Mikipedia : History & Memory of Miki Ando

不世出のフィギュアスケーター 安藤美姫選手の「記録と記憶」のアーカイブ


テーマ:

2002/平成1412114歳、名古屋市立城山中学校3年)

 

EPISODE
ISU Grand Prix of Figure Skating 2002/2003

2002 International Figure Skating Competition NHK TROPHY


Rink : Kyoto AquarenaKyoto, Japan

Cat. : Guest Skater invited by the host countryExhibition only

Club : Orion FSC

Coach : Tsuguhiko/Sachiko KOZUKA, Nobuo/Kumiko SATOShin-Yokohama FSC

PRG : EXC. A. Debussy “Suite Bergamasque No 3 Claire de Lune

Choreo. : Sachiko KOZUKA

 

MEMORY

前週の全日本ジュニアを連覇した後、次に美姫が出場を予定している試合は12/12-15のジュニアGPファイナルだったが、日本スケート連盟はその前に美姫に「PR活動」への参加を要請した。日本開催の国際大会、シニアのGPシリーズの1戦であるNHKへの招待出場である(2002/2003シーズンのNHK杯はGPシリーズの最終第6戦として開催)。

NHK杯では例年、その大会最終日のエキシビションの前座としてミニエキシビションを実施。日本スケート連盟はそこに強化指定を与えたジュニア選手とシンクロナイズドスケーティングチームを出演させるのが恒例となっていたが(この年は男子ジュニアの出演なし)、前週に全日本ジュニアを連覇し、2年連続で世界ジュニアへの出場が決まっていた美姫は、このミニEXにトリで出演することになった(この年のNHK杯開催期間は11/28-12/1、ミニEXは最終日の12/1)。「パワーハウス」として各国から驚異の目で見られるようになった日本女子ジュニア勢を内外のメディアにアピールしようという日ス連の目論見である。そして、美姫はこの日、パワーハウスのエースとして日ス連の目論見に十二分に応えてみせた。


太田由希奈選手らとともにミニエキシビションに出演した美姫は、ジュニア選手のトリとして登場。プログラムは当然02/03シーズンのEX用の『月の光』。しかし、この日、美姫が滑った『月の光』は特別なプログラムに仕立てられていた。日ス連の意向を受けて、このプログラムの振付けをした小塚幸子はこの日のために「特別な『月の光』」を美姫に用意したのである。美姫のポテンシャルを最大限に発揮するため、まるで競技プログラムのようなジャンプ構成に改編したのだ。

 

当日の演技構成予定は以下の通り。

2A4SCoSp3Lz+3Lo3LoSpSqCCoSp (所要時間:315秒)

 

3S4Sに、3Lz3Lz+3Loに変更したのだ。即ち、「美姫スペシャル」をフル装備したスペシャルEXプログラムというわけである。もちろん、この日のハイライトは2本目のジャンプとして予定されているクワッド・サルコウである。練習で成功していることは前季から関係者や一部のファンの間で知れ渡り、当季は競技会で既に試運転が実施されていることも周知済みとなっていたそれに対する期待は、EX用でもかまわないからプログラムの中で観客の前でクリーンに成功してほしい、という1点に集中していた。そして、美姫はその期待についに応えた。

最初の2Aを伸びやかに決めた後の開始1分過ぎ、競技用のFPとは異なりバックスタンド側ではなくジャッジ席のあるメインスタンド側で、美姫のサルコウは四度回ってクリーンに着氷した。

その瞬間、スタンドのあちこちから上がった悲鳴とも歓声ともつかない「キャーー」という叫び声と、NHKの実況席で当日の解説を務めていた五十嵐文男が生唾をゴクリと飲み込みながら搾り出すように発した「すごい」の一言が、クワッド・サルコウの成功を目の当たりにした衝撃を如実に物語っている。ちなみに、美姫のクワッドは回転が速く、スッと回転し、サッと降りるという流れのあるジャンプだったため、見慣れていない者には事も無げに成功したように見えてしまう。そのためクワッドであることに気づかずトリプルを跳んだと勘違いする観客もいたようで、その瞬間の会場には歓声と沈黙が入り混じった不思議な時間が流れた(この不思議な瞬間は6年後の2008GPファイナルのFSでも再現された。但し、そのときは元世界チャンピオンのTV解説者ですら気づかなかったというオチもついたが)。

 

