すっきりごきげんに生きる、わたしとあなたへ
  • 13Oct
    • 占いひとつにあれこれ突っかかるワタシ。

      昨日、こんな話を書いた。記事にも書いた通り、めっちゃふーんに限らず、占いで「あなたはこういうタイプ」とか決めつけるのも嫌い。でも、占いについて面白いと思うこともある。だいたい、私、最近オラクルカードやってんだよね~。めっちゃ占いじゃん(笑)あと、星ダイアリー(手帳)も持ってる。これも星占いだヨ。「可能性を狭める感じ」が嫌なので、どっちかっていうと、解釈が幅広く、要素が多いものについて面白いと思う傾向はあるんだけど。以前は、私は占いそのものが嫌いなんだと思ってた。で、こんなの信じるなんてバカ。単純すぎ。アタマ悪すぎ。お星様に言われたとおりに動くのかよ。とかバッサリ。(笑)言わないけど思ってた。いや、言ってたかも。(ひどいな)でも、面白いと思う自分もいて、そこで葛藤があった。自分がくだらないと判断したものに対して自分が面白くも感じていることについて。矛盾してる!!って。笑える。完全にひとり相撲だ。まぁでもまず、「人を決めつけるようなところがある占いが嫌い」っていうのが、「私は占いが嫌い」って、拡大解釈されていたなぁ、と思う。それを、占いのなかの、人をタイプ分けして決めつけるような要素が嫌い。そうじゃなければ面白く感じる。という具合に、分けて考えられるようになったら、占いすべてに対して反応する必要がなくなったし、自分が占いをやっても平気になった。でもこんな微差?人には分からないしどうでもいいから、「占い嫌いって言ってたのに自分はやってるの~?」とか「昔は占い嫌いだったのに、変わったね~」とか言われると、ムッとしたり、クドクド説明したくなる。まぁそれは、実際まだ占いの一部が嫌いだからなんだろうね。例の、決めつけ要素がね。「は? まだ一部の占いは嫌いだけど」「は? 変わってないけど」ってことだからな。「そ~なの~。 嫌いじゃなくなったの、占い~(てへ)」って、言えればいい話なのに。占いひとつで、こんなにつっかかる私。過去の私と接するにあたっては、「占い」はNGワードだったかもしれないなぁ。そういうのって、自分も生きにくいし周囲もメンドクサイ。だって占い面白そうだな~って思ってるのにできなかったり、「らしくない」とか言われるのが嫌で見てもらえなかったり、それじゃぁつまんないよなぁ。嫌いなものをよく見てみる、っていうのはいいかもしんないな。おわり。次こそ、内観したことを書く。かも。

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  • 12Oct
    • 「めっちゃ族ふーん族」論にムカつくんですけどなんでかな。

      心屋さんの「めっちゃ族とふーん族」の話。https://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12403218784.htmlこれね、私、ムカつくんですよ(笑)ハイ出た! 決めつけ~人を二つのタイプに分けてわかった気になって安心するやつ~って感じに思います。これ、心塾でクリアリングしたいな~と思って、仲間内のSNSでもそう宣言した。けど、けっこういろんなことと繋がる観念がありそうで、そこからさらにいろいろ考えて、あるところまでは自分で考えられた!はー。なんかもういいかな、と思いましたが、最後にばんちゃんが「言わなくていいの?」と・・・・・・いや、言ったほうがいいです(笑)というわけで、クリアリングしました。(ばんちゃんありがとう)---私ふーん族とめっちゃ族とか、人をタイプに分けるのがムカつく。どっちの場合だってある。分ける意味がわからない。ほかにも、占いとかを引いて私ってこういうタイプなの~、とか、あの人が〇〇なのはB型だからなのね!とかいう決めつけもムカつく。外から決めつけられる感じが嫌。自分の可能性を閉じてる感じがして嫌。---ばんちゃんふーん族めっちゃ族は、自分はこうだから相手もこうだろう、と思い込むことによって生まれる相手を責める気持ちや思い通りにならないイライラなどを世の中には違う人種がいるんだ、たとえば「ふーん」と「めっちゃ」族、みたいに考えることで、過度に期待したりイライラしなくて済むようにするために心屋さんが提示しているもの。だから、決めつけられているわけではない。可能性を閉じられているわけではない。なのにそう感じてしまう自分がいる。それは過剰反応。過剰に反応してしまうのはなぜなのか?それを内観しよう。---心屋さんがなんのためにその論を出しているのか、ってとこは全然考えてなかったな~。思い込みや決めつけを外すために出してる論に対して「決めつけんなや!」と言っていたわけだ。ちょっと前に心屋さんが虐待関係で炎上したときは、「言葉足らずとは思うが、言いたいことはわかる」とまで思えたのに、めっちゃふーんみたいな、ちょっとしたお楽しみ話題を提供できそうな感じのどーでもよさげな話につっかかるという(笑)笑えるな、私。内観はしたので、また続きを書く・・・かも。

