或る清貧画家の苦悩の断簡 (日々のつぶやき まとめ)その1 | 後藤 仁(GOTO JIN)の絵本便り
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後藤 仁(GOTO JIN)の絵本便り

後藤仁ブログ2~絵師、日本画家・絵本画家 後藤仁の絵本・展覧会便り。東京藝大日本画卒、後藤純男門下。「アジアの美人画」をテーマに日本画を描く。東京藝大非常勤講師、元東京造形大学講師。金唐革紙製作技術保持者。日本美術家連盟、絵本学会、日中文化交流協会会員。

 私はフェイスブックやツイッターで、時々ブツブツとつぶやいています。日々に感じた よしなし事を、制作の合間に、そこはかとなく書きなぐっています。日々忙しい制作の前後などの短時間に、多くは鬱積した思いを短く吐き出した内容で、私にとっては、ある種のカタルシスのようなものだと思います。ほぼ感情の赴くまま、あまり吟味もせずにつぶやいた言葉は、大抵、乱暴で がさつで洗練もされていません。美術・芸術に関しては、自分に対しても他人に対しても、常々厳しい姿勢を取ってしまい、時には意図せずに、つい否定的・差別的にとられる表現が出てしまう場合もありますが、それらは美術・芸術に対する私の強いこだわり・厳しい見方がなす仕業なので、個人・団体を根本的に差別・誹謗しようという思惑は全くないのです。そこは大らかに大目に見ていただけますよう、ご理解いただけますと有難いです。(事実、ある先輩画家の誤解を招いて、ややこしい事になりましたので・・・。) 

 最後にも書いてありますが、私は「画家」であり、「文筆家」ではありません。本質的に、その文章には何の価値もなく、意味もないのです。私の本質を知りたい方は、ぜひ、日本画(印刷・ネット画像ではなく実物を)や絵本作品をご覧いただけましたら幸いです。”絵”に私の真実があります。ただ私の日本画や絵本作品と合わせて考察すると、その時々の感情の揺れや高まりが見て取れ、一人の珍奇な芸術家を理解する手助けとなるかも知れません・・・。 

 とある美術団体の展覧会実行委員会委員長を務めた事などが原因で、再び多くの煩悶・疑問が増してきた、2019年4月頃より、内容が比較的面白そうな つぶやきをまとめてみましたら、全編ではけっこう長くなりました。問題発言も多いかと思いますが、あえて、ほぼ原文のまま掲載いたします。誠にたわいもないですが、一若輩芸術家の苦悩の断簡を、ご興味がある方はお読み下さい~。 

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁 

 

           * 

 

2019年4月23日 

 

 『日本に着いた直後にニュースで見たのですが、私がコロンボを発った同じ頃、バングラデシュの空港で爆破テロ事件が起こったという事を知りました。現在の世の中は、全ての物象が徐々に物騒な状況に向かっています。バングラデシュと同じ南アジアに位置するスリランカでも、同じような危機情報が飛び交っているでしょうから、そう考えると、今回のスリランカの異様な警備体制も合点がいきます。今の世の中の現状を踏まえると、よく言われる事ですが、もしかしたら日本人の方が平和ボケしているのかも知れませんね。それと同時に、ますます「平和」というもの、「寛容性、融和精神」の大切さを改めて実感する事になります。 

 今回の旅では、素晴らしいスリランカの文化に触れた大きな感動と共に、何かしら理解しがたい巨大な不安の影を感じました。思いやり・利他精神は、思いやり・利他精神につながり、不安・懐疑・恐怖は、不安・懐疑・恐怖を増幅します。そんな時、ゴータマ・ブッダが2500年も昔に唱えられた、言葉の重要性を知る事となるのです・・・・ 

 「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みのやむことがない。怨みをすててこそやむ。これは永遠の真理である。」 (「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村 元 訳/岩波文庫、より)』 (後藤 仁 公式ブログ「スリランカ写生旅行 その12(最終回)」より抜粋) 

 

 私が2016年の「スリランカ写生旅行」の道中、肌で感じた大きな不安が、やはり現実のものになってしまいました・・・。とても悲しく残念な事ですが、これが今の困難な時代の現実なのです。海外の取材旅行も気軽な気持ちではいけません。まさに命懸けの旅路になるのです。 

 ただ、世界のアジアの美しさを描き伝える事と、世界中の人と人とが手を取り合う事の大切さを失ってはいけません・・・。 

  (※スリランカの爆破テロ事件の報道を受けて。) 

