「ロヒンギャ危機」(中西嘉宏著、中公新書)を読んで考える。「民族問題」とはなにか? | あと猫の寿命ほど。如露亦如電2024

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  2013年58歳の春に「うつ病」でダウン。治療に4年半。気づくと還暦を過ぎました。
  66歳になった2020年夏に「ああ、あと猫の寿命ぐらい生きるのか」と覚悟。世の中すべて如露亦如電です。

プンプン ビルマ(ミャンマー)国軍による軍事クデターから間もなく1ヶ月が経ちます。

 

 ビルマ国内でのクーデターに対する抗議行動は広範に続けられ、世界の言論が軍のクーデターを非難し、欧米各国による経済制裁の発動が図られる中で、アジア地域(多くは軍や特定政党による独裁体制)は事態の沈静化を模索しています。

 

 とろこで、私たち日本(日本人)は、そのビルマ(ミャンマー)についてどれほどの知識を持ち得ているのでしょうか? いまだに「ビルマの竪琴」(ビルマの伝統も文化も無視して書かれている)レベルの認識? 

 欧米各国の「民主主義・リベラル」言論は、一貫して「人権」を掲げて、かつてのビルマの軍事毒性体制や、バングラディッシュ国境沿いに展開するイスラム教徒であるいわゆる「ロヒンギャ」への抑圧・殺害問題、そしてまた今日の「軍事クーデター」を非難し続けています。

 民主化運動の先頭に立っていたアウン・サン・スー・チーさんなどは、ある時は民主化運動の星のように取り上げられ、またある時は「ロヒンギャ問題の責任者」のように語られ、ノーベル平和賞の是非なども論議されるほどです。

 

キョロキョロ ビルマ(ミャンマー)、そして「ロヒンギャ問題」はどう捉えれば良い?

 

 最近出版された「ロヒンギャ危機」(中西嘉宏氏著、中公新書、252ページ、880円+税)は、ビルマの今と歴史を知るための良書です。

 でも、「ロヒンギャ危機」という本のタイトルは良いとして、帯には「なぜミャンマーはイスラーム系少数民族を殺戮したのか」「アウンサンスーチーはなぜ国軍の残虐な行為を黙認するのか」って・・・。

 この「帯」の内容、本書の内容と方向性が異なっています。これは売るため? でも「民族」対立を煽るような帯の文言は、どうかな? 本書の内容ともズレている気がします。

 

 本書は大きく分けて二つの部分からなります。

 

 はじめの三つの章(序章、第1章と第2章)は、いわゆる「ロヒンギャ」という「民族」を生んだ歴史的背景。ビルマの植民地時代から現在までを、問題が生じているアカイン州(アラカン州)の歴史を追いつつ概観します。ビルマ(ミャンマー)という国の成立と、ラカイン州(アラカン州)におけるアラカン人とベンガル系のイスラム教等の人達の関係。この辺りについて書かれている本(一般的な書店で購入できる)はいままでありませんでした。貴重ですし、ここはキチンと押さえておきたいところです。

 

ニヤリ 著者は要約して書きます「第1章と第2章でみたように、ロヒンギャの多くは、植民地時代(※イギリス植民地時代)にベンガル地方から移住してきた人々の子孫である」(198ページ)と。

 この移民の子孫たちが「ロヒンギャ」として「民族」化するのは1950年代以降のことで、さらに1980年代後半以降の民主化運動とそれへの弾圧、そしてイスラム原理主義の台頭によって、この「民族」化はときに「ジハード」として進められていくのです。

 

 本書の後半(第3章~5章と終章)では、主に1980年代以降の「ロヒンギャ危機」の内容が具体的に述べられていきます。ここで書かれているのはビルマ軍政による抑圧とバングラディシュ政府の放置、イスラム原理主義と仏教原理主義の対立という構図下における、ラカイン州(アラカン州)での痛ましい暴力と殺戮事態について。そしてアウンサンスーチーさんのこの問題に対する位置について。

 

キョロキョロ 私は、現在の「ロヒンギャ問題」の原点は二つの歴史的事件にあると思っています。一つは南ベンガルからラカイン州の地に350年もの長きにわたって栄えた、仏教とイスラム教が共存していた「ムラウー朝」(アラカン王国)に対する、1784年のミャンマー王朝「コウバウン朝」の侵攻とその結果としてのムラウー朝の滅亡。そして1826年の第1次イギリス・ミャンマー戦争以降3次にわたる両国の戦争(イギリスの植民地獲得戦争)の結果としてのミャンマー全土のイギリス植民地化(インド属領化)。イギリス植民地時代にはイギリスの植民地政策の常套手段として、多数民族に対する少数民族(イギリスの影響のもとの)による支配が生じます。

 

 ビルマは1948年に独立します。しかし、この独立(日本の2年間程度の植民地統治からの解放と、イギリスの影響の排除)の過程で、独立運動の中心メンバーであるアウン・サンは他の有力メンバーと共に暗殺(爆殺)されます。「独立」後のビルマはやがて軍事独裁体制になっていきます。

 そしてイギリス植民地時代が生み出した仏教徒とイスラム教徒の対立は軍事政権によって押さえ込まれていきます(この場合のイスラム教徒は必ずしも現在のロヒンギャとは同一ではありません)。

 

 「ロヒンギャ問題」は複雑なのです。いや、複雑なビルマの歴史の上に近年にイスラム原理主義の動きやバングラディッシュの貧困問題が重なって生じた、新たな「民族」問題かもしれません。「民族問題」とは、実はその多くは歴史的には新しい問題なのです(自らの「民族」を正当化するために各民族は各自長い歴史を語りますが、「民族国家」問題は新しい=ロヒンギャは民族国家志向の面があります)。そしてこの「民族」問題は、ビルマにおいては皮肉にも2010年以降の民主化の動きの中で先鋭化し焦点化されてきます。著者はこのことを「民主化の罠」という言葉で表しています。

 

ウインク この本お薦めです。同時にビルマの歴史を概観できる「物語ビルマの歴史」(根本敬著、中公新書)の併読をお薦めします。

 

☆写真は2013年10月に東京・中野で行われた、在日ビルマ民主団体主催による「雨安吾明け祭り」。