ごんざの「くつ」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)       「村山七郎訳」    『ごんざ訳」

「Обувь」(obuvi)              「履物、靴」     『ふむもん』
「сопоги」(sopogi)            「長靴、 靴」    『くつなんど』
「сандалiя башмак」(sandalya bashmak)「サンダル 靴」   『ぼくい』
「башмаки」(bashmaki)          「靴」        『ぼくい』
「носокъ у обуви」(nosok' u obuvi)  「靴の先」      『くつのふぁな』

 ごんざの語彙の名詞は『ふむもん』(はきもの)が『くつ』と『ぼくい』(サンダル)にわかれている。başmak
 ふつうの日本人が現代のような靴をはくようになるのは明治になってからのことだけど、『くつ』ということばは昔からあった。

日本国語大辞典 「くつ(沓・靴・履・鞋) ②下駄や足駄、草履のこと。」
日葡辞書 「Cutcu クツ(靴・沓) 履物.皮製であれ藁製であれ、また、人間のであれ獣のであれ、そのすべてについて言う.」

「Обуваю」(obuvayu)           「履物をはかせる」  『ふまする』
「изуваю」(izuvayu)            「靴を脱ぐ」     『くつぬぐ』
「разуваю」(razuvayu)            「履物を脱がせる」  『くつぬぐ』

 ロシア語の動詞語幹は全部おなじで、ごんざの訳語は『ふむ』(はく)と『ぬぐ』のペアだ。たしかに「踏む」という漢字のつくりは「沓」(くつ)という字だ。

日本国語大辞典 「ふむ(踏・履・践) ⑦はきものをはく。」
日葡辞書「Cutcuuo fumu.(沓を踏む)靴をはく.」

 ごんざは、日本にいた時は、船でははだし、陸でも、たぶんわら草履かはだしだっただろう。
 冬のロシアでは「сопоги」(sopogi)「長靴」をはかなければ凍死してしまうから、当然ごんざもはいていた。
 室内では、日本では靴をぬがなければならない。ロシアでは、靴をぬいではいけない。

ボグ:ごんざ、こんなところで靴をぬいじゃダメ。
ごん:はい。

 ごんざは自分の部屋でひとりになると、はだしになって、ひそかに解放感を味わっていたのだった。