カメラがモタラシタモノ 11-07
「私や情報統合思念体の経験に対する修正はさっき話した通り。私は更なる経験の蓄積を行いたいと思う。そこで、あなたにお願いがある。」
「長門から『お願い』なんて、珍しな。もちろんお前からの願いを断る理由なんて万が一にも無いからな、任せておけ。」
「あなたには感謝する。」
『ありがとう』じゃなくて『感謝』か、こっちの方が長門らしいな。
「その、お願いってのはなんだ?言ってみろ。」
「今日の行動や感情を考査して結論に至った。付き合ってほしい。もっと写真の事を知りたい。」
「なんだそんな事か、もちろんOKだ。付き合ってやる。俺も今その事を考えていたところだったからな、何処でも連れて行ってやるぞ。そうだな5月の連休ってのはどうだ?」
「了解した。あなたの指示に従う。」
「よし、次の日曜って事で、時間や場所は後で伝えるよ。」
「私という存在はとても嬉しく思っている。ありがとう。」
今日2度目の長門の『ありがとう』を聞いた後、電話を切った。
それにしても撮影旅行ってだけで、お前はどんだけ感謝するつもりだ?というより、たった数時間でどれだけ写真にハマッてんだ?
まぁ長門に新たな趣味が増えたことは微笑ましく思う事にしよう。それにしても長門はこれからどんな写真を増やしていくのだろうと考えていた。
翌日、電話の後にリストアップした撮影旅行の行き先を最終的に何処にするか迷いながら授業を受けていた。もちろん後ろのハルヒにはバレないように細心の注意をしてな。
しかし学生が行ける場所であるから、撮影旅行というより撮影会と言ったほうが正しいのだろうが、ここはあえて旅行としておきたい。何故ならそっちの方がカッコイイからである。
最終的に旅行場所を3つに絞込み後は長門の意見を取り入れながら決める事にした。
問題はいつ長門に伝えるかなんだが。その事を思案しながら部室棟の階段を上っていると、上り詰めた所に古泉が壁に背中を預け立っていた。
「古泉、そんなところで何してんだ?」
すると古泉は、いつものニヤケ顔で俺に掌を差し出し「あなたを待っていたのですよ」と訳の分からないことを言い出した。
俺はお前と階段の片隅で人目を忍んで会うなんて悪趣味な約束はした覚えは無いんだが…
「話なら部室で聞くさ。ハルヒにいちゃもんつけられる前に行こうぜ」
「いえ、それでは困るのです。できれば今日はこのまま帰って頂きたいのですが…」
「そんなことしたら俺がハルヒにどやされちまうだろうが。俺は理由もなくハルヒの怒りを買うようなまねは御免被りたいね。」
俺が掌をヒラヒラと揺らしながら古泉の前を通り過ぎようとした時、古泉は『ハァ…』と一溜息をついて意味不明なことを言い出した。
「お付き合い、おめでとうございます。」
「はぁ?何を言ってるんだお前は。俺は古泉、お前の言っていることが、まったく理解できん。」
「隠さなくてもよろしいんですよ。僕を含め朝比奈さんも涼宮さんも知っています。あなたと長門さんがお付き合いしていることを、しかもゴールデンウィークはデートだとか…」
なんなんだ?古泉は何を言ってるんだ?本当に訳が分からんぞ。エイプリルフールとっくに過ぎたじゃないか。
「その事を聞かされたときは、正直驚きました。あなたは涼宮さんのことを想っているとばかり。しかし、彼女の今までから考えられない表情をみていると、僕としても口出す事柄ではないと…」
カメラがモタラシタモノ 11-06
何だ、何だ。突然のことに携帯を振ったり、ディスプレイを指でトントンと叩いたりしてみたが反応がない。
もしかして写真を見たらデータが全て消去されるようにプログラムが仕込まれていたのか?
