ごんざの辞書のかきかえ136「むぞがる」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

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1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」  『ごんざ訳』 

 

A「милованiе」(milovanie)「慈悲を垂れること」『むぞがるこ

 

 鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざはAにはじめに(муг)(mug)(むぐ)とかいてから、(г)(g)(ぐ)にかさねて(зогаркотъ)(zogarkot')(ぞがるこ)とかきかえていた。

 

B「щедрота」(shchedrota)「めぐみ与えること」『むぞがるこ

 

C「щедрю」(shchedryu)「物惜しみせずに与える」『むぞがる』

 

 ならんででてくるBとC、鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざはBに(музоз)(muzoz)(むぞず)とかいてから、(з)(z)(ず)にかさねて(гаркотъ)(garkot')(がること)とかきかえていた。

 

 Cには、はじめに(муг)(mug)(むぐ)とかいてから、(г)(g)(ぐ)にかさねて(зогаръ)(zogar')(ぞがる)とかきかえていた。

 

D「умилостивляю」(umilostivlyayu)「同情をそそる」『むぞがる』

 

 鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざはDに(музоз)(muzoz)(むぞず)とかいてから、(з)(z)(ず)にかさねて(гаръ)(gar')(がる)とかきかえていた。

 

E「чадолюбiе」(chadolyubie)「子煩悩」『こむぞがること』

 

 鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざはEに(комузоз)(komuzoz)(こむぞず)とかいてから、(з)(z)(ず)にかさねて(гаркотъ)(garkot')(がるこ)とかきかえていた。

 

F「члвколюбiе」(chelovekolyubie)「人間愛、博愛」『ふと むぞがるこ

 

G「члвколюбiвыи」(chelovekolyubivyi)「人間愛の、博愛の」『ふとむぞがる

 

 ならんででてくるFとG、鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざはどちらも(фтомузозар)(ftomuzozar)(ふとむぞざる)の、うしろの「з」(z)(ず)にかさねて(г)(g)にかきかえていた。

 

 現代日本語の(–がる)という動詞にごんざの(–ざる)という動詞が対応する例はないから、B,D,E,Fの(–ざる)はかきまちがいだろう。

 

 一方、(むご)の例は「全国方言辞典 東条操」にでてくるけど、

 

「むごがる かわいがる。千葉県君津郡。

 もごがる 福島県相馬郡」

 

 東日本の方言のようだし(「めんこい」も同系統かもしれない)、これもかきまちがいだろう。

 ひとつの動詞の中に(г)(g)と「з」(z)がはいっていると、まちがいやすい、というクセをごんざはもっていたのかもしれない。