 

2019年5月4日 

 

 随分久しぶりに、後藤純男先生と飲んだ・・・・・夢を見た。何かの学校の団体国内旅行の設定で、大きな旅館(ホテル)に泊まっていて、自分の部屋の場所に迷って、たまたま食堂に紛れ込んだら、そこに後藤純男先生が一人飲んでいて、私も一緒に焼酎をいただき、かなり酔っぱらう・・・という奇妙な話である。その時の先生はとても嬉しそうな様子であった・・・・。 

 しかし、私の夢は大概とてもリアルであり、今回も特に後藤純男先生と出会う場面は誠にリアルであった。本当に、夢で天国の先生に会ったのかも知れないな・・・。   

 

 私の師であり、3年程前にご病気で亡くなられた後藤純男先生は、日本を代表する十指に入る日本画家であり、東京藝術大学名誉教授・西安美術学院(大学)名誉教授・日本芸術院賞 恩賜賞受賞者の巨匠である。一般的にはネスカフェゴールドブレンド「違いがわかる男」のCMに出演した事でも有名である。 

 10数年前までの先生がお元気な頃には、埼玉県や北海道・沖縄・那須のアトリエ兼別荘に度々おじゃまして(先生には私が知るだけでも、奈良にもう一つの計5か所のアトリエが自宅以外にあるらしい。私はその内の4か所は訪れている。)、多い時には週に2回位のペースで、お酒を飲み、絵の話を聞かせていただいたものである。今思うと、日本画がまだ昭和からの全盛期の最中(終盤であるが)でもあり、いい時代だったな~。先生のアトリエにはひっきりなしに、画商やら百貨店マンやら日本画家やら財界人やらが出入りしていた(政界人は晩年までは敬遠していたらしい)。私がお会いした人だけでも、西安美術学院の教授陣や、埼玉県警の警視正(埼玉県内に確か4人しかいないとか)夫妻だとか、複数の百貨店の美術部長だとか、様々なジャンルの大物がいた。デヴィ夫人がアトリエに来た時の、先生とのツーショット写真も置いてあった・・・。 

 そんな巨人的なご活躍を見せた屈強な先生も、病に倒れた。人間的にはワガママで自由奔放なお人であったが、”絵” ”日本画”に関しては、誠に真面目で、とても素晴らしくて力強い作品を描かれた、まさに私の尊敬する師であった・・・・。   

 

 夢の中でも、あの頃のまま、ゆったりと自由気ままに酒を楽しむ先生のいらっしゃる、仙境のような光景に、誠に暖かい気持ちになって目が覚めた~。 

 

2019年5月8日 

 

 一昨日は、加山又造先生が夢に現われました。先日の後藤純男先生に続き、日本画の超大御所が夢に出てきますね・・・。しかし、後藤純男先生はこれまでにも、度々、夢に現れる事があるのですが(実物より20倍位も巨大なアトリエが出てきたりします)、加山先生が現われたのは初めてかも知れません。 

 

 夢の中で私が「個展」をやっていますと、「この絵は院展みたいだな~」と言っている声が聞こえるので近づいてみると、加山又造先生でした。多分、前の画廊宮坂での「個展」で中島千波先生に同様の事を実際に言われたのが、夢では加山先生の言葉として現れたようです。私は昔(30年以上前)の院展への憧れはあったのですが、今はそことは異なる領域・画法を模索してきたので、少し残念でもありましたが、画題や描き方には、やはり院展の影響がいまだにあるのでしょう・・・。 

 加山又造先生には、東京藝術大学の日本画合同研究会で少し教わっただけですが、印象深い先生でした。時々校内で会ってご挨拶すると、「元気ですか~」と、か細い枯れた声で答えてくれました。 

 

 私が東京藝術大学の受験時の面接では、平山郁夫先生、加山又造先生、後藤純男先生、福井爽人先生 他、10名程の先生方が正面に居並び、窓の逆光を後光のように受けて、光り輝いていました。さすがにこの時は緊張しましたね~。 