とよく見るとブラックアウトしたディスプレイの左上に見覚えのあるものを発見した。点滅するアンダーバーだ。
すると俺が確認するのを待っていたかのようにスルスルと文字が現れた。
「今、いい?」
「ああ」
「今日はありがとう。」
「かまわないさ。」
「私はまだまだ知らないことがあると言うことが今回のことでわかった。知識のみでは分からないことが多い上にそこに齟齬が発生する可能性が大きい。そのため自ら体験し経験を重ねることも時として必要であると理解した。このことは情報統合思念体やその端末である我々、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースですら軽視していた。このことは速やかに修正する事項と考える。そして、これは情報統合思念体が目指す自立進化への手がかりの一片となる可能性もありうる。あなたや鶴屋さんの功績が非常に大きい。あなた達二人には感謝をしている。そして…」
待て待て。文章長すぎるし、速すぎる。
流れるように表示される文章に、俺は「待て、電話する」と割り込みをいれた。
長門は思ったことをディスプレイに表示させているだけだろうが、俺の方はいちいちボタンを押して文書制作をせにゃならん。俺は高速で携帯メールを打つ事なんて出来ないからな。手間がかかって仕方がない。そんなのは不公平だ!
「了解した。」の言葉を最後にブラックアウトしていた携帯のディスプレイが元に戻った。
まったく普段無口のくせに、どうして文章だとこうもスラスラと言葉が出てくるんだろ?
『ハァ~…』っと一溜息をついた後、俺は元に戻った携帯のアドレスから長門有希を選び通話ボタンを押した。
『プ・プ・プ・・・』という発信音の後コール音がすることはなかった。まるで受話器を持って掛かってくるのを待っていたような早さだ。
「もしもし、長門か」
「・・・」
「あー、俺なんだが…」
「・・・」
「・・・・」
「・・・・・」
「声出せよ。話があるのはお前だろ。」
「…そう。」
おいおい長門、電話になった途端無口に戻るのは勘弁してくれ。
そりゃ饒舌な長門ってのも想像できないが、用件ぐらい喋ってくれ。
「でも………電話をかけてきたのは、あなた。」
ガクッ
あのなぁ~…電話してきた方がペラペラと喋らなきゃならないってのは何処の国の約束ごとなんだ?まったく頭が痛いぜ。
「長門よ、確かに電話を掛けたのは俺だが、そりゃメールより話の方が手っとり早いからだろうが。さっさとメールの続きを話せよ!」
「怒らないで。」
「いや、怒っては無いが…兎に角話してくれ。」
「私は『会話』というコミュニケーション能力が欠けている。そのため話に齟齬が発生する可能性がある。」
「あぁ、その話は初めてお前から宇宙人やらハルヒが特別やら聞かされた時に聞いたし、今まで散々お前と付き合ってきたから大丈夫だ。」
「そう。なら本題に入る…」
ふぅ、やっと本題に入ってくれるか。これならメールの方が早かったのかもしれないな。
カメラがモタラシタモノ 11-05
ひとしきり騒いだ後、喫茶店の店主に詫びを入れ店を出ると鶴屋さんとは別れ、少し遅くなった帰宅を長門と共にした。
長門は何度もカメラに保存された写真を繰り返し見ていた。
「長門、記憶と違って写真はいいもんだろ。ちゃんとそこにはお前がいるんだからな。」
長門はコクリと頷く。
「使い方はさっき鶴屋さんに教えてもらっていたし、お前の事だ、説明書を読めばすぐ理解できるだろ。その他に何か聞きたい事があったら相談に乗るからな。」
「分かった…ありがとう…」
「おう、じゃぁまた部室でな。」
何故だろう、長門の『ありがとう』で妙に顔が熱くなりドキドキしてきた。今までこんな事は無かったのに…
その夜、夕食もすませ自室でベッドに横たわり久々に俺のIXY410Fを取り出し眺めていた。銀色に輝くボディにはまだ傷一つ無い。
「今度長門を撮影旅行にでも誘ってみるかな…」
などと独り言を口にした俺は、顔が熱くなるのを感じた。
「いや、別に旅行って言っても日帰りだぞ、それに長門を誘うのは写真の楽しみをもっと知ってもらうためだ。別にデートとか長門の写真を撮りたいとかそんな事はこれっぽっちも思ってないからな。うん!」
俺がカメラに言い訳をしていると、何やら視線を感じその方向へ首を傾げると入り口に我が妹が立っていた。
何となく居た堪れない空気が流れ、俺を無視するかのように妹は静かに入口ドアを閉めると「おかぁさん、キョン君がカメラにお話する危ない人になってるぅ」などと叫びながら一階に降りていった。