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  • 07Oct
    • お片づけに興味がある方へ

      メインブログ更新のお知らせ。片づけに関する記事2つ。片づけで人生は変わるのか?本当に困っていないのなら片づけなくてもいいのではないか。簡単にいうと、ガチで片づけると人生は変わるけど、その覚悟はあるのかい?あなたの人生、片づけなんかにつかっちゃって本当にいいのかい?ってことです。

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  • 23Sep
    • 自分にとってラクなことは何か考えてみよう。

      人って根本的に楽しいことと、ラクなことを求めているのかなぁ、とふと思った。で、楽しいことを求めるとけっこう、ラクじゃないこともあったりして、そこでラクを求めると、楽しくなくてラクを選んでるだけになり、もやっとした、ふわっとした、イラっとした人生になっていく。基本的に、ラクに生きられることは良いと思うのだが、「ラク」っていうのは種類があり、何かあったときにラクにやれるか?逃げてラクになるか?まーそのどっちかなのかなぁ?「ラクにやれること」っていうのはその人の個性でもある。別に楽しくなくてもラクにできることってあるよね。私だったら、デジタル系の作業とかかな。好きじゃないから突き詰めないけど、拒否感なくできるほうだと思う。そういうのは、うまくいけば仕事に活かせたりするから、いい「ラク」だな。「逃げてラクになる」っていうのは課題から逃げてラクになること。まぁ具体的には人それぞれで、ひとりでいるのがラク~っていうのは、人と関わりたいんだけどうまくいかないからだったらひとりのほうがラク、てことも考えられる。だとしたら、人と関わることから逃げてラクになってる。ゲームとか、ある意味仕事とかも、純粋に楽しくてやっているというよりは、何か嫌なことから逃げてやってる場合もある。逃げるのが悪いわけじゃないが、逃げてばっかりいると、逃げの行動で忙しくなり本当に欲しかったものが手に入らなかったり、結局幸せになれなかったりするのではないか。その「ラク」が、「ラクにやれる」なのか「逃げてラクになる」なのか分かっておいたほうがいいなぁ、と思った。で、「ラクにやれる」行動も、もしかしたら「逃げてラクになる」ためにやっているときがあるうかもしれない。あと、逃げてラクになるよりは、ラクにやれる行動を増やしたほうが、逃げる必要がなくなるかもしれない。人と関わるのが苦手からの「ひとりがラク」な場合、人と関わるのをラクにできるようになるといいよね。そのためには、本当は自分が何を求めているのかを知ったり、認めたりする必要もある。そこに「楽しい」が加われば、最強な気がする。自分にとってどんなことが「ラク」なのか?まずは一度考えてみよう。

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  • 21Sep
    • ネガティブな感情を持ったときはどう自己開示すればいいのだろう

      心塾の最初に、塾生同士でやる「クリアリング」という自己開示の時間がある。まぁなに喋ってもいいんだけど、だいたい前回からあったことなどを話していた。だけどふと、「今ここの気持ちを開示する」という自己開示をやっていたのだろうか?という気持ちになり、「今ここ」の開示からやってみた。そんなわけで最近思うのは、「今ここの自己開示」不足。今、感じていることを伝えていない。かも?とくにネガティブなこと。相手の言動へのモヤり。え、ちょっと待ってそれひっかかる。みたいなこと。私は会話の中であまり「今ここ」を開示しないから、だから会話が続かないのか? と思った。これは日常生活でもそうだなと。ネガティブなことだととくに相手を否定してると思われたり、攻撃していると思われたりするのでは?というのがあって言わないわけだけれど。うんうん、これは私の観念。「思ったことを率直に言うと攻撃したと思われて嫌われる」「それに対するフィードバックもないまま相手が無言で離れていく」言い方の問題もあろう。どこにフォーカスして発言するか、が大事かも。愛として話すとか。いやいや、ちょっと難しいな。でもこれっていつもぶつかる壁のひとつだな。ネガティブな感情を持ったときはどう自己開示すればいいのだろう?なんかごちゃってます。テキスト読み返そ・・・

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  • 17Sep
    • 他人の価値基準に合わせていくことの不毛さ