 今思うと、あの頃が、明治時代から100年余り続く日本画黄金期の最後の時代でしたね・・・。明治以来、多少の盛り上がり下がりはありながらも、日本美術界の頂点を継続してきた日本画界。昔の人なら、横山大観、菱田春草、上村松園、小林古径、前田青邨、伊東深水 等といったら、ほとんどの人には通じましたが、今では東山魁夷、平山郁夫がギリギリでしょうね・・・。平山先生も加山先生も後藤純男先生も、日展の東山魁夷先生も高山辰雄先生も亡くなられた今、日本画界も東京藝術大学日本画教授陣も、昔ほどの偉大さはなくなりました。 

 

 しかし、時代の変遷で、アート・美術文化の中心が、現代アートや、更にはマンガ・アニメ・ゲームに移った今日でも、まだまだ日本画の輝ける道はあると、私は信じています。 

 今の所、日本画界の権威だけは、高さを何とか保っていますが、この先は分かりません・・・。しかし、黄金期の再来とまではいかなくても、シルバー期位は、この後の時代にも演出できるのではないかと信じています。 

 個人的には、まだ日本画の勢いがあった頃に、巨人とも呼べる偉大な歴史的な日本画家に直接、お会いでき、学べた事は、何よりも私の宝なのです。 

 私は、今後も、日本画の新しく輝ける方策を模索しながら、日々、画道に精進するしかないのです。 

 

2019年5月8日 

 

 私が思うには、優れた「リーダー像」というものは、高い理想を掲げて、それを実現しようと、人の先頭に立って奮闘する人の事である。その際に留意したいのは、下の立場の者が動きやすいように環境を整えてあげられる人である必要性がある。そして、良い内容なら下の者の考えを時には取り入れ、外部やさらに上からの不条理な圧力から下の者を守ってあげられる、懐の深い人でないといけない。 

 下の立場の者に自分の意見のみを強要する者や、圧力をかける事を楽しんでいるかのような者は、人の上に立つ資格がない。それでは、ただの権力の濫用である。 

 また、人は重要な”約束”は守らねばならない。それは人としての必然的な道理であり義理である。それができない者は、人の上に立つ資格はない・・・、と私は思うのだ。 

 

2019年5月15日 

 

 長年、日本画を描いてきた。そんな訳で、今までは比較的、ご年配の応援者ばかりがいらっしゃった。初の「絵本」を出版して6年ばかり経ち、最近ではお子さん・若い方のファンもボチボチ登場してきた~。 

 絵画に造詣のあるご年配の方々に応援していただける事も、本当に大切である。また逆に、小さな子供たちは絵画の本質が分からなくても純粋に絵を楽しんでくれるので、実に嬉しくもあり、大切なものなのだ。   

 

 今の時代は様々な問題が山積している・・・。次の時代を見据えたら、この時代の子供たちに、本当に優れた美術文化を伝えていく事の大切さを、ひしひしと感じる。真に良い作品を描ける作家というものは、実際のところ実に少ないものである。 

 私はまさに命懸けで、本当の絵を求めつつ、伝えていかねばならないという、極めて強い気概を感じている。どんなに辛い事があろうと、苦難にあおうとも、一生、絵を描き続けなければならない。それが、私にできる唯一の天職なのだ。   

 

2019年5月29日 

 

 昨日の朝も変にリアルな夢を見た。実際に今、仕事をしている福音館書店「こどものとも」の編集長が夢に出てきて、絵本制作の打ち合わせをしていた。・・・と思ったら、実際には見た事もない、少し若い福音館書店の女性編集者らしき人にいつの間にか代わっていて、その人と具体的な制作の打ち合わせをしていた・・・。と思ったら、今度は仕事をした事もなく見た事もない、G社の編集者だという女性と打ち合わせをしていた・・・。と思ったら、いつの間にか宴会が始まっていて、大王グソクムシみたいな、大きくて妙な海老を腹側からかぶりついた所で、・・・朝6時過ぎ頃、目が覚めた。ちょうどその日は、朝から自動車免許証の更新に行く用があったので、早めに目が覚めて良かった。 

 今日は、絵本制作「第12場面」を描き進めた(これは夢ではなく実際の話)。ここの所かなり気合が乗ってきたので、いよいよ「表紙」の下図を描き始めた。きっと良い絵が描けそうだ・・・、そんな気がするのだ。 

 

2019年7月4日 

 