また、この日の快挙にはエピソードもひとつ生まれている。

クワッドを初成功させた後、「初代美姫スペシャル」の3Lz+3Loも決め、当時も現在も女子史上最高難度のジャンプを立て続けに決めたにも関わらず、この日4本目のジャンプである3Loはパンクしてシングルになってしまった。快挙が続いた後のこの凡ミスで一気に緊張が解けたのか、リンクサイドで見守る佐藤久美子コーチが大爆笑。それを見た美姫も滑りながらつい笑ってしまったという、無邪気な時代のエピソードが微笑みとともにNHK杯の記憶として美姫には刻まれている(このエピソードについては美姫の自著『空に向かって』に詳しい)。

 

なお、このミニエキシビションは、NHK-BShiからハイビジョン放送された(NHKBShi2011331日に放送終了。BSデジタルハイビジョン放送は翌41日よりBS1BSプレミアムに引き継がれた)

 

NHK杯国際フィギュアスケート競技大会

日本放送協会(NHK)は多くのスポーツ大会や文化事業を当該事業団体と共催し、「NHK杯」を授与しているが、日本スケート連盟と共催しているのがNHK杯国際フィギュアスケート競技大会、通称「NHK杯フィギュア」である(フィギュアスケート関係者、ファンの間では単に「NHK杯」とも呼ばれている)。

国際舞台での活躍を目指す日本選手の育成と日本におけるフィギュアスケートの振興を目的に、第1回は1979(昭和54)年1026-28日に、東京・代々木第一体育館で開催。95/96シーズンから「ISUチャンピオンシリーズ ISU Champions Series」が始まるとNHK杯は同シリーズに組み込まれ、ISU公式戦として名実共にメジャーな国際シニア競技会となった(同シリーズは98/99シーズンより現在の「ISUグランプリシリーズ ISU Grand Prix of Figure Skating」に改称)。GPシリーズのエントリー規定が確立した近年では原則として前シーズンの成績に準じて出場選手が決定されるが、開催当初は内外のトップスケーターを招待する形で行なわれていた。

現在の基本的な開催時期はGPシリーズが開催される10月下旬~11月末の間。大会はNHK総合放送で全国放送される。地上波の総合放送ではダイジェスト録画放送(一部の種目のみLIVE放送)が基本だが、BS放送では全種目ノーカット放送されている(LIVE+録画、エキシビション含む)。

 

★京都アクアリーナ

京都市西京極にある市営総合運動公園内にあるスケートリンク。正式名称は京都市西京極総合運動公園プール兼アイススケートリンク。夏季(4-10月)は国際公認の50×25mのメインプールとして営業、冬季(11-3月)に60×30mの国際規格のスケートリンクになる。メインリンクの他に30×18mのサブリンク(夏季は飛込み用プール)も併設。2200席の固定観客席も備え、NHK杯や全日本選手権を始めとして数多くのメジャー大会が開催されている。20026月竣工。

 

★ベルガマスク組曲 第3番 『月の光』 Suite Bergamasque No 3 Claire de Lune

印象派の旗手としてその名を馳せたクロード・ドビュッシー(Claude Achille DEBUSSY 1862-1918)の代表曲。全4曲で構成されるピアノ独奏曲「ベルガマスク組曲」の第3番として演奏される『月の光』は、その優美な旋律によりドビュッシーの作品の中でも特に人気が高く、フィギュアスケートのプログラムとしてもポピュラーな曲のひとつ。

多くのスケーターはその優美な旋律をストレートにスケートで表現した、「月の光の下で一人優しく静かに滑る」というスケートがほとんど。しかし、美姫の『月の光』には同じ月の光の下でも、「厳寒の夜の空気」が流れている。そして、その凍てつく空気を切り裂くような鋭利なスケートが月光に照らし出される。月は優しい光だけではなく、別の光も秘めている。クワッドを入れた美姫の『月の光』には、美姫だけに見えている世界があったのである。

 

★五十嵐 文男(いがらし ふみお)

男子シングルの元日本代表選手。1958(昭和33)年116日生。78-82年、5年連続で世界フィギュアに出場。81年の米・ハートフォード大会の4位が最高。冬季五輪は80年レークプラシッド大会に出場して9位。全日本は4度制覇(77年、79-81年)。

現役時代は当時まだ珍しかった3Lz3Fを跳ぶことでも知られていたが、五十嵐の真骨頂はスローパートでの繊細なスケーティング、ステップにあった。慶應義塾大卒業後に現役引退。引退後はNHK杯や冬季五輪のTV解説でお茶の間に知られた。冷静で客観的な視点、詳しいけども分かりやすい解説は、その美声とも相まってフィギュアスケート解説者としての人気、地位を不動のものにしたが、2006年、NHK杯の競技委員長就任を機に解説の仕事を退いた。

現在は(2013年時点)スケートの仕事を離れ、現役時代に世界を転戦したときに培った料理の知見を生かし、「ピースフルソウル料理教室」を東京都内で開設している。
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