ごんざの「ぶどう」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

 ごんざは日本にいる時、ぶどうをしらなかった。
 ぶどうのことを現代ロシア語で「виноград」(vinograd)(直訳すると、ワインの粒)というけれど、このことばはごんざの辞書にはでてこない。
 それでは、ごんざとぶどうの接点はないかというと、ある!

 ごんざの別の著作の『世界図絵』には、このことばがでてきて、ごんざがおもしろい訳語をかいていることが、『漂流青年ゴンザの著作と言語に関する総合的研究』上村忠昌 南日本新聞開発センター という本に紹介されている。(以下引用)

ボグダーノフのロシア語訳          ゴンザの日本語(鹿児島方言)訳
виноградъ(ぶどうの実)          トゴイ(唐瓜)
виноградныъ древъ(ぶどうの 木)   トゴイノ キ(唐瓜の 木)
винныи древо(酒の 木)        サケン キ(酒の 木)
винные кисть(酒の 房)        サケン クサナイ(酒の 房)
винные ягода(酒の 液果)       サケン ナイモン(酒の 果実)

 「ぶどう」の訳の「トゴイ」は「唐瓜(トーゴーリ)」で、現在「つるれいし」「にがうり」と言っている野菜である。ぶどう棚の緑色の「ぶどうの房」を見て、蔓からぶら下がっているあのイボイボのある「にがうり」を連想したのであろう。なお、「ぶどうの房」は「サケン クサナイ(酒の房)」とも訳している。「クサ」は「フサ」である。「ク」と「フ」は日本語に古くから見られる相通で、「含む」意の「くくむ⇄ふふむ⇄ふくむ」や、「野菜を間引く」意の「くける⇄ふける」などがこれである。(引用ここまで)

 熟す前のゴーヤとぶどうは姿がにているし、熟したゴーヤとぶどうは味がにている。どっちも蔓植物だし。
 ごんざはぶらさがっているぶどうの房を実際にみたのか、絵でみただけなのか、わからない。

 ぶどうに関して、英語とフランス語の関係は、ロシア語とトルコ語の関係とおなじだ。

日本語   ぶどう           ほしぶどう
英語    grape            raisin
フランス語 raisin            raisin sec

ロシア語  виноград(vinograd)    изюм(izyum)
トルコ語   uzum           kuru uzum  

 英語のほしぶどうは、フランス語のナマのぶどうとおなじ、ロシア語のほしぶどうは、トルコ語のナマのぶどうとおなじだ。
 北の国では、ぶどうはつくれないから、南の国からきたほしぶどうをたべていた。ぶどうの果実は、知識としてはしっていても、実際にナマでたべたことはなかったんじゃないか。

 ごんざの辞書にロシア語のぶどうはでてこないけれど、ブルガリア語のぶどうはでてくる。

「ロシア語」(ラテン文字転写)   「村山七郎訳」       『ごんざ訳』

「гроздъ」(grozd')       「果物(例えばぶどう)の房」『ぢぇくるこ

 ぶどうは、ブルガリア語で「грозде」(grozde)、セルビア語で「grozde」だ。
 「房」という意味なら、ごんざは(くさない)とかいただろうけど、『ぢぇくること』とかいた。これはくだものという意味だ。

「плодъ, овощи」(plod,' ovoshchi)「果実、野菜」    『ぢぇくるこ

 ぶどうは聖書に頻繁にでてくる。ごんざにとって、ロシアにわたってから知識としておぼえたけれど、実際にナマでたべたことはない、ただし、それからつくった酒はのんだことがある、という、あこがれのくだものだったんじゃないだろうか。