吉凶の捉え方(お店日記横流し) | ま る ご と 食 堂

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さっき、勉強がてら自分の吉凶の時期を検証してみました。命術は東西問わず、どれも時期読みが出来るので、勉強がてら過去を検証するにはもってこいのツールですね。ちなみに今回私が検証したのはインド占星術です。インド占星術は容赦なくチャートにも時期にも吉凶が出るので、身も蓋もなくて清々しいです。さらに言うなら、現れる吉凶は全部過去の自分の行いのせいって言う世界観に基づいてるので、もはや受け入れるしかなくて、そこもまた残酷で痛快です。

 

で、時期読みの検証です。ダシャー(120年分の時期表)と自分の吉の時期と凶の時期を見比べてみました。私の場合、確かに吉期は穏やかに時は流れたかもしれませんが、なんと言いますか、自分で決めなくても、ベルトコンベアに乗せられた荷物みたいに物事が動いていくので、決まった立場から変化したくても変化しづらいような印象でした。もっと目指したい世界があるのに「君はずっとそこにいて好きにしてていいからね。」と稼ぎの良い優しい旦那に、守られてる感じというか(私にその例えはどうなんだ?と言うのは、この際ちょっと置いといて)。そうなるとゆとりがある分、かえってゆとりの時間は建設的でない妄想や不満を膨らますことに使ってしまうこともありました。それに非現実的な可能性や希望に思いを馳せたりもして、なんか当事者意識が薄かったような気がします。(あ、物理的には儲かってました。確かにそこは吉だった!)

 

反対に凶の時期を検証すると、やはりハードで大変だったかもな。その時はどうしても現実に向き合わざるを得ないので、つべこべ言わず目の前のことを自分で決めて自分でやるしかない、という状況でしたね。例えるなら、身内が亡くなった直後って、ゆっくり悲しんでいる暇はなく、すぐさまお通夜やお葬式などの準備に取り掛からないとならないじゃないですか。式が終わってもしばらくは、遺産整理とか目の前にやるべきことが山ほどあって、次々決断して動かなきゃならない。ちょっと極端な例えでしたが、凶の時期ってのは、そんなふうにある意味、動かざるを得ない時期かもしれません。まぁイベント(出来事)があると、自分の内側に籠ってられないという点では心が置き去りになるし肉体も酷使するし、そこから心身が悪化することもあるので、やはり凶なのでしょうが。。。

 

ただ、これも私の場合ですが、過去を振り返ると、意外と凶の時期の方がトンデモなネタが多くて味わい深いというか、今となっては失敗談として何かの機会に話せるし、時にはそれが他者の役に立つこともあるので、さほど悪くないと言える、今ならば。まあ、もっと歳を重ねたら、それこそ取り返しがつかない話にもなりますけども。。。(そして来世に繋がる…)

 

ちなみに今の私のダシャーは、凶の時期真っ最中ですが、キツイですけど割と面白いです。中庸が楽しめない、ドラマチックが好きなタイプの人間には、吉凶は逆の印象で捉えてしまうのかもしれません。人間修行がまたまだ足りません。(maru)