの違和感とわたしが感じている真理について親愛なる友人に話したら、まさにそれだ!という言葉を教えてくれました。茶道をされているそのお友だちが、訪れた茶道具展で飾られていた掛け軸の中で見つけたそうです。その言葉をご紹介して、今日の締めくくりにしたいと思います。「露堂々」真理は、実は平凡な万物万象の上に、歴々と明らかに、かつ堂々と露われている(翠巌宗民)逗子の海岸にて海辺で過ごすのがきもちいい季節の到来です!

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  • 03May
    • あらゆることを許可できているとき、あなたはあなたを生きている

      横浜に戻ってきて1週間。今のところ母の家で過ごしています。このブログを読んでくださっている方にお会いすると、「その後お母さまとはどうですか?」とよく聞かれます。今日はあれから起きた色々な面白い変化のお話しです。参考自分以外の誰かではなく自分自身をしあわせにする覚悟■愛されていることを確かめたいがために悪態をつく 母とは劇的に関係がよくなりました。もちろん一緒に居ると腹が立つことやぶつかることもあるのですが、お互いが本音で話せるようになったので、何に怒っているのか、何が気にくわないのか、どうしたいのかなどなど、あらゆることを正直に話して歩み寄ってその都度解決しています。 母とはずっと確執が続いて、可愛い娘になれなくて、悩み苦しんだ人生。なんであんなに悪態をついていたかが、今となってはよくわかります。要するに、愛されていることを確かめたかっただけなのです。こんなに嫌な態度をとっても、こんなに困らせても、役に立たない存在であっても、それでも変わらないでいてくれたら愛されてるはずだと思って、あれこれ試していたんだなと。つまり、相手にとってメリットゼロの存在でもそのまま受け入れてくれるかどうかを確かめることで、自分が愛されていることを確認しようとしていたようです。 なので、母に対しては冷酷でした。話しかけられても無視か気のない返事。お願いされてもやらない。不機嫌につまらなそうに話す。わざと意地悪する。余計な仕事を増やさせるなどなど(ああ!なんて偏屈でねじ曲がった娘だったのでしょう!汗)でも、あの日以来の母は凄かった。どんなに嫌な態度をとっても、怒ったり叱ったり一切しなかったんです。そして、リトルチカちゃんは「こんなわたしでも愛されているかもしれない」と母を信頼し始めていきました。 愛されている実感を持ち始めたら、だんだん心がオープンになっていって、少しずつ可愛くなっていきました。朝起きたら「おはようございます」と言えて、夜寝るときに「おやすみなさい」と言えるようになったことは、自分でも驚いています。これって普通の家庭では当たり前のことかもしれないですが、わたしたち親子では奇跡のようなことなんです。挨拶ができる!会話ができてる!お互い笑ってる!すごい!すごい!すごい!すごーーーーーい!という感じで、まさかこんな日が来るなんて!と感慨深いきもちになります。しあわせの沸点が低い人生って最高です!■あんこ中毒が治った! 一番の大きな変化は、食べ物の変化かもしれません。実はそれまで〝あんこ中毒〟だったことをここで告白します。大福、お団子、お饅頭、どら焼きなどがとにかく好きで、かなりの量を一日でペロリとたいらげていました。寝ても冷めてもあんこのことで頭がいっぱいで、ほぼ毎日和菓子屋さんに通っていたくらい。ケーキやアイスに比べたら身体の負担は少ないはずだから大丈夫と、適当な言い訳をつくって食べ続けたあんこでした。 しかし、母との問題が解決すると、あんこへの欲求がまったく無くなってしまったのです!むしろ甘すぎて受け付けなくなってしまったくらい。逆に、動物食否定派のベジタリアンだったのに、お肉やお魚や卵や乳製品などへの抵抗がなくなって、それらを美味しいと感じるように。久し振りに食べた鶏肉料理は涙が出そうなほど美味しくて、ヨーグルトは感動のあまり400gの大パックを一気に半分くらい食べてしまったほど。 5年ぶりに牛肉を食べた翌日のこと。排便をすると、これは本当に便なのかしら?と思うほど甘く美しく芳醇な香りをしていて、しばしトイレの中で感動にふけりました(笑)そんなカラダからのお便りを受けとって、ずっとお肉を欲していたし求めていたし必要としていたことが分かったのです。長いあいだ要求を無視して禁止し続けてきたことに気づいて、自分自身にごめんねと謝りました。いまは頭ではなくてハートやカラダにきいて食べるものを決めるようにしていて、何を欲しているかをしっかり掴む感覚を取り戻している最中です。■自立とは、自由意志を使いこなせている状態のこと ベジタリアンをやめて3ヶ月ほど経ったのですが、なんだか顔つきが優しくなってきました。そんな矢先にこんなエピソードと出逢いました。ストイックなヴィーガンの奥さまと結婚されていた男性がいて、その奥さまの主張としては「動物肉を食べると性格が荒々しくなるから食べてはいけない」とのこと。家庭の食事でお肉が出されることはなかったそうです。でも、家の中を見渡すと、毎日お肉を食べている愛犬が一番優しくて穏やかで、当のご本人の奥さまはいつもヒステリックでまさに荒々しかったと(笑)  なんであんなにベジタリアン思想に囚われていたかが、母との関係を通してやっと分かりました。それは、自分を縛ることでしか立っていられなかったということ。柱に自分を紐で縛って括り付けることで、立っているように〝見える〟ようにしていたんだなと。その縛りを解いてしまうとその場に崩れてしまうくらい危うい状態だったけれど、母の愛を感じてエネルギーが湧き出てくるようになったことで、自分を支えるための紐が必要なくなったのだと思います。 これはいけない!こうすべき!など禁止や命令に心が動いて従うときは、心の中の何か大切なものがすでに枯渇していて、思考判断能力が機能していないロボット状態なのかもしれません。あれもOK!これもOK!とあらゆるものに許可できているときこそ、自分の意志で選択できるほどしっかり覚醒していて、本当の意味で自立している状態と言えるのかなと考えるようになりました(でも、ベジタリアン食は変わらず大好きで、基本の食事はやっぱりこっちです)。 お肉も美味しい!お野菜も美味しい!なんでも美味しい!あれも食べたい!これも食べたい!それも食べたい!美味しいと感じるものや好きなものが多い方が豊かで平和なように感じます。お肉を食べる人を蔑んだ目で見ていた自分は、なんて偏った物の見方をした愛のない人間だったのだろうと、いま省みています。誰かや何かを否定して自分自身を肯定する生き方はもうおしまい。あらゆるものを許可していって、自分で狭めてしまった世界をもう一度自分のチカラで広げていきたいです。明日は前夫とハンバーガーを食べに行く予定!楽しみです♫木々や太陽の光が美しい季節ついつい見上げて歩いちゃう

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  • 28Apr
    • 自身に内在する男性性が極限まで引き上げられたら〝オンナ〟に戻ってきた

      愛知と京都でお話し会を開催していただき、淡路島と長崎に寄ってから横浜に戻ってきました。今回も多くの方々から親切とおもてなしを賜り、素晴らしい時間を過ごさせていただくことに。出逢ってくださったみなさま、お世話してくださったみなさま、ありがごうございました!5月は関東でお話し会や講演会があるので、しばらく横浜で過ごす予定です。今回の旅は〝女性と男性〟について考えさせられることが多く、旅生活を経て気づいた根源的な願いとリンクすることがあったので、そのお話をしたいと思います。婚姻オフして家を持たずに生きてみたことで見えてきた景色を分かち合えたら嬉しいです。■女性は男性のチカラを借りて輝く愛知県南知多で開かれた『Yagna2018』で登壇させていただきました。ひとつひとつ丁寧につくられるヒマラヤ精油で有名なQUSUYAMA LLC.さん主催のもので、それはそれは素晴らしいイベントでした!美しい音楽が奏でられ、身体によいものが振る舞われ、それぞれの得意で好きなことやものを出店して、知恵や体験を分かち合い繋ぎ合った場。みんな笑顔でリラックスしていて自然体で、言葉にできないほどの幸福感に満ちた時間・空間でした。無事にイベントが終わって、スタッフや協力メンバーの方々とお話しをしていたときに、その幸福感がなんだったのかが分かることに。当日美しい音楽を奏でてくださったギタリストの成川正憲さんがこうおっしゃったのです。「今日のイベントがこんなに良かったのは、女性のみんなが生き生きしていたからだと思いました。その様子を見ていて、女性は微生物だと気づいたんです。男の役割ってその発酵を促す〝場〟や〝環境〟をつくってあげることなのかなと。女性たちがしあわせだと世界は自然と平和になっていくと思いました。」参加者50人の中で男性はたったの5人だけというなか、重いモノを運んでくれたり、看板をサッと作ってくれたり、竹でお皿やお箸をつくってくれたり、願いや望みにどんどん応えて支えてくれた姿が印象的でした。だからこそ女性たちは安心して自分たちを表現できて最高の場になったのかもしれません。自らの存在を喜んで進んで女性に与えていく男性ってステキだなあと思ったのでした。聴いてくださったみなさま、ありがとうございました!話している側のわたしが最後に泣きそうになるほど、素敵な方々との最高の時間となりました!■男性は国生み 女性は神生み愛知を発って京都を経て淡路島に到着した夜のこと。今回もmusubiでお世話になったのですが、夜に宿泊者のみなさまと一緒に話していると、主宰者でもあり高校の同級生でもある龍見亮太くんがこんなことを言ってきて、思わず泣いてしまうことに…。「チカちゃんを見てるとさ、天に動かされてる人だなって思うんだ。チカちゃん自身も、〝この世界がよくなるためにこの身をどうぞお使いください〟って委ねていて、孤独を受け入れてひたすらがんばってるというか。でさ、こんなことをチカちゃんにさせてちゃダメだって思うんだ。女性ってがんばる存在じゃないんだよ。がんばるのはオトコの方だと思うんだよ。この淡路島は男神イザナギと女神イザナミがつくった島で、男性は国生みで女性は神生みという役割が与えられているんだって考えるようになったんだ。女性たちが安心して〝神〟という命を宿して生み出せるように、男たちはその〝国〟となる環境とか場をつくるのが役目なのかなって。だから、もうこれ以上がんばらなくていいように、おれらオトコたちがもっとしっかりしなくちゃいけないなってマジで思うんだ。チカちゃんにはもっと安心して生きて欲しいというか、神生みの喜びを味わって欲しいというか。」この言葉をもらって大粒の涙がボロボロ…。成川さんといい龍見くんといい新しい時代の幕を開ける男性たちが増えていきていることに希望が溢れて、きっともう大丈夫!と安堵のきもちに包まれたのでした。泣きながら思ったのは、これはわたしだけの涙ではないということ。おそらく多くの女性が癒され勇気づけられ安心する言葉なのではないかと。そんな女性たちを代表して泣いていたように感じます。京都で大好きなお友だちと再会して鞍馬山を訪問新緑の光のシャワーがきもちよかった!■旅は男性性を引き出す旅は冒険心を高めて男性性のエネルギーを引き出すようです。男性的なエネルギーは直線的で破壊力があるので、古い自分を打破するには持ってこいでした。離婚して新しい自分に生まれ変わりたいと思っていた頃のわたしにはピッタリだったようです(潜在的に選んでいたのかもしれません)。しかしながら、旅を始めると初潮以来ずっと順調だった生理が止まる事態に(汗)そのくらいまで自身の男性性が高まったら、陰極まって陽転じるように女性性が目覚め始めたようで、根を張れる〝ホーム〟というものへの希求がいま起こり始めています。※生理が遅れるようになった話はコチラ男性的なエネルギーを思いっきり使いながら旅をして動き続けた結果、女性的なエネルギーが脈打ち始めて、「落ち着きたい」「安心したい」という欲求が生まれてきています。(と言いながらも、これからもまだまだ旅をしたい自分もいたりします)■家は〝愛の巣〟で、女性としての喜びを体感する聖所家とオフ・グリッドしてみたことで見えてきたわたしにとっての〝ホーム〟とは、命を創造する安全で神聖な空間ということ。それは〝愛の巣〟という言葉がぴったりで、自分たちの手で作り出す愛の空間。神生みという女性の喜びが叶えられる聖所なのだと思います。そして、庭や菜園という空間がどれほど重要な機能を果たしているかが分かりました。土に触れて、種を蒔いて、育てて、収穫して、お料理して。つねに命と触れ合うこの時間を通して、暮らすことや生きることの根源的な何かと繫がっていられるようです。旅をしているとその時間や場所がなく、枯渇感や空虚なきもちの波に襲われます。いま、庭や菜園が恋しくて恋しくてたまりません。澄んだ空気が吸えて、清らかな水が飲めて、豊かな大地があって、生きることや命を生み出すことになんの不安も疑いもなく安心して暮らせる環境で生きたいな。そこにセルフビルドで家を建てて、お庭でお花やお野菜や果樹を育てて、愛する家族と毎日笑顔で暮らしたいな。そんなことをいま願い始めています(あと馬を飼って車の代わりに移動する暮らしがしたい!)。横浜で生まれて横浜で育って横浜で結婚して横浜から一歩も出たことのなかったこの人生。横浜以外の場所で暮らすなんて考えたこともなかったけれど、旅をして世界が広がった今は地球自体が家になったので、どこでも生きていける自信や決意や強さが芽生えてきました。どこの土地とご縁が結ばれるかな。国内かな?国外かな?夢が叶う土地に導かれるといいな。人生という旅はまだまだ続く…

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  • 15Apr
    • 旅をしていると地球そのものが家になる

