出雲@AGO★GOのブログ -2ページ目

出雲@AGO★GOのブログ

出雲を愛する人のための情報源

最終章 国譲りの真相
4 新たな可能性

 一行は、松江市街に向けて元来た道を引き返した。ちょうど出雲国庁跡に差し掛かった所で車は左折し、正面の森の前の空き地にインベさんは車を寄せた。

 森の茂みに沿った参道の途中に急な石段があり、登り切るとすぐ目の前が神魂神社の本殿だった。
「この本殿は日本最古の大社造りで国宝に指定されちょる。主祭神はイザナミとイザナギ、神魂という名は、神坐所が転じてなった説、イザナミとイザナギが結ばれたことから、神結びが転じた説など様々じゃ」
 インベさんが神社の概要を説明した。四人は、境内を巡り始めた。
「これだけ古いお社なのに、式内社ではないのは、何故ですか?」
 イオリが真意を尋ねた。式内社とは、927年に編纂された延喜式の神名帳に名が残る神社のことだ。
「イオリくんは今日も鋭い質問をするのう」
 インベさんがイオリの知識に感心しながら続けた。
「ここは大庭という地区じゃが、出雲国庁の西側に隣接しちょって、元々出雲国造はここに居住していたんじゃ。この神魂神社は、国造宅のいわば邸内社だったと言われちょる」
「何故、邸内にお社を建てたんですか?」
 今度はマコトが尋ねた。
「出雲国風土記では、この一帯を意宇郡と言うんじゃが、意宇の神事は、さっき行った熊野で執り行われちょった。と言っても今の場所ではなく、昔はもっと山奥にあったんじゃ。神事の中で最も重要なのが新嘗祭で、旧暦の十一月末に執り行われるんじゃが、その時期の熊野は、雪に埋もれている可能性があった。だけん、熊野の逢拝所として、この社は創建されたんじゃ。普通の人は参拝できない邸内社じゃったから、延喜式の神名帳にも、出雲国風土記の神社帳にも記載されちょらん訳じゃ」
 インベさんが詳しく説明をした。
「じゃあ何故、熊野大社の主祭神であるスサノオではなくて、イザナミが祀られているんですか?」
 イオリがさらに突っ込んだ質問を投げかけた。
「そげ言われーと何でかのぉ?確かに出雲国造神賀詞でも、スサノオとオオクニヌシの二神の名を冒頭に掲げちょるから、出雲国造家がイザナミを主祭神とする可能性は低いのう」
 インベさんも不思議がった。
「でも、さっき行った熊野大社にはイザナミも祀られていましたよね。スサノオの偉大な母として祀られている可能性もあるわ。それに境内にある摂末社には、熊野社もあるし、そこにスサノオが祀られているんじゃ・・・」
 マコトが正論を説いていると、
「ちょっと待った。それはむしろ逆かもしれんばい」
 今まで黙っていた一真が口を挟んだ。
「どういうこと?」
 マコトが自分の話を阻まれたことにイラっとして、一真に迫った。
「境内の熊野社は、社の造りが入母屋造りっちゃけん、紀伊の熊野大社を祀っていると思うったい。熊野本宮大社には、スサノオもイザナミ・イザナギも祀られとる。ばってん、スサノオが祀られていると言われる証誠殿は切妻造りで、イザナミ・イザナギが祀られとる西御前・北御前は入母屋造りたい。やけん、境内の熊野社は、むしろイザナミ・イザナギが祀られとって、本殿の方にスサノオが祀られとった可能性があるったい」
 一真は力強く一つの可能性を説いた。
「でも、千木は女千木ですよ」
 今度はイオリが一真に問いかけた。
「そう言えば、この社は、物部氏の介入があって、千木が男千木から女千木に変えられたという説があったわ」
 インベさんが別の説を持ち出した。
「九州式。宗像大社の逆ったい。北部九州の影響がここにもあったちゅうこつたい」
 一真は右の拳を左の掌に、パンチをするように強く打ち付けた。
「確かに、面白い仮説ですね」
 マコトは一定の理解を示した。すると一真は、さらに何かを思いついた。
「待てよ。昨日の夜、日御碕神社の千木の話をしたっちゃけど、確かあそこは、上の宮が女千木で、下の宮が男千木だったばい」
「ええ、主祭神と千木の削ぐ向きが逆さまになっています」
 イオリが一真の言葉を受けて応えた。
「オレは、日御碕神社には詳しくはなかばってん、こうは考えられんと」
 一真は、腕を組んで持論を展開した。
「出雲大社の摂末社の千木は、祭神の性別に係わらず全て男千木、つまり出雲式たい。日御碕神社も、最初は上の宮と下の宮の両方とも出雲式の男千木だった。ばってん、九州に国譲りをして以降、宗像三姉妹を祀るという名目で、上の宮を九州式の女千木に変えたったい」
「なるほど、千木の定義を出雲式と九州式に分別するならば、その可能性もありますね」
 マコトは一真の洞察力に感心した。
「また一歩、近づいたかも」
 イオリは一真の説に期待を寄せた。
「まあ、推測するのは勝手だども、現在祀られちょうイザナミとイザナギにも敬意を払わんといけんぞ」
 インベさんは盛り上がる三人に釘を刺した。
「おっしゃる通りですね」
 マコトたち三人は姿勢を正して国宝の本殿を見上げた。
「ただ、残念ながらアシナヅチの影は、ここにはないのう」
 インベさんが申し訳なさそうに三人に告げた。
「一歩前進ということで、次行きましょう」
 イオリが明るく応えた。
「インベさん、人気の八重垣神社はどうですか?主祭神がスサノオとクシナダですよね」
 ふいにマコトが次の行き先を提案した。
「あそこはダメじゃ。本物の八重垣じゃないけん」
 インベさんは、首を横に振って強く否定した。
「ばってん、元の名の佐久佐社は、出雲国風土記にも記される由緒ある古社ですたい。固定観念に囚われてはダメですばい」
「逆に気が付いていないことがあるかもしれませんよ」
 一真が言うことを、イオリが息を合わせてフォローした。
「そう言われーと、昔あそこで、アマテラスを見たような・・・」
 インベさんが、右手を顎に押しつけて、首を傾げて考え出した。
「えっ?」
 三人の驚きの声が揃った。
「とりあえず八重垣神社に行ってみましょう。ここまで来たら、みんなの納得がいくまで調べましょうよ」
 マコトが珍しく感情的になった。四人は社殿に一礼をして、急な石段を降りて、急いで車に乗り込んだ。

最終話 誰の仕業?

 神魂神社の参道前の細い道から、田畑を縫うようにインベさんは車を走らせた。ものの5分で一行は八重垣神社に到着した。
 四人は奥の駐車場から小走りで神社の正面へと向かった。境内は、神在祭の時期のため、平日でも大勢の若い女性たちで賑わっていて、本殿前には参拝を待つ人々で行列ができていた。
 本殿の右側を見ると、社務所の前にも行列があった。こちらの方は、裏山にある鏡の池に浮かべる占い用の和紙を求める列だった。
「インベさんの記憶にあるアマテラスはどこにいるの?」
 マコトが声を張った。
「確か、宝物庫に展示されちょったような」
 インベさんの記憶は曖昧だった。
「宝物庫ってどこ?」
 イオリが辺りを見回した。
「あれたい!」
 一真が社務所とは反対の方を指さした。そこには、小さな倉がひっそりと建っていた。
「人の気配がないんだけど、本当にあそこなの?」
 マコトがイメージしていたものとは違っていた。
「あげだ。あそこに間違いない。あの中に壁画が置かれちょる」
 インベさんの記憶が少しずつ戻って来た。
「その壁画って、確か国立博物館の特別展で見たわ」
 イオリが声を上げた。
「オレも見たったい」
 一真が再び同調した。
「その壁画に描かれていたのは、スサノオとクシナダだったはず」
「そうたい。特別展の最後に印象的に飾られとったばい」
 イオリと一真は、顔を見合わせて確認しあった。
「じゃあアマテラスはいなかったてこと?」
 マコトが少し苛立ちをみせた。
「いや、壁画は確か三枚あったはずじゃ」
 インベさんが記憶を辿って補足した。
「宝物庫って中へ入れるの?」
 イオリが誰にともなく尋ねた。
「ここに200円を社務所で払えと書いてあるったい」
「よっしゃ、ワシが払って来ちゃーけん、ちょっと待っちょってごせ」
 インベさんは、そう言って急いで社務所に向かった。しかし、社務所には、別の目的の行列があった。インベさんは仕方なく、その行列の最後尾に並んだ。
「もう、じれったいなぁ。中はいったいどうなっているの?」
 マコトが残りの二人に問いかけた。
「私たちが見たのは、壁画というよりは、屏風のような設えだった」
「そうたい。絵の部分だけを壁から抜き取って、枠にはめて自立させとったばい」
「そう言えば、スサノオは少し困り顔をしていたような」
「そうそう、眉ば、下がっとったばい」
 マコトは早く壁画を見たくてウズウズしていたが、なんだかんだ仲が良さそうなイオリと一真を見て、余計に苛ついていた。そうこうしているうちに、ようやくインベさんが戻ってきた。
「靴を脱いで、勝手に入ってごしないと」
「そんな適当な所に、本当にお宝はあるの?」
 マコトはまだ疑っていた。

 四人は宝物庫の入口で靴を脱いで、右側の小さな引き扉をスライドさせて、インベさんを先頭に、マコト、イオリ、一真の順に、一人ずつ中へと入って行った。
 薄暗い宝物庫の中は、狭くて奥行きが全くなく、自立した三枚の壁画が壁に沿って並べられ、その前に人が一人通れるほどの通路があった。四人は通路に沿って、三枚の壁画の前に、横一列に並んで立った。
 四人は、一瞬言葉を失って、呆然とその場で固まった。
「これはまさに国譲りの交渉の光景ですばい」
 一真が沈黙を破って、ようやく言葉を口にした。
「ワシたちが今朝、予想しちょった通りの展開じゃ」
 インベさんがそれに応えた。
 三枚の壁画は、真ん中にスサノオとクシナダ、向かって左側にアシナヅチとテナヅチ、そして右側にアマテラスとイチキシマヒメが、それぞれ二人一組となって描かれていた。
「確かに、アマテラスがイチキシマヒメを連れて出雲にやって来て、スサノオ夫婦と親方夫婦に対して、相続権は私達の方にあると主張しているシーンだわ」
 イオリが状況を飲み込んで言い放った。
「つまり、これが一回目の国譲りが成立した場面ってことね」
 マコトも納得した。
「状態が悪いから親方夫婦の表情はわからないけど、スサノオは困った顔をしているし、クシナダは怒ったように見える。そして、アマテラスはしたり顔をしているという、三者三様の表情をしているわ」
 イオリは絵の表情まで読み取った。
「これを描いた人は、この情報を密かに伝え聞いていたんですね」
 マコトは作者の状況を想像した。
「この壁画は、893年の宮廷画家・巨勢金岡の作品とされちょるらしい」
 インベさんが社務所で得た情報を三人に知らせた。
「893年?道真が『三代実録』の編纂委員を命ぜられた年たい。ひょっとすると、道真の危機感がこの壁画を生んだ可能性もあるばい」
 一真の左側に立つ三人が、一斉に一真の方に顔を向けた。
「道真は、古代出雲の真実を、再び藤原氏に揉み消されそうになったばってん、どこかに何かを残そうとしたったい」
 一真は、太宰府の道真を想い、説を論じた。
「巨勢氏は、藤原氏の台頭で、政治の中枢から追いやられた立場だから、依頼者と製作者の思惑が一致したかもしれませんね」
 イオリは一真の意見に乗っかった。
「たしか道真と金岡は親交があったはずばい」
 イオリのフォローで一真は自信を深めた。
「この壁画は、本殿内部の神座の背面と両側面に描かれちょったそうだけん、神職以外の誰の目にも触れることはなかったわけじゃ」
「朝廷にバレると、没収されたり、焼却されたりするばってん、そこならば後世に伝えられると考えたったい」
「なのに何故か公開されても、これが国譲りの交渉の場面だと気が付く人は、誰一人いなかった」
 イオリが不思議がった。
「世間の誰もが、記紀の呪縛に囚われとったばい」
「それだけ不比等の演出が巧妙だったってことじゃ。忌部家の伝承にもあらせんかった」
 男性陣は不比等のズル賢さに舌を巻いた。
「でも、マコトが会った不比等は、アマテラスが強引に出雲を奪ったのではなく、友好的に話し合ったのだと伝えたかったんじゃないかしら」
 イオリがマコトを見て言った。
「きっとそうね。不比等が伝えたかったことが、ようやくわかった気がするわ」
 マコトはホッとした表情をした。
「あっ、そう言えば、男千木」
 思いついたように、突然イオリが声を上げた。
「男千木がどげしたんじゃ?」
 インベさんが、イオリの大きな声に驚いて尋ねた。
「宗像大社の本殿の千木が、男千木だったんです」
 イオリはインベさんに理解を求めた。
「そうたい。イチキシマヒメは出雲の正当な後継者になったから、それを知ら示すために、あえて辺津宮本殿の千木は、出雲式の男千木になったったい。そこまでは、気がつかんかったばい」
 今度は一真がイオリをフォローした。そして二人は、手を取り合って喜んだ。
「出雲は日向だけじゃなくて、日本全体と仲良しだったんですよね」
 マコトが仲の良い二人を見ながら、優しい笑顔でそう言った。
「そげじゃのう。スサノオの目的は、征服ではなくて大陸からの技術の伝搬じゃ。若い頃は血気盛んじゃったが、歳を重ねて子どもを持って、だいぶ丸くなったんじゃのう」
「スサノオ一族は、出雲から流れ出て、九州、吉備、大和、紀の国そして越の国と、あらゆる国に幸せを広めたんですね」
 マコトは、インベさんの話を受けて、しみじみと語った。
「まるで出雲で生まれた雲が、国中に広がって行く様じゃのう」
 インベさんの言葉に、マコトの脳裡には、あの出雲大社の八雲山の風景が去来した。そして、八雲山で舞うトンビのように、体がゆらゆらと浮いてきて、目の前に二人一組でコの字に座った六人の姿が現れた。