      前回、金メダリストでさえ、金メダルで得る喜びは一瞬、って話をしました。一流の人ほど、ルールが不利に変更されても「自分にできることをやるだけっす」って言うよね~、きっと。一流のアスリートが外部価値の権化である金メダルを目指して、ルール変更されて不利になってもめげずやれるのは、まず基本に「自分を喜ばすためにその競技をやってる」ってのがあるからじゃないかねぇ。「行くからには金を!」とか言ってオリンピックに出てますけどね。あれだけの大会にいっぱい出てるからそんな自信もつくんだよね~とか一般ぴーぽーは思うかもしれないけどね。そのベースには金メダル取れない自分でもOK!って思ってる段階があるんですよたぶん。そのうえで、まず自分を喜ばすために競技をやってる。どんなんか知らんけど、・純粋にその競技が楽しい とか・競技を通して成長したい とか・〇〇さんみたいなスゴいプレーをしてみたい とか・スゴいプレーに近づく自分を体験してみたい とかまぁその延長で「金メダルを取った自分」を体験してみたい とか設定するのかな?自分を喜ばすためにやっていたら、いつのまにかそれが他人の夢にもなっていた。だから、みんなの期待に応えようとするのは、溢れた夢を周囲におすそ分けする感じ。応援してくれるのは嬉しいしね。(まぁ、そんな軽いノリを許さない 日本の競技スポーツの雰囲気とかが 私は嫌いなんですけど。 歯食いしばって、殴られてまで 勝利を目指すスポーツとか、意味わからん)で、これでもし「メダル取れない自分でもOK」って段階がなかったらどうなると思います?最近で一番わかりやすいのはキヨハラですかね。キヨハラってきっと、「俺は野球で活躍できなければ存在価値ない」って、思ってたんだろうなぁ。それじゃあどんなに成功してたって、かげりが出たら、ボロボロボロっ、と崩れてしまう。「ジャイアンツに入りたい」ってこだわりとかねぇ。まぁそれで西武に入ったとこはいいけど、いつまでーも巨人にこだわるとか?何が目的なん。巨人に自分を欲しがらせることが目的かい。その巨人って、なに、そんなに価値あんの?私からすれば、プロ野球そのものに価値を感じないんだけど。そんなことに人生使うなんてバカバカしいって早く気付け。巨人に欲しがられない俺でもOK!っていうか野球がなくたって、俺は、いていい。メンタル弱くたって、俺は、いていい。って思ってたら、人生全然違ったんじゃないかなぁ・・・もっと広い目で見てみてくださいよ。私のようにスポーツなんか基本どうでもいい人も世の中には多数おり、キヨハラが巨人だろうが西武だろうが、打てようが打てまいが、番長だろうがヘタレだろうが、どうでもいい。ていうか野球選手なんかクワタだろうがキヨハラだろうがどっちだっていいわ!って人も多数おるわけですよ。もーそんな人たちにとっては、球界にキヨハラがいたっていなくたって、最初からどっちだっていいんですよ。夏の甲子園でどんなに高校生が命削って頑張ってても、観やしないんですよ。どこが勝ったとか注目選手とか、まるで興味ないし知らないし、知る気もないんですよ。ねぇ。だからって、あなたの価値って損なわれるんですかね???他人の価値基準によって、あなたの価値ってなんか変わるんですか?変わるんだとしたら、あなたのことなんかマジどうでもいい人なんて、キヨハラクラスでも世の中にゴマンといますけどどうします?ひとりひとり潰していく、不毛なことにエネルギーを使いますか?そこまでして他人の基準で生きることを採用しますか?もう一回言います。あなたは、誰のために生きてるんですか?人のためになる、人を喜ばせる、人を楽しませる仕事をする前にあなたはあなた自身を認め、あなたはあなた自身のためになり、あなたはあなた自身を喜ばせているんですか?

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  • 16Sep
    • 誰かにとっての存在価値がなくても、いていい

      前回、相手に認めてもらえなくてもいていい、ということを書きました。結局ね。誰かの評価によって自分の存在価値が上がったり下がったりするのって、しんどいんですよ。つきあう人によって変わるし、場によって変わるし。上手くいったとしても、その相手がいなくなる場合だってあるし、相手の心が変わる場合もある。誰かの評価を基準にした時点で、「認めてくれ!」というあがきが始まり、認めてもらえた途端に「この状況が変わってしまうかも」という不安が襲ってくる。幸せを感じたくて、認めてもらおうとしたはずなのに、幸せな時間がほとんどないじゃないですか、これじゃ。認めてもらった瞬間しか、幸せを感じられない。幸せを感じるために、そんな不毛なことばっかり繰り返しますか?誰だか忘れたけどスケートの金メダリストだったかな。(スポーツに興味がないので、うろ覚え)メダルを取った瞬間は嬉しかったけど、その喜びは続かない。また次の目標が出てくる。的なことを言っていました。なんか向上心があってかっこよさげに見えるけど、まさにこれやん。金メダル取ったって、喜びは一瞬で去るんですよ。金メダルなんて結局、審判員の人々による評価の多数決ですよね。自分の評価じゃない。で、たまにルールが変わったりして、トップだった人が不利になったりして。それに怒ったりしているわけですけど。 まぁ怒るのは外野の人々が多いでしょうけどね。 ホンモノのアスリートは 「自分のやれることをやるだけっす」って言うよね スポーツ嫌いなんで、イメージだけど(笑)外部の要因によって上がったり下がったりする存在価値なんて、最初からないも同然だと思ったほうがラク。相手が認めたって認めなくたって、私はいていい。誰かにとっての存在価値がなくても、私はいていい。「この私」にとって、 楽しいことを体験したり、 おいしいものを味わったり、 知らなかったことを知れたり、 うきうきワクワクしたり、そういうことを体験できる可能性がある、この私という身体を持った存在は、すんごい価値があるよな~。私って存在は、私にとって価値があるんだよ。だから、もっと大事にして、楽しいことを味わったり、ニコニコ笑顔でいられる時間を増やしてあげるだけで私は私に感謝してくれると思う。私が私に「もっともっといて~!」って言ってくると思う。誰のために生きてるんですか?人のためになる仕事、人を喜ばせる仕事をする前にあなたはあなた自身のためになり、あなたはあなた自身を喜ばせているんですか?

