「全力を出して現状維持を図る!」

 

紆余曲折を経てそう決めた廃人からの復帰戦。

意に反して雪だるま式に増えていった過大で分不相応な評価。

 

そしてあのころは、男性との接触が本当に苦手でした。

特に溌剌としたタイプがもう全然ダメで・・

 

自分の心と身体を弄んだ邪悪の象徴。

今のこんな自分の状況を作り出した過去の三人のクソ男。

 

良い男性もいるって理解はしていました。

父や兄がそうです。でも二人は身内だし・・

 

クソ男であるあの三人が、

私の知っている異性としての男性の全てでしたから。

 

恋愛や性行為に関する自分の考えが間違っていたと気付いてから、

クソ三人への自分のしてきたことを思い出すと・・

 

自己嫌悪の悪化や自己肯定感の著しい低下の他に、

男性への憎悪にも似た嫌悪感や恐怖感を感じたりしました。

 

社会復帰後にもそれはずっとついて回っていて、

その感情を回避するんだという気持ちは仕事より優先度が高く・・

 

結果的に私の「全力」は、仕事の現状維持の方向ではなく、

嫌悪の対象を避ける方向に発揮されていたように感じます。

 

それが業務の効率化や改善につながってラッキーな結果に結びついた。

そして、私自身の仕事上のスキルアップや

現在の私の人間関係にもつながっていった。

 

「運が良かった」って説明しか出来ない感じです。

 

幸運を一つも使わず過ごした私の三十数年間。

幸運どころか不幸を積極的に集めていた気がします。

 

 

人生における運の総量は決まっている。

 

そんなことを聞いたことがあります。

それがホントだとしたら・・

 

神様は、私の残りの人生で運のつじつまを合わせるべく・・

 

あの時期から幸運の大放出でも始めたのでしょう。

 

「早くこいつに運を使わせないと・・」

「半分も使わないうちにコッチに戻って来ちゃうぞ」

 

そんな会話が天上で交わされてたかも。

 

でもコレ、案外本当かもしれないって思います。

だって、これ以降の私の人生はラッキーに満ちているから。

 

親友Yちゃんとの出会い。

大好きなKさんとの出会い。

 

以前投稿したどこかの記事に

「運の総量はその人の生き方によって変わる」って書きました。

今日、ちょっと加筆します。

 

運の総量は、良い出会いによっても変わる。

 

あれだけの経験をして、今が幸せだと言える私は運がいいのだ。

逃亡後のたくさんの良い出会いが、

私の運の蛇口を開いてくれた気がする。

 

私は運がいい。

でもまだまだ運の総量には全然届いていない気がする。

まだまだたくさんの幸運が拾える気がします。

 

 

 

再出発編は本日で終了!

 

ちょっと休んで「出会い編」を書いてみようかなって思います。

 

それではまたその時に。