 マコトの向かい側には、スサノオとクシナダ、左手にアシナヅチ夫婦、右手にアマテラス親子が座っていた。マコトは、今の状況をみんなと共有したくて、思わず両脇にいたインベさんとイオリの手を取った。それに合わせて、イオリも隣の一真と手を繋いだ。
 手を取り合って、横一列に並んだ四人は、3Dホログラムのように、立体に浮き上がる目の前の光景に驚嘆した。
「マコト、私にも見えるよ」
 イオリはマコトの手を握りしめた。
「ほぉ、アマテラスとイチキシマヒメが本当に出雲に来ちょらいわ」
 インベさんは腰を抜かしそうになった。
「凄かぁー」
 一真は、ただ感嘆するだけだった。
「不比等の謎解きは、最後はスサノオ本人が導いてくれたんですね」
 マコトは、怒っているクシナダを、困り顔で見ていたスサノオが、その困り顔のまま、一瞬自分と目を合わせたような気がした。マコトは、自分が見た白昼夢は、スサノオが仕掛けたマジックだったと確信した。

 四人は、半ば放心状態で薄暗い宝物庫の中から外へ出た。その時、ちょうど差してきた木漏れ日を、手で遮りながら眩しそうに空を見上げた。青空に浮かんだ大小いくつかの羊雲が、ゆっくりと流れていった。
「そう言えば夢の中で、オオドシがオオクニヌシに、これから色々大変だと言っておったばい」
 一真が昨晩の夢を振り返った。
「おそらく、その後の出雲には、幼いイチキシマヒメではなくて、姉のタギリヒメがやってきたんですね」
 一真の言葉を受けてイオリは、タギリヒメが出雲にやって来た理由を推察した。
「そこでオオクニヌシは、上手いこと振舞って、タギリヒメといい関係になり、出雲の王の座をキープしたんじゃ」
 インベさんもイオリに続いた。
「さすが、オオクニヌシは女性相手には抜け目がないですね」
 マコトも感心して同調した。
「そんなオオクニヌシも、ニギハヤヒ以降の大和勢に、再び国譲りを迫られたわけたい」
「そして、出雲国風土記に記されちょるように、出雲以外の領地を手放したんじゃのう」
 四人は、その後のオオクニヌシと二度目の国譲りについて語り合った。

 参拝を済ませると、インベさんがマコトに、今後について問いかけた。
「ところで、この情報をあんたやちゃどげするかね?」
「どうもしませんよ。半分私の夢の話ですから、誰も信じてくれませんよ」
 マコトは情報の公開を否定した。
「世紀の大発見たい。もったいなかぁ」
 一真の意見は反対だった。
「小野さんは、夢とは言え、ご自分の推測が正しかったことがわかったわけですから、自信を持ってこれからの研究を進めてください、ねっ」
 イオリはマコトの意見を尊重した。
「ワシも忌部家として守っちょったことを、ワシの代でバラすわけにもいかんけん、このことは黙っちょくわ」
 インベさんもマコトの意見に賛同した。
「あっそうだ。みんなで鏡の池に行きません?」
 ふいにマコトがそう言って、森の方に向けて歩き出した。三人はそれに従った。

 八重垣神社は、住宅地からすぐの場所にあったが、東側には、うっそうとした森が迫っていた。その森が神域になっていて、結界が張られていたが、森の中にある鏡の池までは誰でも自由に行くことができた。その鏡の池は、和紙に硬貨を乗せ、水面に浮かべて恋占いをする人気のスポットだった。
 マコトは池の前まで行き、お財布から百円玉を取り出した。そして池を覗き込むと、不比等から貰った巻紙を広げて、その百円玉を乗せ、水面に浮かべて手を合わせた。
「あっ!」
 イオリと一真が思わず声をあげた。インベさんは腕組みをして、黙って見つめていた。

 流れのない池のはずなのに、不比等の巻紙は、ゆらゆらと揺れながら水面に大きな円を描いた。しばらくして、静かに、静かに水底に沈んで行った。
「全てが水の泡ったい」
 一真が肩を落とすと、イオリがその背中にそっと手をそえた。
「水に流しちゃいました」
 マコトが振り返って、嬉しそうに笑った。
「ワーッハッハッハッハ」
 インベさんの笑い声が、静寂を破って、森じゅうに響き渡った。
               
おしまい

 

 

八重垣神社の壁画は、社伝では893年の宮廷画家・巨勢金岡の作品とされていますが、壁画が描かれた壁材が年代測定の結果13世紀のものだと診断されました。私は、現在のものが13世紀に補修された可能性もあると考えています。
その理由の一つは、菅原道真の肖像画とアシナヅチの壁画の衣装がそっくりだという点です。
道真の時代にアシナヅチ達が描かれた可能性があると思います。


もう一つは、誰が言い出したのかはわかりませんが、893年に道真と親交のある巨勢金岡が描いたと伝えられていることです。
誤りだったとしても、偶然が劇的すぎます。ですから私は、たとえ妄想でも、元々巨勢金岡が描いたものが、13世紀に修復されたと思うわけです。

13世紀の作品だとしても、この作品のテクニックは素晴らしいです。以前ブログでも紹介しましたが、女性の表情と衣装の細かい描写が秀逸です。
アマテラス

アイラインや口元、頬の表現が今風です。

柄

PCでリライトしてみると
模様
色の重なりの濃淡が綺麗に描かれています。

そして、この壁画は2020年の東京国立博物館特別展「出雲と大和」でトリを飾った展示であることも事実です。
そんな素晴らしい作品を、八重垣神社を訪れる方のほとんどが、見ないで帰っているのが残念でなりません。
そんな想いも込めて、この作品を仕上げました。


最後のロケーションは本殿

神魂神社
個人的には、松江の最大のパワースポットだと思っています。

天鏡社
八重垣神社 佐久佐女の森

八重垣神社には、旅行雑誌には載っていない魅力がたくさんあります。
たぶん私のブログの中で、出雲大社と並んでネタが豊富です。
妄想ですが、道真と金岡のネタは新発見でした。

 

最終章 国譲りの真相
1 夢の解釈

 携帯の電子音で目覚めたマコトとイオリは、いつも通りに顔を見合わせて、夢の確認をした。一方の男性陣は、動揺を隠せないでいた。予想した以上に夢がリアルで鮮明だった。稲佐の浜での西風の冷たさや、迎え火の熱量も感じていた。
 四人は、散歩をしながら夢の整理をしようと、支度をして出雲大社に向かった。

 歴史博物館の西側に、出雲大社への近道があった。四人はそこを抜けて境内へと進んだ。
「まず、登場人物から整理さこいや」
 最初にインベさんが口火を切った。
「これまでの流れから、娘さんたちの方が詳しかね」
「まず、稲佐の浜で待っていたのは、スサノオとオオクニヌシです」
 マコトが一真の要望に応えた。
「船でやって来たのは、オオドシとアマテラス。博多湾では、女の子はいなかったです」
 イオリが続いた。
「イチキシマヒメと言うとったばい」
「おそらく、途中宗像に立ち寄って乗せたんじゃろう」
「アマテラスは会議のセッティングを要求していたばい」
「親方様って誰ですか?」
 マコトが尋ねた。
「スサノオが親方様と呼ぶとすれば、父親か義父のアシナヅチじゃ。記紀で須賀の地の長官になったのはアシナヅチだけん、親方様はおそらくアシナヅチじゃ」
「会議の内容はなんですか?」
 今度はイオリが尋ねた。
「おそらく国譲りの交渉じゃ」
「そうか、スサノオが出雲をオオクニヌシに委ねて九州へ行った後に、宗像三姉妹が生まれたならば、スサノオの末っ子はイチキシマヒメになるばい」
 パチンと指を鳴らして一真が声を上げた。
「そげすーとスサノオの正統な後継者は、末子相続の観点からすると、スセリヒメではなくてイチキシマヒメになるのう」
「それが日向の狙いったい。タカミムスビは、それを承知でアマテラスをスサノオに差し出したったい」
 タカミムスビとは、記紀では高天原の参謀とされていた。
「やっぱしあの男は曲者だわ」
 インベさんは、下唇を軽く噛んだ。
「これが一回目の国譲りの真相ですたい」
「そげかもしれんが、出雲にはイチキシマヒメの痕跡も、一つもあらせんぞ」
「ばってん、姉のタギリヒメとオオクニヌシの関係は明らかだから、状況証拠はあるばい」
「ほんなら、親方様のアシナヅチの足跡もたどって見んといけんのう」
 インベさんは、夢の解釈から、『国譲りは二度』の解決に向けて提案をした。
「アシナヅチの足跡はあるとですか?」
「あるとすーと、やっぱり松江だわ」
 マコトとイオリの二人は、男性陣の熱い会話を黙って聞いていた。ところが、出雲大社の境内に着いたとたん、女子旅気分に切り替わった。
 早朝の出雲大社は、昼間とは打って変わって、しっとりとしていて、深い静寂に包まれ、霊的な気が充ち満ちていた。ましてや、八百万の神々が到着した初日とあって、霊的指数がマックスに達していた。
 マコトとイオリの二人は、まだ人がまばらな境内を、自身の気が満ちてくるのを肌で感じながら、ゆっくりと散策した。
 一方、男性陣の会話は続いた。
「もう一つ、夢の中で気になることがあるとですたい」
「ほぉ、なんかね?」
「オオドシの行動ですばい」
「西の海から戻ってきて、オオクニヌシと会話を交わし、大和へ向かうんじゃな」
「オオクニヌシが待っていたのはオオドシ。やけん、記紀で大和の三輪山に祀られるオオモノヌシの行動そのものですばい」
「これで、オオモノヌシ=オオドシ=ニギハヤヒが確定したと?」
「そげんこつですたい」
 一真が満足げに声を張った。インベさんと一真の二人は、初めてマコトと夢を共有したことで、それぞれの解釈に自信を深めていた。

 参拝を終え、四人は宿に戻って朝食を済ませ、最後の確証を求めて、松江へと向かった。

2 サルタヒコの謎解き

 ドライバーはインベさん、マコトは先に助手席に乗り込んだ。必然的にイオリと一真の二人は後部座席に隣り合わせに座った。
「インベさん、今日はまず何処へ行くんですか?」
 助手席のマコトが尋ねた。
「今日はまず出雲二ノ宮・佐太神社じゃ」
 インベさんが続けた。
「そこの主祭神はサルタヒコじゃが、隣にアマテラスが祀られちょーけん、何か手掛かりがあるかもしれん」
 そう言ってインベさんは、宿の前の国道431号線を東に向けて車を走らせた。

