雲出流 第11回 | 出雲@AGO★GOのブログ

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最終章 国譲りの真相
1 夢の解釈

 携帯の電子音で目覚めたマコトとイオリは、いつも通りに顔を見合わせて、夢の確認をした。一方の男性陣は、動揺を隠せないでいた。予想した以上に夢がリアルで鮮明だった。稲佐の浜での西風の冷たさや、迎え火の熱量も感じていた。
 四人は、散歩をしながら夢の整理をしようと、支度をして出雲大社に向かった。

 歴史博物館の西側に、出雲大社への近道があった。四人はそこを抜けて境内へと進んだ。
「まず、登場人物から整理さこいや」
 最初にインベさんが口火を切った。
「これまでの流れから、娘さんたちの方が詳しかね」
「まず、稲佐の浜で待っていたのは、スサノオとオオクニヌシです」
 マコトが一真の要望に応えた。
「船でやって来たのは、オオドシとアマテラス。博多湾では、女の子はいなかったです」
 イオリが続いた。
「イチキシマヒメと言うとったばい」
「おそらく、途中宗像に立ち寄って乗せたんじゃろう」
「アマテラスは会議のセッティングを要求していたばい」
「親方様って誰ですか?」
 マコトが尋ねた。
「スサノオが親方様と呼ぶとすれば、父親か義父のアシナヅチじゃ。記紀で須賀の地の長官になったのはアシナヅチだけん、親方様はおそらくアシナヅチじゃ」
「会議の内容はなんですか?」
 今度はイオリが尋ねた。
「おそらく国譲りの交渉じゃ」
「そうか、スサノオが出雲をオオクニヌシに委ねて九州へ行った後に、宗像三姉妹が生まれたならば、スサノオの末っ子はイチキシマヒメになるばい」
 パチンと指を鳴らして一真が声を上げた。
「そげすーとスサノオの正統な後継者は、末子相続の観点からすると、スセリヒメではなくてイチキシマヒメになるのう」
「それが日向の狙いったい。タカミムスビは、それを承知でアマテラスをスサノオに差し出したったい」
 タカミムスビとは、記紀では高天原の参謀とされていた。
「やっぱしあの男は曲者だわ」
 インベさんは、下唇を軽く噛んだ。
「これが一回目の国譲りの真相ですたい」
「そげかもしれんが、出雲にはイチキシマヒメの痕跡も、一つもあらせんぞ」
「ばってん、姉のタギリヒメとオオクニヌシの関係は明らかだから、状況証拠はあるばい」
「ほんなら、親方様のアシナヅチの足跡もたどって見んといけんのう」
 インベさんは、夢の解釈から、『国譲りは二度』の解決に向けて提案をした。
「アシナヅチの足跡はあるとですか?」
「あるとすーと、やっぱり松江だわ」
 マコトとイオリの二人は、男性陣の熱い会話を黙って聞いていた。ところが、出雲大社の境内に着いたとたん、女子旅気分に切り替わった。
 早朝の出雲大社は、昼間とは打って変わって、しっとりとしていて、深い静寂に包まれ、霊的な気が充ち満ちていた。ましてや、八百万の神々が到着した初日とあって、霊的指数がマックスに達していた。
 マコトとイオリの二人は、まだ人がまばらな境内を、自身の気が満ちてくるのを肌で感じながら、ゆっくりと散策した。
 一方、男性陣の会話は続いた。
「もう一つ、夢の中で気になることがあるとですたい」
「ほぉ、なんかね?」
「オオドシの行動ですばい」
「西の海から戻ってきて、オオクニヌシと会話を交わし、大和へ向かうんじゃな」
「オオクニヌシが待っていたのはオオドシ。やけん、記紀で大和の三輪山に祀られるオオモノヌシの行動そのものですばい」
「これで、オオモノヌシ=オオドシ=ニギハヤヒが確定したと?」
「そげんこつですたい」
 一真が満足げに声を張った。インベさんと一真の二人は、初めてマコトと夢を共有したことで、それぞれの解釈に自信を深めていた。

