出雲の真実 | ゴキブリの詩

ゴキブリの詩

ゴキブリのように強く生きたい男のため息。


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朝来の夢過ぎ去る也 枯野原


ゴキブリの詩 出雲に帰る度思う。この、日が沈む最果て、生活するに厳しい西土が、何故に大和の曙を彩るのかと。半島とのつながり、金属器、玉器などの産業の隆盛、内海を利用した漁業の発達―――いろいろと考えてみるが。

近代でさえそうであるよう、大和に対峙するだけの人口を抱え込むことは、不可能な土地。明文化された歴史の時代に入ると、その名の如く山かげに情報は鎖され、やがて小泉八雲の筆に見るよう、幾多の妖怪が闊歩する。

この、風光明媚な郷、出雲こそ「神々の都である」との気持ちは強いが、反してまた、国家秩序を築き上げるために利用された、イメージ上の「楽園」ではなかったか、との考えも持つ。

あらためて、ヤマトタケルが詠んだとされる歌をよみかえす―――


やつめさす 出雲建が 佩ける刀 黒葛多纒き さ身無しにあはれ


古事記が示す歴史を逆に読めば、太古には、天皇につながる勢力以外の権力が、このクニに存在したということが、事実として浮かびあがる。少なくともそれは、上つ巻の「国譲」、中つ巻の「神武東征」に描かれ、天皇家との微妙な関係が語られつつも、ついにはのみ込まれてしまうのである。そして、その禍根の上を綱渡りするかのような歴史が、ひとつの書物の中に凝縮されている。

黒葛で装飾された豪華なつくりの模造刀―――この歌に、まつりあげられ、権力を奪われた土着の神々の哀しみを見る。


写真は上から

①卑弥呼の鏡とも言われる景初3年鏡が発見された神原神社境内。御祭神大国主神、磐筒男命、磐筒女命。この社、日本書紀崇神天皇条「出雲振根」に関係すると目される。御祭神からも剣に縁のある神社と見られ、武蔵国一宮氷川神社に、当社の神宝十握剣を奉献したとの伝もある。氷川神社周辺は、出雲と関係が深い土地と言われているが、ヤマトタケルの東征と、イズモタケル征伐とのつながりを考えるのも面白いかもしれない。


神有の月日になれば諸神の 時雨しくるる神原の里 (古歌 詠人不知)


②358本の銅剣が見つかった荒神谷遺跡。発掘された当時の状況が、木々の向こうに再現されている。この銅剣は、実際に戦闘に使用するものではなく、祭祀に使うものだと言われている。古代祭祀は、埋葬を重要視し、また、ツチを神聖視ていたことが、記紀からも読みとれる。


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