弘前公園を1時半ごろに出て、国道131号線を南下。

 

「八幡平」の道路標識だけを頼りにやみくもに走った。

 

そもそも「八幡平」について知識はゼロ。

 

よほど素晴らしいところだろうと勝手に想像を膨らませていた。

 

こんな風景を想像してましたね~

 

どころが現実は・・・・・

 

 

 

 

ほんとにここが?

 

 

 

 

 

いつのまにか下っていました。

 

 

 

地熱発電所らしい。

 

 

スノーシェルター

 

 

 

 

なにがなんだかわからないままに麓に・・・

 

一台も車に出会わなかったな~

 

がっかりして使うつもりのなかった高速道路を使う。

 

「松尾八幡平インター」から「北上江釣子インター」まで約70キロほど東北自動車道を走る。

 

そこから西へ秋田の由利本荘市へ向かう。

 

途中お風呂の看板が見えたので入っていくことに。

 

家を出て二度目の風呂。

 

 

8時半で終わるからというので8時15分に出た。客は誰もいなかった。

 

今日は近くの道の駅で野宿とする。

 

11月7日(火) 4時、寒さで目が覚める。気温は5度。

 

ショウガ湯を飲む。

 

今回は寒くなると思って毛布を持参。シュラフの上から掛けている。

 

折り畳みのリクライニングチェアは数十年前に景品でもらったもの。

 

すべての旅のお供をしてくれる。

 

最近少しずつ修理しながら使っている。

あまりに寒いので車の中でラーメンを作る。

 

6時過ぎ出発。千秋公園へ。

千秋公園は、慶長7年(1602年)から、明治2年(1869年)の版籍奉還まで、12代267年間続いた秋田藩20万石佐竹氏の居城、久保田城跡です。
 常陸から国替えとなった初代秋田藩主佐竹義宣が、慶長8年に自然の台地を利用して築城したもので、石垣や天守閣を持たない平山城であったことが特徴です。
 明治29年(1896年)に近代公園設計の先駆者で祖庭ともいわれる長岡安平の設計により公園として整備され、秋田県出身の漢学者狩野良知が千秋公園(当時は「千秋園」)と命名しました。その由来は、秋田の「秋」に長久の意の「千」を冠し、長い繁栄を祈ったものといわれています。
 昭和59年(1984年)佐竹氏15代故義榮氏の遺志によって秋田市に寄贈されました。(秋田市のHPより)

 

公園の周りをぐるぐる回れど駐車場はなし。

 

ゴミ出しの人に聞いたら その辺に停めたらと言うのでそうした。

 

 

御隅櫓・・・市制100年を記念して建てられたらしい。

 

立派な公園の割には駐車場もないし、園内の案内看板もない。

 

それに・・・普通朝の時間は高齢者の散歩が多いはずなのに、それもいない。

 

ほんとに市民に愛されてるのかな

 

茶屋の址らしいが、こんなものを立てさせると後が面倒になる。

 

 

佐竹公の像

 

表門

 

 

 

秋田八幡神社・・・どんないわれでここにあるのか

 

 

これは完全に民家じゃないの? 神社の横にあったけど・・・

 

これも茶屋の址ですね。壊せばいいのに

 

古城公園にも似たようなのがあったけど、緑化フェアのときに補償金をだして外にだした。

 

季節外れの菖蒲が・・・

 

公園区域との境があいまい。

 

下に大きな駐車場があったけど、どっかの職員Pらしい。

 

それに公園のすぐ下に民家があるけど、おかしいんじゃない?

 

なんかすっきりしない公園でした。