熊野大社 | ゴキブリの詩

ゴキブリの詩

ゴキブリのように強く生きたい男のため息。


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出雲地方の冬は、長く厳しい。日本海から吹き寄せる風が強くなると、鉛色の雲が西方から湧き上がり、風雪を散らしながらものすごい勢いで駆け抜ける。海は荒れ、山は雪。

このような地方に、この国の萌芽があったと、誰が信じる?今年も訪れた秋にしかし、神々を誘う音色が高らかに鳴り響く。もうすぐ冬。神々が集う、神在の月。


冬支度 そして窓辺に灯をともす

ゴキブリの詩 今回の出雲旅行、最初に訪問したのは熊野大社。紀伊熊野を旅したのではない。出雲の熊野大社!

実はこの社、古代、出雲国一宮に列せられ、一部には出雲大社の上位にある社との見方も残る。その根拠は、10月にとり行われる鑚火(きりび・さんか)祭にあるのだが、これは、古伝新嘗祭のための忌火の神器を、出雲大社が借り受けるための祭りである。


皇神(すめかみ)をよき日にまつりしあすよりは あけの衣をけ衣にせむ


この歌に合わせて百番の舞が舞われる。け衣とは、普段着の意。大和に征服された後の凋落を歌うものか。凋落の後も祭祀が残る理由―――

太古、出雲国は、この熊野大社前を流れる意宇(おう)川に沿って開けたのだが、大和政権の進出に伴い、出雲大社に封じられてしまった。忌火とは、生まれることによってイザナミを黄泉に送ったカグツチ。それを生みだす神器とは、まさにイザナミ―――出雲の隠された主祭神。

この熊野の地に眠るイザナミは、年に一度、八百万の神を迎える最も大切な祭祀において目覚める。そして、起こされた火でもって神々は、「黄泉戸喫(よもつへぐい *注1)」というもてなしを受けるのだ。それこそが、黄泉比良坂(よもつひらさか)で交わされた宣誓(*注2)の履行でこそある。


黄泉の火で作られた食物を口にした時、魂は、黄泉路へと向く。出雲大社には、ここ独特の四拍手が鳴り響いていた。出会いと別れ、束の間の人生を謳歌するために。
ゴキブリの詩

【注】

1)黄泉の国の火で作った食物を摂ると、黄泉の国の住人になってしまう。つまりそれは、死を受け入れること。よみがえることはできなくなるのだ。


2)カグツチを生むことによって黄泉に行ったイザナミ、妻である彼女を追ったイザナキは、しかし、そこでイザナミの変わり果てた姿を盗み見て、逃げ出してしまう。怒ったイザナミは追いかけるが、イザナキは黄泉比良坂に千引の石を立てて防いだ。その石を隔てて、イザナミは「一日に千人殺す」と言い、イザナキは「一日に千五百の産屋を立てる」と誓った。


【写真】

上は、熊野大社本殿。御祭神は、伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命であり、スサノオとされる。上記私論に沿えばイザナミになりそうなものであるが・・・。もっとも、古くは松江の神魂神社で神事はとり行われていたそうで、そこの主祭神はイザナミである。私事ではあるが、20年前、参拝した時に1番大吉のおみくじを引き当て、それからおみくじを引いていない。


下は、出雲大社本殿大屋根の御神紋。現在、一般的な神社では二拍手であるが、出雲大社は四拍手。古くは、好きなだけ手をたたいて良かったらしい。また、出雲大社の御祭神はオオクニヌシであるが、過去にはスサノオとされた時代もあるらしい。今は工事中で立ち入れないが、本殿の真後にスサノオを祀る素鵞社がある(現在、遥拝所が本殿西側に設けられている)。清々しい大社の中でも、特に心の落ち着く場所である。



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