とうとう、母がダメみたい。
もう、充分に苦しんだから、いいよ。見送ってあげるって頭では思っているのに、なんか心はどんよりーぬ。

電車を降りて改札を出る瞬間、ふいに泣きそうになったりする。別に感情がこみ上げてっていう訳じゃなく、なんか、泣きたいのかなあ?そんな感情の不意打ちに我ながら戸惑う。

母に会いに行くときは、母が喜ぶだろうと、少し華やかめの服装をして行ってたんだけど、とうとう私のことが分からなくなって、この間は思い出してくれるかと、昔みたいな髪型であまりお化粧もしないで会いに行ってみた。

でも、今回ばかりは、そういう問題じゃないみたい。

なんかさあ、ちっとも動揺している訳じゃないのよ。普通にお仕事もしているし、ちょっと眠いけど、ご飯ももりもり食べてるし、ちゃんとたくさん寝ている。なのにさあ、なんだか身体に力が入らない感じで、日中もちょっとぼんやりすると眠気が襲ってくる。考えることを拒否しているのかなあ。もう、考えることなんてないと思うんだけど。

妹はどう思っているんだろう。母がいなくなったら、父はどんな感じだろう?一番離れている私がこれくらいなんだから、二人とも、大変だろうなあ。

でも、もう、なんにもできない。ふっとこみ上げる泣きたい気持ちに任せて、おんおん泣いてみるのがいいのかなあ。。
今朝、妹から電話がかかってきた。
「今、ひま~ぁ? 最近、なんか何にもやる気しなくてさあ。。」
「一緒だよ。お母さん、とうとう悪いみたいだね。10月の誕生日までもつかな。。」
そんな話をした。
妹は、母はいつも5月に体調を崩すという。そうだね、前も5月に意識がなくなったね。毎年5月にどーんと悪くなって、徐々に徐々に弱っていく。
もう、今の療養病院に移って1年半だし、母は十分にがんばったと思う。
父は毎日お見舞いにいき、洗濯やらはみがきやら、母のことをお世話してくれた。
私は、たまの通院の付き添いくらいしかできていないけれども、もう、私のことはおろか、父のこともわからなくなってきているみたいだし、後は神様にいい時期を選んでいただいていいように思う。母のことを諦めたっていう訳じゃないけど、もしも神様にお願いができるならば、できるだけ苦しんだりすることなく、楽しい夢を見ながら、いい人生だったと幸せな気持ちで旅立ってほしい。
そんなことを妹と話しながら、今となって自分たちができることを考えた。母がなくなったとしたら、まずお葬式だね。今から準備は無理だけど、できるだけお休みが取りやすいタイミングだといいなあ。母は式のときの服装とかにはいつも気を使っていたから、喪服を確認しておこうかな。
妹は、「お母さん、おばあちゃんの写真が見たいかなあ」っていう。
「そうだねえ。おばあちゃんが迎えにきてくれたら、いいねえ。写真、どこかにあるかな?」
「実家にならあるんじゃないかな。まだ若いときのになっちゃうけど。今度、帰ったら探して見せてあげようかな」
「ありがとう。急がないけど、何かのついでがあったら、お母さん、嬉しいと思う」
そんな話をして、私は一日、クローゼットの整理をした。
喪服も着てみた。結婚した頃に買い直したのでもう10年くらい前のデザインで、ちょっと肩バットが大きい気がするけれども、なんとか着られた。真珠のネックレスと、数珠もあった。
そんなことをしているうちに、妹からメールが届き、早速お母さんのところへ行ってくれたみたい。
若い頃の母の写真と、祖母の写真を見せると、穏やかな顔をしていたらしい。少し、涙ぐんだようにも見えたって。添付ファイルで母の写真も送ってくれた。
父に話を聞いて、想像していたよりは元気そう。よかった。
早速、母のところに行ってくれる妹の気持ちがとても嬉しかった。
私だけじゃないんだな、なんか力が出ないのは。元気出さなくてもいいから、できることを毎日やらなくっちゃって思った。
最近、ちょっと負け犬モードです。

別にどこででも負けている訳じゃないんだけど、
こころが晴れない。

自分の失敗やできないことばかりが目につく。
なーんにもしたくない。

こんなときは、気持ちをリセットして、現実に対処するのがいいってことは知ってる。
だけど、なーんにもしたくなくて、ただ物悲しい気持ちでじっとしていたいだけなの。

意識的に忙しくしてみようかな?To Doリストとか作って、次々小さなことを片付けて行こうかなあ。

今朝は、娘の塾の説明会だったのに、会場間違えて、改札出た瞬間に気づいて、戻った。
なんとか間に合ったけど、ぼーーーっとし過ぎだよ。
いいかげん、しゃきっとしなくっちゃ。
昨日、元職場が同じだった先輩女性が挨拶に来てくださった。
彼女、最近まで体調を崩して、休職されていたのだ。
やっと最近、少しずつ、職場に復帰したみたい。
お昼ご飯でも食べに行きましょうって言ってくださいました。嬉しい。