 一方、後部座席の二人は沈黙が続いた。しばらくの後、イオリが先に話しかけた。
「小野さんが歴史に興味を持ったキッカケは、何だったんですか?やっぱり小野家だったからですか?」
「小野家の家系はあまり関係なか。高校に入った時に、友人から郷土研究部に入らんかと誘われたばい。福岡は遺跡の宝庫たい。週末になると、どこかの遺跡に小旅行たい。それでハマったったい」
「へぇ、楽しそうですね」
「あんたは何で高校の古典の教師になったとね?」
「えっ、ただ何となく・・・」
 イオリは、自信なさそうに答えた。
「部活の顧問とか、しとらんと?」
「まだ入ったばっかりで。それに進学校なんで帰宅部の子が多いんですよ」
「東京は学校の外に魅力が多かもんね。それでいて、目指すのはユーチューバーとかインフルエンサーとかプロゲーマーとか画一化されとるばい。その点、福岡はよかよ。適当に都会で適当に田舎やけん、ネット上でそげん人にもなれるし、志せばファーマーにもフィッシャーマンにもなれるったい」
 一真は、大好きな福岡を自慢した。
「凄いですね。パラダイスじゃないですか」
「ただ、歴史研究者にとって、東京には別の魅力があるばい」
「えっ?それは何ですか?」
「東京には、江戸というキラーコンテンツがあるったい」
「どういうことですか?」
 イオリは掴み切れずに問いかけた。
「時代は古代よりずっと新しかばってん、町を構築した痕跡や、文化、芸術、食生活と研究したいテーマが、ちかっぱ転がっとるったい」
「確かに」
「暇そうにしとる生徒ば捕まえて、放課後にそんな研究をする同好会を作るのも楽しかー」
「捕まえるって・・・」
 イオリは一真の強引さに思わず呟いた。
「こうやって皆で動き回って歴史を探るのは、ワクワクするったい。そのワクワクを生徒に教えてあげるのも、教師の務めばい」
「確かに、おっしゃる通りです」
 イオリには一真に反論する材料が見つからなかった。

 宍道湖沿いから離れてしばらく進んだ所で、車は国道431号線から左に曲がった。一畑電鉄の踏切を渡ると、インベさんが語り出した。
「今から行く佐太神社なんじゃが、主祭神は夕べも話題になったサルタヒコで、佐太大神とも呼ばれちょる。出雲国風土記では、サルタヒコは島根半島の加賀の生まれとなっちょってな、これは、忌部家の言い伝えでも何でもないんじゃが、明治時代にラフカディオ・ハーンという文筆家がおってな」
「後の小泉八雲ですね」
 すかさずイオリが口を挟んだ。
「そげじゃ。その八雲が松江におった頃、加賀の潜戸を訪れるんじゃが、その時に加賀の住人たちが、他の地域と違って、顔立ちが際立っていて可愛らしいと言っちょるんじゃ」
「律令社会以降の時代は、集落の行き来が制限されたばってん、集落ごとにDNAが保持された可能性が高いばい」
 一真が補足した。
「出雲国風土記の冒頭の『くにびき神話』では、加賀の辺りは、隠岐の島から土地を引っ張って来たとされちょる。さらに隠岐の島は、古代から浦塩、つまり今のウラジオストック辺りとの交流も明らかにされちょる」
「つまり、サルタヒコのDNAには、遠くロシア系のものが混ざっていた可能性があると?」
 イオリがインベさんの思いを汲み取った。
「じゃあサルタヒコの外観は、ガタイが良くて、目鼻立ちがくっきりしていて、顔が紅潮していたから、それがデフォルメされて赤い天狗みたいに伝わったわけ?」
 マコトが冗談ぽく話をまとめた。
「面白い推理ですばい。昨日の貫之のことと言い、インベさんの洞察力の深さには感服しますたい」
 一真はインベさんを讃えた。
「いやーワシの立場からすーと、こぎゃん妄想ばっかしちょったらいけんけどのう」
 インベさんは、ハンドルを握りながら皆の笑いを誘った。四人は笑顔のまま、佐太神社の駐車場に到着した。

 車を降りるとマコトがイオリに近寄って来た。
「ねぇ、どうだった?」
「何か説教された」
 イオリは口を尖らせたが、どこか嬉しそうだった。
「ほお、ツンが入ったわけだ」
「何?それ」
 イオリは、悪戯っぽくニコニコ笑うマコトを軽く小突いた。

 車から降りた四人は、小さな橋を渡って神門を潜り抜けた。目の前には、立派な大社造りの社殿が三殿並立していた。
「真ん中の正中殿にサルタヒコ、向かって右の北殿にアマテラス、反対の南殿にスサノオが祀られちょる。南殿は通常の大社造りとは全く逆の構造で、神座が正中殿の方を向いちょらいわ」
 インベさんの説明を聞いて、残りの三人はその場に立ち尽くした。
「これは、サルタヒコを介してスサノオとアマテラスが向かい合う、正に出会いの構図ばい」
 ようやく一真が言葉を発した。
「マコトの白昼夢とインベさんの推測通りの展開ね」
 イオリがマコトに振ると、
「何か鳥肌が立ってきた」
 マコトは腕を抱きかかえて肩を窄ませた。
「ここにこぎゃん答えがあったとは、ワシも気が付かんかったわ」
 インベさんも驚きを隠さなかった。
「須佐神社の朝覲祭、櫛田神社の装飾、そして佐太神社の設え。これでサルタヒコの役割が確定したと見てよかばい」
 一真の意見に三人は同意した。

 興奮が冷めやらない四人は、三殿を順番に参拝して、心を落ち着かせた。
「そう言えば福岡の猿田彦神社の千木が女千木だったような・・・」
 マコトが思い出して呟いた。
「あんた、あの一瞬にそんなところまで見えたの?」
 イオリが驚いて聞き返した。
「サルタヒコは記紀ではアメノウズメと結ばれとるばってん、最終的にはアマテラス側に使えとるばい。女千木は九州式の証たい」
 一真が当り前のように返した。
「サルタヒコが岐神として導いたのは、全て日向側の天津神だけんのう」
 インベさんも同意した。
「次は何処へ行きますか?」
 マコトが松江での解決を確信したかのように、インベさんに問いかけた。
「次は出雲一ノ宮・熊野大社に行かこい」
 インベさんも力強く応えた。

3 確証はどこに

 インベさんは松江の市街地に向けて車を進めた。途中、松江城のお堀端にある武家屋敷を抜けて、北堀橋から国宝の天守閣を望んだ。
 松江大橋を渡りながらインベさんが解説をした。
「この大橋川の北側は約400年前に新しく開拓された場所じゃが、南側は7世紀後半から8世紀にかけて出雲国庁が設置されちょる。だけん古代遺跡のほとんどが街の南側に集中しちょるんじゃ」
 そう言いながらインベさんは、国道9号線から国道432号線に入り、さらに南側の山々に向けて車を走らせた。
 住宅地を抜けた所で再びインベさんが話し始めた。
「左側の開けた場所が出雲国庁跡じゃ。ワシの先祖の忌部子首がおった時代もあれば、出雲国風土記編纂の舞台になったのもここじゃ」
「9世紀には、菅原道真の父・是善がおった可能性もあるばい」
 一真は菅原家の逸話に触れた。
「千年以上も昔にここが栄えていたとは不思議ですね」
 マコトは青々とした平地を眺めながら呟いた。
「この先に熊野大社があるんですね?」
 イオリがインベさんに尋ねると
「この意宇川の上流じゃが、まだまだ先じゃ」
 インベさんは、登り坂でアクセルを踏み込んだ。一山越えた所で県道53号線を右折し、さらに奥へと進んで行った。
 幾度となくカーブを曲がり、少し開けた場所が目的地だった。インベさんは、広い駐車場に車を止めた。

 駐車場から意宇川を渡ると境内があった。熊野大社は、松江の市街地からはかなり奥まった場所にあったが、比較的平坦な土地に鎮座していて雰囲気も明るかった。正面に大きな社殿があり、左右に小さな社が控えていた。
「熊野大社の主祭神は、伊射那伎日真名子(いざなぎのひまなご) 加夫呂伎熊野大神(かぶろぎくまぬのおおかみ) 櫛御気野命(くしみけぬのみこと)、すなわちスサノオじゃ。確かイオリくんは、出雲国造神賀詞のことを知っちょったじゃろ」
「はい。国立博物館の特別展で拝見しました」
「おう、それオレも行ったばい」
 一真がイオリに同調した。
「その神賀詞の中に、この長い名前が登場するんじゃが、出雲国造は出雲大社ができる前は、ここ熊野大社を祭祀の対象にしちょった」
「熊野大社が出雲大社の創建にも影響したわけですか?」
 マコトが尋ねた。
「そげじゃ。その名残で、今でも出雲大社の新嘗祭の神事は、ここから始まっちょる」
 インベさんは熊野大社が出雲一ノ宮である所以を説明した。
「ところで、ここに親方様の足跡はあるとですか?」
 一真は今日の課題の解決を急いだ。
「あーよ。正面がスサノオで右側の稲田神社にクシナダとアシナヅチ、テナヅチが祀られちょって、左側にはイザナミも祀られちょる。だども・・・」
「だども?」
 三人は思わずインベさんの口調を真似た。
「アマテラスの匂いは全くせんのう」
 インベさんは申し訳なさそうに三人に伝えた。
 三殿をお参りした後に社務所で神官に話を聞くと、稲田神社は後に祀られた比較的新しい社だった。古代の斎場は、さらに山奥の天狗山山頂付近にあったが、そこにも、アシナヅチとアマテラスの痕跡はないとのことだった。

「全てがうまくいくと、探求は楽しくなかとです」
 肩を落とすインベさんを一真が慰めた。
「そうですよ。松江探訪は、まだ始まったばかりですよ。次に行きましょう」
 イオリもインベさんを励ました。
「次はどちらへ?」
 マコトが尋ねた。
「次は、主祭神は違うが、出雲にとって重要な場所だけん。そこへ行ってみらこい」
 インベさんは少し元気を取り戻した。
「その場所とは?」
 イオリが尋ねた。
「それは、神魂神社じゃ」
 四人は車に乗り込んで、熊野大社を後にした。

 

 

今回はここまで。
旅の途中で提示されたサルタヒコの謎解きが完了しました。


これまで何気なくお参りしていた佐太神社ですが、須佐神社の朝覲祭と櫛田神社の天狗面から今回の妄想に至りました。
それに小泉八雲の「神々の国の首都」の描写を加味して見ました。



ロケーションは、
佐太神社
佐太神社


出雲国庁跡

熊野大社
熊野大社

次回はいよいよ最終回です。
明日の投稿は、取材のためお休みします。
最後に新たな発見があります。お楽しみに。

第六章 出雲再び
1 神迎えの火

「イオリ、早く!もう時間ないよ」
 羽田空港の出発口で、マコトは駆けてくるイオリに向かって声をあげた。
「ごめん、ごめん。授業終わりにめっちゃ質問してくる子がいてさ」
 マコトとイオリの二人は、平日の最終便で出雲へ向かおうとしていた。
「インベさんが、せっかく来るなら神迎祭の日にしなって言うからさ。私は比較的有給取りやすいけど、あんたは、授業があるもんね」
「ホント、たまたま明日はコマ数が少ない日だったからさ、教頭に頼み込んで、やっと一日だけ休みがもらえたよ。でも、こんな時間からでお祭りには間に合うの?」
 イオリは息を整えながらマコトに聞いた。
「始まるのは夜だから、たぶん大丈夫。それにインベさんが、空港まで迎えに来てくれるって」
「もう、いつも至れり尽せりだね」
「でもね、五行目の答えは、まだ見つかってないって言ってたよ」
「そっかぁ、今回の旅で解決するのかなぁ?」
 イオリが少し不安な顔をすると、
「大丈夫だよ。きっと見つかるよ」
 福岡で弱気だったマコトは影を潜めていた。この自信が何処から来るのか、相変わらずイオリにはわからなかった。

 出雲縁結び空港に到着すると、インベさんが手を振って迎えてくれた。三人は大急ぎで車に乗り込んだ。
「いつもすみません」
 マコトがお礼を言った。
「どうせ暇だけん、いつでもウェルカムだわね」
 インベさんは久々の再会を喜んだ。
「九州の旅もインベさんが紹介して下さった小野さんのおかげで、とっても有意義でした」
 イオリも九州旅のお礼を言った。
「ああ、その話は夕食の時にゆっくり聞かしてごしないや」
 マコトとインベさんとの間では、神迎祭の後で報告会を催すことになっていた。