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  • 15Sep
    • 正しさで打ち負かさない

      夫婦のコミュニケーションでありがちなこと。自分の正しさを主張して、相手に認めさせようとすること。それは「相手に認めてもらわないと居場所がない」という思い込みからくる。この主張のし合いになると、夫婦関係は悪くなる。ある時点でどちらかがどちらかを打ち負かしてしまうと、負かされたほうは暴力という手段に出たりする。そんなしくみを聞きながら、これは夫婦に限らず言えることだな、とも思った。さて、「相手に認めてもらわないと居場所がない」というのは、夫婦間ではよくあることだろうなぁ。自信のない人が、相手から好かれることで、自信を持ちたいとか思ったり。好きだ、結婚してほしい、と言われ、そう思われ続けることで自分の居場所になると思ったり。そういう感じで結婚する人って・・・多いんじゃないかな。いや、多いのかな? わかんない(笑) ←テキトーとりあえず、私の過去の恋愛のなかでは、そういうことはあったし、それが強ければ強いほど必死になる、というのはわかる。それを「相手がどうであっても、私には居場所はある」に変える。私の正しさを相手に認めてもらわなくても、私はいていい。仮に私の「正しさ」が、相手のためになると思うことでも。私は、いていい。いていいんですよ!

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  • 06Sep
    • ”「お金がなくてできなかった」と思ってたことについて考える”

      続き。確かに当時、留学できるようなお金はなかった。演劇をやっていたのであまりいいバイトができず、リゾートバイトとか、やりたかったけどできなかった。(稽古があったりするので長期で外せない)演劇するにはお金もかかったしね。でもねー。この演劇。続けていたのは、執着に近かったような気もする。「これがなくなったら、私は存在意義がなくなる」に近い思い込み。実際、大学3年で、就職活動のため、演劇活動はやめた。(でも迷ってはいた)4年の時は、留年することに決めたので、時給のいいバイトをほぼ毎日入れて、5年目の学費は自分で払った。留学したら、留年してしまうのも怖かった。大学の特別講座で英会話をやろうにも、英語力が低いのがバレるのも怖かった。海外にひとりで行くのも怖かった。寮生活とか、ホームステイとか、人とうまくやっていけるか、コミュニケーション取れるか、自信がなかった。それだけたくさんのお金を使って、仕事につながらないのも怖かった。結局留年したし、年間バイトで100万円近く稼いだし、お金の意味では、たぶん大丈夫だったんだろうなぁ。自分の変なプライド。演劇という、それまでやってきたこと、お金(と時間)をかけてきたことについて改めて考えて手放す選択ができないこと。(執着)それを隠すための「お金がない」だったな。演劇を整理すれば、金銭的、時間的にも、もっといろんなことができたと思う。まぁそれは今となってはの話なので、後悔ではないけど。---実際、お金があるとないとだったら、ある人のほうが有利だと思う。お金のある家に育った人のほうが有利。でもそれを思うのは、私が「お金がない」ほうを経験したからであって、実際、お金がある人にとっては、あんまり関係ないしわからないんだろうなぁ。いま現在、お金がなくて、やりたいことができないとか、生きたいように生きられない、と相談を受けたら。私はあまり、うまく答えられないと思う。なので今回、このテーマで考えてみた。考えてみて言えそうだなと思ったのは、・今、惰性でお金をかけていることはありませんか?・働けないとしたら、働けないのはなぜだろう?・やりたいことをする、生きたいように生きるために、働く、と考えたら、働くにあたっての壁は乗り越えられそうでしょうか?もっとお金以外のこと(私の例でいうなら「実現したら怖い」こと)にフォーカスする必要もあるだろうけど、まぁまずはこんなところだなぁ。

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  • 05Sep
    • ”グッピー扱いしてると人はグッピーになる。”

      うわー。そっか、グッピー扱いしてるのか。まあ思い当たるフシはあるな。(私の場合は、私が、親に対して、です)んー。根が深いな。すぐに変えられない。まずはご機嫌ノートを書こう。ビリーフがわんさか出てくるよコレ。そして書きかけのお金の話ともリンクするな。お金の話、続き書けるかなぁ…