 参拝を終え、四人は宿に戻って朝食を済ませ、最後の確証を求めて、松江へと向かった。

2 サルタヒコの謎解き

 ドライバーはインベさん、マコトは先に助手席に乗り込んだ。必然的にイオリと一真の二人は後部座席に隣り合わせに座った。
「インベさん、今日はまず何処へ行くんですか?」
 助手席のマコトが尋ねた。
「今日はまず出雲二ノ宮・佐太神社じゃ」
 インベさんが続けた。
「そこの主祭神はサルタヒコじゃが、隣にアマテラスが祀られちょーけん、何か手掛かりがあるかもしれん」
 そう言ってインベさんは、宿の前の国道431号線を東に向けて車を走らせた。

 一方、後部座席の二人は沈黙が続いた。しばらくの後、イオリが先に話しかけた。
「小野さんが歴史に興味を持ったキッカケは、何だったんですか?やっぱり小野家だったからですか?」
「小野家の家系はあまり関係なか。高校に入った時に、友人から郷土研究部に入らんかと誘われたばい。福岡は遺跡の宝庫たい。週末になると、どこかの遺跡に小旅行たい。それでハマったったい」
「へぇ、楽しそうですね」
「あんたは何で高校の古典の教師になったとね?」
「えっ、ただ何となく・・・」
 イオリは、自信なさそうに答えた。
「部活の顧問とか、しとらんと?」
「まだ入ったばっかりで。それに進学校なんで帰宅部の子が多いんですよ」
「東京は学校の外に魅力が多かもんね。それでいて、目指すのはユーチューバーとかインフルエンサーとかプロゲーマーとか画一化されとるばい。その点、福岡はよかよ。適当に都会で適当に田舎やけん、ネット上でそげん人にもなれるし、志せばファーマーにもフィッシャーマンにもなれるったい」
 一真は、大好きな福岡を自慢した。
「凄いですね。パラダイスじゃないですか」
「ただ、歴史研究者にとって、東京には別の魅力があるばい」
「えっ?それは何ですか?」
「東京には、江戸というキラーコンテンツがあるったい」
「どういうことですか?」
 イオリは掴み切れずに問いかけた。
「時代は古代よりずっと新しかばってん、町を構築した痕跡や、文化、芸術、食生活と研究したいテーマが、ちかっぱ転がっとるったい」
「確かに」
「暇そうにしとる生徒ば捕まえて、放課後にそんな研究をする同好会を作るのも楽しかー」
「捕まえるって・・・」
 イオリは一真の強引さに思わず呟いた。
「こうやって皆で動き回って歴史を探るのは、ワクワクするったい。そのワクワクを生徒に教えてあげるのも、教師の務めばい」
「確かに、おっしゃる通りです」
 イオリには一真に反論する材料が見つからなかった。

 宍道湖沿いから離れてしばらく進んだ所で、車は国道431号線から左に曲がった。一畑電鉄の踏切を渡ると、インベさんが語り出した。
「今から行く佐太神社なんじゃが、主祭神は夕べも話題になったサルタヒコで、佐太大神とも呼ばれちょる。出雲国風土記では、サルタヒコは島根半島の加賀の生まれとなっちょってな、これは、忌部家の言い伝えでも何でもないんじゃが、明治時代にラフカディオ・ハーンという文筆家がおってな」
「後の小泉八雲ですね」
 すかさずイオリが口を挟んだ。
「そげじゃ。その八雲が松江におった頃、加賀の潜戸を訪れるんじゃが、その時に加賀の住人たちが、他の地域と違って、顔立ちが際立っていて可愛らしいと言っちょるんじゃ」
「律令社会以降の時代は、集落の行き来が制限されたばってん、集落ごとにDNAが保持された可能性が高いばい」
 一真が補足した。
「出雲国風土記の冒頭の『くにびき神話』では、加賀の辺りは、隠岐の島から土地を引っ張って来たとされちょる。さらに隠岐の島は、古代から浦塩、つまり今のウラジオストック辺りとの交流も明らかにされちょる」
「つまり、サルタヒコのDNAには、遠くロシア系のものが混ざっていた可能性があると?」
 イオリがインベさんの思いを汲み取った。
「じゃあサルタヒコの外観は、ガタイが良くて、目鼻立ちがくっきりしていて、顔が紅潮していたから、それがデフォルメされて赤い天狗みたいに伝わったわけ?」
 マコトが冗談ぽく話をまとめた。
「面白い推理ですばい。昨日の貫之のことと言い、インベさんの洞察力の深さには感服しますたい」
 一真はインベさんを讃えた。
「いやーワシの立場からすーと、こぎゃん妄想ばっかしちょったらいけんけどのう」
 インベさんは、ハンドルを握りながら皆の笑いを誘った。四人は笑顔のまま、佐太神社の駐車場に到着した。