 稲佐の浜へ向かう途中で日は沈み、辺りはどんどん暗くなっていった。インベさんは、稲佐の浜から少し離れた南側の海岸駐車場に車を止めた。
「この時間だと近くはもう人でいっぱいだけん、ちょっこし離れた場所から見物さこいや」
 そう言ってインベさんは車を降りた。続いたマコトとイオリの顔に冷たい西風が吹きつけてきた。
「うわぁ、思った以上に寒いですね。ダウン持ってきてよかった」
 マコトは身体を震わせた。
「ここらでは『お忌み荒れ』ゆうてな、神在祭の時期になると急に天気が荒れだすけん」
 そう言いながらインベさんは、弓なりになった海岸線の波打ち際まで歩を進めた。
「あの四つの篝火が見える場所が祭場ですか?」
 イオリが200メートルほど先を指して聞いた。海岸の南側から見ると、弁天島の先の方で、注連縄で囲った結界の中に祭壇が設けられ、海側にくべられた四つの薪が、激しく燃え盛っていた。
「あれは迎え火じゃ。毎年この季節になると、セグロウミヘビという南方系の海蛇が打ちあがる。出雲ではこれを龍蛇様としてお祀りしちょる。神迎祭は、その龍蛇様と八百万の神々をお迎えする祭りじゃ」
「それにしても見物する人の数も凄いですね」
 マコトは辺りを見回した。祭壇とそこに至る通路を挟んで、黒山の人集りができていた。
「昔は『参列してごしない』と頼まれて行くくらい人がおらせんかった。これもSNSの影響で、年々人が増えちょーわ」
 インベさんは食傷気味だった。
「出雲大社でオオクニヌシが稲佐の浜を向いていると聞いたのも、これを見るとわかりますね」
 イオリが前回の話を持ち出した。
「ただ、この風習の最初のきっかけが、果たして龍蛇様だったかは、わからせんわね」
 西風を受けながら、インベさんは想いを語った。
「そう言えば、前回インベさんと別れた夜にも夢を見たんですよ。スサノオとオオドシが西へ向けて稲佐の浜を出航するという」
 マコトが出雲での夢の話を報告した。
「ほぉ、稲佐の浜からの行き来があったかね」
 インベさんはマコトの夢を信じていた。
「そうすると、この迎え火の風習は、船を迎えるためのものだったと?」
 イオリがインベさんに問いかけた。
「遥か昔は、そげだったかもしれんということじゃ。それもワシの妄想で、真実はわからせんわね」
 そう話をしているうちに、太鼓の音が鳴り響き、十数名の白装束を纏った神職たちが砂浜に現れ、整列して祝詞を奏上し始めた。
 残念ながら波の音にかき消されて、三人がいる場所からは、その声は聞こえなかった。
 太鼓の拍子だけが響く中、真っ暗な海上からは幾重にも白波が現れ、迎え火に寄せて行った。
「本当に海から誰かがやって来ているように見えますね」
 マコトは神聖な空気を感じ取った。

 最後に柏手を四回打って、神事は思いのほか早く終了した。神職たちは、神籬で龍蛇様を隠して、出雲大社へと引き上げて行った。
 神職たちが去った海岸には、まだ迎え火が煌々と燃え盛っていた。周りの炭を持ち帰ろうと、見物の人々が火を囲い始めた。それは、太古の迎え火の場面を連想させる風景だった。
「ほんなら、ワシたちも移動すーか」
 インベさんは、そう言って二人を車に乗せた。

2 報告会

 インベさんは、報告会のために、神迎えの道沿いの居酒屋を予約していた。神事の直後は混雑するため、迂回してお店へと近づいた。そして、「車を駐車場に止めてくるから」と、二人を下ろして先に店に入るように告げた。
 マコトとイオリの二人は、店の引き戸を開けて中へと入った。店は細長く奥へと続いていた。店員にインベさんの名前を告げると、2階の座敷へと案内された。
 店員の「奥でお連れ様がお待ちです」という言葉に、イオリは「はて?」と首を傾げた。通された部屋には、なんと一真が座っていた。
「あっ、小野さん、早かったですね」
 マコトが気軽に声を掛けた。
「おおっ、先に飲み始めとるばい」
 一真はグラスを片手に応えた。
「ちょっとマコト、聞いてないよ」
 イオリはマコトの耳元で囁いた。
「サプライズ、サプライズ」
 マコトは嬉しそうに座り込んだ。
「あっ、先日はありがとうございました」
 イオリも座りながら九州旅のお礼を言った。
「インベさんは、どうしたと?」
 一真は、グラスのビールを飲み干しながら問いかけた。
「車を駐車場に止めてくるそうですよ」
 マコトはダウンを脱ぎながら応えた。
「あんたらもまずはビールでよかと?」
 そう言って一真は、瓶ビールとグラス三つを追加注文した。
「インベさんは、お車じゃないんですか?」
 イオリが心配すると、
「今夜は近くに泊まるって言ってたよ」
 マコトがさらっと受け流した。そして、ビールが運び込まれるタイミングで、インベさんがやって来た。
「おう、一真くん。よう来てごしなったね」
「インベさん、ご無沙汰ですたい。どうぞこちらへ」
 一真は、インベさんに上座を譲った。
「なぜ小野さんがここに?」
 イオリが疑問に思って尋ねた。
「ワシが誘ったんじゃ。ほら、最後の課題の解決を助けてもらおうと思っちょって」
 インベさんが一真に代わって答えた。
「まぁ、先にカンパイしちゃらんね」
 一真が三人のグラスにビールを注いだ。乾杯の後、四人は食べ物を注文した。
「ここの名物は、締めの『大社焼きそば』で、あとは普通の居酒屋と変わらんけん、好きなもんを注文してごしない」
「大社やきそばって?」
 マコトが不思議そうに問うと、
「まあ、最後のお楽しみだけん」
 インベさんは軽く受け流した。注文を終えると、今度はイオリが次の話を進めた。
「インベさんに九州の報告をする会ですけど、どこから話しますか?」
「一真くんもおるけん、最初から情報を共有さこいや」
「じゃあ、私から話しますね」
 そう言って、マコトが順を追って話し始めた。
「8月に東京でけっこう大きな地震があった日、纏向遺跡の鏡を抱えてミューオンを浴びた私は、救護室で眠っている最中に夢を見ました。それは、1300年前の藤原不比等の屋敷の庭に迷い込み、そこで出会った不比等から巻紙をもらった夢でした。その時もらった巻紙がこれです」
 マコトは改めて巻紙をみんなの前に差し出した。
「その巻紙に書かれていることを、マコトと私で解読して、一行目が『スサノオはアマテラスの弟に非ず、出雲に生まれし王なり』、二行目が『スサノオは西へ、オオクニヌシは東へ進むなり』、三行目は『高天原は日向にあり、アマテラスは北へ進むなり』、四行目は『オオモノヌシはオオクニヌシに非ず』、そして最後が『国譲りは二度起これり』でした」
 イオリは三人を見回した。
「そして、イオリと私の二人は、この謎を解くために、9月の連休に出雲へやって来ました」
「そこでワシが待ち構えちょったわけじゃ。忌部家に伝わる不比等の手紙に、今年、藤原マコトという女性が現れるとあった。その手紙がこれじゃ」
 インベさんは門外不出の品を取り出した。
「確かに筆跡が一致するったい。今まで不比等が残したものは、何一つないはずばい」
 一真は巻紙と手紙を見比べて、改めて世紀の発見だと驚いた。
「忌部家の伝承で、一行目は解決しました。インベさんに案内されて、スサノオが生また塩津、スサノオが育った宇賀と宇美神社、オロチ退治をした八頭、剣舞を舞った佐世、そしてクシナダと愛を育んだ須賀を訪問しました。さらにマコトは、スサノオ由縁の地で、白昼夢を見て、スサノオの半生を垣間見ました」
 イオリがマコトに代わって回想した。
「そして、その日の晩、私はイオリと一緒にオロチ退治の夢を見ました。朝起きたら、テナヅチのものと思われる髪の毛が、私の肩に付いていました」
「翌日は、二行目を解決すべく杵築へ向かった。『オオクニヌシは東へ』は、記紀にすでに記されちょるが、オオクニヌシは宗像のタギリヒメとも結ばれちょる。しかし、オオクニヌシが西へ行った記述はないし、忌部家の伝承にもあらせん」
 インベさんは、静かに語った。
「そこで、スサノオが西へ行った結果、タギリヒメが出雲に来たのでは?ということで、スサノオの西進を探るべく、スサノオとアマテラスが祀られる日御碕神社と須佐神社へ行きました」
 なぜかイオリは雄弁だった。
「須佐神社の神事の先導役がサルタヒコであることがわかったけん、サルタヒコが先導したのは、ニニギではなくスサノオで、九州でスサノオを導いてアマテラスに引き合わせたのではないかと推測した。ワシが案内したのは、そこまでじゃ」
「インベさんと別れた夜、私とイオリの二人は、再び夢を見ました。それは、稲佐の浜を西に向けて出航するスサノオとオオドシ、それを見送るオオクニヌシとスセリヒメのシーンでした。そして、10月にインベさんに紹介してもらった小野さんを訪ねて、イオリと二人で九州へ行きました」
「ようやくオレの出番たい。二人を最初に連れて行ったのは宗像大社辺津宮。イチキシマヒメが祀られとるばってん、本殿の千木は男千木。それの意味するところは、祭神が男神かまたは出雲系。いずれにしてもスサノオ色が濃い神社だったばい」
 出番を待っていた一真が、力強く語った。
「そして小野さんの研究室で、まず福岡の須賀神社の多さを教えてもらいました。次に、日向の西都が高天原であり、魏志倭人伝で言う所の投馬国であると聞きました。さらに邪馬台国は豊の国、つまり大分にあり、スサノオがアマテラスと相対したのは、高天原の前線基地である邪馬台国の北端の宇佐であると説明していただきました。さらにさらに、その後アマテラスは、伊都国の北側、筑紫の日向にまで進出した可能性があると教えていただきました」
 イオリが一真の研究結果を代弁した。
「これはオレの解釈やけん、正解と言えるかわからん。ばってん、不比等が『高天原は日向』だと言っとるっちゃけん、ほぼ間違いなか」
 一真が補足した。
「三行目の解決を見て、その後四行目のヒントとなる天照神社へ連れて行っていただきました」
 マコトが続いた。そこへインベさんが、口を挟んだ。
「天照神社?ワシやちゃ知らんのう」
「遠賀川上流のニギハヤヒが祀られとる神社ですたい」
「ほう、ニギハヤヒが天照と示されちょるのは重要だのう」
「どういうことですか?」
 マコトが盛り上がる二人に問うた。
「本当のアマテラスは、オオヒルメではなくて、大和の初代王ニギハヤヒだったというこつばい。ばってん、今回不比等はそのことには触れてなか」
 一真の説明を受けて
「物部氏の系譜を綴る先代旧事本紀にはその記述が見られますね」
 イオリが一真を見て付け加えた。一真は軽く頷いて続けた。
「天照神社の後、福岡市内へ移動し、愛宕神社へ向かったばい。ここの末社が宇賀神社で、オレはここが、伊都国へ向かう出雲軍の拠点だと、推測したったい」
「ほぉ、宇賀はスサノオの最初の本拠地だけんのう」
 インベさんは興味津々だった。
「なんと、そこでもマコトが白昼夢を見ました。登場人物は、スサノオとオオドシ、サルタヒコの三人。スサノオの指示で、オオドシは遠賀川流域へ、サルタヒコは南部九州へ向かいました。この様子は、インベさんのサルタヒコ先乗り説を支持するものです」
 イオリの顔は、酔いのせいではなく、興奮で上気していた。
「ほぉほぉ、九州でもマコトくんをスサノオが導いてごしなったか」
 インベさんも、マコトの白昼夢の能力は、スサノオが影響しているのだと、睨んでいた。
「愛宕神社から車ですぐの所に猿田彦神社があって、そこは弥生時代の遺跡でした」
「そうそう。その近くを樋井川が流れていたしね」
 イオリもマコトに続いた。
「福岡には、そぎゃん場所があーかね。おもっしぇのう」
 インベさんは九州の新鮮な情報を楽しんだ。
「そして夜は最高の水炊きば、御馳走したばい」
 一真が強調して言い放った。
「美味しい水炊きとお酒を頂きながら、不比等の巻物の四行目の解釈を解いていただきました」
 マコトは一真を立てながら微笑んだ。
「そういえば、オオモノヌシ=ニギハヤヒ=オオドシを小野さんは既に分かっていたとおっしゃっていましたが、インベさんもご存知だったんですか?」
 今度はイオリがインベさんに質問をした。
「ワシはオオモノヌシ=オオドシは、何となく知っちょったが、ニギハヤヒとの結びつきは九州へ行かんとわからんけん、あえてそこには触れなんだ」
 インベさんは一真の説を知っていた。
「そして、私とイオリは博多のホテルでまた夢を見ました。場所は、愛宕神社がある博多湾の浜辺。物部の兵士たちに送られて、オオドシとアマテラスが出雲に向けて出航しました。オオドシは出雲経由で大和に向かい、河内で物部と落ち合うことを約束していました」
 マコトが四度目の夢の話をした。
「そして、家来らしき人が、スサノオによろしくとも言っていました」
 イオリが補足した。
「ほぉほぉほぉ、その夢と白昼夢が、あんたやつの正夢ならば、四行目までが解決したわけだ。だども、アマテラスが一緒に出雲に来るとは、わけくそがわからん」
 インベさんは『国譲り』のことで少しイライラしていた。
「そこですたい。それが最後の『国譲りは二度』のヒントになると思いますばい」
 一真も言葉に力が入った。
「国譲りの交渉に直接アマテラスが出雲に来たと?そぎゃん伝承はどこにもあらせん」
 インベさんは、首を横に振った。
「私たちが見た夢が、本当にあった出来事ならば、アマテラスが出雲へ向かったことは、確かだということになりますね」
 マコトは夢の出来事の解決を求めた。
「でも、出雲にその痕跡がないと、私たちも納得できないです」
 イオリが不安そうに言った。その発言で、四人は押し黙った。

