YON のブログ(東京⇔ソウル ワッタカッタ) -3ページ目

YON のブログ(東京⇔ソウル ワッタカッタ)

現在、韓国のソウルをベースに暮らしています。折に触れて、ソウルのあれこれや、時々、一時帰国している東京でのあれこれについても書き綴って行こうと思います。

今日、というよりも、今日という方が適切なのだが、昼食はオフィス向かいの食堂で刺身丼(フェドバッ)を食べた。

実は、今回ソウルに戻って間もなく、気候も涼しくなってきたので、夏の暑い間は食べるのを控えていた刺身丼を食べるため、久しぶりにこの食堂を訪れてみた。経営者は代わっていたが、料理人とメニューが代わっていないのは幸いだった。




清渓川をはさんでオフィス向かいの「ソグァン・フェ・センター」



それで、経営者が代わった効果か、以前より盛りがよくなり、明らかに味もよくなっていた。しかも、山盛りの野菜がいかにもヘルシーで、ダイエット中のYONは、昼食はできるだけこの店で 『フェトバッ』 食べることに決めた。そして、先週などは「フェドバッ」週間と定めて5日間毎日通った。


① 山盛りの野菜と刺し身が入った丼に、


② ご飯を入れ、コチジャンを加え、


③ ビビンバッのようによくかき混ぜたら、、、




「いただきます!」とあいなる。



この丼に『ミヨックッ(ワカメスープ)』と5種のバンチャン(おかず)がついて、価格は7,000ウォン(約700円)、円安の昨今、昼食にはちと高めだが、実に美味しくお買い得なランチと言える。


今日も「ご馳走様でした。」



今日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

次回も、時間の許す限り 『YONのブログ』 をお訪ねください。


YONのソウル生活も残すところ4日ばかりとなってしまった。

そんな中、昨晩、職場の仲間達が送別会を開いてくれた。

9月初旬に語学堂時代の友人たちが開いてくれたのが1回目、先週、隣の部署の有志が開いてくれたのが2回目だから、昨晩の送別会は3回目となる。

会場はオフィスからほど近くにある「太平洋(テッピョヤン)」という活魚料理の店だった。幹事から会場を「太平洋」にしたいとの申し出を受けて、YONは、一も二もなく承知した。この店には、普通の店では提供していない 『安東焼酎(アンドンソジュ)』 が置いてあり、その焼酎『一品(イルプン)』がYONの大好物であることを知っていて、配慮してくれていることがわかるからだ。

韓国で焼酎(ソジュ)といえば、眞露の「チャミスル」やロッテの「チョウムチョロン」が一般的だが、これらはいわゆる大衆向けの焼酎だ。一方、安東焼酎というのは慶尚北道の安東市に高麗時代から伝わる高級焼酎で、元来、接待用・薬用として供されてきたものだ。

YONは5年ほど前に この『一品』 を初めて口にしたのだが、その飲み口の良さに惚れ込み、刺身屋「太平洋」にもこの『一品』が置いてあるのを知ってからというもの、日本からの来客を連れてはよく通った。同行した日本人がもれなくこの味に惚れ込んだのは言うまでもない。



茶色のビンが40度、白は21度



昨晩は、YONの好物「クァンオ(ヒラメ)」の刺身を注文した。韓国の刺身屋は、一般的に、魚を指定すると、一匹まるごと刺身として出してくる。残ったガラは最後にメンウータン(激辛スープ)として出てくる。そして、いろいろなバンチャン(おかずというかつまみ)が人数分出てくる。「太平洋」の場合は、野菜スティック、わかめスープから始まり、エイの煮魚、コーンのバター炒め、秋刀魚の焼魚などがテーブルの上に所狭しと並べられる。そして、この店独特なのが酢飯を小振りのにぎり鮨用シャリよろしく軽く握って、10個ほど出してくれることだ。注文した刺身を載せて食べても良し、サンチュに刺身やにんにくと一緒に包み込んで食べてもよい。