妹の痛すぎる言いつけに俺はベッドから半身を力無く床にダラリと落とした。
一度妹にはプライバシーというものについて、よく話した方がよさそうだな…
ダラリと落とした上半身を起こそうとした瞬間、ズボンのポケットがヴヴヴヴヴ…と振動し始める。
「うわっ!」
俺は跳ね起きるとズボンのポケットに手を突っ込み、振動の原因と思われる携帯を取り出した。
「携帯をマナーモードにした覚えはないんだがな。」
そんなことを呟きながら携帯を開くとやっぱりマナーモードにはなっておらず通常モードのままだ。そして携帯の左下にはメールの着信アイコンが表示されていた。携帯をささっと操作しメールボックスを開くとそこにはメールアドレスの無いメールが届いていた。
俺はそれを見ても何の驚きも不安もなく、逆にバイブしか作動しなかった着信のことも含め納得した。
だってこんな事をしてくる…いや、できる奴を俺は一人しか知らない。
「長門か…」
メールを開くと二人で撮られた写真と鶴屋さんを含めた三人で撮った写真が添付されていた。律儀な奴だな…
すると突然携帯の画面がブラックアウトした。
大袈裟のようで、まったく大袈裟じゃない、本当の話し
昨夜…いや、今朝方のここに記しておかねばなるまい。
これは私にとって全然面白くも何ともない、目覚めでしかなかった。
PC内のハルヒ関係(8割長門)の画像等を整理していて、気が付けばAM3:00。
さすがに疲れたので、PCの電源を落とし就寝前のランタス(インスリン注射)を右脇腹に注射した。
今夜の注射は痛みが無く終了。良い事である。
先に寝ている妻のもとへ行き、酸素缶で3回酸素補給して私も横になった。
寝てからどれくらい時間が経ったのだろう…まぁ寝ているから分かるわけも無いのだが、憶えているのは寝起き数秒の夢。
理由は分からないが、私が長門有希に対して注意をしている途中で目が覚めた。
こんな夢は気持ち良いものではない。相手が長門なら尚更である。
しかし、目が覚めたのは悪夢が理由ではなかった。悪夢は警告であって、もしかしたら長門に起こされたのかもしれない。
兎にも角にも、目覚めた身体は正常な状態と程遠く、横になっているにもかかわらず上下左右まったく分からない位に世界は回転し、身体がやけに重い、気分が悪い。
そんな中でもなんとか上半身を起こすと、途端に身体に震えが生じ、体中から冷や汗が噴出し、体温が下がり血の気が失せた事が良くわかる。
低血糖症を起こしている!しかも、今回のはハンパ無い。
私は寝床横に常備してあるブドウ糖を探す。
時間は明け方である。ただでさえ薄暗い寝室で、意識朦朧とした状態の上低血糖で目がよく見えないので、ブドウ糖が何処にあるか分からない、上手く取れない、力がなくなっていて封が開かない。
悪戦苦闘している中、どんどん血糖は下がっていく…
なんとか小粒のブドウ糖を口に含む事が出来たが、すでに遅し。
体調は更に悪化。急速に悪化と言っても良い。
意識も朦朧とし始め、冷や汗や振るえ、力の消失と血の気が更に失せ、これが人間の体温か?という感覚。あぁ私は以前これによく似た感覚を味わった事がある…
心臓カテーテル中に死にかけた事がある、その時の症状にそっくりだ。
『ヤバイ…死ぬかも…』
と思った瞬間、頭から倒れた。
布団の上で怪我は無かったが物凄い音だったようだ。(私自身もデカイ音したなぁ~とは思ったけど…)
勿論、妻は飛び起き異常な状態の私に気付いて助けてくれた。
ここからの私はちょくちょく意識を飛ばしていたのでハッキリとした事は憶えてないが、声を出す力もほとんど無かったのは憶えている。あと暗かった…今考えてもあの時目を開けていたのか閉じていたのかさえ分からない。
声を振り絞って、妻に医療用ブドウ糖を要求し4個程度だろうか口にする事で何とか意識と力が戻ってきた。
意識が朦朧としていた時は、救助というより介護といった感じだったのではないだろうか?私は身体を動かす事が出来なかったから…
今回頑張れたのは「妻の悲しむ顔が見たくない」という一心だったです。
心の支えって大切だなぁとあらためて思う。
これが職場だったら助かってた自信はまったく無い。
小説は未完のまま、今頃棺桶の中だっただろうな。
翌朝、妻の話では顔面蒼白ではなく身体蒼白で唇はちびまる子ちゃんに出てくる藤木君のようだったらしいw
まだ消してませんorz
だから、ぜってー死ねねーッスよ!