 

 しばらくの後、
「ちょっとワシなりに調べたことも、ここで報告さしてごしない」
 インベさんは改めて三人を見やった。
「まず、石見地方に『隠れ岩伝説』というのがあってな、幼い姫が波子の浦に流れ着いて、しばらくの後に、出雲へ向かうのじゃが、その姫がタギリヒメだという説じゃった」
「タギリヒメの方が、石見経由で出雲にやって来たという裏付けですね」
 インベさんの話を受けて、イオリが確認した。
「それともう一つ。江戸時代初期に書かれた『懐橘談』という地誌に、日御碕神社の上の宮には、スサノオと一緒に宗像三姉妹も祀られちょったという記述があった」
「宗像三姉妹の痕跡が少しずつ見えてきましたね」
 マコトはインベさんの努力を労った。
「だから上の宮の千木が女千木だったのかもしれませんね」
 イオリは千木に拘った。
「スサノオを祀る社が女千木だったと?それは不思議ばい」
 一真は少し引っ掛かりを持った。
「じゃあ明日は、宗像三姉妹より前に、まずアマテラスがどんな行動をしたかを探る旅になりますね」
 マコトが前向きになって皆を誘った。
「出雲の主要な場所は回ったけん、ヒントがあるとすーと松江だのぉ。明日は、そっちを回ってみーか」
 インベさんはそう言って、締めの焼きそばを注文した。
「大社焼きそばって何ですか?」
 マコトが改めて尋ねた。
「出雲では釜揚げそばに自分で出汁をかけて味を調整すーけど、それを真似て杵築では、焼きそばも自分でソースをかけて味を調整しちょーわね。この焼きそばは、あんまし味が付いちょらんけん、適当にソースを掛けて自分の好みで食べーだわ」
 三人は、インベさんの言う通りに、思い思いにソースを掛けて、不思議な焼きそばを味わった。
「そう言えばインベさん、菅原道真も不比等の秘密を知っていたみたいですよ」
 マコトが焼きそばを頬張りながら話しかけた。
「ほお、そげかね。まあ、朝廷で文章博士を務めちょらいけん、立場的に知っちょってもおかしくはないわのう」
 インベさんは、さほど驚きはしなかった。
「でも、それが原因で、藤原氏と対立して、太宰府に左遷されたらしいですよ」
 イオリは小野家の伝承を伝えた。
「それは気の毒だのう。そげすーと、道真の哀れを朝廷の人々は知っちょったけん、貫之のあの序文ができたかもしれんのう」
 インベさんは、900年前後の朝廷のごたごたを推測した。

「どういうことですか?」
 マコトがインベさんに真意を尋ねた。
「道真が太宰府に左遷されたのが901年、没したのが903年。そして、貫之が『古今和歌集』を撰上したのが905年じゃ。朝廷では道真の噂が広まっていて、神話上の出雲の神々が実在したことも薄々感づいていた。貫之は道真に同情して、スサノオの和歌に対して、あえて『人の世となりて』と綴ったかもしれんということじゃ」
「それは面白い解釈ですたい」
 一真は感心して、スマホにメモをした。お腹も満たされた四人は、宴を切り上げた。

3 最後の手掛り

 神迎えの道から勢溜まで歩いて戻ってきた四人は、大社さまに一礼して、前を過ぎて行った。
「インベさんの宿はどちらですか?」
 歩きながらイオリが尋ねた。
「ここから歩いて5分の所だけん」
「みんな一緒に泊まるんだよ」
 マコトがさり気なくイオリに告げた。
「えっ?どういうこと?」
 イオリが戸惑いをみせた。
「一緒に泊まって、マコトくんの夢ば、見られたらよかと思うて」
 一真も最初からそのつもりだった。
「ちょっと、聞いてないよう」
 イオリはマコトに小さな声で囁いた。
「サプライズ、サプライズ」
 悪戯っぽく微笑んでマコトが返した。
「広い部屋で寝室も分けてあるけん心配すーなや」
 インベさんは、あたふたするイオリを優しく宥めた。

 古代出雲歴史博物館の前を過ぎると、道路沿いに和風の潜り門があった。四人が中へ入ると横に広いロビーが突然開けた。
 インベさんが手続きをしている間に、マコトとイオリの二人は浴衣をチョイスした。二人は少し渋めの萩色と鳶色の浴衣を手に取った。イオリはまだ不安そうだったが、マコトはルンルンだった。
 インベさんの誘導で、三人はロビー奥の客室へ向かう扉を目指した。壁には神楽面など出雲をイメージしたデザインが施されていた。
 客室への廊下も細長く、四人は一番奥の角部屋まで進んで行った。部屋の中は、インベさんが言った通りに、広間から続くベッドルームと、扉で閉ざされたベッドルームがあり、奥には、露天風呂も付いていた。
 マコトとイオリの二人は、扉付きの部屋に荷物を置いた。ホロ酔いの四人は、すぐに浴衣に着替えて、男女それぞれの大浴場へと向かった。
 
 湯船の周りにイミテーションの蒲の穂が植えられ、ウサギの像が配置された、出雲神話をモチーフにしたかわいいお風呂に、マコトとイオリの二人は浸かった。
「マコト、二回もずるいよ。何か変に緊張しちゃったよ」
 イオリがマコトに物申した。
「だから、サプライズ、サプライズって二回言ったじゃん」
 マコトは、軽く受け流した。
「えっ?そういうこと?意味わかんない」
 イオリは不服そうだった。
「イオリが小野さんのこと、ちょっと好きになっているんじゃないかなぁと思ってさ」
 マコトは、半笑いでイオリをいじった。
「何?それ」
 イオリはマコトのいじり癖に気が付いた。
「だって、あんた昔っからツンデレ男子が好きだったじゃない?」
「まぁ、そうだけど・・・」
 イオリは仕方なく頷いた。
「最初なぜか、小野さんがあんたに冷たかったけど、だんだん認めてくれたじゃない。これはハマるなぁと思ってさ」
「確かに、そうだったけど・・・」
「で、あんた太宰府で小野さんに腕を絡めたじゃない?やってるなぁと思ってさ。で、今日はどんな反応をするか見たくって」
 マコトは調子に乗って畳みかけた。
「ちょっと好きになったのは、否定しないけど・・・」
 イオリは押され気味だった。
「さっきの報告会でも、やけにテンション高かったじゃない」
 マコトは、芯を捉えて投げかけた。
「そっ、そんなことないよう」
 イオリは、必死に否定した。
「でっ、どうだった?ドキドキしたんでしょ?」
「はい。し・ま・し・た。でも、まだ恋とかそんなんじゃないよ」
 イオリは観念したが、すぐに弁解した。
「はいはい。今回の旅で発展するといいね。明日、出雲大社でお願いしとくよ」
 マコトは足でお湯をかき混ぜながら、楽しそうにイオリを茶化した。

 マコトとイオリの二人が部屋に戻ると、男性陣はくつろいで缶ビールを飲んでいた。時刻は23時を回っていた。イオリは一真を意識してか、すぐに寝室へと入っていった。
「じゃあ、私たちは休みますね」
 マコトはそう告げてイオリに続いた。
「明日は6時起きね。早朝の大社さんに参るけん」
 マコトの背中越しにインベさんが声をかけた。男性陣も目的はマコトの夢を共有する事だったので、宴を切り上げて床に就いた。そして、四人は夢を見た。

 煌々と迎い火が焚かれた稲佐の浜。大勢の人々の中心には、スサノオとオオクニヌシ。そして、西の海の彼方から近づく船団。それはマコトとイオリが博多湾で見た船団だった。
 やがて船は浜に着き、オオドシと思われる凛々しい男性が降りてきた。その男は、続く女性の手を取った。アマテラスだった。さらに10歳くらいの幼い娘を抱き上げて船から降ろした。その娘の姿は、博多湾では見かけなかった。

 船から降りた三人は、スサノオの前に立った。
「お二人をお連いたしました」
「ご苦労だった。遠回りをさせてすまぬ」
「娘を連れて参りました」
「しばらく見ないうちに大きくなったのう」
「会議の準備はいかに」
「わかっておる。明日、親方様のところにお連れしよう」   
 一方で、
「長旅、お疲れ様でした」
「本当は直接大和へ向かう予定だったが、ヒルメ様とイチキシマヒメを出雲へ送り届ける命を受けてな」
「大和へ向けては、いつ出発を」
「物部との約束があるから明日にでも出発する。馬の用意を頼む」
「すでに準備は出来ております」
「これから色々大変だろうが、出雲を頼んだぞ」
 迎え火が燃え盛る中で、それぞれが会話を交わし、やがて散っていった。

 

 

 

今回はここまで。
イチキシマヒメのイメージイラストです。

モデルは声優アイドル=LOVEの元メンバーの齊藤なぎささんです。
齊藤さんは、大分の指Pの娘的存在で、女優デビューの映画「ナツヨゾラ」は宗像大社も近い遠賀川河口の芦屋町で撮影されました。北部九州にご縁がある方です。

ロケーションは

稲佐の浜
弁天島に向かって左側が神迎祭の祭場になります。



大社焼きそば
お店は神迎え通りの「きんぐ」です。


いにしえの宿 佳雲

 

 

次回は、早朝の出雲大社と松江です。お楽しみに。

第五章 九州のスサノオ
7 スサノオの祭り

 翌朝、櫛田神社の境内で一真と落ち合ったマコトとイオリの二人は、早速夕べの夢の報告をした。
「小野さん、聞いてくださいよ。夕べまた夢を見たんですよ」
 マコトが興奮気味に一真に話しかけた。
「ほぉ、あの正夢ってやつね?」
 一真が興味深げに反応した。
「場所は昨日行った愛宕神社付近でした。そこから出航したのは、オオドシとヒルメことアマテラス」
 イオリが夢のさわりを告げた。
「アマテラスがそこまで来たっちゅうことは、筑紫の日向まで来ていたことの裏付けになるばい。ばってん、オオドシとアマテラスが何処へ行くと?」
「出雲へ向かうと言っていました」
 マコトが答えた。
「オオドシが出雲へ帰るのは、わかるったい。ばってん、アマテラスは何で出雲へ行くと?」
 一真は解せない顔をした。
「オオドシは出雲経由で大和へ向かうと。そして、河内で九州の物部と合流すると言っていました」
 イオリが夢の最後を語った。
「おお、物部を引き連れて大和へ入るのはニギハヤヒたい。その夢が本当に正夢ならば、ニギハヤヒ=オオドシということになるったい」
「ならば、夕べの推測も当たりだと」
 イオリが一真の顔を覗き込んだ。
「ばってん、自分でその夢を見たわけやなかけん、当たったと言われても、実感がなか」
「そう言われると、私たちも自信がないなぁ」
 マコトは困り顔をした。
「まぁ、あんたらの中で四行目まで解決したんなら、それでよか。で、お櫛田さんの話をするったい」
 一真は、夢の話を切り上げて、櫛田神社の本殿に向けて歩き出した。楼門を潜って、手水舎で清めた三人は、瑞垣の中へ入っていった。