      ニュージーランドという国が多くの希望と夢をもたらしてくれることに!というのも、わたしがいま必至に日本でもがきながら取り組んでいることが、もう実現している未来先取りの国だったのです!こうなってくると、日本という箱を飛び出して、海外で新たな人生を創造してみたくなってきました!チカちゃんは千と千尋の神隠しの「坊」みたいと言われたことがあるのですが、その意味がやっと分かってきた今日この頃のお話しです。■ニュージーランドと日本は似ているけれど逆さまの関係?ニュージーランド行きが決定したら、勝手に情報がドンドン舞い込むようになって、どのような国かが分かってくればくるほど、これはわたしが体現したい未来そのものじゃないか!と思うように。面白いことに、日本とは赤道を挟んでちょうど反対側の南半球に位置していて、大きさもほぼ一緒で形もソックリ。同じ島国で四季があってとても似ていることから姉妹国と呼ばれているそうです(全然知らなかった!)。日本と形や面積が似ている!(画像はネットより拝借)でも、起きていることは見事に逆さま。例えば、同じ先進国でも日本は原発をたくさん抱えているけれど、NZは原発ゼロで電気の8割が再生可能な自然エネルギー。日本の出生率は先進国最下位だけど、NZはトップ。日本の労働時間の長さは世界でトップだけど、NZの労働時間は最短レベル(短い時間内で質の高い働き方をしていると聞きました)。他にも、同性愛者婚を先駆的に導入した国であったり、環境保全に力を入れている環境立国だったり、食糧自給率が400%を超えていたり。そして、日本の首相はあの通りですが、NZの首相は37歳の若い女性。しかも妊娠中でそのパートナーとは籍を入れていないのだそう。というのも、NZでは大多数の人が事実婚を選択していて、ひとつ屋根の下で暮らしていれば結婚とみなされるそうです。まさに〝籍〟や〝制度〟に囚われない結婚スタイルであり家族スタイル(苗字も好きな姓を名乗ってよいのだそう!わ~お!)。それをしたくて婚姻制度からオフしたわたしとしては、同じ地球上にすでにこういう国があったのか!と、しびれるほど感銘を受けたのでした。必至にもがいて、必死にこの考えを声や言葉にして、必死に取り組んできた力が抜ける感覚を覚えました。それが当たり前の環境がすでにある。描いている未来の社会がすでにある。体現したい暮らしがすでにある。ああ、こういう環境で暮らしたいな。すでにあるところに身をおいたら、取り組み(という名の闘い?)に使っていたエネルギーをもっと他のことにクリエイティブに使えそうだな。ニュージーランドへの移住という夢がむくむくと大きくなっていきます。と、ここまで下書きを書き終えた数日前に、愛してやまないウェブマガジンgreenz.jpの編集長の鈴木菜央さんとお会いして、ニュージーランドに行ってこのようなことを感じたことをお伝えすると、とても勇気が湧いてくるお話しをしてくれました。NZは今の日本が抱えている問題を既に経験した国で、だからこそ今のリベラルな社会が出来上がったと教えてくれたのです。イギリスの産業革命後の経済成長に伴って環境が破壊に破壊されて、それに声を上げる人たちが増えて環境を大切にする意識が高まっていったことや(地域によっては9割の貴重な原生林が伐られてしまったところもあります)、イギリス流の同姓を強制するような厳格な結婚制度に窮屈さを感じて今のような夫婦や家族スタイルへと変わっていったことなど。日本の経済システムや婚姻システムや教育システムなどさまざまな制度が限界を迎え始めているいま、きっとNZのような過程を経て平和で豊かな国になっていくのではないかと(そのためには市民たちが行動に移していかないとですね!)。なるほどと思うと同時に、今の日本の既存システムに疑問を持って抜けていく我が人生は、自然な流れに乗って未来へと進んでいるのではないかとちょっと嬉しくなったのでした。■日本人の前に地球人だったことを思い出す!電線というグリッドを一本切ってみたことで目の前に現れた自由な世界。それは、今までいた世界が常識や当たり前に囚われた窮屈な社会であったことを教えてくれました。こんなにもがんじがらめに縛られてその網目にからめとられていたのかと気づくようになって、ひとつひとつの問題ありなグリッドを切っていく作業をしてきたこの数年間。意識がどんどん拡大していく感じでした。前夫と離婚するときに、「チカちゃんはもうこの家に収まりきらないでしょ。今のチカちゃんが家を出ていくのは自然なことだと思うよ。たぶん10年後とかは海外にいるんだろうね。日本に収まりきらなくて世界に飛び出した姿が目に浮かぶもん」と言われました。そして、わたしのことをよく理解してくれている大好きなお友だちからも、「チカちゃんは千と千尋の神隠しに出てくる〝坊〟みたいだよね。もうさ、どんどん拡大しちゃって今いるところに収まりきらない感じ!家に収まらなくなって今のチカちゃんがいて、近いうち日本にも収まらなくなって海外に出ていって、そのうち地球にも収まりきらなくなって地球から飛び出しちゃいそう!笑」と言われて笑ったのでした。たしかに日本という国にこだわることはないのかなと、考えるようになってきました。日本人として生まれたからにはここで骨を埋めなくてはならないと思うのもひとつの囚われ。東日本大震災と原発事故を経験して生き方を変えようと決めて、この国をなんとかしなきゃ!わたしが変えてみせる!救ってみせる!というようななんだかおこがましい責任感で走り続けた7年間。それだけ日本を愛しているからこそなのですが、ひょっとしたらこのこだわりと執着が逆に問題解決から遠ざけているかもしれない…と感じるようになってきました。日本というグリッドから自分を解き放ってみたとき、わたしの前にはどのような世界が現れ、何に気づき見落としていたことを拾い上げるんだろう。グリッドを切れば切るほど新たな繋がりが生まれることや、繋がっているべき繋がりは逆に強固になることを知ったいま、日本とわたしの間の関係性はよりよいものとなり、よい結果をもたらすのではないかと。家を持たずに旅をしていたら、地球そのものが家となったような感覚があります。何も持たなければどこでも生きることができる。サトウチカという女性である前に一人の人間であったこと、日本人である前に一人の地球人であったことを思い出すような感じです。元宇宙飛行士の毛利さんは宇宙から地球を見て、「国境はなかった」とおっしゃっています。地球という星に住まう一人の宇宙市民であることを意識していたいです。■箱から飛び出す勇気を持ち続ける多くの人が箱の中で生きていて、その箱を世界だと勘違いしているのかもしれません。箱の中にいることを認めて、その箱から飛び出すことで、見える景色はガラリと変わります。ベクトルの向きは逆になりますが、マトリョーシカみたいな感じなのかなとも思います。これが自分だと思っていた自分の中にはさらにもう一人の自分がいて、その自分に出逢うためには外側の自分を壊さないといけなくて。それを繰り返す度に、閉じ込められていた自分は、奥行きがあって風が抜けて色鮮やかで光に溢れたこんな世界があったことに感動する。そして、その世界の一部が自分であることを知って、さらに感動する。日本は特にイン・ボックスな文化だなと感じます。一つの箱の中でみんなが同じことをやることを強制する社会というか、同調圧力が強いというか、みんなと同じことをしないといけないと思い込んでいるというか…。わたしはサウナがとても苦手で5分も耐えられない人間なのですが、あの蒸し暑い箱の中で「もう出たい」と思ったときに、隣の人が我慢して汗水垂らしている姿を見ると、「わたしももう少し我慢した方がいいかな…」と思ってしまったり、そのサウナから立ち上げってドアを開けて外に出ていくのにちょっと勇気が必用だったりします。そういうときに、「わたしって日本人っぽいなあ」とよく思います(笑)でも、無理してサウナの中に居続けたら、脱水症状を起こして干からびていくし、それでも無理し続けたら死んでしまうわけです。中心に眠っているわたしに辿り着くには、まだまだ相当な量のマトリョーシカを割って開けていかないといけません。でも、外側の自分を割るときの怖さは楽しさに変わり、一段内側で眠っている自分に出逢えることの喜びや感動を知っているいま、どんどん割っていくことへの不安をそれほど感じないことはしあわせだと感じます。そのプロセスでは痛みや恥を伴なうのですが、後になればそれも時間が流れ去らせてくれることもよくわかり、時間というものへの信頼も育まれました。自分の内側へ、さらに内側へ、さらにさらに内側へ。見るべきものはあくまで自分の内面であって、他人ではないということもよく理解できるようになったので、自分と他人を比べることもなくなって今は生きるのがすごく楽です。日本という箱を飛び出すのはいつになるかな。いまはニュージーランドにとても興味があるけれど、そこに導かれるかな。新しい国でソーラークッキングを広めたいな。だって、おひさまはどこの国にも平等にあるから。そして、その国と日本の太陽を結びたいな。2020年までに日本を飛び出すことを目標にしてみよう!ニュージーランドから日本に帰ってきたときに出迎えてくれたおひさま◎お知らせ◎中部・関西方面でオフグリッドのお話し会やソーラークッキングwsが開催されます!この旅で待っている嬉しいご縁や実りある時間を楽しみにしております!■4月16日(月) 愛知県南知多 詳細はこちら■4月19日(木) 京都府京都市 詳細はこちら

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  • 12Apr
    • 世界はこんなにも優しかった!人間アレルギーから人間ラブへ

      〝終わり〟から〝始まり〟へと向かういま、導かれるように訪れることとなったニュージーランド。まさかこんなにもたくさんの有形無形の温かな贈り物を賜るとは思ってもいませんでした。ゼロリセットして生まれ直そうと思って、止まっていた過去の時間から抜けようと覚悟を決めて、今までできなかったことを思いっきりやってみようと奮い立って、色々なものを手放して家を出てスタートした家ナシ旅生活。このニュージーランドでは、最後の転換点を迎えることとなりました!今回はその続きです。■マオリのスピリットが結んでくれたご縁「地球の歩き方」を見てなんだか強烈に魅かれて、絶対にここに行かなきゃ!と思ったロトルアという街(前回の記事はこちら)。そこはオークランドから車で4時間ほどのところで、地熱地帯ともあって地球内部から湧き上がるエネルギーが力強く伝わってくる場所。街中から硫黄の匂いがするスチームがモクモクと噴き出ていて、熱い温泉がそこかしこで湧き出ています。テ・プイアの間欠泉 地球が生きていることを実感!そんなロトルアで嬉しい出逢いがありました。ロトルア湖のほとりで、元フライトアテンダントの美しい日本人の奥さま(50代)と観光バスのドライバーをされていたNZ人の旦那さま(70代)のご夫婦が経営されているB&Bがあるのですが、日本語の観光案内所も兼ねていらっしゃっていて、ロトルアのマオリの文化に触れられるオススメの場所がないか相談しに行ったことがきっかけでした。宿泊先を聞かれてお答えしたら、そこのレストランバーでいつもお酒や食事を楽しんでいらっしゃるとのことで、「よかったら明日の夜ご一緒しませんか」とお誘いくださり、ご夫妻とご友人とホームステイ中のAちゃんと一緒に時間を過ごすことに。お話しをしていると、奥さまはわたしと同じ横浜出身で実家が近く、姉と同じ高校に通われていたことが判明(It's a small world!)。勝手ながら深いご縁を感じてしまったのでした。ロトルア湖にいるブラックスワン 初めて黒鳥を見た!翌日、ご主人がロトルアの秘境的な素晴らしい場所をAちゃんと一緒にご案内くださることに(なんとご友人から車を借りてくださってまで!How generous they are !)。見たことのない美しい滝や、マオリが大切にし続けている湖など、ガイドブックに乗っていない数々のパワースポットにお連れいただき、息を飲むほどの絶景と澄み切った〝氣〟に深く感動!地球の呼吸やその生命力にダイレクトに触れて、言葉を失うほど心が熱くなって魂が揺さぶられて放心状態になるほどでした。なにより、ご夫妻のB&Bでの宿泊客でもなく、出逢って間もないこのわたしに、時間をつくってご案内してくださるその親切さと寛大さに胸がいっぱいに。見たことのない美しい滝 古代の地球にタイムスリップしたみたい!ロトルアに来てからというもの、なんだかマオリのスピリットが出逢うべき人(再会すべき人?)や必要な場所に導いてくれているような気がしてなりません。わたしの前世はマオリだったのではないか?と、ついつい考えてしまったり。というのも、マオリが戦いの前に踊っていたハカという伝統踊を見たときに涙が止まらなくなったり、マオリが大切にしている聖域に連れていってもらえたりすることが、偶然の一言では片づけたくない何かとても尊く貴いきもちにさせてくれます。あの夢で思い出したNZにいる幸福感や、NZに降り立ったときに感じた「戻ってきた!」という安堵感や、水星逆行中とは思えないほどのスムーズさや、奇跡のような出逢いは、きっときっとわたしの魂の粒子とマオリのスピリットが共鳴しているからだわ!と、ロマンチックな妄想が全開。マオリの壁画ワカと呼ばれる細長い舟に乗って海を渡って来たマオリの姿ロトルアをご案内いただいた後はご自宅にお邪魔させていただいて、奥さまの美味しい手作り料理をご馳走に(さらに感動で胸がいっぱいに!!!)。色んなお話に夢中になって出発まであっという間に過ぎた時間。別れ際に、お土産に買ってあったお菓子をお礼に渡そうとしたら、「いえいえ、要らないですよ!NZで買ったおやつでしょう?ぜひご自身で食べてください」とお礼を受け取ろうとすることは一切ありませんでした。むしろ、「一緒に行っていただいてありがとうございました。主人もとても楽しかったようです。ぜひまたロトルアに遊びにいらしてください。お待ちしております」と。見返りを求めることなく与えっぱなしができるその在り方があまりにも素敵で、どうしていいかわからないほど感謝と感動で胸がいっぱいになって、言葉が追い付かなくなってしまって、ただただ「ありがとうございます!ありがとうございます!」としか言えませんでした。ご自宅を後にして空港に向かうバスに乗ったら熱い涙がポロポロ。こんなにも優しくてこんなにも親切な人たちがこの世界に居るというこの事実だけで、これからも生きていけると思ったのでした。ピピという貝で作った奥さまのピピチャウダーとっても美味しかった!■人間嫌いから人間好きへ。貰う側から与える側へ。不和な家庭で生まれて大人への不信感を抱えたまま大きくなって、周りにいる人たちはみんな意地悪でわたしを苦しめる存在だと思い込むようになって、いつしか誰にも頼ることなく自分の力だけで生きていくんだと強がるようになって、そうしているうちに甘えることや助けてもらうことを悪とみなすようになって、気づいたら友人や同僚や関わる人すべての人たちがライバルや敵になっていて、学校や職場は戦場となって登校拒否や転職を繰り返した人生前半(学生時代は部活やサークルにも入らず、社会人になってからは会社の飲み会がある日は仮病を使ってまで休んだこともあったくらい!)。家族にも友人にも同僚にも心を開くことはなく、人付き合いをできるかぎり避けて、でも社会で生きていくためにがんばって好かれようとしてみて、その反動で疲れて結果的に嫌われることをしてしまい人間関係に落ち込んで悩んで…という負のループを繰り返した日々。もったいないエネルギーと時間の使い方をしてきました。過去の自分を振り返ると、本当に屈折した性格で、かなり〝難あり〟な人間だったと心底思います(苦笑)どんどんこの世界が嫌いになって、どんどん人間不信になって、どんどん自分自身が分離していって、気づいたら究極のところまで辿り着いていた自分。もう限界だ…死にたい…でも死ねない…。大好きな前夫にすら、「チカちゃんは誰のことも信用してないよね。俺のことですら信じてないでしょ?」と言われたことがあります。空っぽで枯渇している状態で、息をするのも立っているのもやっとなギリギリの自分であることに気づいたのが33歳のとき。こんな歳になって気づくなんて…と絶望しましたが、それでも人生は続いていくのだからもう迷ってる暇はない!生きながら今までの人生に幕を降ろしてゼロに戻って、自分で自分を満たして生きていく人生に切り替えようと覚悟を決めて、一人に戻ることを夫に泣いて頼んでお願いして1年かけて離婚して、あらゆるものを手放したのが昨年でした。古い自分を破壊して着込んだ鎧を脱ぐために思いついたのが旅生活。こうなったら助けてもらわないと生きていけない状況を自らつくって、人の中に飛び込んで迷惑をかけてでも甘えて頼って、人に生かされる経験をしようと、この重度の人間アレルギーを治すための荒治療に挑みました(無理をして人と会うと、蕁麻疹や鼻水やくしゃみなどのアレルギー症状が本当に出ます!笑)。その意志と意図の通り、寝床や食事やお風呂や仕事やチャンスや楽しいことなどあらゆるものを与えてくださる方々がどんどん現れて、これでもかというほど親切にしていただいて、空っぽだった心に愛が注ぎ込まれて、いまのわたしが生まれることとなりました。そして、これからもずっとずっと大切にしていきたい〝友人〟や〝家族〟と呼べる人たちがたくさんできて、人間関係が多様で立体的で鮮やかになっていって、生きることが楽しくなりました。この世界は本当は優しいのに、辛いことや悲しいことを経験しているうちに世界を見る目が濁って曇ってしまっただけなのかもしれないと、今はそんな風に感じています。あれだけ人間嫌いだったのに、気づいたら人間の深い愛と寛容さにひれ伏したくなるほど、今では人間という存在の偉大さと愛の深さに感動する日々。自分がとっても小さくてちっぽけに思えてきて、与えることを喜びと感じるような大きな器を持った人間になっていきたいといま強く強く強く願っています。わたしはこの一年で本当に変わり、別人になったと自分でも思います。人間とは意志と覚悟と行動でいつでも変われることができ、一瞬一瞬に生まれ変われるチャンスを与えられている存在のようです。人生は可能性しかないワンダーランドなのかもしれません。今回のニュージーランドの旅では、雄大な自然にたくさんパワーをもらって、美しい景色にたくさん感動をもらって、どこまでも親切で優しい人たちとの出逢いからたくさんの愛をもらって、もらいっぱなしの旅となりました。人間アレルギーから人間ラブへと変容する最後の転換点をようやく通過して超えたようです。これだけ与えてもらった分、今度はわたしが人々や世界に与えていく番。さあ、これからはどんどんこの身を使っていくぞ!この旅で出逢ってくださった心優しいみなさま、本当にありがとうございました!こんなにも与えてくれたニュージーランドに、たくさんの愛と感謝を日本から送ります!レッドウッドフォレストで大きな大きな杉の木だけど、これでもまだ若い樹齢だそう!