初めて訪れるものは、皆、この小振りのシャリに感激していた。


得意の脱線状態になってしまった。安東焼酎や刺身の供され方を書くつもりはなかった。YONが書きたかったのは、皆から贈られた記念品のことだ。

昨晩、ヒラメの刺身をつまみに、YONが大好きな 『一品』 にほどよく酔ってきた頃、皆から贈られたのだが、、、丁寧に包装された箱を開けてみると、、、



出てきたのは、






安東の伝統芸能タルチュム(仮面劇、写真下)で使用されるタル(仮面)だった。




タルチュム、安東タルチュムフェスティバルH.P.より




YONの大好きな安東焼酎に合わせ、その故郷「安東」の世界文化遺産「河回村(ハフェマウル)」の民芸品「河回タル」、、、


その皆の心遣いにYONは感激したのだった。(下の写真)




安東焼酎「一品」を手にYONは大感激




しかし、タルをつけていては、その表情は読み取れないだろうとばかり、タルを外すと、、、現れたのは意外な表情だった。

向かい側に座った同僚が、ナイスショットをものにしていたので、披露させていただく。






ただの酔っ払いだった。




今日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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この記事はいわゆる過去記事です。7月に書いたものに手を加えてアップしますが、実際には旅行7日目=6月12日(土)、日本時間では6月13日(日)のものです。悪しからず。

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YONのサンフランシスコ旅行記(12)
- 第7日 -
サニーベール ~ サンフランシスコ空港


前日、灼熱の太陽の下を、長時間に渡って歩きまわリ、かつ女性陣のいつ終わるとも知れないショッピングに付き合わされたため、疲労困憊気味のYONだったが、女性陣が買い求めた半端ない量の土産を前に、いかにしてスーツケースに詰め込むか、女性陣が眠りについた後も、出発日の未明まで格闘したのだった。

そして、出発当日、早々に起きだした女性陣は朝食をとるや、散歩してくると言って出かけていった。アパートの直ぐ前に湖水が広がっているらしく、一周してくるとのことだった。


 
女性陣は散歩、アパート向かいの湖水(左)とアパート前の女性陣


一方、YONはといえば、折から韓国における MERS 感染が拡大化していたため、韓国へ出張予定の取引先から問い合わせメールが数多く寄せられており、散歩はパスしてそちらに対応した。



MERSの状況を刻々と伝える在韓国日本大使館からの緊急メール


YONも東京に到着する翌日にはソウルへ戻る予定だったため、ソウルの日本大使館からの緊急メールはその都度チェックしていたのだ。

午前9時に長女夫婦の家を出発し、40分ほどでサンフランシスコ国際空港(SFO)に到着した。



SFOの出発ロビー入り口にて


チェックインは事前にオンラインで済ませていたので、バゲージを手荷物カウンターで預けるだけだったのだが、ここで問題が起こった。バゲージの一つが重量オーバーだというのだ。今朝家を出る前に、手荷物は一つ一つ計量してきているので、そんなはずはないと言い張ったのだが、結局ダメだった。

今まで、海外旅行でもこれほど重い手荷物を預けることなどなかったので、全く気付かずにいたのだが、今年1月に手荷物取り扱いの規則が変わっていて、エコノミークラスの場合、手荷物1個あたりの制限重量が23kg(50lb)になっているとの説明だった。YONには「上級会員は1個あたり32kg(70lb)」という認識しかなく、朝の計量で、このバゲージの重量は26kgだったので全く問題視していなかったのだ。

ともあれ、預け入れ可能な数量には余裕があったので、手荷物預かり用のボックスをもらって詰替え作業を行い、事なきを得たのだが、昨夜あれだけ苦労してようやく詰め込んだ荷物を、再度詰め直すことには少なからず抵抗があった。

パスポートコントロールはスムーズに済ますことが出来、ここで見送ってくれた長女夫婦に別れを告げて、クラブ・ラウウンジに入った。

再度の荷造りで精神的に疲れ果てたYONは、ようやくソファで休息することが出来たのだが、家内と二女は機内持ち込み荷物をYONに託してさっさと席を立った。免税店を見てくるとの事だった。またまたショッピング???そのタフさに、驚きを隠し切れないYONだった。



今日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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