 日曜日の朝の櫛田神社は、観光客で賑わっていた。
「ここの主祭神は、オオハタヌシとスサノオとアマテラスばい。三重の松阪にある櫛田神社に由来すると言われとる。ばってん、櫛の名は、クシナダからスサノオを連想させるばい。本殿の中を見てみんしゃい」
 一真に促されて、マコトとイオリの二人は、中を覗き込んだ。
「大きな額に『須賀大神』と書いてあるばい」
「本当だ」
 マコトが視認して呟いた。
「福岡では、スサノオと言えば須賀なのが、ここでもわかるっちゃろ」
 一真は昨日の研究室での説明を確認した。
「柱ごとに天狗の面が飾られているのは何故ですか?」
 イオリがまた異なる視点で指摘した。
「おお、今まで気が付かんかったばい」
 さすがの一真も意識していなかった。
「お面の頭上にある三つ又の物は何ですか?」
 マコトも重ねて質問をした。
「あれは三叉槍と呼ばれる槍の一種の先端で、サルタヒコを描く時によく用いられとるばい」
 一真の返答に対し、
「ここにもサルタヒコ・・・」
 イオリが思わす呟いた。
「須佐の神事とお櫛田さんの飾りは、インベさんが言うとったサルタヒコがアマテラスとスサノオを引き合わせたという言い伝えを、それぞれが示しているかもしれんばい。先人達の伝承がそこかしこに隠れていて、それを読み解くのも考古学の楽しみばい」
 一真は続けた。
「あんたの白昼夢も正夢ならば、サルタヒコの役割については、不比等の巻物に加えて大発見たい」
 一真はマコトに熱い視線を送った。
「ところで、有名な博多祇園山笠は、この神社のお祭りですよね?」
 白昼夢について自信のないマコトは、あえて話題を変えた。
「正式には祇園例大祭。祇園祭は京都の八坂さんが有名だが、いずれもスサノオを祀るお祭りばい」
「インドの祇園精舎の守護神、牛頭天王が神仏習合によりスサノオと同一視されたことから、京都東山のスサノオを祀る社が祇園社となり、後に八坂神社になったんですよね」
 イオリが薀蓄を披露した。
「祇園と名の付く祭りが、福岡だけでも9つ、大分に3つあるったい。みんなどれだけスサノオが好きっちゃね!って話たい」
 一真は少し大げさに手を広げてみせた。
「凄いですね。スサノオパワー」
「北部九州の人々のDNAの中に、スサノオ好きが組み込まれているみたい」
 マコトとイオリの二人は、改めてスサノオが九州に来たことを実感した。
「さて、筑紫のスサノオ一族とアマテラスの謎を読み解く鍵は、まだあるっちゃよ」
 一真はそう言うと、二人を車に乗せて、櫛田神社を後にした。

8 イタケルの活躍

 一行は都市高速から九州道を南へ進み、筑紫野インターを下りて、県道17号線をさらに南下した。城山を左折してしばらく行くと、一真は車を止めた。
 閑静な住宅街の一角の小高い山の上に、ひっそりと佇む神社があった。三人は階段を上って境内へと向かった。
「ここは、筑紫神社。福岡県の東部を除いたほぼ全域を筑紫の国と言うっちゃけど、筑紫の語源は何かと思うね?」
「ちくし?つくし?どっちが正しいの?」
 マコトが逆に質問を返した。
「どっちも正解ったい。昔、この付近の山の峠に荒ぶる神がいて、行き交う人々を殺しとったばい。命を尽くしたことから、いのちつくしが縮まって、ちくし、つくし、やけんどっちも正しか」
「恐ろしい話ですね」
 マコトが肩を竦めた。
「筑紫神社には、そんな恐ろしい神が祀られているんですか?」
 イオリが尋ねた。
「いや、恐ろしか神は鎮められたばい。実は、太宰府に左遷された菅原道真には、卑弥呼の痕跡を筑紫で追っていたフシがあるっちゃけど」
 一真がついに小野家の伝承を口に出した。
「筑後国風土記逸文にて、甕依姫を祭司として祭らせたところ、命尽くし神は鎮まったとされとる。ばってん道真は、卑弥呼はヒミカとも読めるとし、この甕依姫が卑弥呼だと推測しとるばい」
 一真はさらに続けた。
「宇佐から陸路で筑紫の日向を目指したならば、ここの峠を必ず通るばい。峠にいる山賊ば、成敗した話がこげんして残っとるばい」
 一真は独自の見解を示した。
「つまりアマテラスがここを通って筑紫の日向に向かったと?」
 イオリはアマテラス=卑弥呼という一真の説をある程度理解していた。
「じゃあ筑紫神社の本当の主祭神は誰なんですか?」
 マコトが改めて一真に尋ねた。
「それは、イタケルばい」
 一真が自信たっぷりに答えた。
「イタケルですか?」
 マコトは首を下に傾げた。
「この神社の由緒には『主祭神はイタケルという説もあるが断定はできていない』とある。ばってん、イタケルで間違いなか」
「イタケルと言えばスサノオの次男ですね。日本書紀には、『新羅から木の種を持ち帰って、筑紫から始めて国中に蒔いた』と記されていますね」
 例によってイオリが一真に応えた。
「その始まりの地がココたい。向こうの山は、基山と書いて『きやま』と呼ぶったい」
「あっ、そう言えばインベさんが、木山とはイタケルのことだと言っていました」
 イオリは出雲で覚えたことを告げた。
「イタケルは新羅経由でここに来た。ここは東西南北を結ぶ重要な巷やったから、色んな人がやって来たったい」
 一真はここが重要な拠点だったと示した。
「イタケルはここでスサノオと再会したかもしれませんね」
 マコトは、昨日の白昼夢でのスサノオの言動から二人の姿を想像した。するとまた意識がどこかへ飛んで行った。

 現在は青々としている山々は、岩肌が剥き出しでゴツゴツしていた。それを眺めながら、若き青年が、スサノオに語りかけていた。
「大陸では、船を造る材料として、杉と楠を育成し、宮を建てる材料として桧を植えていました。これらの種や苗を持ち帰ったので、ここから植えて参ります」
「丈夫で速い船を造る技術も広めてくれ。船の役割は、これからさらに重要になる」
 そう言ってスサノオは、青年とそれに従う者たちを送り出した。
 残ったスサノオは、自らの従者に話し掛けた。
「私の子ども達は皆、重要な役割を担っておる。長男のヤシマヌは須賀を守り、次男のイタケルは、大陸へ渡り技術の伝搬を促進し、長女のオオヤヒメと次女のツマツヒメがそれを補佐する。最も猛々しい三男のオオドシは私を補佐し、四男のウカは稲作を広めておる。五男のイワサヒコは長男を補佐し、末っ子のスセリヒメはオオクニヌシを婿に迎えて出雲の繁栄の一助となった。私はこの任務を終えたら、あとはオオドシに任せて出雲に帰るとしよう」
 そう言ってスサノオは、皺の増えた笑顔を見せた。

 一真は、マコトの様子に全く気付かずに話かけた。
「ここの摂社に五社神社があるっちゃけど、3つの須賀神社と2つの天満宮を統合したとあるけん、ここもスサノオの影響下にあったことは間違いなか」
 マコトはぼんやりしながら頷いた。イオリは隣のマコトの腰に、そっと手を回した。
「小野さん、マコトがまた白昼夢を見たみたいです」
「ほお、やはりここにもスサノオがおったと?」
 マコトが白昼夢を見る場所は、スサノオ由縁の地に限られていた。
「スサノオとイタケルが出会っていました」
 マコトが弱々しく答えた。
「そこの基山の向こうは吉野ヶ里たい。本当にスサノオはこの辺りまで、影響を及ぼしたったい」
 一真は新たな確信を喜んだ。
「スサノオもアマテラスもここを訪れたと?」
 イオリの頭の中はグチャグチャだった。
「時系列を整理すると、まずスサノオとオオドシが博多湾にやって来た。その後、スサノオは筑後へ、オオドシは遠賀川流域へ、サルタヒコは南部九州へ向かった。そして、サルタヒコの計らいで、スサノオとアマテラスは宇佐で同盟を結んだ。しばらくの後に、サルタヒコに導かれて、アマテラスは筑紫の日向に出向いたっちゅうこつたい」
 マコトの白昼夢の情報を踏まえた一真の分析は明確だった。
「九州のあちらこちらで様々な物語が紡がれたのですね」
 マコトがはっきりと意識を取り戻して、古代九州に思いを馳せた。
 三人は本殿をお参りして、ここを後にした。

9 道真左遷の真実

「せっかく福岡に来たっちゃけん、最後に太宰府にお参りするったい」
 一真はそう言って車を走らせた。国道3号線を北上して、わずか10分程で太宰府に到着した。
 参道を歩きながら一真が言った。
「ここの創建は905年だから、古代とは言えないばってん、ここでは小野家のとっておきの伝承ば教えるったい」
「えっ?何ですか?」
 イオリが目を輝かせた。
「まぁ、後のお楽しみったい」
 一真は笑みを浮かべて、太鼓橋を渡って行った。境内には、巨大な楠があちらこちらにそびえ立ち、さすが九州でも有数のパワースポットであることを示していた。楼門を潜ると、飛梅を従えて、本殿が凛と立っていた。
「ここは、菅原道真の墓所に建立されとるったい」
「圧倒されますね」
 マコトは感慨深げに境内を見回した。
「道真は出雲に関わりのある人物だって、知っとーと?」
「確か太宰府天満宮のサイトには、アメノホヒの末裔だと」
 イオリがすかさず答えた。
「アメノホヒまで遡る前の話たい。それを示す出来事が日本書紀に記されとるっちゃけど、どれだかわかるね?」
「えっ?なんだろう?」
 イオリが答えを探った。
「ノミノスクネの話たい」
 一真はイオリに考える時間を与えなかった。
「あの相撲の起源といわれる?」
 マコトが問うと、
「そうか!ノミノスクネはアメノホヒの子孫である出雲国造家の出身で、力比べでタイマノケハヤに勝利して、垂仁天皇に仕えた。そして、皇后が亡くなった際に、殉死の代わりに埴輪の埋葬を提案して、土師の姓を賜り、その土師氏が後に菅原氏になったという」
 挽回するべく、イオリが薀蓄を語った。
「そうたい。ばってん、まだ続きがあるばい。道真の父・是善は朝廷の役人として各地を巡ったっちゃけど、出雲で御先祖のノミノスクネの墓参りをした時に、案内をしてくれた娘を寵愛して、子どもをもうけたばい。その子こそが道真たい」
「じゃあ、両親とも出雲の血を継いでいたと」
 マコトが一真に顔を向けて見極めた。
「そうたい。そして、その出雲へのこだわりが、太宰府左遷を招くことになるったい」
「えっ?どういうことですか?」
 イオリがすぐに反応した。
「まぁ、お茶でもしながら、話さんね」
 一真がはぐらかした。
「ええー、すぐに聞きたい!」
 イオリが一真の腕を掴んで、おねだりした。大胆なイオリを見たマコトは、ちょっと驚いた表情をした。九州男児の一真は、まんざらでもなさそうだった。

 参拝を終えた三人は参道へと戻った。一真は、木材が突き出した不思議な構造の建物へと入って行った。そこは有名な建築家が設計したスタバだった。お昼過ぎだったので、三人はドリンクのほかにフードメニューもオーダーした。
 席に着くとイオリが一真を急かした。
「小野さん、早く話の続きを聞かせてください」
「しぇからしか。ちょっと食べてからでも、よかろーもん」
 一真は半分笑いながら再びはぐらかした。
「不思議なお店ですね。私とイオリがよく行くスタバも心地いいけど、ここの雰囲気もいいですね」
 マコトがのんびりと店内を見回しながら感想を述べた。
「ここを目的に来る観光客もおるったい」
 二人の世間話をよそに、イオリはイライラしながらキャラメルマキアートを啜った。