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    • 「お金がなくてできなかった」と思ってたことについて考える

      留学したかった。でも、できなかった。何故なら、お金がなかったから。---これは何がどうなったって、「お金がなかったせいだ」と思っていた。実際に、私にも、家にも、そのお金はなかった。親も、貸してくれたかもしれないけど、本気度を示すように言われただろうな。英語を使う仕事に就く決意を見せろ!!ぐらいの。(まー実際どうかはわからんけど、 そのぐらいの決意を示さないと 親にカネ出してもらうのは悪いと思ってた)自分で借金する方法もあったけど、そうするといろんなことを犠牲にしなければならなかった。実際、初任給25万円以上の会社に入れないと借金(奨学金等)を返すのは難しい感じだった。そういう、自分を制限するようなことと引き換えにしても行きたいか?っていうとそこまでの決意はできなかった。実際、そんな悲壮な決意なんかしないでもカネがあって留学できた人はいたし、私が留学できないのは絶対にカネのせいだ、と思っていた。時間がないので、つづく。(笑)

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  • 02Sep
    • 自己発見の心理学

      前回紹介した「自己発見の心理学」から引用。↓上機嫌な私を生きる◎つばめ@tsubame_go 自分が幸福でないときは人が幸福になると羨ましくて、共に喜べない。これが人生の事実のようである。それゆえ現在不幸な人は気兼ねなく自分はどうしたら幸福になれるかを工夫することである。人へのサービスは当分拒否して自分や自分の家族へのサービスに専念した方が人間的である。ー自己発見の心理学2018年09月02日 05:50 〈自己発見〉の心理学 (講談社現代新書) 799円 Amazon いや、この本ほんとすごい(笑)1991年に出された本だから・・・30年近く前だなぁ。私、中学生だなぁ。こういう論理って、当時どう受け止められてたのかな?新書で出てるから、それなりの新しい理論だったのか?「人のことあれこれ世話を焼く前に自分のことをやれ」というニュアンスのことは、小さい頃から言われていた気がするけど、ある意味、そういうことだよな。私も、上記の140文字で切り取っちゃったけど、本では当然、ここに至る論もあるわけですよ。そこを知ってほしいと思うから、本を紹介するんだよ。なんていうか、そこに至る考え方とかも含めて説明されてればいいけど、諸々はしょって、表面的な言葉だけが与えられて、結局、「結論」については知っているけど、本当には理解していない、っていうことが、小さい頃から多かった気がする。まぁ子どもなんてそんなもんだろうが。今、あちこちで聞くいろんな「論」についても同じようなことが言える。みんな、結論が好き。それぞれの受け取り方が違う中で結論だけが独り歩きする。その結論は確かにそうなんだけど、前提とかその前の話の流れがあり、すべてのことに適用できるものではない。例えば「虐待は、してはいけない」というのは、確かにそうで、誰も否定しないだろう。でも、現に虐待をしている人に対してそれを厳しく言っても虐待はなくならないだろうし、虐待がなくならなければ社会は良くならないだろう。そうすると、「虐待はしてはいけない」と強く言い続けることが、社会のためにならない、ということも、一つの結論としては言えてしまう。それでも「虐待は悪」と言い続けるのもよい。別のアプローチで虐待する人を救うための発言をするのもよい。その方法が、その人が社会とどうかかわるか、という姿勢の表れなだけで。フェーズが違うから同列で語れないのだ。世の中は、多数のビリーフと、フェーズの違いによって、ごちゃごちゃになっているような気がする。それで、簡単でラクなとこだけ信じちゃう。自分の見方や行動を変えなくていいことだけを。分かりやすい結論だけ強く主張するのも実は同じ。それは、簡単にラクに生きたいから。どっからどう見ても正論みたいな結論ばっかりを信じてそれに基づいて行動すれば、自分で考えなくても幸せになれると思っちゃってるから。何が言いたいかって、よくわかんなくなっちゃったけど、もっと背景とか、前提とかを知ったほうがいいんじゃないか?てことになるのかなぁ?知らなかったら発言してはいけない、というわけではないが、もう少し、自分の頭で考えようよ、という話かな。そのためには、自分がどんなビリーフを持って生きてるのか、一見正しそうに見えるビリーフの危険さなど、知れるといいよね。とにかくおすすめです。安いでしょ?800円でいろんなビリーフを知って、書き換えられるんだぜぇ。 〈自己発見〉の心理学 (講談社現代新書) 799円 Amazon