 しかし、いつもながら、間違っても”絵描き”になど、なるものではないと、この歳になって、つくづく思う。よほどの資産家のご子息か、商売上手でなければ、止めておいた方がよいと、将来のある若い人には忠告したい。もしくは、それでも絵を描きたいと欲する、私のような格別な変人でもなければ、本当に純粋な”絵描き”になど、なれっこはない。運や時代性に翻弄される絵描き人生の中、ビジネス的に必要とされない絵描きは、人知れず、抹殺されていく。どんなにやる気があり、才能が高くても、関係ないのだ。運とビジネスセンスが悪ければ、私のように、一生、妙な苦労をするだけだ・・・。 

 しかし私は、すべては、この路を選んだ自分のせいだと思う。他人のせいでもなく、時代だけのせいでもない、・・・仕方ない、運命のようなものだ。世間に翻弄され、必要とされず、死んでいくのだろうが、それでもよい。何も恥じることはない。物心ついた時から”絵”を愛し、19歳で単身上京し、苦学をしながら、精一杯、正々堂々と今まで描いてこれただけでも十分幸せだ。人一倍、努力したと、自信を持って、死んでいけばよい。そのように宿命付けられた一生だったら仕方がない。最期まで、とことん描き続けて、笑って逝こうではないか・・・・。 

 

(追記: コメントを寄せていただいた方々に・・・) 

 皆様、ありがとうございます。私のSNSはほとんど心の叫び(独り言)でしかないのですが・・・。 

 しかし、バブル崩壊後の日本に放り出された絵描きの私は、一度も楽に生活できる時代を経験していません。ただ私は、贅沢をする気など最初から全くないので、それはいいのです。今まで”絵”を続けて来れただけでも、私達の世代はまだ恵まれています・・・。  

 絵はますます売れない時代になるのに、画材代はどんどん高くなるは、時代はつまらない IT・AI 時代になるは・・・。それでも取材は欠かせないので、今年も年に3~4回は海外の取材・展覧会を行わなくてはならないのです。これでは、生きていけません~。   

 私の周囲でも、学生時代に良い絵を描いていたのに、いつの間にか消えていった人が沢山います。逆になぜこの人が・・・と思う人が、要領がいいのか親の財力なのか、残っていたりします。   

 次の世代の絵描きは、多分もっと厳しい時代を迎えると思います。それでは日本の美術・文化が育たない・・・。日本の表現者を取り巻く環境は決して良いとは言えません。それは昔から絵描きはお金持ちの子供しかなれなかったのが、通常なのかもしれませんが、それでは幅の広い本当の芸術家が育ちません。多くの人が、もっと普通に”絵”を鑑賞し、”絵”を飾って楽しめる(安くても良い絵はあります)世の中が来てほしいと、無理は分かっていながら願っています。    

 

2019年7月24日 

 

 人はどうしてこんなにも愚かなのだろうか(私も含め)~。今までにも、特に若い頃(中学・高校・大学時代)には幾多の差別や侮蔑を受けてきた。もう、とっくに慣れっこだ・・・。そのほとんどが、私の評価や実力への妬みや嫉みからくる、無視や、刃のような酷い言葉である。今まで酷い無視・言葉の暴力を受けた時は度々あるが、直接の暴力はまだないのかな・・・(最近のいじめを受ける子供たちよりはましだね。彼ら彼女らは本当に辛いだろうね・・・)。 

 しかし、言葉の暴力というものも、時には人を深く傷つけるものだ・・・。(私も常々、歯に衣着せぬ率直な物言いをしてしまい、誤解を生みやすい性質なので注意せねばならないが、口調や文才は今さらなかなか変えられないものである。悪気は全くない場合が大半なのだがね・・・。) 

 だが最近、この歳になってまで、同じ事が繰り返されることに驚くばかりだ。私の強すぎる個性も悪いのかも知れないが、人はどこまでも愚かだね~。幼いね~。ただ他人から攻撃を受けるのも慣れてしまって、今ではある種の快感でさえある・・・、やっぱり変態だね! 妬まれてなんぼ、ひがまれてなんぼ、の世界やな! 

