部屋に投げ込まれた、鍋
奴隷として生きるということは、
日々、恐怖を抱いて生きる、ということだ。
朝、眼が醒めたら、いったい何が俺を、苦しめるのだろうか。
目覚めと同時に、胸を締め付けられる。
それが奴隷の一生だ。
冗談じゃない。
俺は、奴隷じゃないんだ。
俺は目覚めると、部屋の中の異変に気付いた。
汚れた鍋が投げ込まれていた。
鍋のものを、最後に食い尽くしたのが俺で、それは俺が洗うべきだ、ということらしい。
しかし、以前のように鍋を洗おうとは、もはや思わなかった。
自分の使った皿は、自分で洗う。
自分の洗濯物も、自分で洗う。
しかし、鍋は違う。
娘の母親も、使っているからだ。
俺は鍋をシンクへ戻した。
一日が終わり、早朝バイトへ行き、帰宅すると、またもや部屋に鍋が投げ込まれていた。
俺は鍋をそのままにして、仕事に出掛けた。
もう、どうでもよかった。
俺は車を運転しながら、ふと、クリフハンガーという映画のワンシーンを思い浮かべていた。
極悪非道な犯罪集団のボスに仕える、気の弱いハゲ親父。
ボスの、あまりの非情ぶりに、いつも首をすくめ、ビクビクだ。
そんなハゲ親父が、ハンティングへ出かける。
犯罪集団の計画を、たったひとりで妨害せんとする男を抹殺しに。
ボスから無線連絡が入る。
ハゲ親父は、ボスを鼻で笑い、ボスの名前を口にする。
ボスは、名前を言うなと慌てる。
(無線にのって、彼らの犯罪が公になるのを恐れて)
ハゲ親父は知ったことかと笑い、意地悪く更に名前を言う。
俺の好きなようにやるぜ。
このときのハゲ親父が、心から解放されたような、生き生きとした表情をする。
俺はこのシーンが好きだった。
ハゲ親父は知っていたのかもしれない。
自分たちは、一人残らずその男に、抹殺されることを。
自暴自棄というやつか?
会社の駐車場へ着いた。
俺の会社のボスも、自らの資産形成のためなら、俺たち社員など、クソ扱いだった。
無休。
手当て無し。
まあ、こんなものだろう。
搾取される側と、
搾取する側。
蟹工船と、なんら変わりはないのだ。