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  • 10Apr
    • 自分を貫き通したことで現れた、澄み切った生きやすい世界

      8日間ニュージーランドを旅してきました!突き動かされるように訪れることとなったNZ。きっかけは2月にもたらされた〝生まれ変わり〝。長年続いた母との確執を乗り越えて、ご先祖からの因縁を断ち切って、それを象徴するように一本の歯を抜くこととなって、生きながら死んでまた新たな生を与えられることとなったその時に、なぜかニュージーランドと繋がったのです。参照◎自分以外の誰かではなく自分自身をしあわせにする覚悟◎わたしたちは過去・現在・未来をつなぐ〝時の結び人〟◎進化とは原初の姿に戻り還っていくこと■連続して起きたニュージーランドにまつわる不思議な出来事奥歯とお別れした数日後の朝のこと。起きるか起きないかのあの夢か現かという頃合いに、不思議なビジョンを見ました。それは、森の中でしあわせそうに暮らしている自分の姿。ここはどこだろう?とその風景をよく見てみると、日本にはない高い立派な木が並んでいます。日本ではないことが分かったので、一体どこにいるんだろう?ともっと意識を集中していくと、エネルギーの回転が逆であることに気づきます。これはどういうことだ?ともっともっと意識を研ぎ澄ませていくと、南半球にいることが分かりました(北半球と南半球ではお風呂などの栓を抜くと、日本と逆の右回りの回転になります)。オーストラリアかな?と思ってその光景の情報を手繰り寄せていくと、オーストラリアではありません。どこだ?どこだ?この幸福な場所はどこだ?とさらに意識を集中していくと、ニュージーランドであることが分かったのです。あまりにもしあわせなそのきもちに涙が勝手に流れてきて、泣きながら目を覚ましたのでした。ニュージーランドの木々はのびのびとしていて美しい!そして、ここからがすごかった!翌日からこれでもかというほど〝ニュージーランド〟というキーワードが目や耳にどんどん入ってきます。ある日パソコンでネットをしていると、ニュージーランド航空の格安航空券の広告が画面上に!NZのことを検索していないのにナゼ?!しかも往復7万円(安っ!)。猛烈に行きたくなってきて本屋に駆け込んで「地球の歩き方」をゲット。穴が空くほど読みまくりました。そして、北島にあるロトルアというマオリの部族の聖地がある街に強烈に魅かれたのでした。今すぐ行きたい!と思うものの、2月は徹底的に休むことにしておしごとをしなかったのでおカネに余裕がない…ガーン(参照 何かをして得るもの。何もしないで得るもの)。貯金を切り崩せばいいだけなのだけど、離婚したばかりの今は躊躇してしまいます。これは一旦落ち着こうと思って散歩に出かけることにして呼吸を整えながら歩いていると、小学校1年生くらいの男の子が後ろから走ってきて、「ねーねー!ニュージーランドっていう国しってる?」と言ってくるではありませんか!絶句して言葉が出てこなくて、「う・・・うん・・・」としか言えないわたしをニコニコ見ながら走り去って行きました。今のは一体なんだったんだろう…と心臓がバクバクしながらも、きっとこれは「NZに行きなさい」ということだと確信して、肚をくくって航空券をすぐに予約。お話し会の日程と航空券の価格から、3月31日~4月8日という期間に自動的に決定したのでした。翌日、通帳が入っているポーチを開いたときに信じられない奇跡が起きます。そのポーチには幾つかポケットが付いているのですが、普段使わないポケットがなぜか気になってファスナーを開いてみると、1年ものあいだ換金するのを忘れていた一枚の小切手が出現!しかも今回の旅行にピッタリの額!すごーーーーーーーい!これはすべてが用意されている旅で、きっとNZは祝福して歓迎してくれる!そう確信して今回の旅に臨んだのでした。■〝終わり〟から〝始まり〟へ出発した日は満月で、満ちる月を機内の窓から見つめながら日本を発ち、日本とNZのあいだの空で満月を迎え、翌朝輝く朝日に抱かれながら降り立つと復活祭のイースター。 しかもサマータイムが終了して新たな時間が始まる日。そして、NZを発つ旅の終わりの4月8日はお釈迦様の誕生日であることも判明。全く意図せずともこんなことってあるんだなあとビックリです!機内から見た日の出昨年7月に古代イングランドの聖地グラストンベリーを一人旅で訪れたのですが、その時もまた意図せずしてそこで夏至を迎えることとなりました。今思うとあの旅は〝終わり〟がテーマだったように思います。離婚すること、コラム連載の仕事を辞めること、家を出ることなど、〝終わり〟への決意と励ましを自分にもたらす旅でした。でも、今回のニュージーランドの旅は復活祭やお釈迦様の誕生日にふさわしく、〝始まり〟がテーマのように感じます。ゼロに戻ったことで本当のわたしの人生が新たに始まって、ずっとずっと待ち望んで願ってきたことが動き出す予感(近日中に嬉しいご報告もできそうです!)。NZは太陽も空も雲も木も全てが驚くほどダイナミックで、その高いエネルギーがどんどん心身に流れ込んできて、まさにキリストが蘇ったようにわたしもリバイブするかのよう。〝終わり〟から〝始まり〟へと向かうこの流れにワクワクが止まりません。終わりは始まりであって、死と生は切り離せなくて、夜が明けるから一日が始まるのであって、破壊は再生であって、全てはアルファ&オメガであって、八の字を描きつづける無限大の世界(8 = ∞)で生きているのだと思います。始まることは終わること、終わることは始まること。それは相反する対局的なものではなく、分離できない一体化しているもの。すべてを終わらせてみたらこういう境地に至り、生きることも死ぬことも全く怖くなくなり、余計な力を入れずに居られるようになりました。降り立ったオークランドの街の教会で行われていたイースター祭■恩は巡り、誰かから誰かへと手渡されていき、また自分の元へ還ってくる一人旅を満喫していると嬉しいご連絡がありました。FBでフォローしてくださってるというオークランドにお住まいの女性Tさん(60代)から、「チカさんのファンです!よかったらご案内しますよ!」というメッセージが。なんという粋な申し出! 迷うことなくお言葉に甘えることにして、約束の待ち合わせ場所で初めましてとにこやかに挨拶しながらギュッとハグ。品があってオープンハートで明るいお人柄のTさんは、さっそく車でミッション・ベイという海岸にある素敵なバーに連れて行ってくださり、立派なムール貝とチップスをご馳走になりながら色々な深いお話しをしました。ニュージーランドのムール貝は大きくて肉厚で甘い!ふたりで1kgをたいらげました♪Tさんがわたしを知ってくださったのは昨年8月のことで、このブログで削除することとなり幻となった4本の記事をご友人がシェアしていたのを読んだのがきっかけだったそう。その記事は離婚を決意するまでに至った出来事や心の動きを赤裸々に素直に正直に書いたもので、一人の女性に戻ろうと決めたことや、一人の人間として生まれ直そうと肚をくくったことや、自分で自分を満たして生きていくことへの覚悟を綴ったものでした。「わたしはあの記事を読んだからこそ、いまのチカちゃんの生き方や状況への理解や共感があります。何度も読みたいと思って保存していたのですが、削除されてしまってもう読めないことが残念です。自分なりの考えや価値観を持って自由に生きていいんだと、枠から飛び出す勇気をたくさんの人が貰ったと思いますよ。これからチカちゃんみたいな人が増えていくといいですよね。」と心に染み入る言葉をくださり、批判や混乱を招き削除をすることとなったその記事への未消化だった複雑な想いが消化されて昇華されたのでした。別れ際に、こんなにも親切にしていただいたことへの感謝のきもちをお伝えしたら、このようなお言葉が返ってきました。「わたしも色々な人たちに親切にしてもらってきました。こうして巡って回っていくものなのですよ。チカちゃんはもうすでに多くの人に与えているじゃないですか。次にオークランドに来るときは、うちに泊まってくださいね。お部屋はたくさんありますから。」〝恩送り〟や〝ペイフォワード〟の考え方に感動して胸がいっぱいになって、言葉が全く追いつかなくて、ただただ「ありがとうございます」としか言えない自分にもどかしさを感じながらの別れのご挨拶となりました。ニュージーランドのダイナミックで美しい海と太陽■自分を貫けば貫くほど、余計なものは去り、大切なものが残り、結果的に生きやすくなる家を持たない旅生活が7か月を迎えたいま、国境を超えて赤道を超えて南半球のニュージーランドという国にお家とファミリーができたようなきもちです。小さなリュックと小さな鞄で移動するホームレス生活は、海外に家ができるまでにホームモアとなりました。何を言われてもわたしはわたしを生き抜くんだ!いまやりたいことをやりきるんだ!気が澄むまで自分を貫くんだ!自分で自分を楽しませて喜ばせて愛する人生を送るんだ!そう思って夫も仕事も家も全てを手放して丸裸になって挑んだ新しい人生。もちろん去っていく人もいたし、批判してくる人もいたし、その度に傷ついて寂しい想いを味わったのも事実。悔しくて泣いた日もあるし、落ち込んで眠れなかった日もあります。でも、去っていったそういう人たちって、苦手で嫌いなのに無理して付き合っていた人たちなんです。そして、共感してくれる人たちが残って、応援してくれる人たちがどんどん現れることになって、好きな人たちに囲まれた豊かな世界へと変わっていって、結果的にとても生きやすくなりました。こういう住みやすい世界が現れて感じることは、無理してみんなに好かれようとして本当の自分を抑えれば抑えるほど合わない人が増えていって、まるで水や空気の濁りが増して呼吸しづらい生きにくい世界になるということ。逆に、嫌われることを恐れずにありのままの自分を生きれば生きるほど合わない人は減っていって、まるで水や空気は澄んでいって呼吸しやすい生きやすい世界になるということ。人に好かれようとして自分に嫌われるようなことをすればするほど、世界は濁って汚くなって窒息していくのだと分かりました。わざわざ進んで嫌われることはないけれど、わたしはわたしの考えや感性を大切にして自分自身を生きて、澄んだ世界をいつも目の前に体現させ続けていたいです。初めての国を訪れて、「ファンです!ご案内します!」なんて言われる人生になるなんて、1ミリも想像していませんでした。生きているとこんなドラマチックな嬉しいことがあるんですね。箱から飛び出してよかった。自分自身に還ることにしてよかった。これからもわたしはわたしを生き抜くぞ。改めてそう誓うこととなったハートフルな出来事 in オークランドです。ニュージーランドの旅は続く…オークランドの公園で見つけたお気に入りの木の下で日本では聴けない鳥たちの歌声を子守歌にお昼寝♪

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  • 22Mar
    • 曖昧になればなるほど世界はひとつに溶け合っていく

      先日、離婚した夫と結婚8周年をお祝いしました(←この日本語は決してまちがっておりません)。3月は前夫との入籍月。たとえ婚姻制度からオフしても、この人生で出逢えたことや結婚して夫婦になれたことは、ずっとずっと変わらないおめでたいこと。5月は籍を抜いた月なので、再来月は離婚1周年をお祝いしようねと今から楽しみにしているふたり。出逢って夫婦として結ばれたこともおめでたいし、離婚してそれぞれが自分自身と結び直したこともおめでたい。年に2回もお祝いする行事が増えたことは実に喜ばしいことです。婚姻形態に囚われなくなったことで、より豊かになったように感じます。結婚8周年を記念して美味しい食事を堪能♫■手紙と贈り物は別物か?!先日のこと。以前エコ作をご購入くださった方が再度ご注文をくださいました(エコ作についてはこちら)。二台目のご購入かと思ったら、別の方に差し上げるためのご注文であることが判明。となると、エコ作の箱に送り状を貼ってしまうと贈り物としては相応しくないので、透明のプチプチの梱包材で包んでその上に送り状を貼ることにしました。いつもお支払いのご案内に感謝のきもちを手書きして箱に入れて送っているのですが、今回はそのご案内も箱に入れられないので、エコ作の箱の上にそれを乗せてその上から梱包材を巻くことに。準備が整ったのでゆうパックで送るために郵便局に行ったときに事件は起こりました。窓口で差し出すと、担当者が「あ、これは送れませんね」と言うので、「え?なんでですか?」と驚いて聞き返すと、手紙はゆうパックで送れないルールがあって、透明のプチプチの下に手紙らしきものが見えている以上受付不可だと言うのです。担当者いわく、ゆうパックとはモノを送るサービスであって手紙を送るサービスではないとのこと。「この手書きのメッセージが見えている以上送れないので、手紙は諦めて捨ててください。あるいは、封筒に入れ直して切手を貼って郵便物として別途送ってください」と。なんだそりゃと思って怪訝な顔をしながら対抗します。チカ「贈り物をするときに気持ちを一言添えることは自然なことで、それを切り分けることは難しいと思うのですが…」郵「申し訳ございませんが、郵便とゆうパックは別のものでして。」チカ「これは入金先の口座情報を記したお支払いのご案内です。そこに御礼の一言を書いたものなのですが…」郵「手書きの文が何行も書かれてますし、サトウチカと最後にお名前も書かれていますし、これは〝手紙〟とみなされます。」チカ「なんで敢えてそれらを分ける必要があるのですか?」郵「ルールはルールでして、手紙とモノは一緒に送れないと決まっているんです。」チカ「そんなルール嫌だわ!」そもそも手紙を届けるのが仕事じゃない!と鼻息を荒くして言いそうになったものの、これ以上やり合ってもしょうがないので、「もういいです」とプンスカ怒ってその場を後にすることに。春は怒りの感情を司る肝臓がやられるのでただでさえイライラしてしまうのに、こういうことが起こると余計に怒りが増してしまいます。ええい!こうなったらもうやけ食いだ!と思って、久しぶりに菓子パンに手を出してしまいました。そしてまた肝臓に負担をかけて怒りやすくなるというこの悪循環に凹みます。東電ともやり合って(参考 東電が我が家にやってきた)、NHKともやり合って、ついにゆうちょともやり合ってしまった…。ああ、わたしの人生ってなんでいつも権力者たちの決めた制度と戦う人生なんだろう…。ムラの匂いがするものには敏感で、自分たちの私腹を肥やすために都合よい制度やルールを作ってそれを民に押し付けておカネを吸いあげるシステムにはとことん拒否して壊したくなってしまうこの性格(なんたって電線切っちゃったくらい 笑)。戦うオンナって全然チャーミングじゃないしセクシーじゃないしなんだかなあ…と悲しくなります。(が、典型的なインディゴチルドレンのシステムバスターだから致し方なし!と、一人で勝手に自分の運命をさだめて鼓舞してます)■これからは境界線を曖昧にして溶け合わせていく時代だ!こういうことを経験する度に、何かと何かを分けて細分化すればするほど世界は分断されていくことを痛感します。手紙と贈り物を分けて考えるというのもその一つ。すべては繋がり合っていて、対局・両極にあるもの同士ですら重なる部分があったりします。世界とはそういうものであって、ひとつひとつが重なりあいながら全体という一つを成してると思うのです。全体で捉えずひとつの分野の視点で語る〝専門家〟という人たちの意見が通る世の中であることが、全体でものごとを見る力が無くなっている社会であることを象徴しているように感じます。手紙と贈り物が切り離されて一緒に送れないなんて世も末です。これからは分析家や専門家に対抗すべく、統合家や全体家と呼ばれる人たちが出現して欲しいです。求む!統合家や全体家の誕生!〝ホールフーズ〟とか〝ホリスティック〟とか、20年ほど前から〝全体〟や〝統合〟という言葉がオーガニックと共に注目されてきましたが、そのwhole(全体)はholly(聖なる)の語源でもあります。全体として一を成している状態は聖なる状態であって、それを分解していけばいくほどこの世界は壊れていき、さまざまな問題が生まれると思うのです。『アナスタシア』の4巻で、エヴァがリンゴの木の枝を見て「これはどうなっているのだろう?」とその衝動を抑えきれずに折ってしまい、神が創造したこの世界の作品を分解・分析し始めたことが罪の始まりとして書かれていることは実に興味深いことです。「この贈り物は手紙と一緒なので送れません」と無機質で冷たい対応をされてから、わたしの頭は混乱してハートはしょぼくれています。そのロジックがさっぱりわからないし、なんだか人間的じゃないなと思ってしまうのです。手紙と物を一緒に送ると爆発する可能性があるとか、郵便とゆうパックを一緒にすると有毒なガスが発生するとか、〝混ぜるな危険!〟的な理由があってどうしても送れないということなら理解できるのですが(笑) わたしがゆうちょのオサなら、手紙と贈り物はひとつのものとして扱うし、むしろ温かな一言を添えて相手を喜ばせちゃおうキャンペーンとか率先して実施しちゃうけどなあ。境界線を引くのはもうやめて、むしろ融合域を増やしていく。バラバラにしてしまったものを、一つに戻していく。何かと何かを比べて違いを探すのではなく、何かと何かの共通点に気づいて同じものとみなしていく。カテゴライズからハーモナイズへ。分けることはもう古い!これからはいかに溶け合うかだ!と思ったのでした。春が来た!あたたかい草の上で寝っ転がれるこのしあわせと言ったらもう!◎サトウチカのお話し会や登壇イベント情報◎4月16日(月)愛知県南知多@ゆるりがもり4月17日(火)夜 オフグリッドのお話し会@名古屋市 ※近日公開予定4月19日(木)オフグリッドのお話し会&ソーラークッキングws@京都府京都市4月22日(日)オフグリッドの先に見えた世界(仮)@兵庫県淡路島 ※近日公開予定 