 しばらくして、ようやく一真が話を始めた。
「じゃあ、続きの話をするったい」
「よっ、待ってました」
 イオリが拍手をして歓声を上げた。
「道真は何で太宰府に左遷されたことになっとると?」
 一真がイオリを見て尋ねた。
「一般的には、道真が右大臣の時に、政敵の左大臣・藤原時平の讒言によって左遷されたと、されています」
 イオリは速攻で答えた。
「道真が、藤原氏から嫌われたのは違いなか。ばってん、それには理由があるったい」
「その理由とは?」
 マコトも関心を持った。
「道真は893年、宇多天皇の命により、時平らと共に『三代実録』の編纂委員に任命されたっちゃね。『三代実録』とは、記紀と同様に天皇の歴史を記すものばい。ここで道真は、正しい歴史認識に基づいて編纂することを主張したったい。ばってん、藤原氏の猛反対にあって、これがきっかけで、結果901年に左遷されたったい」
 一真は事の真相を明らかにした。
「つまり道真は、藤原不比等が作り上げた偽りを知っていたわけですね?」
 イオリが確認をした。
「やけん、出雲族の伝承が伝わっていたったい」
 一真は、自分の感覚に自信を持っいた。
「でも、道真の始祖のアメノホヒは、天孫系の方じゃないですか?」
 イオリが疑問を呈した。
「ホヒの末裔で、道真とも繋がる出雲国造家は、神賀詞を奏上する立場。不比等の秘密を知っていてもおかしくはなか」
「不比等が道真にまで影響を与えていたとは、驚きですね」
 マコトは冷静に応えた。
「左遷先がここ九州の太宰府だったのも、不思議なご縁たい」
 一真は、出雲と北部九州の繋がりが輪廻していることを伝えた。
 マコトとイオリの二人は、予想外の情報を得たことを驚き喜んだ。

 一行は、飛行機の時間が迫ってきたので、急いで福岡空港へと向かった。日曜日の都市高速は渋滞していて、空港へはギリギリの到着となった。
「最後の『国譲りは二度』やけど、やっぱしあんたらの夢に出てきたアマテラスが鍵を握っていると思うばい」
 一真が出発間際に話しかけた。
「今回のことをインベさんに報告をしに、もう一度、出雲に行くつもりです」
 マコトが応えた。
「出雲にアマテラスが起こした行動の痕跡があれば、全てが解決するかもしれんばい」
「それにしても、今回の旅は有意義でした。まさか道真まで不比等と接点があるとは、思いもしませんでした。ありがとうございました」
 イオリが改めてお礼を言った。
「美味しい水炊きもいただけたし、福岡は最高でした」
 マコトは食優先だった。
「今度は絶品のもつ鍋ば、食べさしちゃーけん、また来んね」
 一真は福岡の食に絶対の自信を持っていた。
「はい。ぜひ!」
 二人は声を合わせた。
 マコトとイオリの二人は、北部九州の歴史と食を満喫して、福岡を後にした。

 

 

今回はここまで。
菅原道真のイメージイラストです。

イメージというよりリライトです。
アシナヅチのイメージを描いた時に八重垣神社の壁画を参考にしたのですが、服装が似ています。八重垣神社の壁画は、菅原道真の時代に描かれたことが伺えます。

イタケルのイメージイラストです。

スサノオの息子ですが、髪型や衣装を大陸寄りにしてみました。

 

ロケーションは、

櫛田神社の本殿の中

筑紫神社
筑紫神社

大宰府
太宰府天満宮
誰もいない境内。何時どうやって撮ったのでしょう?

なお、
甕依姫が卑弥呼だとの推測は武井敏男さんの「菅原道真の古代日本論」を参考にさせていただきました。

三軒目のスタバは、太宰府天満宮表参道店でした。

次回は再び出雲です。お楽しみに。

4 ニギハヤヒとは誰?

 一真のレクチャーを受け終えたマコトとイオリは、不比等の課題の三行目までが解決できたと確信した。と同時に、四行目の『オオモノヌシはオオクニヌシに非ず』を意識した。日本書紀では、唐突に大物主神=大国主神と記され、世の中では、その解釈が錯綜していた。
「四行目もここ九州で解決できますか?」
 マコトが期待を込めて、一真に問いかけた。
「半分はできるばい。ばってん、後の半分は憶測になるばい」
 そう言って一真は、二人を車に乗せて、大学のキャンパスを後にした。

 車の中で一真が二人に語りかけた。
「オオモノヌシが祀られている神社と言えば、奈良の大神神社ばい。そこの主祭神は、倭大物主櫛甕魂命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)。これが誰なのかを推測してみようと思うったい」
「大神の神とは、オオクニヌシの元をスクナヒコナが去った後に、海の彼方からやって来て、大和の三輪山に祀れといった神様ですね」
 イオリが古事記の内容を確認した。
「そうたい。ばってん、オオモノヌシの前に、ニギハヤヒという人物を追いかけてみたいと思うっちゃね」
「ニギハヤヒですか?」
 助手席のマコトが、不思議そうに一真の横顔を見た。
「日本書紀にて、神武東遷より先にアマテラスから十種神宝を授かって、河内経由で大和に入った方ですね」
 イオリが後部座席からフォローした。
「そうたい。あんたもなかなか勉強しとっちゃね。十種神宝は王の証。やけんニギハヤヒは大和の最初の王ったい。この場合の大和とは、大神神社がある三輪山の麓、ちょうど纏向遺跡が在る辺りを指すばい」
 一真の自信たっぷりの発言は、マコトとイオリを魅了した。

 宗像から直方方面に車で30分。少し開けた平野部で車は止まった。脇には大きな川が流れていた。そこは、大きな盆地状の土地で、川の両側にのどかな田園風景が広がっていた。
 車を降りたところで、一真が説明をした。
「この川は犬鳴川って言うっちゃけど、遠賀川っちゅうバリでかい川の支流ったい。昔の川は今よりもずっと深くて、海から船で上流まで来れたったい。交通の便が良く、内陸の平野部で外敵も少なく、よか気候のこの場所は、稲作をして住むには最適だったわけたい」
「へぇ、ここまで海から船が遡ってきたんだぁ」
 マコトは川を眺めながら、出雲で見た船団がやって来るのを何となく想像した。物見をするマコトをよそにして一真は続けた。
「ここにある天照神社は、記紀よりもずっと古い社で、朝廷に影響されずに残った数少ない社ばい。ここの主祭神は、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊ばい」
 一真は、福岡の地図で位置関係を確認しながら、神社の概要を説明した。
「ニギハヤヒがここに祀られとるっちゃけど、ここでわかるのは、ニギハヤヒ=アメノホアカリ、そしてクシタマであるこつたい」
「大神神社のクシミカタマに似ていますね」
 イオリは一真の意図を汲み取った。
「そうたい。クシミカタマのミカは尊称ばい。ニギハヤヒはオオモノヌシである可能性があるばい」
 興奮気味の一真に従って、三人は本殿をお参りした後、境内を巡った。するとイオリがあることを指摘した。
「境内で祀られている摂社が、須賀・恵比寿・諏訪・鹿島と出雲神話に登場する神様ばかりですね」
「ほぉ、よう気がついたばい」
 一真のイオリに対する態度が少しずつ変化した。
「それが二つ目のヒントばい。記紀では一切語られていないっちゃけど、ニギハヤヒは出雲族だった可能性もあるばい」
「とすれば、いったい誰?」
 マコトは眉をひそめて腕組みをした。
「その解明は後回しにして、次に行くばい」
 一真には、今日中に巡っておきたい場所がまだあった。

5 古代の要衝

 一行は若宮インターから九州道を通って福岡市内へと向かった。
「さっきのニギハヤヒの話は、落ち着いた場所でしたいっちゃけど、あんたら今夜の予定はどげんね?」
 一真が二人に問いかけた。
「特に予定はないですけど、美味しいものが食べたいなぁみたいな」
 マコトが陽気に答えた。
「じゃあ、ゆっくり鍋でもつつかんね?もつ鍋と水炊きのどっちがよかと?」
 マコトとイオリの二人は顔を見合わせた。
「最近、もつ鍋は東京でも食べられるので、水炊きでお願いします」
 代表してマコトが要望を告げた。
「博多のもつ鍋ば、東京と同じと思われると困るっちゃけど、まあよか。今夜は水炊きにするばい」

 一行は都市高速の百道ランプを降りて、よかトピア通りから室見川を渡り、マリナ通りの住宅展示場の脇を左に折れ、小高い山を登って行った。
 山の頂には、博多湾を見張るように、立派な社が鎮座していた。三人は、神社の駐車場で車を降りた。さらに階段を上って境内に出ると、一真が語り始めた。
「ここは愛宕神社。京都・東京と並ぶ日本三大愛宕の一つばい。ただ愛宕信仰は江戸時代に流行ったものばってん、元は末社の宇賀神社が祀られとったと、オレは踏んどるばい。福岡には須賀神社が多いと言ったっちゃけど、宇賀は珍しか。インベさんが、宇賀はスサノオの最初の本拠地と言うとったやろ。ここは、北部九州の最初の本拠地ばい。この地図ば、見てみんしゃい」
 一真は福岡市の地図を取り出した。
「これは現代の地図やけど、古代では、この一帯はほぼ海ばい。古代の大都市・伊都国はこの辺り。東からの船は、ここから出入りしていたと思われるったい。スサノオが出雲から伊都国を目指した時に、陣取るとしたらココしかなか」
「へぇ」
 マコトが展望台から辺りを見回した。
「ばってん、これは完全にオレの妄想くさ」
 一真は自ら自分の話の腰を折った。
「ええっ、小野家の伝承とかじゃないんですか?インベさんのところみたいに」
 イオリが不満そうに訴えた。
「小野家は太宰府の監視が目的やったから、スサノオに関する伝承はなか」
 一真は即座にイオリの訴えを退けた。
「何かほかに手掛かりは?」
 マコトも不服そうに尋ねた。
「伊都国からさらに内陸に入った所に、吉野ケ里遺跡があるっちゃろ」
「あの巨大な環濠集落で有名な」
 イオリはすぐに反応した。
「あそこで出土した銅鐸と、出雲で出土した銅鐸が同范、すなわち同じ鋳型で造られとるばい。つまり一世紀から三世紀にかけて出雲と北部九州が繋がっとったのは、間違いなか」
 そう言い切った一真の横顔を夕陽が照らした。研究者である一真は、状況証拠ばかりで、確信が持てない自分に苛立っている様子だった。その時、隣で夕陽を浴びていたマコトに変化が訪れた。

 壮年となったスサノオと稲佐の浜で見た青年。二人は博多湾を臨む丘の上で、月を望み、酒を酌み交わしていた。
「皆のおかげで伊都国との同盟は成立した。これで大陸との安定したルートが確立される。私は、ここから筑紫の奥へと進行する。やがてイタケルも大陸から戻って来るであろう。オオドシよ、そなたは、ここの地元の民と共闘して、遠賀川流域を平定し、日向への足掛かりを築いてくれ」
 すると、誰もいないはずの物陰から別の男の声が聞こえてきた。
「次の任務はいかに?」
「おうサルか。そなたはまた、先乗りで宇佐から南へ潜入し、日向との同盟の可能性を探ってくれ」
「御意」
 男はそう言って、すぐに姿を暗ませた。

 イオリがボーッとしているマコトに気づいて声を掛けた。
「マコト、また夢を見たのね。スサノオはいたの?」
 マコトは無言のまま頷いた。
「小野さん、小野さんの推測は、当たっている気がします」
 博多湾の彼方を見つめる一真に、イオリが優しく話しかけた。
「気休めはよか」
 一真は少し拗ねぎみだった。
「上手く言えないけど、ここにスサノオを感じます。小野さんがここに連れて来てくれなければ、この感覚は味わえませんでした」
 生気を取り戻したマコトも強く訴えた。
「そうそう。小野さんの情報は貴重だし、何よりもワクワクして楽しいです。妄想でも何でも、もっと小野さんの説を聞かせてください」
 イオリがダメを押した。九州男児の一真は、女のおだてには弱かった。
「そう言われると、悪い気はしないっちゃね」
 一真は振り返ってイオリに笑顔を見せた。元気を取り戻した一真は、本殿前の鈴に近づいて大きく揺らした。
 一行は参拝を済ませ、マコトとイオリが泊まるホテルへと向かった。