 一つ確かなことは、今までもそのような酷い差別をしてきた人物は、少なくとも「絵」の世界では大成していないという事実である。 

 自分の"器"を見極め、その分にあった生き方をせねばならない。人は"平等"であるべきだというが、それは基本的人権においてである。「絵」という特殊な仕事に、はなから平等はあり得ない。天から与えられた才能と運のみで生きていくしかない、誠に厳しき茨の路である。その才能と運に見放された人間は、・・・世間の評価はさておいて・・・、一生、良い絵は描けないことは確かであろう。 

 

2019年7月27日 

 

 ”巨大津波”の夢を見た・・・。私の夢は概して、リアルな場合が多いが、今回はその中でも極めて明確な夢だった。まるでそこにいるかのような臨場感だった・・・・。 

 

 場所は故郷の赤穂の海近くらしい。大津波が来たという情報が入ったが、今いる所は、海際の小山(海抜50~100m位の小山)から、1㎞程離れた、もう一つの同じ位の高さの小山の上である。「ここはさすがに大丈夫だろう」と家族と話していた。小山の上からの眺めは極めてリアルで、眼下には田んぼや所々に家々が見え、その先に海際の小山がある。 

 ところが・・・、津波が山を越えた!。 

 あの大きな障壁を、斜めに滑るように水が越えてくる光景は、あまりに現実的でおぞましい光景だった。多分、報道で見た、巨大堤防を越える津波の映像が頭に焼き付いていたのだろうが、それにしても津波が山を越えるという発想を私は考えた事もなかった。 

 私は家族を連れ、「逃げろ!!」と叫んだ。ここは向こうの山とほぼ同じ海抜である。ここにも波は来る。少しでも高い崖を目指して、岩を這い上った。20m程は上に行けたが、もう時間がない。私は焦っていた。隣には私の家族以外に4名程の知らない人達(1人の男性と、家族らしき女性と子供2人位のグループ)も逃げてきていた。そこは山寺の境内らしく、「あの屋根の上に登ろう」と考えたが、もう、津波はそこまで迫っている気配である。「もう間に合わない・・・」と寺の裏を見ると、水がそこまで来ていた。しかし、そこで水は止まり、少しずつ引いていった・・・・。 

 本当なら、まだ、第2波・第3波があるので油断ならないが、夢の中ではそこで完結したらしく、私達はホッとして、皆で安堵した・・・、「もし、さっきの所にいたら、きっと死んでいたね・・・」と数人で話し合った。 

 

 ・・・・ところで目が覚めた。目が覚めると朝の4時頃だったが、外では雨が降っていた。子供の頃に怖い夢を見た時ほどドキドキはしていなかったが、あまりにリアルな画像と体感は、どこかの現実的異空間に入り込んだような感じだった。 

 実に不吉である。前に、原爆が炸裂する、とてもリアルな夢を見た事があるが、それ以来の衝撃的な夢であった・・・。この夢は、何かの啓示であろうか。近い将来、何もない事を祈ろう・・・・。

 (※この夢は、本当に いずれ来るであろう超巨大津波を指しているのか、はたまた、今、猛威を振るっている新型コロナウイルスを暗示していたのか・・・?。それとも、日本美術界・美術団体のありようを示唆しているのか?。) 

 

2019年9月26日 

 

 先日、NHK『クローズアップ現代』で「現代アート」についてやっていましたが、共感する部分が多くありました。 

 

 日本は高度成長期・バブル期に経済的には膨れ上がりましたが、文化・美術方面ではアニメ・マンガ・ゲームの隆盛こそありましたが、「純粋美術」はほとんど成長しませんでした。いや、むしろ衰退しています・・・。日本の大多数の若手画家は食べていくだけで精一杯で、作品制作を続ける事が至難の業になっています。お金持ちのご子息か、よほど商売が上手いか、かなり幸運な人しか、作家として残れません。 

 私も日本の最貧層の生活で、収入のほぼ全てを画材と取材旅行につぎこんで、何とか今まで、ギリギリ生きてきました。私は50歳まで描けたので、あとはどうなってもよいのです。ただ描けるだけ描きまくり死んでいくだけです・・・。ただ、次世代を担う、若き芸術家・画家の事を考えると、日本の現状に気が滅入ります。日本の芸術・美術・文化が滅んでいく・・・。もしくは、気概のある、優れた画家は海外に流出するしかありません。 

 日本の文化・文明を滅ぼしてはいけません。「現代美術」とは、いわゆる「現代アート」だけではなく、伝統を継承した「日本画」等もまた、現代に生きる現代アートと言えるのです。 

 

 この類の話をしだしたら尽きることがありませんので、ここでは短く書くだけにします。 

 今後とも、日本の心ある、お一人お一人が、芸術・美術・絵画に関心を持ち、何かしらの形で参加・支援していただける事を、心より願っています。 


 (※その2 に続く・・・)