はじめまして。

中山月夜(なかやま・つくよ)と申します。

今更ながらサンホラ考察に手を出したくなって、ブログなるもの、はじめました。

お暇な時には是非お付き合いくださいますと喜びます。



では、初回は第四の地平線【Elysion~楽園幻想物語~】の考察から参りましょう。



細かい楽曲の考察は個々で記事を書くことにいたしまして、

今日は全体を通しての個人的見解などお聞き下さい。


この物語、わたしはアダムとエヴァのお話だと思っています。

本編中では「アビス(または仮面の男)」と「エリス(またはエル)」のお話となっていますが、

二人自体がアダムとエヴァの生まれ変わりで、

その罪を贖うために何度も輪廻転生を繰り返しているのでは・・・と。


ちょっと横道にそれて旧約聖書のお話になってしまいますが、

アダムとエヴァの物語は有名ですよね。


神が創りし最初の男・アダム。

彼から生まれた最初の女・エヴァ(わたしにとってはイブの方が馴染みが深いのですが)。

二人は蛇に唆され、知恵の実を食べてしまいます。

この知恵の実はりんごとされる場合が多いですね。

神は二人の過ちに激怒し、楽園から永久に追放します。

この罪を原罪といい、二人は不毛の土地をさまよい子を成しました。

それが今も生きるわたしたちの先祖だそうです。


この知恵の実。

荒唐無稽な仮説ではありますが、わたしはこれを「恋」ではないかと睨んでいます。

神が人類を含む万物に与える、淀みなき「愛」。

これは全てにおいて平等である、というキリスト教の美学を表しています。

しかし「恋」というのは平等ではあり得ないものです。

その人だけが特別に見える。

いわば「優劣」をつける行為です。

教えから反しているこの行為を、神が咎めたのだとしたら?


つまり要約すると、こういうことです。

神が創ろうとしていた楽園は、全てにおいて平等な国。

誰もが愛され、誰もが平穏を手に入れられる。

その理念と「恋」は到底相容れないもの。

神が激怒し、二人を追放してもおかしくはないでしょう。


知恵の実は善悪の知識の実とも呼ばれます。

これを食べれば善悪がわかるようになる、というものです。

「善悪がわかる」、これすなわち「悪を知る」ということ。

神の楽園に悪を知る者は存在してはならなかったのでしょうか。



このブログでは以後、

二人をアダムとエヴァであると仮定して考察を進めます。



では次は、二人が背負った原罪の罰とはなんだったのか・・・

それは聖書によると「不毛の大地」に追放されたことなのですが、

これはサンホラ。

それっぽっちで神が許すはずもありません。

わたしが考えたのは、「決して結ばれない」という罰です。


アダムとエヴァは幾度も輪廻転生を繰り返し、そのたびに求め合います。

しかし、時としてその愛の形が違っていたり・・・

あるいは死別してしまったり・・・

あるいは許されない恋であったり・・・

と、決して結ばれることはありません。

生まれ変わらなければ、出会えない。

生まれ変わったところで、結ばれない。

恋によって楽園を追放されたほどの二人ですから、

この罰はまさしく生き地獄でしょう。


そしてこの罰にはもうひとつ、

更なる苦痛が隠れているのではないかと。


それは「お互いの歪みが要因で」という言葉がてっぺんにつくことです。

つまるところ「お互いの歪みが要因で、二人は決して結ばれない」となります。


アビスとエリスにしろ、

アビスとエルにしろ、

そしてアビスの娘たちにしろ。


歪んだ愛情が引き起こす不幸。

そしてまた歪んでゆく。

結末はいつも悲劇的―――



そう、この不肖中山。

実はこの登場人物は全員「アダム」と「エヴァ」だったのではないかと考えているのです。



その理由、真意はこれから各楽曲を順に考察してゆくことで明らかにしていこうと思います。

楽しんでいただけましたでしょうか?

良ければ感想などいただければ喜びます。

では今回はこのへんで。

また次回の更新で会いましょう。





ラ・ヨダソウ・スティアーナ(笑うところ)