 マリナ通りから平行に走る明治通りに移り、天神方面へ向かう途中、藤崎辺りで信号待ちをしていると、一真が前方の右側を指さして、話を始めた。
「あそこにあるのが猿田彦神社。この辺りでは珍しか。須賀神社もそうやけど、なんの縁もゆかりもない場所に祀られることはなか。あの神社の辺りは、藤崎遺跡っちゅう弥生時代からの古墳群があった場所たい。地下鉄工事で今は面影がないばってん、太古の昔は、出雲と繋がりがあった可能性もあるばい」
 一真は、何気なく話をしながら、青信号で車を進めた。マコトは、神社の鳥居を見ながら、さっき見た白昼夢と織り交ぜて、インベさんが言った通りに、ここにサルタヒコがいたのだと感じ取った。
 そして、西新を過ぎた辺りで、再び一真が二人に話かけた。
「今渡っとるこの川やけど、名前を樋井川って言うっちゃね」
「えっ?ヒイカワって出雲と同じ?」
 イオリが声を上げた。
「いつ誰が名付けたかは、わからんばってん、これも出雲の人の可能性があるばい」
 そんな話をしているうちに、一行は中洲の那珂川沿いのホテルに到着した。
「オレは車を実家に置いて来るったい。6時50分に大濠公園駅の改札で待っとるばい。すぐそばに中洲川端駅があるけん、あんたらは地下鉄できんしゃい」
 そう言って一真は車を走らせた。

6 オオモノヌシの謎解き

 大濠公園駅から歩いてすぐのお店に着いた三人は、二階の個室に通されて席に落ち着いた。
「ここは、朝締めの鶏しか使わない店たい。メニューは水炊きと唐揚げだけ。やけん注文を迷う心配はなか。で、飲み物は何にすると?」
 三人はビールを注文し、乾杯をして喉を潤した。すると黄金色のスープが入った鍋とともに湯飲み大の器も運ばれてきた。
「まぁ、これをちょっと飲んでみんね」
 一真に勧められて、マコトとイオリの二人はスープをすすった。
「うわー優しい味!」
 マコトが歓声を上げた。
「優しくて深いですね。今までに味わったことがない風味」
 イオリは、目を閉じて、鼻と舌で味わいを楽しんだ。
「これが博多の実力たい。これからまだまだ楽しめるったい」
 一真は我が事のように胸を張った。

 本場の水炊きとオリジナルの唐揚げを堪能しつつ、食事が一段落したところで、一真が切り出した。
「さて、本題のニギハヤヒの話をするっちゃね」
 マコトとイオリの二人は、少し姿勢を正して聞く態勢に入った。
「昼間の天照神社で、ニギハヤヒ=クシタマ、大神神社の祭神がクシミカタマだから、ニギハヤヒ=オオモノヌシの可能性があることと、摂社に祀られている神々が、みな出雲に関連していることから、ニギハヤヒは出雲族では?という説までは伝えたばい」
「じゃあ、出雲の誰かって話でしたね」
 マコトが確認をすると、一真は軽く頷いた。
「古事記を読むと、スクナヒコナが去ってやって来たのは『三輪山の上に坐す神なり』で話が締められとるっちゃけど、その次は何の話ね?」
 一真が試すようにイオリに振った。
「確か、オオドシの末裔の話ですね」
「そうたい。で、その文頭には何て書いてあると?」
「すみません。そこまでは・・・」
 イオリは拳を額に当てて悔しがった。
「まぁよか。『かれ、そのオオドシ神は』で始まっとる。この文章を繋げれば、三輪山に坐す神、つまりオオモノヌシはオオドシになるばい」
「オオドシと言えば、スサノオの五番目の子ですね」
 マコトはインベさんから学んだ八坂神社のことを覚えていた。
「じゃあ、インベさんは、須我神社の若宮神社で何て言うとったと?」
 一真は、挑発的にイオリを見やった。
「確か、火守はヤシマヌ、木山はイタケル、琴平はオオドシ・・・と」
 さすがのイオリはしっかりと覚えていた。
「よう覚えとったばい。で、香川の金刀比羅宮の主祭神は誰ね?」
「オオモノヌシ!」
 マコトとイオリの声が重なった。
「そうたい。オオモノヌシはオオドシという可能性が高くなったばい」
「ニギハヤヒ=オオドシという裏付けはないんですか?」
 イオリが鋭く指摘した。
「そこっちゃねぇ、苦労した。ばってん、見つけたばい」
 一真の目が鋭く輝いた。
「何が見つかったんですか?」
 イオリが身を乗り出した。
「金刀比羅宮が祀られている香川県の琴平町に、大字上櫛梨字大歳という場所があるっちゃね。そこに大歳神社があって、そこの主祭神がイスケヨリヒメだったばい」
「どういう事ですか?」
 マコトが説明を求めた。
「昼間も確認したっちゃけど、ニギハヤヒはアマテラスから授かった十種神宝を持って河内から大和に入ったばい。ニギハヤヒには、大和でミカシキヤヒメとの間に儲けたウマシマジという息子がおったばってん、そのウマシマジは、最終的に出雲の隣の石見で没したとされとるばい。そこに祀られている物部神社の神社名鑑には、ウマシマジは長年、十種神宝を安置していて、イワレヒコが神武天皇に即位する際に、十種神宝を奉ったのは、皇后の為とあるばい。神武天皇の皇后とは、誰ね?」
 一真は再びイオリに聞いた。
「ヒメタタライスズヒメですね」
 イオリは即答した。
「そうたい。日本書紀ではそう記されとるばってん、古事記ではヒメタタライスケヨリヒメばい。ウマシマジは何故、十種神宝をイワレヒコに渡したか?それは、皇后のイスケヨリヒメがニギハヤヒの正当な後継者だったからばい。おまけに古事記では、イスケヨリヒメは、ズバリ、オオモノヌシの子となっとるばい。つまり、ニギハヤヒの末娘であり、オオモノヌシの子とされるイスケヨリヒメが、琴平町の大歳神社に祀られとるわけたい」
 一真が自信たっぷりに言い放った。
「なんか、背筋がゾクッとしました」
 イオリが腕を抱えて震える素振りをした。
「オオモノヌシ、ニギハヤヒ、オオドシの三者が一つになったということですね」
 マコトも納得して、一真を見つめた。
「まあ、いいとこ取りの継ぎ合わせったい。ばってん、そうでもせんと、日本の歴史は解明できんばい。後は自分の感覚を信じるだけたい。それだけ、あんたの持っとる資料が貴重だってこつたい」
 一真は、マコトが持つ不比等の巻紙の重要性を訴えた。
「おそらくオオドシは、スサノオに従って九州にやって来て、そこでニギハヤヒと名乗ったったい。そして、今日行った天照神社の辺りまで勢力を伸ばした。さらに地元の物部を引き連れて、最終的には大和まで行き着いたばい」
 一真は、オオドシの行動を推測した。
「じゃあ、『オオモノヌシはオオクニヌシに非ず』は、小野さんの中では、既に解決していたんですね」
 イオリは呆れた顔をして一真に訊ねた。
「ははは、というこつたい。ばってん、最後の『国譲りは二度』はわからんばい。インベさんにも問われたばってん、今のところ手掛かりなしたい」
 一通りの話を終えて満足そうな一真に対し、マコトが正対して話を返した。
「じゃあ、今度は私たちから報告があります」
「えっ、何ね?改まって」
 今度は一真が姿勢を正した。マコトは横のイオリに目配せをした。
「マコトはタイムリープの他に、もう一つ能力を見つけたんです」
 イオリは低い声で続けた。
「マコトはスサノオ由縁の地に限って白昼夢を見るようになったんです。生まれた場所の塩津、オロチ退治の現場の八頭、そして終焉の地、須佐などで以前見ていたんですが、さらに今日、愛宕神社でも見てしまったんです」
「じゃあ、あの地にスサノオはおったと?」
 一真は唾を呑みこんで確かめた。
「たぶん、そうです。スサノオとオオドシ、そしてサルタヒコが会話を交わしていました。スサノオは、オオドシに遠賀川流域を目指すように言っていましたから、先ほど小野さんがおっしゃっていた天照神社の話まで、推測は当たっていると思います。帰り道での猿田彦神社のお話も、なるほどと感心しました。ただしこれは、夢以上に曖昧な情景描写で、私自身、確信には至っていませんが・・・」
 マコトは自信がなかったが、自分が受けている事象については、嘘偽りなく話をした。
「不比等の事があるけん、オレらは信じるしかなか。ばってん、研究者としては、確固たる証拠が欲しかねぇ」
 一真の意見はもっともだった。マコトとイオリが下を向いた。それを見た一真は、両手を合わせて、柏手のようにパンパンと二度鳴らした。
「まぁ、ポジティブに考えれば、オレたちの考え方の方向性は間違ってなか、というこつたい。ここから裏付けを探し出すのが考古学の楽しみばい。まぁ、ここまでの成果を喜んで、今夜は飲むばい」
「そうですよね。美味しい料理とお酒が目の前にあるのに、もったいない」
 根が明るいマコトは、すぐに元気を取り戻した。一真は、芋焼酎のボトルを傾けて、水割りのグラスをイオリに差し出した。イオリも笑顔でそれを受け取った。

 その後、三人は芋焼酎のボトルも空けて上機嫌になった。店を出る前に明日の約束をした。
「じゃあ明日は10時に、お櫛田さんの境内で待っとるばい」
「了解しました。今日はありがとうございました」
 マコトが礼を言った。
「明日も楽しみにしています」
 イオリも笑顔で告げた。
 店の前に出たところで、一真はもう一軒行くと言って、夜の街へ消えて行った。マコトとイオリの二人は、地下鉄でホテルへと向かった。

 すっかり酔っ払った二人は、ホテルの部屋に戻ると、互いに手短にシャワーを浴びた。
 ツインのベッドに座り込んだ二人は、今日の出来事を振り返った。
「何か小野さんに振り回された一日だったね」
 マコトは枕を抱えて話を始めた。
「最初、私に冷たく当たるからビビったよ」
 イオリはベッドを叩いてマコトに訴えた。
「小野さんって、子どもっぽいところがあるから、案外イオリのことが、好みのタイプかもしれないよ」
 マコトは嬉しそうにイオリを茶化した。
「もう、やめてよ」
 左手で顔を扇いでイオリは否定した。
「それにしても、トントン拍子に四行目まで、クリアしちゃったね」
「小野さんの知識が凄すぎてさ、ついて行くのがやっとだったよ」
「でも、五行目のハードルが高いね。明日、手がかりが見つかるかなぁ」
 さすがのマコトも少し弱気だった。
「きっとスサノオが、マコトを導いて下さるよ」
 いつもとは逆に、イオリがマコトを励ました。その後、二人はベッドに就いた。そして夢を見た。

 マコトとイオリの二人は、今日行った愛宕神社の展望台辺りに立っていた。愛宕神社が鎮座する山は、島になっていて周りは海で囲まれていた。沖合の能古島との位置関係で、そこが今日いた場所だと二人にはわかった。
 玄界灘は波が荒い印象だが、明け方の海岸はまだ穏やかだった。出雲で見た構造船の船団が、半分くらいの規模で海岸に集結していた。
 出航する人々は稲佐の浜で見た男たちとほぼ同じだったが、それを見送る人々に女や子どもの姿はなく、皆武装した男たちだった。船に乗り込む集団の中心には、あのスサノオの傍らにいた青年。そして美しく凜々しい女性が一人混ざっていた。
「オオドシ様、後はお任せください」
「私は、このヒルメ様を出雲にお連れして、出雲の兵と共に大和へ向かう」
「はっ、我ら物部一族も船で大和へと向かいます」
「途中で吉備も協力してくれるはずだ。河内で落ち合うことにしよう」
「はっ、お気をつけて、スサノオ様にもよろしくお伝えください」
 船団は東へ向けて出航した。

 

 

今回はここまで。
サルタヒコのイメージイラストです。

この後のサルタヒコを表現しています。

オオドシのイメージイラストです。

THEスサノオの息子です。

ロケーションは
天照神社
天照神社


愛宕神社からの景色


水炊きのお店は、大濠公園駅の「橙」です。


次回も福岡を巡ります。お楽しみに。