デロイを探せ!(その20) 北朝鮮のデロイ資料1 | ゴンブロ!(ゴンの徒然日記)

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今回から何回かに分けて、デロイ戦後の空白の歴史を纏めたいと思います。

元資料は、「とよんぽす様」から頂戴した4葉の写真です。

同写真は、ピョンヤンの鉄道省鉄道事蹟館にある掲示物を、直接現地にて接写撮影されたもので、戦後北朝鮮にて撮影されたデロイ関係の写真と同地発行の新聞(以前ゴンブロで取り上げた戦後現地新聞の高解像度版!)です。「三菱三原工場のデロイ33」写真につぐ、戦後史の空白を埋める凄まじい内容であると思います。

 

例によって以下考察にはゴンブロ主宰者の独断と偏見が混ざりますので、その分割り引いて考えてください。

 

1. 一枚目

まず1葉(写真1

「東芝デロイ」の戦後の姿を示す素晴らしい写真です。この機関車を「東芝デロイ」と判断した理由は次回のお楽しみに・・・
チョンギハ3と乗務員
オリジナル写真
チョンギハ3と乗務員解説
解説付き写真

    キャプションは「無事故継走棒を引き継ぐ機関車乗務員たち」です。継走棒は「リレーのバトン」のことなので、要するに「無事故リレーのバトンタッチを行っている乗務員の姿」ということです。
向かって右側の男性が巻いている腕章は「機関士」です。鉄道関係者の制服も、軍隊組織を反映して軍服に見えるのが北の鉄道の特徴です。(第三帝国時代のドイツライヒスバーンの鉄道関係者の制服とどことなく似ているのは不思議です)

    形式番号「전기하3(チョンギハ3)」(形式「電気1(?)」の3号)とはっきり読み取れます。

    車両前面ヘッドマークの文字には「・・青  年作業班」と書いてあります。「青年」は、北朝鮮労働党傘下の学生組織で、同国では色々な所に出てくる言葉です。「青年」の「青」の字の左側には恐らく地名が入っていると思われますが、写真が切れており、読めません。
ヘッドマーク部分上部の「青」と「年」の字の間には勲章が見えますが、これは同作業班もしくはチョンギハ3そのものが功労を称えられて称号(勲章)を与えられた証と考えます。勲章の中に何か字が見えますが小さくて判別困難です。


写真の撮影年代ですが、以下もう一葉の写真では、ヘッドマーク部分の勲章が二つに増えていることから、以下写真2よりは前の撮影と推測。そうなると1950年代後半~1970年代の撮影と思われます。軍事色が強いスローガン下での無理な経済運動ではなく、無事故運動の展開といった地道な活動をしていることから、金正日総書記台頭前の1960年代初頭の撮影ではないかと思われます。

 

2. 二枚目

そしてもう一葉(写真2

これも「東芝デロイ」の大変素晴らしい写真です。1943年に撮影されたデロイ1(東芝製)と見比べてみてください。
デロイ1 1943
 デロイ1(1943年)

チョンギハ3 

 オリジナルの写真
チョンギハ3解説
解説付きの写真

   キャプションは「偉大な首領様におかれては、ヤンドク機関区においてご乗車された《チョンギハ3号》電気機関車」です。「乗車された」の部分は朝鮮語で「上がる」「乗る」等種々解釈できる語句なのですが、前後関係から見て、ここでは「ご乗車」と判断。ここで言う「偉大な首領様」は先先代の金日成主席のことですので、なんと金日成主席自らチョンギハ3号に実際に乗車した、ということとなります。機関車そのものの整備状態も車輪部分の塗装まで行き届く非常に丁寧なものなので、金日成主席のヤンドク機関区現地視察の前後に撮影されたものと思われます。

「ヤンドク」は漢字で書くと「陽徳」で平羅線の半島中央部山脈部分の急勾配地帯に位置する駅で、早くから機関区が設置されています。同区間は、北の国土の東西を結ぶ基幹幹線の輸送の隘路であった為、朝鮮戦争前の1948年に一旦電化、朝鮮戦争にて破壊された後、1956年に再度電化復旧されています。いわばヤンドク機関区は北朝鮮の鉄道電化の発祥の地と言える場所です。

    車両前面ヘッドマークの文字には上記写真1とは記載が異なり「・・ドク  作業班」と書いてあります。「ドク」の字の左側は写真が切れており読めませんが、ここには間違い無く地名のヤンドクが入るでしょう。全体読むと「ヤンドク作業班」です。
ヘッドマーク部分上部の「ドク」と「作」の字の間の勲章も、写真1と比較すると、二つに増えています。上記写真1以降に更に功労を称えられて称号(勲章)が増えたものと思われます。

    形式番号は「전기3(チョンギ3)」(形式「電気」3号)となっています。「」が削除された理由は判りませんが、戦後すぐの形式体系で採番していた電機は、時代につれ減少した筈ですので、昔の京都市電北野線のN電が末期には「N」をつけなくなったかの如く、同地でも形式補助記号はもはや不要となり、表記方法が変わった、とかあるのかも知れません。

