図書室で星に願いの短冊を | がいちのぶろぐ

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今日は、お手伝いをしている高校の「総合学習」で、午後から出掛けていた。

 

生徒たちは、今日は大枠のテーマである「京都の未来像」を考えるため、その前提となるように、京都の町の現在の状況を把握する作業を行った。

 

何と言っても高校生だから、自分が住んでいる町としての京都のことを、まだまだそれほどには理解していない。

 

さらに言えば、生徒たちの祖父母の世代は、京都の〝町の中″で暮らしていても、自分たちは親世代と一緒に、京都という都市の〝周辺部″で暮らしていることも多い。

 

だから、京都という町の成り立ちや、置かれているポジションなども、ボンヤリとは解っていても。それが実感として感じられるほどでもない。

 

例えば、京都市が極力保存を目指している「京町家」という住居の構造だって、マンション住まいの生徒も増えているから、自分たちにとっては〝縁遠い″ものかもしれない。

 

そんなわけで、今日は図書室に集まって、図書室にある京都関連の本を開いたり、パソコンでインターネットの情報を探したりして、京都を理解する作業になった。

 

その図書室で、面白い試みが行われていた。もうすぐ「七夕」である。そこで図書室の上階部分から「網」を張って天の川に見立てて、「星に願いを書いてみませんか」というイベントを行っていた。

 

 

 

本を借りた生徒には、願いごとを記入する短冊や、星の形などの切り抜きを作れる用紙を渡してあげる、という取り組みである、

 

図書室の司書の方が、生徒たちが少しでも本に興味を持ち、本を手にする機会を増やそうと考えて、取り組みを行っておられた。とても微笑ましい取り組みだと思う。

 

若い人たちの「本離れ」というよりも、動画やアニメなどに向かう「活字離れ」が進行している中で、こうして、少しでも本に親しみを覚えてくれたら、という気持ちが私にも伝わってきた。

 

 

 

その一方で、やはりというか写真主体の〝京都のガイドブック″などを開く生徒は多かったものの、活字が中心の解説書の類には、あまり手が伸びていなかった。

 

うーん、やはりそうか、という感想を持った。そんな中でも、真面目な女子生徒のグループは、頭を抱えながらインターネット情報をにらんでいた。

 

だが、男子生徒のなかには、何をするでもなく漠然と過ごしている生徒もいた。今年もまた、横着を決め込もうとする生徒たちが現れてくるような予感がする。

 

これが、2学期も後半になって来ると、さすがにこれはまずいとあわてはじめることになるのだが。

 

その時期になっても、ゴールとなるべきものが決まりきらず、そんな段階になってやっと、あれこれと内容が迷走を始めるのである。

 

こちらからは、いっさい指導をしないという約束になっているので、あくまで生徒が自分たちが全てを決める。

 

大枠こそ与えられるけれど、後は自分たちが作業を進めて行く。だから、何かにぶつかって困っている時には、それを解きほぐすために、ヒントや視点などを説明することはあっても、それ以上は口を出さない。

 

 

 

こうして今日も、随分と進捗している生徒たちと、ただ時間が過ぎて行った生徒たちが存在した。さて、このままではいけないと気付くまで、私は横で見守るだけなのだが、けっこう歯がゆいところもあったりする。