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  • 01Sep
    • 今読んでいる本

      今読んでいる本。 自己発見の心理学 〈自己発見〉の心理学 (講談社現代新書) 799円 Amazon 論理療法に関するもの。面白い。 いろんなビリーフの例が出てくる。 自信を育てる心理学 自信を育てる心理学 「自己評価」入門 1,944円 Amazon これすごい。 メインブログで紹介しようと思ってるけど、これはいい。 ワークがあるんだけど、 自己肯定感が低い人は、やるとすごくいいと思う。積読本がいっぱいで困っている。今読みたい待機中の本は、 ヒプノセラピー 1 論理療法 2 リアリティセラピー(選択理論) 3 ユング系 3 心塾課題図書 いっぱい終わんない・・・私は本を読むのが苦手で、なかなか読了できないという劣等感があった。いま、基本的には本はkindleで買って、音声読み上げで読むことにしてるんだけど、古い本でkindleがないのも多くて、なかなか難しいなぁ~。速読できるようになりたい・・・

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  • 31Aug
    • 親と同じことをしたい

      この話、パート1からとても面白いんだけど、それとは別の話で。ばんちゃんと高校生の息子さんの話を引用。 おもしろいなと思うのは 彼の前で 僕が 本を読んだり ノートを書いたり すると 彼は勉強を始めます。 そして 彼の前で スマホを触り始めると 彼も スマホを触り始めます。 僕がテレビを見始めると 彼はYOUTUBEを見始めます。いや、ほんとコレ。うちの子は、私がスマホやPC作業をやり始めると、テレビを見たがる。本を読むと、本で遊びたがる(2歳のほう)お菓子を食べると、食べたがる。基本的には、同じことをしたいよね。考えてみれば当たり前だ。で、もうしばらく、子どもがテレビを見たがることが多すぎて困っているんだけど、それって私や夫が、スマホやPCを触っていることが多いからだな、と。PC、スマホは、必ずしもネットサーフィンしているわけではなく、仕事をしたりブログを書いたり、新聞を読んだり、本を読んだりにも使っているので、難しいんだけど、子どもにテレビを控えてほしいなら、PCやスマホでやってることでも、そうではない方法、ノートに書いたり、紙媒体のものを読んだり、するのも考えたほうがいいな、と思った。

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  • 28Aug
    • 幸せセンサーが壊れた話

      ここのところ、無料セッションやら諸々で、人と会うこと、話すことが続いている。ふと気づいた。以前だったら、こんなに続けて人と会うとぐったりしていた。友達と会う約束をしても、だんだん行きたくなくなってきて、会ったら会ったで楽しいことはわかっているのにとにかく直前が憂鬱だったりした。それが、気づいたらそうでもなくなってた。私は共感性が高いらしく、それはカウンセラー向けの資質ではるが、ネガティブな話を聞かされると影響されやすくもありセッションをしたらしんどくなるのでは、と少し心配していた。セッションでは、お悩みを聞いたりもする。確かにつらい話もあったり、そうすると私も涙が出てきたりもするんだけど、それにつられて落ち込んだりすることは全然なかった。そもそも、セッションでうまく話ができなくても、落ち込まないし、自己嫌悪になったりしない。何なんだこれ。さらに。昨日は京都で、学生時代の友人で久々に集まった。子どもたちもいたりして、とっても楽しかった。楽しかった。いや、確かに楽しかったんだけど。帰りの新幹線の中で、ものすごい幸福感に襲われ、戸惑った。いやいや、確かに楽しかったけど!?こんなに幸せ感じることなのか!?って。幸せセンサーがぶっ壊れたんじゃないか!?ってほどの、謎の幸福感。なんだこれ!どうした私!とびっくり。なんだ私。こんなに愛されてた。こんなに世界に受け入れられてんの。なんだこれ!!!愛!!!!すげー愛されてたんじゃん!うぎゃーーー!ありがとう!ありがとうすぎる、みんな!!みたいな。(笑)人と会い続けたら、疲れるどころか、幸せを感じられるようになった。これってすごい。すごい変化。いつの間に変わったんだろう?でもねー。なんかねー。よかった。

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  • 26Aug
    • 子どもの成長、私の成長?

      5歳(年長)の息子。最近、歯が抜けた。補助輪を外した自転車に乗れるようになった。成長がすごい。とくにここのところの成長がスゴイと思う。そして、最近すごくかわいい。いや、前からかわいいんだけど、甘えておんぶだだっこだと言ったり、妹を押しのけてひっついてきたり、あれは嫌、これがいいと駄々こねたり、ついてきてほしくないのについてきたがったり、ギャーギャー泣いたり、そういう、以前はイラっとしたような気がすることが、すごくかわいいな、と思うようになった。子育ての態度に関しては前からいろいろ考えてて、本を読んだりはしていた。で、今年のテーマは「ラブラブ家族」だった。そのなかで、夏前から、とくに子どもに対してコミュニケーションの取り組みをしていて、そこからの変化が大きかったな、と思う。もちろん、今でも怒って怒鳴ってしまうことはある。でも、それをいきなり完全になくすというのも、無理な話だよなぁ、とも、いまは思う。だってこっちにだって感情があるし。イライラしているときもある。子どもには悪気がなくてもこっちは「マジでやめて」ってこともある。正当化するわけではないが・・・あー、強く言いすぎた。いまのは半分以上八つ当たりだった。と思ったら、あとから子どもに謝る。もうストレートに「ごめん。お母さん怒りすぎたね」「強く言いすぎたね」「怖く言ってごめんね」って。今できるのはそれ。「また今日もやってしまった」「頑張っているけどできない」「私にはやるだけ無駄なのかもしれない」とかグルグル考えているよりも、「申し訳なかった」って子どもに伝えてフォローすることに時間と心を使ったほうがいいな、と。  そんなことを思う今日この頃。ラブーなふたり。