私、彼女にはとっても罪悪感があるのです。
休職したのには、私も関わっている気がしていて。

彼女は私より少しお姉さんなんです。私が、育休から復帰して、最初はフルタイムだったんだけれども、子どもの体調が安定しなくって、部分休業(時短勤務)を利用することになって、ちょっと係りの人と揉めたんです。
その頃、自分のところの業務はそんなに忙しくもなかったので、時短にしても充分まわせるって思っていたんだけれども、同じ職場の人たちは、私が時短だと、休暇がとりにくくなるとか、自分の時代はそんな制度なくちゃんと育ててきたっていうので、モヤモヤしていたみたい。

それで、ある時、私に同じ係の女性が私に向かってこう言ったんです。
「あなたはいいけど、○○さんみたいに、結婚もしないで子どもも生まないで、毎日残業したり、責任ある仕事をしている人がいて、不公平だと思わないの?!」
そのとき、○○さんは、私たちに背を向けたカタチですぐ近くに座っていて、係の人は、その人に聞こえよがしに言ったんじゃないかって思うくらい大きな声で、私にそう言ったの。
その瞬間、私の中に緊張が走って、だって、○○さんに失礼じゃないですか!

それから、1年くらいしてからかな、○○さんが体調を崩してお休みになっているって聞いたのは。
なんか、その罵倒のせいじゃないかって、だけど、直接にそのことは言えないし、確認もできないんだけど、ずっと○○さんのことを何にもできずにただただ心配していた。

お休みになっている時に、一度か二度くらい、励ますようなメールをしたんだけれども、お返事をくれるのも負担だろうと思ったし、そんなことも書いてあったし、なんだかただただ申し訳なくて。

そんな彼女がまた出てきてくれてよかった。でも、彼女になんて声をかけたらいいか、分からないよ。「自分を一番大切にしてね」と言ったけれども、なんか違った気もした。

本当のことは、確認できないし、上手く口に出せない。もしかしたら、彼女に、私への罵倒は聞こえなかったかもしれないし、聞こえないフリをしているのかもしれない。
だけど、私のことをどうこう言われるのは我慢するけれども、そんな風に関係ない人を巻き込んで、何とも思わないのか?そういう破壊力を私に対してぶつけてきたあの人のことを、私は今も許せないでいる。

私自身がもっと上手く振る舞えたら、この怒りはちゃんと昇華できたのだろうけれども、彼女と心から打ち解けられないのを、あの人のせいにして恨んでしまいそうだ。

ごめんなさい。どこかで吐き出さないと悶々としてしまいそうだったので、独り言です。読んでくださって、ありがとうございます♪
今、娘の中学校の学校説明会を回っている。
毎週末、学校説明会やら、学校祭やらで、なんやかんやとつぶれてしまう。
回る私たちも疲れるけれども、主催者側も大変だなあ。。と思う。
教育者のことを聖職者とはよく言ったもんだと思う。

説明会を回り始めたのは、こんな学校に行きたい!!って気持ちになったら勉強に精が出るんじゃないかって思ったからなんだけれども、いくつも回っていると、もうなんでもよくなってきた。
この辺り、就職活動とちょっと似ているのかも。
もう、説明はお腹いっぱいです。どちらさまもそれぞれ大変よろしくてステキです。あとは、うちの子の成績次第ってとこですねえ。。って感じ。

中学生活に求めるものってなんだろう?
通学距離は遠いより近い方がいいよね
勉強は、放任より面倒見がよい方がいいな
だけど、ガリガリ、がちがちはどうかな?
いろんな教養に触れさせてくれるといいな
英語の授業も充実しているといいな
友達と仲良くできるといいな

いろんなことを考えるけれども、なんだか、どうやって優先順位をつけていいか、全く分からない。あーあー、私、ダメだ。

東京の学校は、個性的で、偏差値以上の意味があるって、思っていたけど、メンバーだって、そのときの運だし、その個人にとって合う合わないもあるしさ、運命的なものもあるんじゃないかって、急に科学的知的、理論的な考え方を放棄したくなる。

ま、これは親の考えることで、子どもは子どもでいろいろ思うんでしょうねえ。

というわけで、思考停止して、娘の成績で行ける学校に行きたくなりそうな予感です。