 車を降りるとマコトがイオリに近寄って来た。
「ねぇ、どうだった?」
「何か説教された」
 イオリは口を尖らせたが、どこか嬉しそうだった。
「ほお、ツンが入ったわけだ」
「何?それ」
 イオリは、悪戯っぽくニコニコ笑うマコトを軽く小突いた。

 車から降りた四人は、小さな橋を渡って神門を潜り抜けた。目の前には、立派な大社造りの社殿が三殿並立していた。
「真ん中の正中殿にサルタヒコ、向かって右の北殿にアマテラス、反対の南殿にスサノオが祀られちょる。南殿は通常の大社造りとは全く逆の構造で、神座が正中殿の方を向いちょらいわ」
 インベさんの説明を聞いて、残りの三人はその場に立ち尽くした。
「これは、サルタヒコを介してスサノオとアマテラスが向かい合う、正に出会いの構図ばい」
 ようやく一真が言葉を発した。
「マコトの白昼夢とインベさんの推測通りの展開ね」
 イオリがマコトに振ると、
「何か鳥肌が立ってきた」
 マコトは腕を抱きかかえて肩を窄ませた。
「ここにこぎゃん答えがあったとは、ワシも気が付かんかったわ」
 インベさんも驚きを隠さなかった。
「須佐神社の朝覲祭、櫛田神社の装飾、そして佐太神社の設え。これでサルタヒコの役割が確定したと見てよかばい」
 一真の意見に三人は同意した。

 興奮が冷めやらない四人は、三殿を順番に参拝して、心を落ち着かせた。
「そう言えば福岡の猿田彦神社の千木が女千木だったような・・・」
 マコトが思い出して呟いた。
「あんた、あの一瞬にそんなところまで見えたの?」
 イオリが驚いて聞き返した。
「サルタヒコは記紀ではアメノウズメと結ばれとるばってん、最終的にはアマテラス側に使えとるばい。女千木は九州式の証たい」
 一真が当り前のように返した。
「サルタヒコが岐神として導いたのは、全て日向側の天津神だけんのう」
 インベさんも同意した。
「次は何処へ行きますか?」
 マコトが松江での解決を確信したかのように、インベさんに問いかけた。
「次は出雲一ノ宮・熊野大社に行かこい」
 インベさんも力強く応えた。