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  • 05Mar
    • 何かをして得るもの。何もしないで得るもの。

      ■遊牧民的な生き方に変えたら起きた、思わぬ身体の変化10月からスタートしたお話し会や講演をしながら旅をするノマド的生活。思いのほか旅生活は時間の流れが速く、西へ東へと動いていたら身体に予想外の変化が。なんと生理が止まったのです(汗)初潮を迎えて以来毎月順調にあった生理がなんと2ヶ月以上ストップ!女性ホルモンのバランスを整える精油のクラリセージを嗅いでみると、今まで苦手な香りだったのに超絶心地よい香りに感じてしまう!これはかなりまずいかもしれないと危機感を感じるように…。そこで、航空会社に勤めている友人が以前こんなことを言っていたことを思い出しました。「キャビンアテンダントは生理が止まってしまう人が多いんだよ。移動ばかりしていると地に足がつかないから身体は誤作動を起こすんだろうね。やっぱり人間は地上で生きる動物なんだと思う」と。他にもこんなことがありました。朝目が覚めると自分がいまどこにいるのかが分からないのです。沖縄?神戸?岡山?横浜?あれ?今どこにいるんだ?と。目が完全に開いて室内の状況を確認できてやっと「ああ今はここにいるんだった」と分かるレベル。そんなことが続いて、かなり疲れていることを自覚したのが昨年末。しばらく休息したいと思い、1月のお話し会や講演会を終えたら2月はがっつり休もうと決めて一旦横浜に戻ってきたのでした。徹底的に動いてみたら自然と生まれてきた休みたいという素直なきもち。以前のわたしなら無理をしてでも依頼を引き受けて続けたと思うのですが、自分の声に従って生きることを誓った今、休むことに迷いは生まれませんでした。昼間働いたら夜は寝る。歩いたら休憩する。喉が渇いたら水を飲む。お腹がすいたらご飯を食べる。身体や心の声のままに生きることは、呼吸をするくらい自然に生きるということ。自分の声から遠ざかれば遠ざかるほど不自然な自分へとなっていき、病であったり望まない人生へとなっていくのだと思います。動と静、緩と急。こういう変化があってこそ生きている証。ということで、この休みたい欲求にありのまま従って徹底的に休むことに。そして無事に生理が戻ってきました!(はあ、よかった~!)■〝何もしないをする〟は、意識のデトックスをもたらすせっかくの機会なので、誰にも会わないくらい何もしない時間にしてみました。というのも、断食して何も食べないと身体に溜まった古いものや毒素が抜けていってクリアなボディになるように、断動して何もしないと頭にこびりついた余計な思考や要らない考えが流れて消えていってクリアな意識になると聞いたことがあったからです。それを体感したのが年末年始を過ごした粟国島での体調不良ダウンでした。2週間の寝たきり状態は強制一人ヴィパッサナー瞑想(笑)鳥のさえずりや風の音だけを聞きながら静かな空間でただただ目を瞑って寝ていると、過去の未消化なきもちがサーっと流れていって愛おしさに変わったり、長年避けてきた人に逢いたくてたまらなくなったりと、愛のようなものが内側から溢れてくるのを体感。たった2週間でそんな変化があったのだから、1ヶ月静かに過ごしたらどんな面白いことが起きるんだろうと期待に胸を膨らませて始めたのでした。結果的には母との確執が見事に解消されて、生きながら生まれ変わるような経験をすることに。と同時に、今後の活動のインスピレーションが降りて来たり、自身の純粋な夢に気づけたり。そして、自作鼻歌を取り戻しました!勝手にメロディが頭の中に降りてきて歌ってしまうヤツです。そういえば子どもの頃は一人で作曲して毎日フンフン歌っていたなと。大人になるにつれて奥に仕舞われてしまったその純粋な創作力が回復したような感覚で、ずいぶん長い間離れてしまっていた大切なものともう一度再会できたような喜びをいま感じています。静を徹底すると余計なものが消えていき、その消えたスペースから何かが生まれてきたり、大切なものを思い出したりするのかもしれません。〝何もしないをする〟は、身体も思考も心も働きっぱなし動きっぱなしの現代人にはとてもオススメのように感じます。一方で、1ヶ月間収入がゼロになることに恐れを抱いたり、働かないことや何もしないことに罪悪感を感じたり、人との繋がりを積極的に一旦遮断することに躊躇したりと、色々な厄介な感情が生まれて胸がザワザワしたのも事実。人間たるもの社会の中で常に何かをしていないといけないと思い込んでいる自分に気づかされました。本当は何をしても何をしなくても誰に会おうとも誰にも会わずとも、何にも咎められる筋合いも必要もないはずなのに。囚われているってこういうことなのでしょうね。長い人生の中で1ヶ月休むなんて、1日の中で1分休憩したくらいの可愛いもの。いつも大きなスケールで時間の流れや自分という存在を掴んでいたいです。■本当の〝笑ってはいけない〟はコレだ!予約半年待ちの素晴らしい施術をしてくださる治療家さんに、先日このようなことを言われました。「チカさん、その愛想笑いはもうやめましょう。笑いたくないのに笑うことは自分に嘘をつくことと同じで、それは自分で自分を傷つける自傷行為です。その傷は腎臓に刻まれてしまって、その目の下のクマとシワに現れているんですよ」と。せっかくなので、この何もしない1ヶ月のあいだに笑わない練習も織り込んでしまおうと思いついて、年末恒例のダウンタウンのガキの使いばりに〝ひとり笑ってはいけない28日〟を決行!学生時代のアルバイトでも会社員時代の仕事でも、お客様には笑顔で対応するように教え込まれたこの身。心がズタボロになるようなクレーム対応も笑顔でやっていました。そうすると上司や同僚から褒められるんですね。チカさんの対応は丁寧で優しくて素敵と。これがいいんだと思い込むようになって、苦しいほど笑ってしまう癖がついてしまい、心は泣いているのに顔は笑っているというチグハグ現象が起きるようになりました。いつしか、笑顔が薄い店員や丁寧な対応をしない担当者がムカついてたまらなくなって、もっと笑顔で対応しなさいよ!と思ってしまうようにまで(怖っ…)。わたしは辛くても笑って頑張ってるんだからあんたも笑いなさいよ!という押し付けが起きてしまうのでしょうね。笑わないことを意識してみると、いかに愛想笑いが多かったかがよく分かって愕然。お店のレジの人やウェイターさんなどに、必要以上にニッコリ笑って感謝を伝えようとしていたり。こんなに色んな人に笑顔を振りまいてきたのか…と。そうしたら、無理をして笑っている人を見分けられるようになりました。そういう人を見ると、今までは「この人の笑顔は素敵だな!辛くても笑っていて偉いな!素晴らしいな!大人の鑑だな!」と思っていたのに、今は「この人無理して笑顔つくってる!そんな笑わなくていいよ!むしろ怒っちゃいないよ!泣いちゃいないよ!」と思うように。自分に厳しく無理してやっていることは相手にも要求したくなって、自分が無理をやめると相手をいたわる優しさが生まれてくるんですね。ちなみに、この〝ひとり笑ってはいけない28日〟で思わず吹き出してしまうほど自然な笑いが起こったのは、友人から笑いヨガの誘いが来たとき(笑)ある意味でナイスタイミング過ぎて笑ってしまいました(サトウ、アウト〜!)。失礼かなと思ったものの、「今は無理をして笑うのを意識してやめているので遠慮します」と正直にお伝えしてお断りたら、寛大な心でご理解くださいました(笑いヨガで心身が健康になる人もたくさんいらっしゃると思います)。先日、そんなエピソードを親友に話したら、「わたしも笑いヨガに参加したことあるんだけど、無理して笑えば笑うほどきもちが冷めちゃってさ。それで、感想のシェアタイムに『楽しかったです~』とか言ってる周りの空気に負けずに、『無理をして笑うことに違和感を感じました。正直辛かったです。自然に笑うことが大切だと思います。』ってハッキリ言っちゃったの。そうしたら、主催者がうつむきながら『本当にその通りだと思います』って言い出すからびっくりしたよ!」と。おおお!上には上がいるものだ!と、これには涙が出るほど爆笑したのでした。何もしないと何かを創りたい創造欲求が起きることを発見!お料理やお菓子づくりの楽しさを改めて実感することに写真はグルテン&シュガーフリーでつくったキャロットケーキ◎サトウチカ登壇イベントのお知らせ◎■3月15日(木)夜 東京都渋谷ウェブマガジン〝グリーンズ〟のイベントgreen drinks Shibuyaで登壇させていただきます!テーマは「防災とソーシャルデザイン」。参加型の楽しいイベントなので、東京近辺のみなさまぜひお越しください♪詳細はこちらhttps://greenz.jp/event/201803gdshibuya/■4月16日(月) 愛知県知多半島ヒマラヤ精油で有名なQUSUYAMAが主催されるイベント『Yagna2018』で登壇させていただきます!wsのコンテンツも贅沢で素晴らしいので、中部地方のみなさまぜひお越しください♪詳細はこちらからhttp://junco3.wixsite.com/yagna2018

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  • 26Feb
    • 進化とは原初の姿に戻り還っていくこと

      完全に燃え尽きてしまって長らく更新できない期間が続いてしまいました(汗) 来世へ持ち越すくらいのつもりでいた母との関係の問題を解消して、やりきった!という達成感から空っぽの状態になってます(空っぽを経験して〝からだ〟は〝空だ(からだ)〟ということが分かった!)。前回の記事 わたしたちは過去・現在・未来をつなぐ〝時の結び人〟前々回の記事 自分以外の誰かではなく自分自身をしあわせにする覚悟■人生の大きな課題を終えると、生きながら生まれ変われる母に本気でぶつかっていって積年の想いを見事に晴らしたとき、それは細かい粒子となってキラキラと散って消えていくようでした。その美しい爆発は過去も未来も変えるほどのパワーを持っていて、先祖と子孫から祝福を受けることに。この経験を通して、人間は何のために生まれてくるのか、なぜ生きているのか、ずっとずっと考えてきたこの疑問に自分なりのひとつの答えが出ました。それは、今が持つ偉大な力を使って過去と未来を整えて、この世界全体を調えるということ。わたしたちはみんな尊い〝時の結び人〟であることを知ったのです。このやり切った感は素晴らしく、もう死んでもいいという満足感に直結。1秒後にぽっくり逝ってしまったとしても全く悔いがない状態です(これって究極のしあわせな状態だと思う!)。本当に死期がすぐ来るかもしれないと思って慌てて遺言ノートを書きました(笑)今のわたしにとって死は恐れ忌み嫌うものではなく美しい祝福という位置づけ。この遺言ノートでは「お葬式は色鮮やかな服を着て参列して欲しい」とか「旅立ちを祝福する明るい音楽を生演奏してみんなで歌って踊って楽しんで欲しい」とか、そんなことも書いています。なんというか、いっぺん死んだ感がハンパないんです。この人生を振り返ったとき、やっぱり前夫との結婚生活が一番しあわせで楽しくて安心感に包まれていたなあと思い、感謝のきもちがド~っと溢れてきてしまって、これはちゃんと伝えたい!と思って素直に伝えました。愛している人に愛していると言うこと、感謝している人にありがとうと言うこと、謝りたい人にごめんなさいと言うこと、嫌なきもちにしてくる人にやめてと言うこと。今は自分のきもちに嘘がつけなくて、どストレートに伝えまくっています。朝目が覚めると「わ!まだ生きちゃった!」と、新しい一日の始まりを与えられたことへの喜びでいっぱいになって、昇った太陽を見るだけで涙が出てくるくらいの感動屋さんになってしまいました。この命に躍動しまくりです。生きながら生まれ変わるってこういうことなのかな。今年はこれまでの人生に幕を下ろしていきながら次の人生の幕を上げていくような、終わりと始まりが交差するおもしろい一年になりそうです!■わたしたちは誰かが望んでいる未来と過去の結晶という存在先日、ついに奥歯を抜きました。抜歯ってすごいチカラがかかるんですね(歯を引っ張られているとき、鼻も一緒にもげて取れてしまうんじゃないかと思って本気で焦った!!!!!)。先生は抜いた歯をわたしの手にそっと乗せながらこんなことをおっしゃいました。「歯根を見るとその人が分かるんだよ。この歯は窮屈そうだったね。歯根は3本に伸び伸びと分かれているはずなのに、2本がまるで1本のようにくっついてしまっている。自分を縮こまらせて我慢しておとなしく生きてきた表れだよ」と。歯を見ると本当に3本の歯根が捻じ曲がって2本のようになっています。本来の自分自身を生きてこれなかったことを教えてくれているようでした。と同時に、それは女性ご先祖さまたちの姿そのものだとすぐに分かりました。身分の差から好きな男性と結婚できなかったり、貧しさゆえにやりたいことができなかったり、奉公先で辛い思いをしたり。逃げられない環境で自分を押し殺しながら我慢していた苦しみが伝わってきて涙がポロポロ。そうしたら、わたしはみんなの夢を託されている存在なんだと気づいたんです。好きな人と結婚して!やりたいことをして!居心地のいい場所で暮らして!好きな仕事をして!自由に生きて!と、ご先祖さまたちの声が聞こえてくるかのようでした。わたしの夢は確かにわたしの夢だけど、先祖たちの夢でもあり、子孫たちの夢でもある。誰にも何にも何処にも囚われずに、想いのままにあるがままに〝今〟を生き切ると、先祖たちや子孫たちがとても喜ぶ。でも夢を叶えられるのは肉体を持っている間だけ。このことに気づいたら、年齢とか環境とかを理由にやりたいことを諦めている暇なんてない!この身を使って夢を叶えまくるしかない!一秒一秒が貴重過ぎる!と思うようになりました。そんな折、あるキャッチコピーを最近ふと思い出したんです。それはお仏壇のコガさんが数年前に扱っていた広告で、『私は、誰かが望んだ、未来なんだ』というもの。これ本当にその通りだなと。さすがご先祖さまをお祀りするお仏壇を扱ってる会社です!お仏壇のコガさんブラボー!!!!!でも、、、『私は、誰かが望んだ、未来なんだ』よりも『私は、誰かが望んでいる、未来と過去なんだ』という言葉の方がしっくりきます。先祖から見たら未来で、子孫から見たら過去になりますからね。そして、現在も過去も未来も同じところに存在していて、常に現在進行形であると分かったから。今を生きることに集中すると、未来と過去が現在に向けて注いでいるエネルギーが結晶化して、夢が物質化・実現化していくのではないかと考えるようになりました。量子力学的にも通じるものがありそうで、夢の叶え方がちょっとだけ分かってしまったかも!と興奮しています。過去に引っ張られることなく、未来を案ずることなく、今を生き続けていたいです。同調圧力に屈することなく、常識や当たり前に惑わされることなく、自身の内なる声に耳を傾けて、その願いにただただ忠実に生き切って、自分が創りたい世界を創造していく。人生とは、誰とどこでどんな景色を見ながら何をしてどう生きてどのような自分で在りたいのかという問いと確認の連続であって、それを自身で叶えていく作業なのかもしれません。■先祖の因縁を断ち切って楽園を取り戻すちなみに歯というものは情報の化石と呼ばれていてとても奥が深く、対人関係や運命や人生の方向性にまで大きな影響を及ぼすそうです。人に見せる前歯は他人との噛み合わせであったり、奥歯はご先祖の因縁があったり(わたしが抜いた歯も奥歯!)、左右それぞれは両親との噛み合わせであったり。【参考】滝沢泰平さんの天下泰平ブログ『口の中は小さな地球シリーズ』よりなので、下手にいじらない方がよかったり、神経は抜かない方がよかったりするようです。逆に、噛み合わせを治療すると病が治ったり、状況が変わったりもするそうです。わたしの場合は抜いたことですごくスッキリして軽くなりました。女性ご先祖さまたちの重い想念を昇華できたような、長いあいだ続いてきた苦難の時代に終止符を打てたような、そんな清々しいきもちにいま満ちています。これまた不思議なのですが、抜歯をする前に波動測定(いわゆるメタトロン)を都内の病院で受けると、ビックリすることを言われました。わたしの内臓の状態を見た先生が、「最近、歯に異変はありませんでしたか?」と聞くのです。驚きながら奥歯のことを伝えると、やっぱりという顔をして次のようにおっしゃったのです。「サトウさんの不調を起こしているのは、その奥歯に棲んでいる虫歯菌です。毛細血管から入って血流に乗って全身にこの菌が巡って悪さをし続けています。おそらくこの菌はお母さま方の母系血脈からかなり長い年月をかけて受け継いできたものと思われます」と。あまりのシンクロに驚き過ぎて思わず椅子から転げ落ちそうになってしまいました。いまのわたしはこれから始まるしあわせな連鎖の血脈第一号というような心持ち。初めて地球に降り立ったエヴァのような気分。新たにゼロから繁栄させて、自由で平和な〝新〟世界を創っていく意欲に充ち満ちています!(ああ!神さま!どうかアダムと出逢わせてください!笑)。でもそれは〝新〟ではなく〝元〟なのかなと。悠久の時間の中で捻じれたり歪んだりズレたりして今の世界に不調和を起こしているものを、この身を使って祓って清めて整えて楽園を取り戻していく感じです。ひたすら続けていたら、エヴァの罪の正体(リンゴの実に象徴されていること)も分かるかもしれないと壮大なことも考えてます。実は、ひょっとしたら新しい歯が生えてくるのではないかと本気で思っていたり。次は三本の歯根が伸び伸びと広がった美しい本来の形で、それは創造主が初めて女性エヴァを創造したときにつくったような瑕疵のない完璧な歯。きっと生えてくる!いや絶対に生えてくる!医学上ではありあえない前代未聞のご報告ができる日は近いはず!ブログを読んでくださった方から、こんな美しい素敵な絵をいただきました!悠久の時を経ながら女性のご先祖たちが繋がり合っていることが伝わってきますPalmaさん画

