長×キョン小説「No Enter」(4)
■12月23日■
朝の冷え込み温度は毎日更新しているようで、今日も無事寒さで耳が痛い。
少々家を出るのが遅れた俺は、気持ちだけはダッシュで長門との待ち合わせ場所へ急いだ。
「すまん長門。待たせちまったな。」
「平気、私も今来たところ。」
「その割には寒そうなんだが…。無理すんなって。ほれ、そこの自販機で買ったヤツだからまだ暖かいぞ。」
俺は数分前に買ったホットココアをコートのポケットから取り出し長門に手渡した。
「でも、彼方の分…」
「いいんだよ。それは、遅れたお詫びに長門の為に買ったココアなんだから。」
ハルヒやSOS団におごり慣れている俺だが、長門の為と思うとどうも照れてしまい、ついそっぽを向いて頬を人差し指でポリポリと掻いてしまう。
「ありがとう。とても暖かい…」
そう言ってホットココアの缶を両手で握りしめ何だか嬉しそうにしている長門を見てると、こっちまで暖かくなってしまう。心の中だけだがな。
よく見れば長門の後ろ髪に寝癖を発見し俺はついついその部分を撫でてしまった。
長門は『きゃっ!』と可愛らしい悲鳴を上げ、朝から得した気分になる。
「驚かせてすまん。寝癖がついてたからつい…な。」
俺がにへらと笑っていると、長門は自分で寝癖を確認しコートのフードをカポッと被って頬をぷくっと膨らませた。
「いじわる…」
「可愛いからいいんだよ。」
「……!!……今なんて。」
目をまん丸にした長門の顔が徐々に赤く染まっていく。
そして、俺はというと一気に沸騰した血液が顔に達た。
さっきまで痛かった耳が熱くなり、沸騰した血液が頭頂部へ達すると目眩がしてきた。
失言だ。あまりの長門の可愛さについ言葉に出しちまった。
「何でもない。何も言ってない。長門遅刻するから急ぐぞ。」
「あっ、待って…」
俺はマフラーで顔を半分隠し、長門はフードを深く被っていそいそとした登校になってしまった。
授業も前半戦を無事クリアし、ランチタイムが終了すれば後半戦開始だ。
「で、今はそのランチタイムなんだが、俺は昼飯をどうしたらいいんだ?」
「知らないわよ。なんで私がキョン君のお昼ご飯の面倒まで見なきゃいけないのよ。」
「お前だろうが、昨夜電話かけてきて『弁当は持ってくるな』とか言ったのは!」
そう、俺は本日弁当無しなのだ。正確には弁当をキャンセルしたのだが。
昨夜のことだ、俺が自室で宿題をやってる合間の休憩中…大事な所などでもう一度言っておく。宿題をやってる合間の休憩中に携帯の呼び出し音が鳴り、携帯画面を見ると登録した覚えのない『朝倉涼子』の名前が表示されていた。
不審に思いつつも出た電話の相手は表示通り『朝倉涼子』で電話の内容はこんな感じだった…
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「あっキョン君。一人エッチしようとしてたらかけ直すけど、大丈夫。」
「朝倉ぁ…イタ電なら切るぞ(怒)」
「可愛い冗談じゃない。分かりなさいよ。」
「可愛くもないし、分かりたくもない、ただのエロオヤジなだけだ。ってかキャラ変わってないか、お前?…何の用事なんだよ。」
「明日のお弁当のことなんだけど。」
「弁当がどうした。」
「要らないから。」
「は?!」
「持って来なくていいから。」
「意味が分からないぞ。」
「意味なんてそのままよ。『弁当持ってくるな』以上!じゃぁね。(ブチッ!)」
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こんなふうに、朝倉はハルヒばりの電話を寄こしてきたのだった。
素直で律義な俺は母親に弁当をキャンセルし、弁当も無く腹を減らして、今ここにいるのだ。
「そうだっけ?」
「朝倉、お・ま・え・なぁ~…って、ちょっと待て。お前のその手に持っている包みは何なんだ?」
「お弁当。」
朝倉は、きょとんとした表情で『これは今から私が食べるお弁当ですが、何か不都合でもありますでしょうか?』ってな感じで平然と言ってのけた。
「お前は本気で俺と喧嘩がしたいみたいだな。」
「キューピットの朝倉涼子ちゃんが、喧嘩なんてしたいわけないじゃない。」
もう、開いた口が塞がらねーよ。自分でキューピットって普通言えるかね。それにお前はキューピットじゃないキラーだ!
朝倉を相手にしても時間の無駄だし、怒る気力と体力も今は勿体ない。もう学食で何か食ってこよう。
ハルヒはいないが、どうやらこの言葉は健在のようだ。
『忌々しい、あぁ忌々しい、忌々しい。』
俺は学食で腹の虫を黙らせようと席を立つと、教室後方出入り口らか国木田が俺を呼ぶ声がした。
「キョン。隣の組の長門さんが用事があるみたいだよ。」
『ナイス・タイミング、長門さん。』この時、朝倉はきっとこんなふうに心で叫んでいただろう。
「珍しいな長門。ってか、訪ねて来るのは初めてか。どうした?」
「あの…お弁当…」
「あぁ昼飯か。今日は俺持ってきて無くてさ、仕方ないから今から学食にでも行こうかと思ってたところだよ。長門も一緒に行くか?」
「その…これ、よかったら。」
そう言って、少し震える手で俺の目の前に青いハンカチに包まれた四角い物が差し出された。
「美味しくないかもしれないけど…よかったら、食べて。」
後ろを振り返ると、朝倉がウインクしてきやがった。すまん朝倉、確かにお前はキューピットだったようだ…今だけは。
「これ、貰っていいのか?長門。」
「いい。」
長門のお手製弁当を食わず、学食へ行くバカがこの世にいるだろうか。
俺はどんなに美味い食事が用意されていようが長門の弁当の方を選ぶね。
「長門、ありがとう。」
長門の差し出してくれた弁当を俺は両手で有り難く受け取った。
だが、ここで一つ問題がある。それは俺と長門を取り囲むように5組と6組の生徒で輪ができ、それぞれがヒソヒソと話をしている。
ヒソヒソ話と言っても悪口や陰口ではなく、ちょっとした冷かしと言ったところだ。
しかし悪口じゃないからといって、この状況で普通に弁当を食うという図太い神経を俺は持っちゃいない。
「長門…お前は弁当食ったのか?」
「…まだ。」
「それじゃ、落ち着ける場所で一緒に食べようか…」
「…うん。」
長門が教室へ自分の弁当を取りに戻るとクラスの女生徒から「頑張って、長門さん」とか「有希ちゃんファイト」とか言われて耳を真っ赤にして小走りに出てきた。