    タブレットキャッチャーです。基幹幹線である筈の平羅線ですら単線であることから、タブレットキャッチャー設置が必須になったのでしょう。

    銘板部分には何か書いてある筈ですが、字が小さく読めません。銘板下のレールマークは北朝鮮の鉄道省のマークです。(鉄道省のマークはレールとハングル「(조선)朝鮮」の「」の組合せです。満鉄のマークとも似た発想です)
この部分には、戦前は、上から東芝の銘板、ナンバープレートがあったはずです。日本製であることの痕跡を意図的に消した様子が窺えます。

    パンタグラフは納入時とは異なり、シューが一丁のものになっています。赤旗(プルグンキ)のものと共用化した?

    機関車の背後に見える鉄塔ですが、上にある松明のマークには「주체チュチェ:主体)」の字が入っており、これは北朝鮮の唯一思想体系「チュチェ思想」の松明です。また、その下には縦書きで「속도전전격전・・速度戦、電撃戦、殲・・)」の字が見えます。最後の一文字はこの三フレーズの組合せから見て、間違いなく殲滅戦の「殲」でしょう。軍事用語を多用するご当地特有の経済活動スローガンです。


写真の撮影年代ですが、北朝鮮の数ある大衆動員運動の内、⑦の名称の活動が始まるのは1974年で(金正日が党書記に就任し「七十日戦闘」の名称で経済活動に介入)、更に「速度戦、電撃戦、殲滅戦」の軍事用語転用の経済スローガンが多用されたのは1970年代後半から1980年代です。

戦後のデロイ(北朝鮮の記念切手)


 


また、この記念切手で「チョンギハ3」が「史的機関車」と顕彰されているのは1988年です。

そうなると写真撮影時期は1970年代後半から1988年までの間と推測されます。撮影場所はヤンドク機関区でしょう。白黒写真ですが、1970年代後半以降の撮影ということで、意外と最近のデロイの姿ということになります。

ヤンドク峠は北朝鮮輸送当局者にとって頭の痛い輸送の難所であるようで、1987年にはヤンドク峠の輸送力強化の為に、金日成主席の直々の命令で竣工した「赤旗6」(「プルグンキ(赤旗)」の永久連結型のH型機関車)が同地に投入されております。

上記以上の撮影時期の絞込みは難しいのですが、「赤旗6」の完成記念か何かの折に、金日成主席自ら、ヤンドク機関区に北朝鮮の国家事業「現地指導」を行い、その際に新鋭機「赤旗6」の視察と併行して、歴戦の功労機関車「チョンギハ3」に直々に乗ったというシチュエーションとかありそうです。功績の内容は判りませんが、「チョンギハ3」の勲章を見ても、何かしら事情がありそうです。

このあたり、朝鮮総連のグラフ誌「朝鮮画報」の1970-1980年代をシラミ潰しに調べれば、案外写真入り記事が残っている可能性もありますが、タスクの難易度は非常に高そうです・・・。総連に直接聞くか行く手はありますが、ちょっと躊躇するなあ(笑)・・・。

 

3. デロイが2011年も健在の理由

上記1,2から判断しますと、ヤンドク機関区から東に少し離れたコウォン(高原)駅近郊の機関区で、今もデロイが健在なのも推測がつきます。

 

2010デロイ

撮影者の米国のレイモンドさん、申し訳ないのですが、2010810日に撮影された写真を勝手に加工させてもらいました。
よく見ると、このデロイの車両番号もチョンギ3ということは上記1,2と同じ車両ということになります。

 

北朝鮮では、1970年代の金正日総書記の台頭後、金日成主席の神格化が進み、最初は同主席、同主席の没後は総書記が訪れた施設や、使った設備、はては座った椅子までもが、「革命聖跡」となり特別保管体制に置かれるようになっておりますので、写真のデロイも「金日成主席が直々に乗られた革命聖跡」として、今も大切に保管されているということなのだと思います。
(最近のコウォンのチョンギ3を撮影した別写真では、車庫内での停車位置が微妙に変わっていますので、動態保存ではなく、実際に運用に使用されている可能性もあります。)


チョンギハ3以外のデロイ/デロニがどこに生きているのか、それとも解体されたのかは現時点では判りませんが、少なくともチョンギハ3のみは、「革命聖跡」である以上、北の現体制が続く限り、安泰であると思われます。逆に言うと、今後北の国内で政治的混乱が生じるときは、どうなるか判ったものではない気もしてきました・・・

 

いつもご愛読頂いております皆様有難うございます。

今回は、あれこれ書きたいことが多く、とんでもない長文になってしまいました。

 

種々ご協力を頂きました「とよんぽす様」、それに以前から「尊敬する方」としてご紹介させて頂いておりました「つばめno巣様」に紙上ではありますが、改めまして心より感謝申し上げます。

 

次回は「チョンギハ3」を何故 東芝デロイと判断したか を取り上げたいと思います。

 

 

それではまた!

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