オリジナルは、1985年8月21日発売だから、ちょうど26年前の今頃である。過去に幾度か再発されたことがあったものの、2009年に紙ジャケット仕様で再発された最新盤は、おそらく初めてのリマスタリングが施されていて、その音は断然1985年盤よりも良くて、買い直して聴く方にもオススメしたい。


ミノルランド(紙ジャケット仕様)/向谷実

¥2,800
Amazon.co.jp

1985年前半、カシオペアはデビュー以来初めての長期間の活動休止をして、その期間を個人活動に割り当てた。リーダーでありギターの野呂一生はロスでソロアルバム『SWEET SPHERE』を作りに出掛け、ベースの櫻井哲夫は翌年にソロアルバム『DEWDROPS』に発展する12インチシングル二枚を制作、ドラムの神保彰は自らのソロ作品は作らなかったものの、亜蘭知子のアルバム『IMITATION LONELY』に参加したほか、そのレコード会社つながりで当時全盛期だった中森明菜のアルバム『BITTER AND SWEET』にも参加。そして、向谷実は今回題材にするソロアルバム『ミノル・ランド』を作るわけだけど、その前にそれをレコーディングしたスタジオ・ジャイブについて説明しておこうかな。


前年の1984年秋、向谷はデビュー時から付き合いのあるヤマハのスタジオエンジニアらと自宅近くにスタジオを建設する。スタジオの名前はカシオペアのロンドン録音のアルバムで付けたタイトル『JIVE JIVE』の響きの良さから「スタジオ・ジャイブ」と命名。一ミュージシャンのホームスタジオではなく、れっきとした商業用レコーディング・スタジオとして運営を開始。いまでこそめずらしくないのだけど、都心ではなく住宅地の中にあったり、ミキサーなどがあるコンソール・ルームの間取りを広く採ったりしていたことが話題。とくに後述のことは向谷ならではの、それまでのレコーディング・ノウハウから来ているもので、マイクで音を拾うための防音ルームでなくても済むシンセの演奏やシーケンサーの打ち込み作業を快適にするための計らいだった。


茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry
1985年のヒット曲、松任谷由実 小田和正 財津和夫の「今だから」

なんとスタジオ・ジャイブでレコーディングされていた


このことを最大限に活かしたアルバムが『ミノル・ランド』。DX7をはじめとしたヤマハのデジタルシンセ、それにサンプリングキーボードの代名詞ともなったイミュレーターⅡがメインに使われ、そこに当時最新のシーケンサーとリズムマシンを組み合わせた一人多重録音のアルバムと謳われた。ただし、シンセの多重録音にありがちな無機質なものではなく、極めて有機的な音の作り。その理由がほとんどが手弾きによる入力の演奏で、ドラムの音もリズムマシンだけではなくサンプリングしたものも使われていて、なんとそれを叩いたのが神保彰(!)。また、二枚目のソロアルバム『TICKLE THE IVOLY』(1993年発表)でフィーチャリングされる生ピアノも手弾きそのままであったり、廻りくどくも一度サンプリングされてから手弾き入力したりと、かなりの領域で使われた。


『ミノル・ランド』は当時の向谷実が持つ演奏面やレコーディング・ノウハウなどのテクニカルな部分を全面的に出したものとなったが、その音で自分の人格や性格を伝えて出すというコンセプトもあった。収録曲に注目していくと、よりそのパーソナルな部分が垣間見られる。「TAKE THE SL TRAIN」は鉄道人として活躍する、いかにも向谷らしい作品だけど、当時は向谷が“鉄道が好き!”ということはコアなファンくらいしか知らないことで、これを機会に初めて世に知られるようになったかと思う。また、「FAMILY LAND」は収録にお子さんを招いての、あまりにもパーソナルなものの、そういった部分を表現するとすればカシオペアのアルバム『JIVE JIVE』に収録された「STEP DAUGHTER」以上に、向谷実ソロによるこの『ミノル・ランド』の音世界のほうがしっくりと聞こえてくる。


一人で済ませられる『ミノル・ランド』は順風満帆にレコーディングが進んだかというとそうではなく、じつは紆余曲折を経たものでたいへんだったとのこと。当初はアルバムにするといった想定はほとんどなく、運営開始間もないスタジオ・ジャイブの慣らしも兼ねた実験的な音作りの探究から始まったと言われている。レコーディング初期は、一人多重録音ゆえに完成された音像が見えぬままにそれを探り出していくことに苦心した模様で、かなりのボツ曲もあったとか。