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  • 26Jan
    • わたしたちは過去・現在・未来をつなぐ〝時の結び人〟

      前回の記事を綴ったところ、たくさんの方々から祝福や励ましのコメントやメッセージをいただきました。「泣きました」「感動しました」「勇気をもらいました」というお言葉を頂戴して、分かち合えることの喜びをひしひしと感じています。みなさまの温かなハートに触れて、より大きな一歩を進めることができましたことを、この場を借りて御礼申し上げます!今回は、あの日のことにまつわるちょっと不思議なお話しです。■悠久の時間を扱う大きな役目を担っていたことを知る!母に抱きしめてもらって泣き切って、お互いの身体を離したときでした。それまで目を合わせられなかった母の顔を覗いてみると、なんと母に祖母が重なって泣いているではありませんか。お…お…おばあちゃんが目の前にいる!なんでお母さんがおばあちゃんになっちゃってるの?!と戸惑いながら、目を細めて歓喜の涙をとうとうと流している祖母のしあわせそうな顔に釘付けに。母に対して激しくぶつかって想いを伝えられたこと、そして娘のその爆発した想いを受け止め切ったこと、親子が本音を響かせて和解できたこと、それらを自分ごとのように喜んでいることが伝わってきます。それは祖母が生きているうちにしたかったことだとすぐに分かりました。おばあちゃんの晴れ晴れした表情は白い光を放っていて神々しく、親子三代にまつわる想いが昇華されたことは明らかでした。翌朝、目が覚めるか覚めないかのぼやけた意識の時に、再度祖母が目の前に現れました。昨夜と同じくうれし涙を目幅から流してわたしに微笑んできます。そして、祖母の後ろにはずらりと女性のご先祖さまたちが並んでいて、みんなうれし涙を流して笑っているではありませんか。ご先祖さまたちが喜んでいる!わたしに拍手を送ってくるかのように美しい白い光を放ってくる!衝撃を受けながらその光景をしばらく呆然と見つめていたのでした。不思議なことがあるもんだと思いながらその日一日を過ごし、晩ご飯を母と一緒に食べることになったのでこのことを話してみることに。すると、思わぬ事実が発覚します。なんと母も似たようなことを今朝体験していたのです!お仏壇のお茶やお水を替えて手を合わせて、娘に対してしてしまったことを幼いころのわたしを思い浮かべてお詫びしていると、どこからともなくお囃子(おはやし)がきこえてきて、笛や太鼓のピーヒャラドンドンという音が部屋中に鳴り響いていたと言うのです。ご先祖様たちが喜んでいることが伝わってきて、その陽気な祝福に圧倒されたとのこと。祖母と曾祖母はどのような関係だったかを母に聞いてみると、意外な事実を知ることに。祖母は8人きょうだいの長女として生まれ、もの心つく頃には歳の近い小さな妹や弟たちの面倒を見させられ、貧しかったことから小学校の卒業式の日に奉公に出されて家族と過ごせなくなったそうです。その奉公先では年少者であったこともあり、『おしん』ばりの酷い意地悪やいじめを受けていたとのこと。母からの愛をもらえず、家族との温かな時間を過ごせず、寂しさを抱えたまま大人になって結婚して出産してわたしの母を生み、母と祖母もまた仲の悪い関係となっていました。この母娘関係の問題は、母方の先祖たちから脈々と受け継いできたもののようです。いわゆる先祖カルマと呼ばれるものでしょうか。へその緒を通して得るものは栄養や酸素だけではなく、もっともっと深遠なものがあるのかもしれません。ずらりと並んだ女性ご先祖たちと対面したときに伝わってきたのは、母親に対してぶつけたかった娘の寂しさと、娘に対して優しくできなかった母親としての罪悪感。それらが代を重ねながら連綿と受け継がれてきたようです。あのご先祖さまの数を見るかぎり、千年を超えるくらい。そんな長いあいだ積もっていった想念をわたしが一身に請け負って母にぶつけ、母も本気で受け止めたことで、みごとに昇華させたようです。「わたしたち凄いことしちゃったかもしれないね!この代で断つことができてよかったね!これは誇りに思っていいことかもしれないね!」と、ふたりでちょっと興奮気味になったのでした。■人は過去と現在と未来を結ぶために〝中今(なかいま)〟を生きている今回のことを通して分かったのは、人が肉体を持って生きている一つの意味は、過去と未来を繋げる役割があるということ。それは、自分の人生の過去と未来を結ぶことでもあり、もう肉体を持っていない先祖という過去とまだ肉体を持っていない子孫という未来を結ぶことでもあります。小さな時計と大きな時計の歯車がスムーズにかみあって時間を刻めるようにする感じです。おそらく他にもかみあわせるべき時計は幾つもあって、まるでポリリズムでこの世界は成り立っているかのよう。悠久のときの中で生じたズレや狂いは、〝中今〟のチカラを使うことで調節調整できるのかもしれません。そう考えると、過去(先祖)と未来(子孫)の代表が今(自分)になります。〝今〟を生き切ると過去からも未来からも喜ばれて祝福される。今この瞬間というトキにはとんでもない可能性を秘めていることを知って、いま生きていることがどれだけ尊く凄いことであるかを身をもって体感することとなりました。祖母の後ろにずらりと並んだ女性ご先祖たちの列には圧巻でしたが、よくよく考えるとわたしの前にもずらりと子孫たちの列が並んでいるのでしょう。あのとき子孫たちも嬉し涙を目幅から流して喜んでいたのかもしれません。過去だけで千年だったから、きっと未来も千年分変えられたはず。と、ここまで書いてあることに気づきました。わたしのチカという名前は「千佳」と書くのですが、これは「佳き千年紀の幕をあける女性」という意味で与えられた名前であることを数年前に知りました。その〝氏名〟の通りひとつの〝使命〟を全うできたかもしれません!8年前に前夫と結婚したときに、子どもを迎え入れることに対して強烈な抵抗がありました。母親を愛せない苦しさや生まれてきた後悔を味わせるようなことはしたくない。これ以上被害者を増やさないことが、わたしなりの子どもへの配慮であり愛でした。出産してしあわせそうに暮らしている同年代の友人たちを見ると、そんな考えをしている自分はおかしいのかもしれないと責めることも多々ありましたが、やっぱりその直感と選択は間違っていなかったと確信に変わりました。きっとわたしの子宮は過去と未来をしっかり整えてから命を創造することをずっと待っていたのかなと。さあ、いよいよ佳き千年紀の幕はあけて、これからはしあわせの連鎖の始まりです!と言いつつも、あれだけの抵抗がこれだけの希望に変わっただけでもう十分いいかなと思ったり。今この瞬間に備わっている力を使って闇を光へと反転できた自分という素晴らしい命に満足しきっているような感じです。あの日以来、母とはドギマギしながらもいい感じの雰囲気で一緒に過ごしています。うぶな感じが「付き合いたての恋人か!」とツッコミを入れたくなるくらい(笑)昨日、出先から帰ってくると、入れ違いで出かけて行った母が置手紙を残していました。「モッシュはご飯食べました。お散歩もしました。母より♡」と。え?え?え?これはハートマーク?!目をこすってよーく見てみてもやっぱりハートマーク!母はどんな顔をしながらこのハートを描いたんだろうと思いを馳せつつ、彼女の精一杯の愛情表現に気恥ずかしさを感じながら思わずクスっと笑ってしまいました。〝娘を愛していい〟〝愛していることを素直に伝えていい〟という許可を自身に与えることができるようになって、母の肩の荷も降りたのかもしれません。母からの置き手紙ハートを塗りつぶしているときの表情を想像してみたり

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  • 21Jan
    • 自分以外の誰かではなく自分自身をしあわせにする覚悟

