(72) 寒 の 彩 り

 

 

 

 青空が広がる底冷えの朝、車の窓ガラスに雪の結晶のような美しい模様を見ることがあります。

 白い花にたとえて「霜華(しもばな)」と呼ばれる霜の結晶です。

朝日を浴びるとすぐに融けてしまう、つかの間の芸術。

 

 

 車窓の霜(霜華)

 

 

 

      心あてに 折らばや折らむ 初霜の

             置きまどはせる 白菊の花

                         凡河内躬恒

                            (古今和歌集、百人一首)

 

(意訳)

 今朝は空気が刺すように冷たく、はく息が白く濁ってしまう。

手のひらに息を吹きかけてこすりながら縁側へ出てみると、庭には可憐な白菊の上に白い初霜が降りている。それにしても、見事な霜、見事な白菊。まるで霜が花で、白菊が水の結晶であるかのようだ。

 

 

 白菊の可憐な白さと、初霜の清楚な白さが合わされた美が描写された一首です。

 

 古来から人々は、霜の降る朝の凜とした空気に、清楚な美を見出してきました。

 

 清少納言もまた「枕草子」で、『霜』を次のように語っています。

 

 冬は早朝がよい。雪の朝のときめきはいうまでもないけれども、霜がまっ白に地上をおおうありさまも捨てがたい。

                         枕草子 第一段より

                                 (杉本苑子の枕草子)

 

 

 

 万葉から平安時代にかけて、白色はこの上もなく大切にされた色のようです。

 「白雪」、「白雲」、「白浪」、「白露」、「白砂」、、、

 

 また日本の美を表わす言葉に「雪月花」などと云うのもあります。

雪も月も花も、すべて「白」であることが賞美されています。

 

 

       あさぼらけ 有明の月と 見るまでに

                吉野の里に 降れる白雪

                             坂上是則

                                    (古今和歌集)

 

       新しき 年の初めの 初春の

           今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)

                             大伴家持

                                (万葉集 巻二十4516)

 

 

 特に、大伴家持の歌は万葉集の最後を締めくくる歌です。

 豊作の吉兆とされる『新年に降る雪』の歌で、万葉集は幕を下ろしています。

 

 

 彦根城 玄宮園にて

 

 

 

 白は、花の色を鮮やかに映えさせてくれる色でもあります。

 

 

        紅梅の 花にふりおける あわ雪は

            水をふくみて 解けそめにけり

                            島木赤彦

                                (太虚集・大正十三年)

 

 

 

          下むきに 咲きそる花や 寒椿

                            星野立子

 

 

 

 近江長浜にて 

 

 

 

         蝋梅や 雪うち透す 枝のたけ

                          芥川龍之介

 

 

 近江長浜にて 

 

 

 

 白はまた、人のこころを優しくしてくれる色でもあります。

 

 ここに一冊の本があります。

 『空が青いから白をえらんだのですー奈良少年刑務所詩集』

 

 少年受刑者たちがそっと心の奥にしまっていた葛藤、悔恨、優しさ、、、。童話作家に導かれ、彼らの閉ざされた思いが「言葉」となってあふれでたとき、誰もが胸を打たれる詩が生まれました。

 

 作者は童話作家の寮美千子さん。2007年から奈良少年刑務所で講師として詩の教室を担当し、その成果として上掲の詩集を発表されました。

 

 彼女が詩集のタイトルを『空が青いから白をえらんだのです』、とされたいきさつを次のように語っています。

 

「絵本の授業を経て、3時間目からは詩を書いてもらった。『どんなことを書いてもかまわないです。何も書くことがなかったら、好きな色について書いてきてね』と言ったら、こんな詩が提出された。授業では、まず作者自身に朗読してもらう。

 

     ”くも

        空が青いから白をえらんだのです”

 

 薬物依存の後遺症があるAくんは、自分の詩がちゃんと読めない。うつむいて早口で言語不明瞭だ。悪いけど何度も読み直してもらった。ようやくみんなの耳に聞こえるように読めたとき、盛大な拍手が沸いた。

 すると、いつもは無口なAくんが、遠慮がちに手を挙げたのだ。

『先生、ぼく、話したいことがあるんですが、いいですか』

 自分からそんなことを言い出すなんて、それだけでも驚きだった。『どうぞ、どうぞ』とうながすと、つっかえつっかえ、こんなことを言ってくれた。

『ぼくのおかあさんは今年で七回忌です。おかあさんは身体が弱かった。けれども、おとうさんはいつもおかあさんを殴っていました。おかあさんは、亡くなる前に病院でぼくにこう言ってくれました。「つらくなったら空を見てね。わたしはそこにいるから」。ぼく、おかあさんのことを思って、この詩を書きました』

 

 胸が詰まった。たった1行の詩の向こう側に、こんなにつらい思い出があったとは。

 

 すると、受講生から次々に手が挙がる。

『ぼくは、Aくんはこの詩を書いただけで、親孝行やったと思います』

『Aくんのおかあさんは、きっと雲みたいに真っ白で清らかな人だったんじゃないかなと思います』

『きっと雲みたいにふわふわでやわらかい、やさしい人だったと思います』

 

 次々にあふれくる受講生たちの言葉。そのやさしいこと。まだ幼くておかあさんを助けてあげられなかったことを悔やんでいるAくんに、なんとやさしいことばをかけてくれるのだろうか。」

                (以下省略)

                          週間女性PRAIMEより

 

 

 

 砥峰高原にて

 

 

 

         冬になると出会うさまざまな花たち

         冬になると出会うさまざまな白たち

         寒の彩りは生まれたての心ように

         まっさらでやさしさに満ちている