以前、ミキサーからストレートに変わった理由の説明をしたブログを何回かに分けて更新しましたが、今回は『カイロプラクティックを学ぼうと思った理由』をブログに残そうと思います。
注)今はストレートともミキサーとも自らを称してはいません。
まず小さな頃から特に将来なりたい職業や夢などは持っていませんでした。勉強も最低限するだけで、自分が興味を持てないことに対しては努力することができない性格でした。
ですからさすがに高校はともかく多額のお金がかかる大学に、何の目的も持たない僕が親に経済的な負担をかけてまで行かせてもらう資格はないと思っていたので、就職に有利な商業高校に進学し卒業後は当初の予定通り就職しました。
希望通りの会社に就職することができたのですが、いざ仕事が始まると人に喜ばれることなどまるでなく、さらにはどれだけ自分が従事している仕事が世の中の役に立っているのかもわからなく、ようするに『やり甲斐』がまるで見出せなかったのです。生きていくためだけに仕方なく働く…そんな状況でした。
このまま人生を終えたくない…そんな漠然とした考えで2年で退職しましたが自分が何をしたいのかがまるでわかりませんでした。そんな時に母親から「あなたは肩もみが昔からうまかったんだから整体の仕事でもしてみたら?」と言われ、なるほどそれも悪くないと思い、街でよく見かけるリラクゼーション関係の会社に就職しました。マッサージは国家資格ですから、資格のない僕らがやっていたことは俗にいう『ほぐし』です。
とりあえず数日研修を受けてデビューしましたが、最初のお客様のことは今でも覚えています。
「ありがとう、気持ち良かったです!」人にまるで感謝されない仕事をしていたので、初めて担当させていただいたお客様から感謝の言葉をいただいた時、どれほど嬉しく『やり甲斐』を感じたことかしれません。そんな言葉を頂けたことに戸惑ってしまったほどです。
それからはひたすら気持ちよくうまいほぐしができるか…その技術の研鑽に励みました。ただし、知識はカラッポです。
ところが、リラクゼーションを求めているお客様だけしかお店に来ないのならそれでよかったのですが、中にはギックリ腰や寝違え、更にはヘルニアやら、いわゆる整形外科に行く様な症状を抱えて来る人達もいたわけです。
しかし自分には何の知識もなければ技術もない。ものすごい無力感と情けなさに苛まれ、いつからかリラクゼーションではなく治療が出来るようになりたいと思うようになったのです。
勉強に慣れていない頭を使い、まずは筋骨格系の解剖学を独学で学びはじめましたが、それだけでは無意味で何の解決にもなりません。そこで2年制のカイロプラクティックの専門学校に通いはじめ、それと同時にリラクゼーション店からあるカイロプラクティック治療院の院長に頼み込み、弟子として修行させていただくことになりました。
そこでまた転機が訪れるのですが、ここの院長の医学知識と治療技術と、なんといってもアジャストの腕が並み外れており、自分では頑張っていると思っていた専門学校の勉強はなんなのだ?と、日に日に学校で学ぶ内容が物足りなくなり、結局はお金と時間の無駄ということで一年で辞めてしまいます。
何故なら手術後の後遺症で苦しみ、正に絶望的といえるような状態だった母をそこから救い上げてくれたのはこの院長だったのですから影響を受けないはずがありません。
「俺はこのままではいかん!中途半端者になってしまう!」と、それまでは何でも適当だった僕が人生で初めて『本気』になりました。
そしてその当時、日本に唯一存在していたカイロプラクティック大学でもう一度、一から徹底的に学び直すと決めたのです。
つづく