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  • 23Aug
    • 私にだって好みがあることを認める。

      心塾の課題で、100人セッション実施中!とはいえ、まだ大っぴらに募集していません。親しい友達、塾生仲間、朝活サロンの仲間。まだその程度です。その程度であるにしても、自分がこの課題に取り組むとは・・・それ自体が驚きなのだった。だって人と話すのが苦手。先日の交換セッションでも「人と親しくなれない気がする」という話を聞いてもらった。何を話せば親しくなれるのかと。いろいろ聞いてくる人に応えるのはいいんだけど、こちらから聞くというのがすごーく苦手。こうやってブログなど文章で一方的に書くのは得意。でも、例えばそのあとのコメントとかのやりとりが苦手。距離の詰め方というか?そういえば、大学時代、フランス語の授業で知った、「チュトワイエ」フランス語には「you」に当たる単語がふたつあり、Tu = キミVous = あなた初対面の人などはVous(ヴ)で話しかけるけど、親しくなると「Tu(チュ)」で話すようになる。Tuで話し合う関係を「チュトワイエ」というんだけど、おっそろしくて、私はフランスでは暮らせない、と思った(笑)いつ!?それどのタイミングでTuにすんの?チュトワイエになろう!とか、言わなきゃいけないって罰ゲームか?フランスおそろしい・・・って。(笑)結果、人間関係を築くことに関してはとても受け身なんだなーと思った。人に興味がないのかな、とか思ったりもした。でも、自分から行くこともあるな、と今日ふと気づいた。そういえば、今知り合いの中で、「親しくなりたい」と思う人が何人かいる。先日、思いがけない人から誘いを受けてオタオタして、せっかくの機会なのに一歩踏み込めなかった?とか感じて、セッションで聞いてみたんだけど、それは思いがけない人だったから、てだけだったのかなと。結局ですね、自分の中の公平性を保つセンサーが働いてて、ある人と親しくなりたい、と思うことについて敢えて鈍感になろうとしているのかも、とも思いました。この人とは親しくなりたいけど、この人とはそうでもない、みたいに、人を仕分けするのは良くないから、その辺は分けないように意識する。「そうでもない人」というのも別に、嫌いとか、避けたいとかいうわけじゃなく、ただ私の好みだったり、タイミングの問題で、まだそこまでの興味を持ってないってだけ。うむ。そうやって自分の好みを認めてあげると、他の人にとっても、同じようなことだろうなと思える。私と親しくなりたいと思っていない人も、ただ、まだ私に興味を持っていないだけじゃん。嫌われたり、否定されているわけじゃない。そーゆーことだな!あ、なんか大きな気づきかも。 あ、もしセッションにご興味のある方、やります。 コメントやTwitterでメッセージください。 ZOOMなどでもやりますので。 あ、無料です。 

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  • 18Aug
    • 傷ついた自分にまずかけてあげる言葉は。

      心塾師匠のばんちゃんが、私のリクエストに応えて書いてくれました幼少期に不平等に扱われて悲しかった自分。あるあるあるある。これは主に学校での体験ですね。特に小学校3、4年のときですよ。当時からその先生のことは嫌いで、嫌な思いさせられた、という認識はあったけど、流してきた。私も確かに生意気で空気を読まない子だったし、当時は両親の離婚で不安定だったと思う。正義感も強かったからえこひいきをしたり、生徒をからかって笑いを取るその先生のやり方が嫌いで反抗しがちであまりノリも良くなかったはず。管理的で自分は人気者だと信じたい先生としては、扱いにくい生徒だったろう。合わなかったんだから仕方ない。たいした傷にはなってない。そんな風に捉えていた。でもね。やっぱり傷ついたんだよね。いまだにその先生のこと嫌いだし、さっきふと名前を検索したらSNSのアカウントが出てきて、そこに当時の辛かった出来事を書いてやろうか。と、ちらっと思うほどに。その程度にはいまだに恨んでいる。軽~く、ぶっ潰してやりたいくらいには。 怖いね~ 言っておくけど、いつも思っているわけじゃないよ? 思い出すと、そういう感情になるってこと。そんな風に思ってしまうのは、そのときに傷ついた自分を感じきってないからだろうな。傷つけられて涙ためてる小3の私に「仕方なかったんだよ」「相性が悪かったんだよ」「泣いたってわかんないから言わないと」「こんなバカ大人は放っておけばいいよ」「こんなこと大人になったらいくらでもあるよ」「いちいち泣いてたらもたないよ」「こんな奴のために人生使ったらもったいないよ」一部はたしかにそうなんだけど、こうやって言い続けているうちは、いつまで経っても小さい私は癒されない。だってこれ、涙をこらえている段階の子どもにかける言葉じゃないから。こうやって声をかけ続けると、感じなくなるよね。私の感情は正しくないらしい、って。で、表面的には物分かりのいいようなことを思えるようになる。でも、心の底には「あの男いつかぶっ潰す」って思いを溜めていくことになる。だから苦しくなるし、似たような状況になると過剰に反応して怒ったりする。まずは、「辛かったね」「嫌だったね」「いっぱい我慢したね」「分かってもらえなかったね」「大丈夫だよ」「あの人に違うって言われたからって、あなたはあなたでいいんだよ」って、言葉をかけてあげることから。傷ついた私を認めてあげることから。・・・ここまで書いて思った。私は小学3年の時点ですでに「正義感が強かった」。「えこひいきする先生が嫌いだった」。正義感や公平性の強さはこの時期に確立したとは思うけど、そこに至る体験が、もう少し小さいときにありそうだな。過去の出来事をまとめてみよう。