3 確証はどこに

 インベさんは松江の市街地に向けて車を進めた。途中、松江城のお堀端にある武家屋敷を抜けて、北堀橋から国宝の天守閣を望んだ。
 松江大橋を渡りながらインベさんが解説をした。
「この大橋川の北側は約400年前に新しく開拓された場所じゃが、南側は7世紀後半から8世紀にかけて出雲国庁が設置されちょる。だけん古代遺跡のほとんどが街の南側に集中しちょるんじゃ」
 そう言いながらインベさんは、国道9号線から国道432号線に入り、さらに南側の山々に向けて車を走らせた。
 住宅地を抜けた所で再びインベさんが話し始めた。
「左側の開けた場所が出雲国庁跡じゃ。ワシの先祖の忌部子首がおった時代もあれば、出雲国風土記編纂の舞台になったのもここじゃ」
「9世紀には、菅原道真の父・是善がおった可能性もあるばい」
 一真は菅原家の逸話に触れた。
「千年以上も昔にここが栄えていたとは不思議ですね」
 マコトは青々とした平地を眺めながら呟いた。
「この先に熊野大社があるんですね?」
 イオリがインベさんに尋ねると
「この意宇川の上流じゃが、まだまだ先じゃ」
 インベさんは、登り坂でアクセルを踏み込んだ。一山越えた所で県道53号線を右折し、さらに奥へと進んで行った。
 幾度となくカーブを曲がり、少し開けた場所が目的地だった。インベさんは、広い駐車場に車を止めた。

 駐車場から意宇川を渡ると境内があった。熊野大社は、松江の市街地からはかなり奥まった場所にあったが、比較的平坦な土地に鎮座していて雰囲気も明るかった。正面に大きな社殿があり、左右に小さな社が控えていた。
「熊野大社の主祭神は、伊射那伎日真名子(いざなぎのひまなご) 加夫呂伎熊野大神(かぶろぎくまぬのおおかみ) 櫛御気野命(くしみけぬのみこと)、すなわちスサノオじゃ。確かイオリくんは、出雲国造神賀詞のことを知っちょったじゃろ」
「はい。国立博物館の特別展で拝見しました」
「おう、それオレも行ったばい」
 一真がイオリに同調した。
「その神賀詞の中に、この長い名前が登場するんじゃが、出雲国造は出雲大社ができる前は、ここ熊野大社を祭祀の対象にしちょった」
「熊野大社が出雲大社の創建にも影響したわけですか?」
 マコトが尋ねた。
「そげじゃ。その名残で、今でも出雲大社の新嘗祭の神事は、ここから始まっちょる」
 インベさんは熊野大社が出雲一ノ宮である所以を説明した。
「ところで、ここに親方様の足跡はあるとですか?」
 一真は今日の課題の解決を急いだ。
「あーよ。正面がスサノオで右側の稲田神社にクシナダとアシナヅチ、テナヅチが祀られちょって、左側にはイザナミも祀られちょる。だども・・・」
「だども?」
 三人は思わずインベさんの口調を真似た。
「アマテラスの匂いは全くせんのう」
 インベさんは申し訳なさそうに三人に伝えた。
 三殿をお参りした後に社務所で神官に話を聞くと、稲田神社は後に祀られた比較的新しい社だった。古代の斎場は、さらに山奥の天狗山山頂付近にあったが、そこにも、アシナヅチとアマテラスの痕跡はないとのことだった。

「全てがうまくいくと、探求は楽しくなかとです」
 肩を落とすインベさんを一真が慰めた。
「そうですよ。松江探訪は、まだ始まったばかりですよ。次に行きましょう」
 イオリもインベさんを励ました。
「次はどちらへ?」
 マコトが尋ねた。
「次は、主祭神は違うが、出雲にとって重要な場所だけん。そこへ行ってみらこい」
 インベさんは少し元気を取り戻した。
「その場所とは?」
 イオリが尋ねた。
「それは、神魂神社じゃ」
 四人は車に乗り込んで、熊野大社を後にした。

 

 

今回はここまで。
旅の途中で提示されたサルタヒコの謎解きが完了しました。


これまで何気なくお参りしていた佐太神社ですが、須佐神社の朝覲祭と櫛田神社の天狗面から今回の妄想に至りました。
それに小泉八雲の「神々の国の首都」の描写を加味して見ました。



ロケーションは、
佐太神社
佐太神社


出雲国庁跡

熊野大社
熊野大社

次回はいよいよ最終回です。
明日の投稿は、取材のためお休みします。
最後に新たな発見があります。お楽しみに。