      沖縄を発って関東に戻ってきました!来週は東京・神奈川で講演やお話し会が開催されるので、そのあいだは横浜にある母の家で過ごします。このブログで綴ってきた母との確執を乗り越える挑戦。今日はその最終章となりそうなお話しです。自分の人生に起きたことをオープンにすることで、それに触れた人たちの役に立つことが必ずある。自分という人間をそのように社会や世界に与えて使っていきたい。こんな想いを持って生きているので、勇気を持ってありのままそのままを綴ります。■ボロボロになって失ってやっと分かった心と身体の叫び先日、これぞ真の治療家と呼べる方から、医は仁術であることを実感する素晴らしいセッションを受けさせていただきました。わたしの慢性的な冷えを相談すると、目の下のクマとシワから腎臓が傷ついてダメージを受けていることを見抜き、その傷の原因は癖となってしまっている愛想笑いであることを教えてくださいました。笑いたくないのに無理をして笑うことは、自分のきもちに嘘をついて自分を傷つける行為に他ならないそうです。そして、観念に囚われた思考にがんじがらめになって自分で自分を縛り付けていることで、内臓が硬くなってしまっていることも分かりました。このセッションの中で見えた母との関係という根本原因。超えられたつもりでも超えられていなかったことを知り、「お母さんを捨てましょう。それができないのならとことん向き合いましょう。宿題は先送りにすればするほど大きくなっていきます。」と力強く言われ、横浜に戻ったら母としっかり向き合おうと覚悟を決めて帰ってきたのでした。年末に体調を崩して寝込んでいたときに、右奥歯が砕けて大きな穴が空くという惨事が起きました。この歯は10か月前に亀裂が入って、歯科医から母との関係を指摘されていたもの。「この歯だけがなんでこんなにボロボロになってしまったか分かりますか?これはお母さんとの関係を示していますよ。あなたはお母さんとの関係で傷ついてきた人生ですね。この歯が全部請け負ったのが分かります」と。初めて会う歯科医にまで母のことを言われて心底驚いたものです。大切な歯なので何とか残してもらうことをお願いして強力な接着剤でくっつけてもらってしのいでいたのですが、ここにきて強烈な破壊が起きてしまいました。昨日診てもらうと歯根まで縦に真っ二つに割れていて、再生も維持もできない状態になっていることが判明。残念ながら抜歯しか道がないことを通告され、これから歯を失うことに気落ちして帰ることに…。帰宅する電車の中で、悲しみやら悔しさやら怒りが湧いてきて涙が頬をつたってきます。いつだって母はわたしを苦しめる存在。なんでこんなに心も身体も歯もボロボロにならなければいけないんだろう。この人生で起きた色々なことが走馬燈のように蘇ってきて、ガラスに映る自分を見ながら静かに涙を流していました。■娘に依存した母と母を背負った娘という親子関係だったことに気づく幼い頃から苦手だった母。いつも疲れていて不機嫌で怒っている人。それでいて父と他人には愛想を振りまく人。子どもたちには容赦なく辛く当たり、感情任せに暴力を振るわれるのは当たり前で、しょっちゅう家の外に引きずり出されました。決定的となったのは中学校3年生の15歳のとき。怒らせてしまったことで夜にも関わらず家を追い出されてしまい、街なかを彷徨っていると見知らぬ男性につかまって性的な辱めを受けるという悲しい出来事が起きます。無理やり忘れることでしか自分を保つ術がなく、誰にも言えないまま一滴の涙も流さないまま15年以上も過ごしてきました。本当のわたしは「あの女がわたしを追い出さなければこんな目に遭わなかったのに。一生恨んでやる」と思っていたのかもしれません。ボロボロの歯と対峙したことで、心もボロボロになっていたことに気づいた自分。もう限界だ…もうダメだ…どんな結果になってもいいからこのきもちを本気でぶつけよう。決死の覚悟を持って家に帰り、「お母さんとしっかり話したいことがあるの。今から少し時間をくれないかな」と緊張のあまり上ずった声でお願いすると、「食事中だから後にしてちょうだい」との返事。このそっけない態度がトリガーとなって、ダムが決壊したかのように堰き止めていた怒りがついに爆発!「食事とわたしどっちが大切なのよ!なんでいつもそうなのよ!いい加減にしてよ!」と大声で迫り、テーブルを思い切り両手でバンバン叩きつけて、置いてあった新聞を投げつけて、料理をすべてぶちまいて、声を上げてその場で泣き崩れてしまいました。服はお料理で汚れて床にはおかずが散乱。豹変した娘の姿に圧倒されて身動きひとつできない母。長年言いたくても言えなかった恨みつらみ。母をあんた呼ばわりをして、最低な女だと罵って、泣き叫びながら思いの丈をぶつけたのでした。「ごめんなさい。ごめんなさい。あなたをこんなに傷つけてごめんなさい」。そう言いながら泣き始める母。どのくらい時間が経ったのか全く分からないのですが、言いたいことを言って泣きたいだけ泣き続けていると、心の奥深くにあった母への想いが浮き上がって来て思わぬ言葉が口から出てきます。「わたしはお母さんの本当の笑顔が見たかったの!辛そうな姿を見るのが嫌だったの!一度でいいから心から笑ってるしあわせそうな姿を見てみたかったの!」と。すると、母は泣きながらこう話し出します。「あなたがいつも心配してくれていたことを知ってるわ。チカは3人の子どもの中で一番優しかった。上のお姉ちゃんやお兄ちゃんは、この母親には付き合ってられないみたいな感じでそっけなかったけど、あなただけはいつも愚痴や不満を親身になって最後まで聞いてくれる子だった。そんな繊細で優しいあなたに甘えていたのよ。お父さんの悪口を聞かせることがあたなをどれだけ傷つけているかも知ってたし、わたしという存在が重荷となって苦しんでいたこともよく分かってる。もう背負わなくていい。優しくしないでいい。しあわせにしようなんて考えなくていい。」母から見たわたしという娘がどういう存在だったのかを初めて知って涙が止まりませんでした。両親に愛されず、夫に愛されず、愛に枯渇していた母の人生。聞けば聞くほど不憫で可愛そうだった彼女。わたしがなんとかしなきゃ!母をなんとかしなきゃ!この家族をなんとかしなきゃ!いつの間にかそんな責任のようなものを感じて娘としての役割を自分でつくって背負いこんでいたのです。そして、母をしあわせにできない無力な自分に罪悪感を感じていたのです。結局自分だったんだ…。それが分かると母をそれ以上責めることができなくなってしまいました。「お母さんは悪くない。結局わたしがわたしをそうさせたんだ。どうしていいか分からない過去への苛立ちをお母さんのせいにしたかっただけなんだ。だからお母さんは悪くない。悪いのはやっぱりわたしなんだ」。止まらない涙でぐしゃぐしゃになりながらそう言うと、母は思わず椅子から立ちあがって駆け寄って来て抱きしめてきました。「そんなこと言わないでちょうだい!自分のせいにするくらいならお母さんのせいにしてちょうだい!背負っていたものをもう降ろしてちょうだい!わたしのことはもういいからあなたはしあわせになりなさい!楽しく生きて!」と泣きながら背中をさすります。母に抱きしめてもらった記憶はなく、これが初めての経験。母親というものに抱きしめてもらうことがこんなにも温かく柔らかいものだと驚きながら、安堵と気恥ずかしさに包まれて腕の中で泣きました。母も思わず子どもを抱きしめるほどの内側から湧きあがる衝動を体験したのは初めてのはず。どう抱きしめていいか分からなさそうで、その不器用さに余計泣けてきたのでした。■置き去りにしていた心の存在に気づき、感情を出し切ることで運命は変わる翌朝目が覚めると、我を失うほど泣き叫びながら怒った興奮のせいか頭が痛い…。布団の中でぼーっとしていると、母にお花を贈りたいというきもちがむくむくと湧いてきました。服や床を汚してしまったお詫びと、とことん受け止めてくれたお礼と、自立した母娘の関係になれたお祝いの三つのきもちを込めて。起きてさっそくお花を買いに行って、渡しながらこう伝えました。「昨日はごめんなさい。あと、受け止め切ってくれてありがとう。これは親離れ子離れができたお祝いです。これをスタートにゼロから人生をやり直すつもりで、それぞれがそれぞれの人生を生きましょう。しあわせになってね」と。お花を手に取った母は、「ありがとう。嬉しいわ。お母さんも意識を変えていく覚悟が生まれたよ」と言って、嬉し涙を目に浮かばせていました。今日の母の顔は今までの人生で見たことのないほどどこまでも晴れやか。メッセージカードとかを添えてみようかなと思ったのですが、そこまではできませんでした。結婚式でも手紙を書けず読めなかったわたし。「生んでくれてありがとう」とか「育ててくれてありがとう」とか「お母さんが大好きです」とか、そういう言葉はまだ自然とは出てきません。でも、そんな自分を責めることなく今この瞬間の等身大の自分をありのまま許してあげたいんです。無理して感謝したり無理して愛そうとすることは自分に嘘をつくということ。そんな自傷行為はもうおしまい。いつか心から言えたらいいなと思うと同時に、一生そう思えなくて言えなかったとしてもそれはそれでいいと思っています。常にどんなわたしにもOKを出し続けてあげるつもりです。結婚を機に(離婚しちゃったけど)母との問題ににきづいて一進一退を繰り返しながら奮闘してきたこの8年間。頭で解決しようとしてきたことで、心は置いてきぼりをくらっていたことを知ることとなりました。わたしの場合は、〝感情〟が鍵を握っていたようです。何が辛かったかを冷静に説明して理解してもらうのではなくて、どのくらい辛かったかどのくらい傷ついていたかを知ってもらうことをずっと望んでいたんだなと。でも、それを知ってもらうにはその感情を思いっきり使って体当たりしていかないと出来ないことだったようです。その大切な感情を制御して制限をかけて押し殺していたことで、解決や和解をわざわざ遠ざけていたことがやっと分かりました。善いこととされがちな冷静さが解決を止めてしまうこともある。悪いこととされがちな激しさが和解を促すこともある。荒れ狂う台風は破壊をもたらすけれど、風が海をかき混ぜて海温を下げ、雨が地に潤いを与え、空気の汚れも持ち去って浄化します。台風の後のあの晴れやかで澄んだきもちよさは、激しさを経るからこそ得られるもの。どんなエネルギーを使うことで今ここにある問題を解決できるか。頭という余計な思考ではなくて、もっと自然な感覚に沿って最善・最短・最高の結果を出せるような人間になっていきたいなと思います。あらゆる感情も愛おしく抱きしめてどんな自分も許していく。その繰り返しをしていくなかで、わたしはわたしを取り戻していくのかなと今感じています。とても不思議ですが、思いっきり怒って泣いてわめいて罵ったら、憑き物が取れたかのように身体が軽くなって顔つきは優しくなって心も平穏になりました。特に心の方は、風がなく波が立っていない湖面のようにまっさらで静謐で、それはまるで世界をありのまま映しだす美しい鏡のよう。今日のわたしの目に映る世界は、ひとつひとつが輝いていて澄んでいて穏やかで優しいです。母へ贈ったお花親子のそれぞれの旅立ちを祝福して

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  • 17Jan
    • 枠を外して縛りをほどいて、隠れていた自分の〝好き〟に出逢い続ける

      気づいたら2018年がもう17日も経過!ああ、時間とはなんでこんなにも速く過ぎ去っていくのでしょう!旅をしているとせわしなく、文章は静かなところでとことん言葉と向き合って綴りたいゆえに、なかなか書けないのが課題点。今日は新月で旧暦師走の朔日ですね。新しい1ヶ月であり最後の1ヶ月となるそんなスタートの日に、久しぶりにブログ更新です。■頭で嫌っていても心の奥では死ぬほど愛している2018年初のお話会&ソーラークッキング会は、沖縄県の離島の粟国島(あぐにじま)でした。主催者さまがお心遣いをくださり年末年始をのんびり楽しく過ごさせていただく予定だったのですが、島を訪れた翌日から完全ダウン!発熱のため起き上ることができず、咳や喉の痛みで話すこともできず、寝たきりで2週間を過ごすという予想外の展開となりました…。でも、都会の喧騒を離れた自然豊かな小さな島で、風の吹く音や鳥たちのさえずりをききながら、ひたすら身体を横にして何もせずに過ごすなんてこれこそまさにリトリート!これはどこまでも休もうとひたすら寝て寝て寝て寝て寝て過ごしたのでした。いたるところで草を食べている粟国島のヤギさんたちしかしながら相当いろいろなものが溜まっていたようでなかなか快方に向かわず、お話会当日も開始ギリギリまで寝かせていただいたくらい。聴き取りにくいカスカスの枯れた声でしたが、それでも島の優しいみなさまは真剣に聴いてくださって本当にありがたかったです。エコ作たちが島に渡って移住することとなったので、島に新たなカルチャーが生まれる予感にワクワクです!無事に終えて那覇に戻ることになったものの悪天のためフェリーが出ず、なんとヘリコプターで帰ることに!役場の方が操縦士の隣の席を予約してくださり、大興奮して人生初となるヘリ飛行を楽しんで戻ってきました。粟国島は島民700人ほどの小さな島で、サトウキビ畑が続く長閑な環境。自然を愛するわたしにとってはピッタリですが、一方で華やかな那覇に戻ることが楽しみで仕方ありませんでした。ヘリが那覇空に到着して、ザ・都会の雰囲気に包まれると、嬉しさのあまり思わず手をたたいて歌を歌って踊り出しそうに!高いビルやビュンビュン走る車を見て感激して、モノやヒトで溢れている街を見て興奮して、あれだけ憎んでいた排気ガスすら「ああ!いい香り!」と思ったほど(笑)こんな意外な心の反応と対峙したことで、都会的な環境の中で人生を過ごしてきた人間であることを自覚することとなって、自分の大切な一部だったことに初めて気づきました。頭では文明社会を嫌いながらもハートではとても愛していたのです。否定しているものが実は自分の大切な自分自身であって、この世界全てが結局自分そのものなのだなと。やっぱり善も悪もないのだと思います。自然なものも人工的なものもすべてを抱きしめて、その両極の揺らぎの中で中心点を見つけながら、続く地球・持つ地球へと先導できるバランスのよい人間になっていこうと誓えた貴重な下界帰還体験となりました!ヘリ独特の揺れや見下ろす広大な景色に大興奮!■枠を外し続けることで本来の自分に近づき、使命や天命を全うしていくお話し会や講演会やワークショップのご希望をいただいたら日本全国どこへでも行きます!と宣言したのがちょうど1年前。ぜひ来てください!と仰ってくださる熱き主催者さまが次々と現れ、南は沖縄から北は北海道まで飛び回った2017年でした。5月には婚姻制度から抜けて一人の女性に戻り、10月からは家を出て旅をしながらのスタイルに思い切ってチャレンジ。すると、お世話を申し出てくださる神様のような方々が次々と手を挙げてくださり、各地に家族と呼びたくなるような人たちやホームと呼びたくなるような温かな場所がどんどん増えていき、気づいたらホームレスならぬホームモアに。わたしは人に生かされて夢を叶えていただいているしあわせ者。出逢ってくださる皆々様に心から御礼を申し上げます!それまで居た世界を飛び出して枠を壊してみて分かったことは、これが自分だと思っている自分はただの思い込みに過ぎないということ。思い切ってそれまでのパターンをやめてみたら、こんなにも面白い人生になって、わたしってばこんな人間だったの⁈とビックリする発見だらけで、一日の密度が濃くなって、毎日があっという間に過ぎていくようになりました。縮こまって縛り上げて可能性を小さくしていたのはこのわたしだったんだなと。そして、自身の体験を自分の言葉で人に伝えることがとても好きだということに気づきました。お話しを聴いてくださった方が感動されたり、考え方や生き方が変わるターニングポイントになったり、地球愛スイッチが入ったりする姿を見ると、嬉しくてたまらなくてたくさんエネルギーが湧いてきます。話すことがこんなにも大好きであることを知った今、そんな自分をもっと開花させて天職だと自負できるようにまで育くんであげたいと思うようになりました。どんどん講演会の数を重ねていって、尊敬する人たちとコラボできるくらいになって、ピースボートでソーラークッキングの講師をして、いつかはTEDでプレゼンして、最後は国連で平和スピーチ!(そういえば高校時代の夢は国連職員だったことを思い出した!)まさかそんなことできっこない…なんて疑う必要なんてナイ。制限さえしなければ可能性は無限大で、自分の夢を叶えるために今というこの瞬間を生きているのだから。それまでのパターンを壊すことは枠を外すということ。枠が外れるということは隠れていた〝好き〟を発見すること。〝好き〟が増えることは本来の自分に還っていくこと。本来の自分とは使命や天命を全うできる状態ということ。こんな風に考えるようになりました。どれも自分だけどどれも自分ではないという矛盾の中にあるゼロポイント的な感覚を大切にして、自己探求を進めてこの人生を楽しみ尽くしたいです。枠の中で生きていた前の世界にはもう戻らないよ!と叫んでくる天真爛漫で無垢でどこかわがままな子どものようなもう一人のわたしは、ちょっと手が焼けるけれどとても愛おしい。2018年もどこまでも自由にどこまでもあるがままにチカノミチを突き進んでいきますので、変わらず温かく見守っていただきながら、日々の発見や成長を一緒に分かち合っていただけたら嬉しいです。ザワワ~な収穫時期のサトウキビ畑にて

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  • 30Dec
    • 揺らぎの中に安定があり、孤独の中に熱力がある

