霞が関のタクシー帰宅について。
数年前に「居酒屋タクシー」が問題になった。帰宅時のタクシーでビールを受け取っていたというもの。このことについては、けしからん、という意見と、別にビールくらいいいじゃん、という意見があった。このこと自体を評価することは今回は避けるが、一つだけ断言できるのは、問題になった当時にあっても、この居酒屋タクシーというのは全く一般的ではなかった。ごく少数の人間が行っていたものなのだ。
しかし、この問題が持ち上がったことの影響は大きく、ある省ではタクシー券が廃止され、深夜残業を余儀なくされる職員は始発電車まで待たなければならないという事態を生みだした。
そもそも、なぜタクシーで帰宅する必要があるのか。
答えは単純で、霞が関の業務量が膨大だからである。
もう少し詳しく説明する。
①人が少ない
まず、業務量に比して人間の数が圧倒的に少ない。これは本当に少ない場合と、一方、「使える人が少ない」という場合もある。ある特定の人間は毎日深夜まで仕事をする一方、毎日定時で帰る公務員がいることも否定できない。そのような場合、仕事を分散させることはできないのか。答えは、できない。どの会社でも同じだが、残念ながら仕事の出来不出来は個人差がある。仕事の不出来な人を使うほど、業務にゆとりはないのだ。いきおい仕事のできる人に業務が偏ることになる。
②スピード感
霞が関は自分たちの世界だけで仕事をしているわけではない。最も影響を受けるのは政府全体の動き、それから国会の動きである。
そして、それらの動きはとても早い。総理や大臣は忙しいので、急な会議が立ち上がることが頻繁にある。会議に向けての資料作成など、一日で仕上げなければならない仕事はとても多い。
国会はもっと酷である。前日夕方にようやく日程が決まり、翌日は国会ということも少なくない。
質問主意書が当たれば、一週間以内に答弁を書かなくてはならない。一週間、と聞くと余裕があるように聞こえるかもしれないが、内部の調整作業を考えると、実質的には一日である。内部の調整作業とは、内閣法制局の審査、関係省庁との協議、大臣決裁、閣議決定、である。それらを含めて一週間なので、実質的には一日で作成しなければならない。
とにかく、とてつもないスピード感が求められる世界が霞が関である。
③国会
続きの話。国会対応は、霞が関の重要な仕事の一つである。
国会で答弁するのは総理や大臣だが、その答弁は前日までに霞が関が作成している。当日の朝に大臣に見せて、OKをもらうのだ。
国会が開会される場合、まず質問者が事前に質問通告をする。質問通告を受けて、関係する部署は当該議員へ取材に行く。質問の意図を正確につかむためだ。その後、役所に帰ってきて、答弁を作成する。他省庁にも関係する事柄であれば、協議をする。答弁の押し付け合いもある。
こう書くと簡単そうだが、まず国会議員の質問通告が来なければ何も始めることができない。
実際には、この通告が夕方や夜に来ることが多い。
そうすると、通告をもらった18時からヨーイドンで始めなくてはならない。答弁は当日中に仕上げて、翌朝早くに大臣に渡さなくてはならない。終電を逃すのは当然であろう。
以上がおおむね霞が関の長時間勤務の要因である。
税金を原資とするタクシー券が多額に上ることを良いことだとは思わない。しかし、現に必要だから仕方がない、というのが私自身の立場である。
タクシー券を批判するなら、霞が関の仕事のやり方全体を変えなくてはならない。それは、国会を含めた仕事の進め方全体を変えることに他ならない。
軽々に官僚批判を展開する人々は、このような事情も認識した上で批判をしていただきたいと思う。