カメラがモタラシタモノ 11-04
「ほらほら、キョン君、長門っち、並んで。」
「あのぉ鶴屋さん、何をなさる気で?」
何をなさる気も何もなかった。見たまんまである。
鶴屋さんはカメラのスイッチをONにして、レンズをこちらに向けているのである。これでシャッターを押さなければ、それこそ何をする気でって事になってしまう。
「いや、その鶴屋さん、別に俺と長門を撮らなくても…」
「キョン君つべこべ言わない。おねえさん怒っちゃうよ。」
「はい…」
ハルヒとは別の意味で、この人には逆らえそうにない。
俺が長門の隣に座ると、鶴屋さんのカメラのモニターを見る目に力が入る。
「もう、二人の間に隙間が出来ちゃってるじゃないか。長門っちキョン君にべったりくっ付くにょろ。」
長門が俺の顔を一瞥すると腰をずらし俺にくっついて座ったしかも俺の腕に絡みつくように…
「ああのぉ長門さん?何もそこまでしなくても…」
「彼女に、ただ『くっ付く』のではなく『べったりとくっ付く』ように指示された。」
ししかし…
「キョン君、長門っち、良いにょろよ。それじゃレンズ見て…」
『カシャ!』
鶴屋さんの右手人差し指がボタンを押すと同時に喫茶店内にシャッター音が響き、すぐに再生ボタンを押すと鶴屋さんはクククク…と声を殺して笑い始めた。
「なかなか、いい男に写ってる…よ。キョン…くん。」
カメラの画面に写っていたのは、真直ぐカメラを見つめる長門と口を真一文字に結び明後日の方向を見つめるアホ面の俺が写っていた。
「つ鶴屋さん、消去して下さい。それだけは勘弁して下さい。」
「ダメにょろ。これも良い思い出になるさ。それにしても…あははははははははは」
そのアホ面画面を長門は少し嬉しそうに口元を緩めて見ていた。
ったく、長門よ。お前にそんな顔をされると無理にでも消去することが出来ないじゃないか。ただし絶対人に見せるんじゃねーぞ、その写真。
「ほらキョン君、またその顔。」
「えっ、俺また変な顔してました?」
俺は両手で顔を左右に引っ張った。
「案外、本気だったりするのかな?」
鶴屋さん、言ってる意味が分かりません。
「もう一枚撮るにょろ」
「ええ!もういいでしょう」
「遠慮しない、遠慮しない。3人で撮るにょろよ!」
俺としてはまったく遠慮をしているつもりは無いんだが、鶴屋さんも長門の横に座ると俺と鶴屋さんの顔で長門の顔ををサンドイッチにした状態でシャッターを押した。
撮れた写真を確認すると、長門のちょっと驚いたようなまん丸な目が印象的な写真が撮れていた。
長門、その写真も消すなよ。その顔は貴重な一枚だ!なんならプリントアウトして欲しいくらいだ。
その後、鶴屋さんの『もう一枚』は続き、長門にもカメラの使用方法を指導しながら、結局30枚くらいは写していたいたようだ。
長門なら取扱い説明書を見れば一瞬で理解しそうなものだが、珍しく鶴屋さんの説明を頭をコクコクと縦に振りながら熱心に聞いていた。