      神戸でのお話会が終わって、沖縄に戻ってきました。年明けにお話会とソーラークッキングWSを開催していただく粟国島(あぐにじま)に渡り、年末年始を島で過ごします。海にぐるりと囲まれたこの小さな島は、とにもかくにも自然が豊かで人々が親切。そんな粟国島の癒しの力が効いたのか、長旅の疲れがドッと出て翌日からダウン!発熱やら咳やら鼻水やらで寝ることしかできず、いまのところ粟国島に来てからしていることは睡眠のみ(飲まず食わずで30時間も爆睡!笑)。どれだけ疲れていたかがよく分かって、自分のカラダの声を聴き直せるよい機会となりました。粟国島にあるウグー浜はエメラルドグリーン!1/8 オフグリッドのお話会&ソーラークッキングWS in 沖縄県粟国島1/19ソーラークッキング会in兵庫県神戸(近日公開)1/27オフグリッドの講演会in神奈川県茅ヶ崎市(近日公開)1/29 オフグリッドのお話会&ソーラークッキングWS in 東京都立川市◾️生きているということは揺らいでいるということ電力完全自給生活を3年間して分かったことは、〝揺らぎ〟の大切さ。四季を通じて気温がアップダウンするように発電量もアップダウンして、季節というタームだけではなく一週間を通じてもお天気によってその量は変わります。もっと細かく言えば一日の中でも発電量は激しく変わります。晴れればガンガン発電して、太陽に雲がかかればいっきに発電量が急降下して、陽が落ちればゼロになって、でも夜が明けて太陽が昇ればまた上がる。このような揺らぎの中で生きていると、人間は中心点を必死に探り始めるんですね。どこまで電気を使っても大丈夫か考えるわけです。まだバッテリーにこのくらいあるからあとこのくらい使えるとか、この雨が上がって晴れればこのくらい充電されるから問題ないとか、感覚を研ぎ澄ませて判断していきます。そして、こういうときこそ生きているリアルな実感を得ます。ちなみにこれは昨年のわが家の蓄電量のグラフなのですが、心電図に似ていませんか?そう、揺らぐということは生きているということそのものなのです。電力会社と契約していると電気は一定供給されるので揺らぎはなく、中心点を探る必要もありません。資源は有限なのにまるで無限にあるかのような錯覚の中でボーっと生きてしまいます。電力自給生活をする前の生活を表現すると、心電図が止まってピーっとなっている直線的な状態で、まさに「ご臨終です」という言葉がピッタリ。アップダウンがあって揺らぐからこそ中心を探り、中心が掴めるからこそバランスがとれ、バランスがとれるからこそ生きていられる。自然とは人間とは常に揺らぎの中にいることが大切なのだと気づいたのでした。現代人は、エネルギーの一定供給とか固定給での収入とか、一定や固定を安定と考えがちですが、揺らぎがなくなっているその時点で〝自分の中心〟と引き換えに大切なものを失っているのかもしれません。中心点を誰かに渡してしまっている状態は、もはや自分を生きていない状態。安定とは不安定の中にあるもので、一定・固定が安定ではないという自分なりの結論にたどり着いてからは、揺らぎの中で生きたい!という野生的な願望が生まれるようになりました。家に固定されないこの移動生活も揺らぎであり、固定給ではなくお話会やワークショップを開催しながらのこのお仕事も揺らぎ。いまは揺らぎのある経済の中に生きていますが、赤字になることはありません。もちろん収入のアップダウンはありますが、その変動こそわたしを楽しませてくれて、おカネと共に楽しく躍動的に生きている感じが好きです。旅をしながら美しい景色を見て感動して、お話会を通して温かなご縁に恵まれて地球家族が増えていき、ソーラークッキングの輪が広がってエコ作を手にした人たちが太陽の恵みをいっぱい享受して豊かになって、結果的におカネがわたしのもとにやって来て、そしてまた新たな場所へと旅立っていく。こんな揺らぎと循環の中で生きているいまは、生命力が高まり命がしっかりと燃えている感じがして一日一日がとても充実しています。◾️所属意識を超えて孤独に生きる覚悟が決まったとき、光が目の前に現れる来年はエコ作と共にもっともっと日本中を旅して、おひさまクッキングの輪を広めていって、そして海外にも進出していきたいと思ってます。太陽は地球のすみずみまでその光を注いでくれている存在。特定の地域にしか無いために奪い合いで戦争が起きてしまうような化石燃料とは違って、どこまでも平和なエネルギー。空に太陽があるかぎり、お日様の伝道者であり通訳者となって、世界中に太陽の素晴らしさを伝えたいです。粟国島のおひさまも綺麗!この身ひとつ(とエコ作)で、呼ばれたところへ行って、オフグリッドやソーラークッキングを伝授して、そして次なる地へと向かう。グループ、コミュニティ、団体、地域などに所属しないスタンスです。よく「チカさん、うちのコミュニティで一緒に村づくりをしていただけたら心強いのですが」とか、「チカさん、ここに住んで一緒に地域活性にご協力ください」とか、こういうことをしょっちゅう言われるのですが、どこかの地域や団体に固定されることは、わたしにとって揺らぎがなくなる〝死〟を意味します。どこにも属さないからこそわたしはわたしで居られるのであり、その力を発揮できるのかなと思っています。誰とでも仲良くするし、色々な場所で最大限貢献するけれど、誰のものにもならない。敢えていえばわたしはわたしに所属している者。何にも染まらず孤高でいる存在であり続けたいです。と、ここまで書いて、以前ある方からこんなことを言われたことをふと思い出しました。「あなたは蝶々のような人ですね。ある山を綺麗にしたら、次に綺麗にすべき山へ向かう。その山を綺麗にできたら、次の山へ。そのお役目のもと、執着や未練などとは無縁に優雅に飛んでいって、ただただ世界の山々を美しくしていく。あなたはそういう優美で孤高な人ですね。」わたしが目指してるのは、化石燃料を土台とした〝破壊・死の時代〟に終止符を打って、太陽という温かな存在と共に生きる〝創造・生の時代〟の幕を開けるという宇宙レベルの夢の達成。規模が大きくなればなるほど、孤独も大きくなることも最近分かってきました。作用・反作用のチカラが働くようで、世界はそういう風に出来ているようです。だからこそ、孤独をどこまでも抱きしめ深めていく覚悟を持つことに決めました。飄々と颯爽と潔く清々しく風のように生きていき、必要な場所に現れて仕事を完了したらさらりと去って次の必要な場所へと向かう。何色にも染まらず透明で、ある意味で幻のような存在でありたいなと。そんなことを思っていたら、最近ご縁をいただいた方(野鳥観察をされている方)のフィードで、孤独な鳥について次のように紹介されていて、感動して思わず書き留めてしまいました。孤独な鳥の特徴は五つある一つ 孤独な鳥はもっとも高く飛ぶ二つ 孤独な鳥は仲間を求めない、同類に煩わされない三つ 孤独な鳥は嘴を天空に向ける四つ 孤独な鳥は決まった色を持たない五つ 孤独な鳥は静かに歌うとても不思議なのですが、孤独への覚悟が決まって深まると、わたしの想いや夢や志しに共鳴・共振してくれる仲間や強力な助け手となる人たちがベストタイミングで現れることをよく体験します。一人でいる勇気を愛して抱きしめられたとき、天はこの上ない〝人の恵み〟というものを目の前に現してくれるようです。そういう仲間と出逢ったときは、目と目が合っただけで「あ!この人だ!この人と新しい世界を創造するんだ!」と、確信めいた感覚が生まれます。孤独とはどこまでも熱くどこまでも無限なエネルギーを生み出したり運んだり届けてくれるのかもしれません。旅をしながら生きていくスタイルが定着し始めたいま、これからは「職業は蝶々です」と自己紹介していこうかなと思います(笑)「チカさんは何をされている方ですか?」と訊かれる度に、う〜ん、オフグリッドエバンジェリスト?ソーラークッキング研究家?環境活動家?旅人?と返答に困ることが多くて最近悩んでいたところでした。2018年は孤高な蝶々であることを自覚して、この身ひとつでさまざまなところへと飛んでいきたいです。そして、孤高であればあるほど現れる真の仲間と共に、愛と喜びで循環する世界を創造していきたいです。太陽の通訳者として地球の山々を優雅に飛んでいきながら、その地に太陽の光を導いて豊かにしていきます!果てしなく広大な海を見ると、夢も悠大になる!【お知らせ】2018年からは、ソーラークッキングのホームページ「アマテラス〜太陽で料理する楽しい美味しい暮らし〜」で、ブログを更新していく予定です!エコ作のご注文、レシピの公開、ブログ更新、お問い合わせなど、全てホームページで行っていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします!アマテラス〜太陽で料理する楽しい美味しい暮らし〜http://amaterasu.life/

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  • 09Dec
    • 自分が嫌っているもう一人の自分が握っている鍵

      沖縄に来て1週間が経ちました。到着した翌日はさっそくソーラークッキング会を開催。スタート時間ギリギリまで降っていた雨が止んで、てぃーだ(沖縄の太陽)が頑張って厚い雲の切れ間から光を注いでくれてなんとか乗り切ることができました!おひさま、いつもありがとう〜!【お話会のお知らせ】12月16日 お話会 in 沖縄県宜野湾市12月18日 お話会 in 兵庫県神戸市◾️裸で生きることは無防備にして最強?お話会やワークショップを開催しながら流れるままに移動しながらの家ナシ旅生活も3ヶ月目に入りました。人に迷惑をかけることやお願いすることはいけないことだとして生きてきたわたし。今、色々な方々に頼って甘えているこの姿が自分でも信じられないくらいです。一匹狼気質で人を避けがちでしたが、人間関係が多様になってその温度が高まって、「人と一緒にいると楽しいな温かいな」という感覚に包まれるようになりました。今の方が自分も周りも笑顔が断然増えて楽しいです!以前は誰かよりも何かができることや頑張っていることをアピールしていないと落ち着かなかったように思います。誰かと自分を比較して競っていたんですね。でも今はそんなプライドもなくなって素っ裸状態。この裸の姿って無敵だなあと思います。刀もって鎧かぶってると「こいつ今にも切り掛かってきそうだな」と相手は身構えますが、何にも着てないと「何か温かい服を着させてあげよう」と手をさしのばしてくれる感じといいましょうか(笑)一般的には資格があったら生きていくのに優位だとされていますが、いまその逆をいってます。数年前までは時間とお金をかけてアロマセラピーやハーブのセラピストやインストの資格を取って仕事に繋げていました。夫の元を旅立って生きていかなければならないとなったとき、昔とったそれらの資格をもう一度活かしていこうかと頭をよぎりましたが、0.0001秒で「否!」と内側の自分が叫んできてやめました。過去に取得した資格にすがって生きるのではなくて、むしろ過去も現在も未来も何にも囚われていない時に現れるもの、それがわたしを生かすもののはずだから、それを見つけに行こうと。過去に引っ張られず未来を案じず、着飾らず裸でシンプルに生き続けていたいです。それが今を生き切ることであって、きっとそういう風に生きていれば、その時欲するものや必要なものが瞬間瞬間自然と現れるのではかいかと。宇宙はそういう風にできているのではないかと。いまそんな風に感じています。裸で生きるとはまさにこういうこと?レッツ無防備!◾️苦手な自分を超えたときに現れる広々とした自由な世界昨日、とても嬉しいメッセージが届きました。それは、長いあいだ家の中で自由がなくパートナーと別れたいと思っていたという方からのメッセージ。ご自身の本音と向き合われて勇気を持って意を込めてそのきもちを伝えることができたという喜びのご報告でした。その方は、胸のうちを話せば話すほど長年蓄積された我慢や怒りが噴出してきて、話しながら腹が立って来たそう。しかしながら、パートナーからは「そこまで言われたらスッキリ別れられる」と言ってもらえて、仲の良い友達のように笑顔で話せるようになったとのこと。そして、いまは背中の翼が大きく長く伸びやかに開いて、心地よい風を受け取っているかのようだと。とても素敵なメッセージでしたので、一部ご紹介させていただきます。『自分の嫌なことや苦手なこと、それこそが次のステージへの鍵だと言っていたチカさんの言葉そう、わたしの嫌なこと苦手なことは、弱い自分を見せること、人を傷つけること、人の嫌がることをすることでしたでも、それらを表面化してでもパートナーと向き合い話し合ったこの三日間は、素晴らしい体験とともに次のさらに軽やかなステージへの扉を開けたのだといま確信しています!チカさんのあるがままの体験談、ブログから伝わるパワフルなメッセージがわたしの新たなるステージの扉を開けるきっかけとなったことに心から感謝しています』こんな自分は嫌だと思う自分を受け止め切って、本音という本当の音色を響かせて共鳴させたからこそ生まれたお二人の新たな出発。おめでとうございます!◾️陽の自分と陰の自分の関係は、鍵穴と鍵の関係と同じ以前、苦手だった〝怒ること〟ができるようになったら、世界が優しくなったという記事を書きました。そして、その後どんな変化が起きたかということを怒り切ったら般若心経に書かれている〝空〟の世界が待っていた!でお伝えしました。わたしにとって嫌いな自分は怒る自分だったのですが、それをやり切ったら、醜いと思っていた自分が自分自身の大切な半身であることを体感し、ふたつに分裂していた陰と陽のふたりがみごとに統合を果たして信じがたいことが起きたのでした。(詳しくは、上記二つの記事をお読みください)怒ってはいけない傷つけてはいけないという考え方は一見秩序を生み出しそうなのですが、自己葛藤という自分の中での争いが絶えなくなって憎悪と苛立ちが増幅していく結果、戦争が終わらない世界になります。逆に、怒ってもいい傷つけてもいいという許しを与えると、一見無秩序になりそうなのですが、自己葛藤がなくなる分一人ひとりの心が平和になって、結果的に安寧な世界になっていきます。あくまでもわたしの経験から言えることなのですが、自分に課している禁止事項を許可事項に変えられたとき、一段上の新たなステージの扉が開くようです。それは、元の自分に一歩近づいて還るということでもあります。進むということは還ることと同じ感覚です。人に迷惑をかけてはいけない、甘えてはいけない、怒ってはいけない、傷つけてはいけない、感謝しなければいけない、辛いことも我慢しなくてはいけないなど、ひとりひとり自分を縛っているものは異なりますが、このような禁止していることや苦手なことや自分が嫌がることを勇気を出してできたときに〝奇跡〟とも呼べることが起きます。なぜなら、善悪が対峙しているように見えるときは、そのどちらかに囚われている時に見える幻想に過ぎず、その囚われから脱したときにこの現実世界がどうなっているかがやっと見えるからです。好きな自分を陽だとすると、嫌いな自分は陰。それは鍵穴と鍵の関係に似ていて、ふたつを同時に上手に扱えて鍵穴に鍵をカチャッとはめ込めたときに扉が開いて、新たな軽やかで鮮やかな居心地のいい世界が迎えてくれることを体感しました。最近よく、「好きなことだけを選択しよう!」とか「ワクワクだけに従って生きよう!」とかを耳にしますが、それはまるで鍵穴をひたすら磨いてピカピカにしているだけ。鍵穴には鍵が差し込まれて初めてその意味を成します。その鍵とは、「こんなことはしていけない」とか「こんな自分は嫌だダメだ」と思い込んでいること。自身の中で分離していた陰の自分と陽の自分が統合したときに体感した陰も陽もない世界は、光が闇を照らしているように闇が光を照らしていました。闇だと思い込んでいた嫌いな自分は美しい光でもあったのです。その姿を見てからは、嫌いな自分を受け入れることに抵抗がなくなりました。(が、現実世界ではこれでもかというほど感情が揺さぶられるので、しょっちゅう自己嫌悪にも苛まれます 汗)◾️自分はもうひとりの自分に好かれることをずっとずっと待ちわびているどんな自分でもOKだと自身に許可を与えていくと、どんどん世界が広がって自由に泳げる喜びや深い呼吸ができる安心感みたいなものが溢れてきます。ここでひとつ自分にしている許可方法例を、ものすごく恥ずかしいきもちを抑えてご紹介させていただきます。夜寝るときに仰向けになったら目を瞑って、自分をハグするイメージをしてこんな風に心の中で声をかけています。(もう一人の)わたし、愛してるよ今日も一緒に居てくれてありがとうあなたが大好きよ今日、無礼なあの人に言い返すことができて偉かったねよく愛想笑いしなかったねよく言われっぱなしにさせなかったね嫌われる覚悟を持って素直なきもちをそのまま出せたあなたを誇りに思うわどんなことがあってもわたしはあなたと一緒よ絶対に離さないわずっとずっとずっと一緒いつもいかなるときも味方どんなあなたも愛してるわだからこれからも安心して生きていてねこんな感じでどんな自分も愛していることを伝えて、その日にあった罪悪感を感じる自分の言動をOKにしてあげます。すると、なんだか満たされて幸福なきもちになってきます。ニヤニヤしてきて思わず声を出して笑ってしまうことも。わたしってばなんであんなに怒ったんだろう⁈みたいに(笑)そして、自分のことが笑えると、相手のこともなぜか笑えてきて許せてしまうのです。翌朝起きたときに、「昨日のこと謝ってみようかな」とか「あの人どこか憎めないんだな」とか、まあるい柔らかいきもちが勝手に生まれたりします。本当に不思議なのですが、自分をしっかり愛せていれば、相手のことも認められるようになります。逆に、自分に厳しくしたり禁止を与えていると、相手のことも許せなくなってきます。誰かに優しくしたいけれどできなくて苦しいときは、自分自身に優しくできていないお知らせだと思って、自分を愛で満たし直すことにしています。この世で自分が一番愛して欲しいと願ってるのは誰でもない自分自身。本音を聴いてあげられるのも願いや夢を叶えてあげられるのも自分自身。そんな自分という存在は、陰と陽でできている。どっちの自分も紛れも無い自分という存在で、甲乙なんてつけられないほど尊くて美しい。陰の自分を置き去りにしたり遠くへ追いやりたくなってしまう時こそ、こちらから近づいて抱きしめてあげることを意識してます。さあ、今夜はどんな愛の語らいをしようかな♫笑沖縄のこのダイナミックな風が大好き!

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  • 02Dec
    • ユニークで先進的でオンリーワンな宇宙で輝く家族を創りたい!

