Greatchain

2018/10/10

 

承認されたキャバノー最高裁判事の宣誓の儀式の場で、トランプ大統領はこう言ったとニュースは伝えている:——

 

「私は、このような重要な儀式では、おそらく他に例のなかったやり方で、今夜の行事を始めたいと思います。

 

「我が国を代表して、私は、ブレットと、キャバノーの家族の方々に対し、あなた方が耐えなければならなかった、恐ろしい苦痛と苦しみに対して、謝罪したいと思います。

 

「我々の国家に仕えるために前に出る人々は、公正な威厳ある評価を受けるべきであり、ウソや騙しに基づいた政治的・個人的なキャンペーンであってはなりません。

 

「キャバノーの家族に起こったことは、あらゆる公正、礼節、正しい手続きの概念に反するものです。

 

「わが国では、男でも女でも、常に、有罪と証明されない限り、無罪と考えられねばなりません。」

 

伝統的には、おそらく形式的な文言で済ますこの宣誓式で、トランプは大統領として、また人間としての、信念を述べた。特に、家族への配慮が強調されていることに注目すべきである。これは、宇宙の秩序を尊ぶ哲学から自然に出てくるものであって(論語では「斉家」)、神に逆らう者はこんなことを言わない。共産主義者は家庭重視どころか、家庭破壊を勧める。民主党が中心になって推進する「文化マルクス主義」は、LGBTすなわち家庭の廃止を求めている。

 

これとほぼ同時に、アメリカのあるTV番組の女性ライターの言葉が、ニュースになっている。彼女は、「私は、ブレット・キャバノーの人生を潰してやったことを喜んでいる」と言ったという。かりにキャバノーが、本当に前科のある政敵だったとしても、または個人的恨みがあったとしても、他者の人格を全面否定するこんなことを、常識ある者は言わないだろう。しかし、これがキャバノー潰しをする者たちの共通の思いだとすると、これは完全に非人間的な集団である。我々のこの世界の、「良い麦」と「悪い麦」の距離が開きすぎて、別種の人間になってきたかのようではないか?

 

しかし、これこそ「終末」現象であり、聖書はこれを予言していたと考えることもできる。つまりこれは、ごく最近、法王フランシスが、「聖職者のペドフィリアはサタンの仕業だ」と言ったように、これもサタンによる大量悪霊現象と十分に考えられる。

 https://neonnettle.com/news/5273-pope-francis-satan-is-to-blame-for-the-child-abuse-crisis

 

「信なくば立たず」とは、政治の要諦を述べた論語の言葉で、信頼関係がなければ政治に限らず、人間関係そのものが成り立たないという、常識を述べたものである。しかし、今度のキャバノー事件を見ていると、「信なくば立たず」の真逆の「信なくてこそ立つ」と考えている人々が、人口の半分くらいは、いるのではないかと思えてくる。「信などというものはロクなものでない。自分の要求を、ウソや騙しやプロパガンダを用いて、強引に押し貫いてこそ、政治は成り立つ。道徳など無視せよ」と、考える人々のなんと多いことか。言うまでもなく、これは我々のよく知っている、アメリカの(自国民も含めた)対外政策である。我々はその縮図を、“キャバノー劇場” で見たばかりだ。

 

上に見るようなトランプの人間性と、キャバノー殺しの人間性とは、どこが違うのだろうか? これは根源的な人間のあり方の違いである。これは旧約聖書の創世記の、アベルとカインの違いとして考えると考えやすい。アベルは素直に神を信ずる。カインも神を信ずるが、ひとつ気に入らないことがあると、ごく些細なことで(神への捧げ物を受け取ってもらえなかった)、兄弟のアベルを殺してしまう。自分に不都合な事情があるからといって、キャバノーを殺す(人格殺人)ことはなかろうに、と我々は思うが、彼らは当然のように、何の良心の呵責もなく、このアベルを殺そうとしたではないか? 一度は失敗したが、これからもその努力は続けるだろう。

 

人間は、この2つのタイプに分けられると考えられないだろうか? 近現代の無神論は、自然発生したものでなく、科学によって証明されたものでもなく、神に恨みをもつ者たちの宣伝によって、我々に植えつけられたものと考えられる。自然状態で無神論者はいない。このユダヤ-キリスト教の神話に無関心の方々は、じっくり考えてみられることをお勧めする。

 

ところで、ついさっきのネット・ニュースで、アメリカの国連大使ニッキ・ヘイリーが、国連大使を辞める意向を示したとあった。

https://neonnettle.com/news/5280-trump-addresses-press-over-official-resignation-of-un-ambassador-nikki-haley

この人のことは(彼女の前任者サマンサ・パワーとともに)、このキャバノー事件の間中、実は私の頭にあった。彼女の、シリア大統領アサドに対する関係は、民主党共謀団の、キャバノーに対する関係に、非常によく似ている。ヘイリーは、国連会議の席で、堂々と、アサド大統領は、自国内で自国民をガスで残酷に殺し続けている、証拠はあると主張し続けた。このような大統領は、許すことができないではないか? これが、あまりにも堂々としているから、国連の他の代表たちは、あっけに取られながらも、真剣に聞く義務には従ったが、誰もそんな話を信ずる者はいなかった。自国の子供をガスで殺す大統領が、国民にずっと支持されているとは、どういうことか? しかし彼女は、そんな不信の目は物ともせず、この主張をどこまでも押し通し続けた。これは民主党共謀団の、キャバノーに対する残酷な中傷の作り話に、そっくりではないか? ——そのニッキ・ヘイリー女史が、この仕事はもう辞めると言い出した。むしろ彼女には、同情の思いが湧いてくるではないか、よく頑張った、と。

 

PDF: http://www.dcsociety.org/2012/info2012/181010.pdf