デロイを探せ!(その43-1) 三菱電機技報(1942年1月号)におけるデロイ | ゴンブロ!(ゴンの徒然日記)

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(最後のEF10 41の写真の添付が出来ないのでブログを二つに分けています)

久方ぶりの「デロイを探せ!」アップです。

 

今回ご紹介しますのは戦中1942年の三菱電機によるデロイ関係記事です。

 

まずはデロイ/デロニの受注数と出荷数のおさらいから・・・


 

 

今までの「デロイを探せ!」でも御紹介の通り、東芝、日立はそれぞれデロイ、デロニの就役にあわせ、「東芝技報」(1943年)や「日立評論」(1944年)といった自社媒体で技術成果の公開を行っておりました。

しかしながら、三菱重工/三菱電機はデロイ型電機(いわゆる三菱デロイ)を4両受注するも、2両が完成寸前の時点で敗戦を迎え、仕掛品含め合計3両が戦後になって南朝鮮(韓国成立前の軍政下の南朝鮮)に出荷された、という史実あり、三菱電機技報への掲載も戦後に入ってからのものしかありません。

 

三菱電機技報1948_03月号


 

 

戦後19487月号の三菱電機技報に掲載の三菱デロイ

(「デロイを探せ!(その35)」に詳細記載あり)

 

・・・と思っていたのですが、ひょっとすると、製作段階での前ふりなどあるのではないか?と思い、国会図書館の三菱電機技報を戦前まで遡って調べてみると・・・

 

ありました!

 

 

三菱電機による技報「三菱電機」19421月号にデロイ製作に関する記事発見です!

戦後の三菱電機技報では毎年1月号に、前年度製品の総括特集号があるのですが、この癖は案外戦前からあるのではないかとアタリを付けた所、やはりそうでした。

斯様な極早い時期に記事の掲載があった訳ね・・・

 

以下記事引用。例によって仮名遣い、漢字は現代式に直しています。また○○は当時の防諜用の伏字ですのでそのままとしています。

 

 

直流3000ボルト級大型電気機関車

長大なる列車牽引用として広軌大型の直流3000ボルト級電気機関車が○○鉄道局管下にて実現するのも近き事であろうし、其他にも内地、大陸の如何を問わず、各所に於て此種の画期的大計画が表われ来り、或いは弾丸列車と称えられ、或いは超重列車と呼ばれ、誠に我が国電鉄界の一大飛躍を期すべき時期に立ち至った観がある。

 

当社としては此種電気機関車の製作に関し、以前より種々調査研究中であり、未だ詳細発表の機会を有せない事は遺憾であるが、主要器具の如きは既に試作を了えて目下種々工場試験中であり、3000ボルト300キロワット級主電動機、高圧補機および機器配置等は充分に設計を進めており、また台車設計においても当社独特の車輪配置を設計する等、此種電気機関車全般に渉り詳細なる計画を進めている。


<気付き事項>

 

1.    形式名の記載はありませんが、これは間違いなく「デロイ」です。

2.    指摘されてみれば、確かに戦前の弾丸列車計画における電化は直流3000ボルトによる電化計画でした。

調べてみると、弾丸列車計画が予算化された第75回帝国議会(19403月)において、京元線 福渓/高山間電化設備(直流3000V 53.9km)の予算が可決(359万円)されています。
今となっては判りませんが、明らかに両者がセットとなっているとしか思えません!当時の議会速記録とか見ますと案外記載が残っている可能性ありか・・・

(例 「弾丸列車計画は帝国国策遂行の要諦となる事業であり、その完遂に先立ち、まず鮮鉄局にて一大技術飛躍であるところの直流3000ボルト電気鉄道を建設するものであります。この技術は世界でも稀少かつ実に東亜初の導入にして、畢竟東亜新秩序に於ける電気鉄道の建設も同形式によるものと期待するものであります」位ないか)


 

最後のおまけは、同三菱電機技報に掲載のあったEF10 41の写真です。


19411129日竣工    (三菱電機/三菱重工)
19411211日就役    (国府津機関区)

1977731日廃車      (豊橋機関区)

となっているようです。まだ
1943年の三原工場完成前の三菱重工製ですから神戸造船所での製作です・・・就役した際は対英米戦開戦劈頭で意気上がっている所であったと推測します・・・


それではまた!

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