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  • 13Aug
    • 【はてな更新】こども哲学をやりたい

      はてブロ更新しました☆もしかして、やりたいことが見つかっちゃった感じ?--できるかどうか?っていうのは不思議と不安がない。上手くできる自信があるわけじゃない。それより「やってみたい」が勝ってる感じ。↓続きはこちらこども哲学をやりたい

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  • 11Aug
    • 仕事なんてカネをもらう手段でいいじゃん。

      心塾(セラピスト養成講座)の同期と、交換セッションしてきました☆そのなかで気づいたこと。私ねぇ好きなことを仕事にしたい、って思ってたんですよ。最近の合言葉みたいですよねコレ。いや、今となっては、「好きなことを仕事にしなきゃ」だったな と思いますが。で、好きなこと、やりたいことをいろいろ考えました。とくにこの1年はけっこういろいろ考えました。逆算手帳とかもやって、やりたいこと100個挙げたり。▼逆算手帳ってこんなの 願いをかなえる! 逆算手帳術 (TJMOOK) 994円 Amazon んで、思ったこと。私の好きなことはカネにならない。だって旅とか、バイクとか。臨床心理を勉強したいとか。どれもこれもカネにならないんですよ。でもねー。セッションの中であっちゃんのやりたいことはお金と時間があれば叶いそうだから、絶対に叶うよねと言われ、あ、そうだね、って。(あ、あっちゃんって、私です。)いやさー。だったらさー。仕事なんて「カネのため」でよくない?「やりたいことやるカネを得るための手段」でよくない?まー、だからこそ、やりたいことや、送りたい生活に合わない仕事だったら困るからそういうところで選ぶ必要はあるわな。旅が好きで毎年1回は旅行したいのに、まとまった休みを取れない仕事だったら意味ないよねって話。私はもともと、生きるためには働かなきゃいけない、と思ってて結婚したって離婚する可能性もあるから女でも定年までガッツリ働かなきゃいけない、正社員にならなきゃいけないし、辞めてもいけないと思っててそこまで働くことが人生において必須なら仕事で自己実現したり、好きなことを仕事にしたりしないと定年とかまで続けられないよね、っていうのが職探しのスタートでした。かなりネガティブな出発点だし、なんかいきなり切羽詰まってるんだよ。だから就職活動も、なあんにも面白くなかったな~就職氷河期だったし、仕事に自分を合わせないと雇ってもらえない、って思いも強かった。辛うじて、興味のあることと結びつく仕事があって紆余曲折、その道に進んだけど。正直、なんか上っ面な感じがしていたよ、ずっと。いまでこそ、そういう考えはなくなったけど、私が今の状況で自分だけでできる仕事をするとしたら、よっぽどやる気があって、好きなことじゃないと、頑張れないような気がしていたかも。だーから、結局いまも、仕事につながる好きなことを求めてたのかも。お金のために働く人は、仕事は、自分がラクにできることを選ぶといいのかなぁ。自分の強みを活かした仕事っていうか。強みがわからないなら、ストレングスファインダーでもやってみたらいいよ。 さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0 1,944円 Amazon くれぐれも気を付けたいのは、やりたいことをやる時間がとれないようでは意味がない。仕事とは別にある、やりたいことを大事にすること!まー好きなことを好きなようになってお金につながったらすごいけどね。そのためには、まず、好きなことを好きなようにやらなかんのよ。てことで今のところ、仕事、好きなこと、お金の関係は、こんな感じに捉えてます。まーまだ道半ばなんで、この仕事観はいずれアップデートしたいな。

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