      次なる地はまたまた沖縄で、明日からしばらく滞在します。前夫と過ごしたこの10日間は本当に温かくて楽しくて充実した時間となりました。お別れするときにハグをすると、「久しぶりに一緒に過ごして刺激をもらったよ!俺もこの命をもっと燃やして生きようと思った!ありがとう!」と言われて嬉しくなりました。そして、「そのまま輝き続けてね」と。この選択を受け入れてくれて、ありのままのわたしを肯定して応援してくれる前夫に心から感謝しています。まんまるでぽかぽかしたこのきもちと共にいざ出発です!1月後半は東京と神奈川県で講演やお話会があるため戻ってきますので、関東圏でのお話会やワークショップなどを希望される方はぜひご連絡くださいませ♫サトウチカEmailmail.greennote@gmail.comFacebookメッセンジャーhttps://www.facebook.com/chika.sato.511■10代のときにすでに違和感を感じていた日本の婚姻制度法に囚われずこんな風に男女のパートナーシップを模索しながら生きることにしたので、ハタから見ると頭が変な人と思われても仕方のないワタクシでありますが、いちおう慶応義塾大学法学部で法律や政治をしっかり学んだ者であります。ゼミでは家族社会学の分野を深めて近代日本の家族制度について研究していました。専攻は政治学でしたが、憲法・民法・刑法・行政法などもまんべんなく勉強して、法とは人を守るものでもあり縛るものなのだとその矛盾に戸惑ったものです。その中でも特に落胆したのが日本の婚姻制度でした。そもそも戸籍とは民から税を抜け漏れなく搾取するためにその時代の支配者が作ったもので、どれだけ民が生きづらくなったかは山上憶良の貧窮問答歌からよくわかります。現代は芸能人の入籍ニュースのイメージもあってか〝入籍=結婚=おめでたい〟となっていますが、わたしにとっては〝入籍=税の管理支配下=奴隷化促進〟みたいな感じなのです(ああ、こんなことを書いてごめんなさい!どうかお許しを~!)。特に不倫を原因とした離婚訴訟のケースを学んだときは若者ながら興醒めしました(汗)焦点は配偶者以外の異性と性交渉があったかどうか。つまり婚姻届けを出すということは、ふたりが性交渉をする関係だと国に報告して認めてもらって、それを破ったら慰謝料が発生するリスクを背負うということ?と。結婚というものにおける愛や純粋性の土台が欠如していて、無機質で機械的な冷たい感じがしたのでした。性に関して国からの許しや裁きを受ける結婚生活なんて御免だい!と思って、その授業が終わると友人に「法律婚じゃなくて事実婚にするわ」と言ったのを今でも覚えています。(が、いざ結婚となると一般的な法律婚を選びました…)婚姻オフのことを発信するようになったら、日本の婚姻制度への違和感や閉塞感を感じている方々から共感や同意のメッセージをたくさんいただいて本当に驚きました。また、今年8月にスピーカーゲストとしてお話させていただいた100名近い講演で、ずっと感じていたこの違和感に素直になって敢えて制度から抜けて離婚したことをお話すると、聴衆のおひとりが「素晴らしい!」と大きな声を上げて拍手してくださり、会場中の方々が温かな拍手をしてくださったことも驚きました。個人的な感覚ではありますが、この国の婚姻制度は何かおかしいかもしれない…という感覚は徐々に目覚めて大きくなってきているのではないかと肌感覚で感じています。一方で、結婚とはこういうものだという固定観念が多くの人たちにあまりにも強く根深く浸透しているのも確かで、そのような方々に理解してもらえるくらい明晰性の高い言葉で説明することの難しさも同時に感じています。■わたしの意識の目がとらえた未来ここからはちょっとスピリチュアルなお話しです。わたしは意識の目と自分で呼んでいる目があって、その目はときどき時空間をワープして過去や未来をとらえます。そこで見てきた地球の未来の家族のお話を少しだけお伝えさせてください。(このようなお話しが苦手な人はすっ飛ばしてください)それはかなり先の未来なのですが、相反するふたつのパターンのファミリーシップが同時に存在していました。ひとつは、一人の異性としあわせなパートナシップを築いて家族を形成するタイプ。他の異性が眼中に1ミリも入らないくらいお互いが愛おしい存在で恋に落ち切っている状態で、子どもが何人も生まれてもずっと恋人のように愛し合っている関係です。もうひとつは、複数の異性同士が互いにしあわせなパートナーシップを築いて大家族を形成するタイプ。不倫という概念も嫉妬という感情もなく平和で穏やかで、誰の子でも自分の子でありみんなの子となる関係です。どちらも純真な愛に基づいていて、求心的なエネルギーか拡散的なエネルギーかの違いだけで、どちらがよくてどちらが悪いということは一切ありません。これは現代の二元的な観念の世界を超えた先にある世界(厳密に言うと陰も陽も存在しますが、陽が良くて陰が悪いというような観念めいたものが一切ないということです)となったときに現れる社会です。一夫一婦でも多夫多婦でも両者が考え方の違いからお互いを批判したり蔑むようなことはなく、それぞれのスタイルを尊重し尊敬し合っていました。どちらの家族にも共通するのはどこまでも透明な純粋な愛で、所有欲・独占欲・支配欲がありません。嫉妬や恨みなどが一切なく、そこにはただ愛があるだけ。その愛の在り方においてふたつのスタイルがあって、どちらもしあわせで平和で完璧に調和した家族社会が成り立っているのです。そして、そこでは国が家族を管理するようなこともありませんでした。結婚をするのも自由で、家族を築くのも自由で、国に届けを提出するなどもありません。規制したり管理したりすることは愛に反するのです。これは人類の意識が拡大して霊性が高まり愛のレベルが一定のラインを超えたときに自然に現れる家族の姿でした。進化を遂げるとは愛を高めるということで、それは本来の人間の状態(つまりは愛の状態)に戻ることと同じで、未来と過去は結局一緒であることがこの時よくわかりました。楽園を取り戻すとはこういうことか!と体感して、あまりの感動に身震いして泣いたほどそれはそれは完璧な平和な社会でした。■制度化されているものの裏にある支配者の意図を見抜くこれからは制度や組織というものがどんどん崩壊していくのではないかと思っています。今まではピラミッド型のヒエラルキー社会でしたが、フラットな輪(和)の型になっていくイメージです。したがって旧体制の金融、経済、政治、医療などの体制や制度、会社や家族という組織が崩れていくのではないかと推測しています。現在の婚姻制度も旧制度のひとつなので、やはり変わっていくのではないかと。旧体制は、人の所有欲や独占欲をかきたてて争わせて奪い合いを促す力が働くシステムと言われています。なぜなら、人々が自由になって思い通りに生きられる平和な社会になってしまったら支配できなくなるからです。それを恐れて分離を促すグリッドを張り巡らせていることに気づくときが来たのだと思います。現代日本の厳格な一夫一婦制は、潜在下で抑圧感と苛立ちが増幅して夫婦が疲弊消耗しやすくなっていて、核家族化はそれぞれの家族同士が競い合うように仕向けられているという説を聞いたことがあります。しかしながら、支配者の意図云々は抜きにしても、3組に1組が離婚をしている現状を見ると、この婚姻制度には無理があるという証ではないでしょうか。ポリアモリーという言葉がここ最近あちこちで出てきたことや、婚姻制度に疑問を持つ人が増えてきていることは、新しい時代へと移行しているひとつの流れの側面だと感じています。それは、支配者の意図から抜けて本来の純粋な愛に基づいた男女のパートナーシップに進化(回帰)していく現象のひとつかもしれません。ポリアモリーにしてもアクティブ離婚にしても、未来を先取りすることになるので物珍しい目で見られるかもしれませんが、これからどんどん増えていくのではないかと個人的に予測しています。■ユニークで先進的で多様で平和な家族を創りたい!誤解していただきたくないのは、現在の法律のもと幸せに暮らされているご夫婦やご家族を否定しているわけではないということです。ただ、制度が合わない人もいれば、違和感や閉塞感を感じる人もいれば、組み込まれたくない人もいるということは見逃せない事実で、そういう人たちが声を上げたり独自の夫婦や家族のスタイルを生み出してもいい時代が来たのではないかということです(かくいうわたしがそんな一人であります!)。これから素敵なひとと出逢って新しいパートナーシップを築けたらいいな。もしまた結婚するなら法や契約ではなくてハートや純粋な想いで結ばれている夫婦でありたいな。子どもが生まれたら新しいパートナーも前夫も「パパ」と呼ばせてほしいな(パパがいっぱいって豊かでイイ!)。前夫が再婚したらその奥さんと仲良くなりたいな。その二人に子どもが生まれたら自分の子のように一緒に子育てさせてほしいな。境界線なくみんな仲良しの家族がいいな。などなど妄想は膨らむばかりですが、こんな独創的な人間を魅力的だと思ってくれるような男性が果たしていまの地球にいるのか疑問です(笑)生まれ育った家族が不和だったからこそ、家族ってなんだろう?夫婦ってなんだろう?と問い続けてきたこの人生。両親や家族を恨んで自己憐憫にふけった時間も長かったけれど、その葛藤があったからこそ今のわたしがここに居るのだと思います。これからは何にも囚われずに自分が納得のいく恋愛をして結婚をして夫婦となって家族となって、オリジナリティ溢れる人生を創造していきたいです。自分を楽しませて周りや世界も鮮やかにできる創造者でありアーチストでありたい。ユニークで温かくて平和でオンリーワンな、この宇宙でとびきり輝く家族を創れたらいいな!江ノ島にて沖縄の海と繋がっていると思うと、世界は溶け合ったひとつのものだと実感します

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  • 29Nov
    • 愛は所有を超えてお互いの自由を輝かせる

      横浜に戻ってきて3週間。あまりの寒さと空気の乾燥に喉をいためて風邪をひいてしまいました。咳がひどく夜中も止まらず寝られないくらいです。移動生活だとお手当系のケアができないことに気づきました。手作り花梨酒は実家に置いているので手に入らず、ショウガ湿布をして身体を温めようと思っても大鍋がない。ええい!こうなったら荒治療だ!と思って、今朝近くの公園で息切れするほど思いっきり走ったらなんとピタリと止まってしまいました(笑)あれだけゲホゲホしていたのがまるで嘘のよう。〝癒し〟と同じくらい〝喝〟には絶大な治癒力があることを発見です!■婚姻制度からオフして見えてきた世界1週間ほどのあいだ前夫の家(つまりは元のお家)で過ごしています。久しぶりに戻ると、「やっぱりまだここがホームだなあ」と感じると同時に「もうここはホームではないんだなあ」と感じる不思議な感覚。夫が好きなものを飾ったりして別の空間に変身した家を見て、そのセンスにかなり感動。こんな好みがあったのね!と新たな一面を知って嬉しくなりました。夫が手作りしたキャンドルヒーター!可愛い〜♡しかも、生活するチカラが驚くほど高まっていて心底びっくり!お家の中は整っているし、洗い物はササっとするし、お料理ができるようになってるし、朝起きたら洗濯をするし、ゴミも出すし、すご~~~~~いの一言!本人いわく「状況や立場が人を変えるんだよ」とニッコリ。別れは寂しいものでしたが、それがきっかけとなって優れた創造性が発揮されたり眠っていた能力が目覚めたりするのを間近で見て、失うことで得るものがいかに大きいかということを知りました!いまの二人のほうがお互いできることが増えて、人のご縁や世界も広がって輝いているような気がしています。出会って10年ですが今が一番よい関係かもしれません。先日、婚姻制度から抜けて半年を迎えました。お互いを縛っているグリッドをほどいて、自由を与え合う関係を選んだアクティブ離婚(通称「婚姻オフグリッド」)。〝結ぶ〟ことと〝開く〟ことはわたしにとって同じことで、どちらが良い悪いはありません。ですので、結婚もおめでたいですし離婚もおめでたい。終わりは始まり、アルファ&オメガ、破壊は再生と言うくらいです。ということで、離婚半年を記念してちょっと素敵なお店でお祝いしてきました。そこの店主が「今日は何かのお祝いですか?」と聞いてきたので、「実は離婚半年記念なんです」と明るく言うと、鳩が豆鉄砲を食ったように驚いていました。あまりにも仲が良いので結婚記念日か懐妊祝いだと思ったそうです(笑)帰り際に「おめでとうございます!素敵なお二人ですね!」と祝福の言葉をかけてくださり、心がポカポカしたのでした。素敵な離婚半年祝いとなりました♫この半年を振り返ってみてお互いに共通していたことは、それぞれが本来の自分自身に還っていることと、無限の可能性を感じていることでした。夫婦であったときは、相手のために自分が我慢したり諦めたりすることが良い妻であり良い夫だといつの間にかそう考えるようになっていたように思います。そして、夫であることを理由に色々なことを押し付けたり強制したりもしていました。ところが、妻や夫という役割から降りたら、自分にも相手にも自由を与えることが生きる喜びとなったのです。そして、色々な夢ややりたいことがどんどん溢れてくるようになりました。夫婦という枠を超えて、一人の人間としての尊厳を認め合い、自分らしく生きることを応援し合う関係。法律上ではもう夫ではないけれど、血の繋がった家族以上に大切な存在で、今までも現在もこれからもかけがえのない尊い人。これを家族と呼ばずして何を家族と呼ぶのだとうと思います。血縁や制度や形ではなく、心や魂や言葉で表せないもっと深いもので結ばれた地球家族であることが、わたしにとって重要なのだと分かりました。◾️愛とは所有を超えていくもの先日、わたしたちの食事に同席した友人に「こんなことを言うのも変だけど、普通の夫婦よりも夫婦らしいものを感じた」と言われて嬉しくなりました。それはきっと、自分の自由も相手の自由も尊重することをいま本気で取り組んでいることで生まれた安定感がそう思わせたのではないかと思います。自分は自分であって他の何者でもなく、自分以上でもなければ自分以下でもなく、誰のものでもない。一人一人がそういう存在で、愛は所有や独占を超えて相手の自由を輝かせるもののはず。お互いがそのままの自分であるために敢えて夫婦という枠に囚われないで大切にし合っているこの関係は、はたから見るととても不思議な光景に見えるかもしれませんが、これが今現在のわたしたちにとって一番納得のいく心地よい在り方であり生き方です。こんな感覚となったいま、「うちの旦那」とか「うちの妻」とか「うちの子ども」という一般的な言い方に胸がざわざわするようになりました。〝うちの〟には、この家族のとかわたしのというニュアンスを含むと思うのですが、宇宙でたったひとつの尊い一人の人間が狭い囲いの中に限定されてしまう感じがするようになったのです。わたしはどの子も自分の子のように思うのですが(その分ガチで叱ったりガチで遊んだりガチで見守ったりガチで放っておいたりします!)、「うちの子」と言われてしまうと所有チックな境界線のようなものをなんだか感じてしまうのです。(が、もし子どもが生まれたら、やはり『うちの子』と言うのもしれません。)◾️個の時代の到来に胸が高鳴る!このような自由な生き方をありのまま伝えるようになったら、恋人や夫婦や家族の関係などを、オープンにお話してくださる方々が増えてきました。分かってきたことは、100人いたら100通りのスタイルがあることや、ポリアモリー(お互いに認め合って複数恋愛をされる方々)的な考えの人が意外にも多いことです。複数の人を同時に同じくらい愛せるって素敵だなと思います。わたしは一人の相手だけでも所有欲を超えるのにこんなに試行錯誤をしているので、その懐の深さや器の広さに感嘆します!でも、よくよく考えると小学校低学年くらいまでは好きな子が何人もいたなとふと思い出しました。わたしの幼稚園の卒園アルバムにも、『いちばんすきなおとこのこ にばんにすきなおとこのこ』の欄があって、すながくんとなかむらくんの名前を書いてます。幼稚園生や小学生くらいの小さな子どもたちに、いま好きな子が何人いるかとか何番目に好きな子が誰かなどをきいてみると、当たり前のように答えてくれます。まだ大人や社会のルールに染まっていない純真な子どもには好きな人がたくさんいる。これは大人になるに連れて忘れてしまう何か大切なことを示してくれているのかもしれません。もっと色々な考え方やスタイルがあって、もっとお互いの存在や個性を認め合っていける多様な世の中になったらいいなとよく思います。常識とか当たり前とか一般論なんて時代や国が違えば非常識で異常で論外になるようなほど脆弱なもの。誰かが決めた尺度の中で生きるのではなくて、一人一人が独自のスケールをもって生きることができたら、なんて鮮やかでなんて立体的でなんて面白い世界になるんだろうと。これからは〝個〟の時代だとよく耳にします。誰にも何にも囚われずに一人一人が自分を生きることが許される時代。1+1=2ではなくて、1+1=大きな1になるような世界。それぞれが互いに尊重しあい、愛や自由を土台とした平和で調和した恋人や夫婦や家族の色々なカタチが生まれたらいいなと思います。久しぶりの菜園と対面して大きな冬瓜を収穫!

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