そして、一度中断。理由は、すでにスケジュールに入っていた仕事で、同じスタジオ・ジャイブにて松原みきのアルバム『LADY BOUNCE』にサウンドプロデューサーとして全面的に制作に参加するため。これは前年の亜蘭知子のアルバム『MORE RELAX』と同じく、カシオペアのプロデューサー・宮住俊介氏が請け負った仕事で、このアルバムもまた向谷のほかに野呂が曲を書き、そして野呂をのぞくメンバーが演奏に参加したものという逸品(ちなみに、田中康夫の小説「なんとなく、クリスタル」の登場人物のモデルの一人だった野呂に加え、映画版でその野呂一生相当の人物を演じた亀井登志夫氏も作曲で参加していて、なんという因縁めいた競演!?、その映画版については当ブログで紹介しているのでご興味ある方はリンクを参照 )。


茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

プロデューサーの宮住俊介氏のブログにこの作品の大失敗!?な裏話が書かれている


しかし、『LADY BOUNCE』では『ミノル・ランド』のように一人多重録音はせずに、対照的にすべての演奏に生身のミュージシャンを起用した旧来からの方式で挑んだとのこと。向谷はこの頃、前述した亜蘭知子のアルバム『IMITATION LONELY』やカシオペアと親交があったマリーンのアルバム『BE-POP』にも参加するなど、女性ヴォーカリストに関する仕事がなぜか多かったよう。


茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry
「ENDLESS SUMMER LOVE」という曲を提供し、編曲と演奏にも参加

ちなみに今年発表の最新作『INITIAL』には野呂が参加し、カシオペアのあの名曲をカバーしている



松原みきのアルバムの仕事が完了すると再び『ミノル・ランド』に手を掛けていく。まったく違うレコーディングに携わったことで気分転換になったのか、中断前の暗中模索で行っていたときよりも遙かに捗り、急速に仕上げることが出来た次第。そして、都合三ヶ月もの月日を掛けたレコーディングの完了から一週間後、同じくスタジオ・ジャイブにて今度はカシオペアのアルバム『HALLE』のレコーディングに入っていった。『ミノル・ランド』を挟んで、その前のカシオペアのアルバム『DOWN UPBEAT』とその後の『HALLE』とでは、キーボードの音色に違いがあり、『HALLE』のキーボードの音色はあきらかに『ミノル・ランド』からの反映がなされている。そこは言葉で説明していくよりも、とくとお聴き比べを。


茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry
カシオペアのアルバムでどれか一枚と問われると悩むが、ジャケットならばやはりコレ!


当時のカシオペアのメンバーのソロ活動は、バンド活動優先のためにソロアルバムは作ってもそれのライブは行われないという不文律があったようだったけど、『ミノル・ランド』だけはプロモーション・レベルながらライブで披露する機会に恵まれた。アルバム発売から四ヶ月後の同年12月、ヤマハのデジタル楽器のイベント X-DAY4のデモンストレーション・ライブに、収録曲「1940」の冒頭のMCで言い放つ“向谷実と輝くオーケストラ”として出演。その輝くオーケストラのメンバーは当時のヤマハの最新デジタル機材に、櫻井・神保の両氏(笑)。セットリストは以下の通り。

1. PRELUDE
2. ROAD RHYTHM
3. RECOLLECTION
4. SPACE TRIP
5. GALACTIC FUNK
6. LOOKING UP


翌年にはNHK教育テレビの音楽教養番組「ベストサウンド Ⅱ」にもソロで出演。ライブとレコーディングで使っているキーボードと機材に囲まれた中、『ミノル・ランド』制作の過程の話を交えて「ASIA」と「SPACE TRIP」を一人多重演奏で披露した。


さて、『ミノル・ランド』はキング・レコードでリリースされたことが縁となり、翌年に向谷が中心となったプロジェクトとして、キングレコードお得意の幼児向けのクリスマスアルバム『スーパーマン・サンタ』を制作するに至る。このアルバム、幼児向けと侮るなかれ、野呂も参加するなどして、カシオペア度が高い作品になっている。それから、キングレコードのフュージョンのカタログが機会がある度に『ミノル・ランド』が復刻されていくのに対して、『スーパーマン・サンタ』は初版っきりで、もはや幻の存在と言えるもの。某オークションでもなかなか見受けられません。機会があれば是非ともこちらも復刻を願っているんだけど・・・。



(一昨年、カシオペア公式ファンクラブ会報「CSFプレス」に寄稿したものを当ブログ用に加筆修正)



○付録

『ミノル・ランド』リーフレット。業界用のプロモ資料だけでなく、レコード店の店頭でも配布されたもので、21センチ×21センチとLPサイズよりも小さいが、カラーや二色刷りなど見開き4ページと豪華な作り。


茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry


茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry


茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry