ここは 宮崎県 西臼杵郡 高千穂町 景色がガラリと変わる。
このような 車三台分の大きさの岩がいたる所に転げていた。
そして 地元の方々が口を揃えて言う、
「秋元神社に行ってみり」
確かにガードレールも無い、車一台分の道幅しかない道を多くの車が往来していた。
しかも 若い方ばかり。
今年の三社参りは ここ天孫降臨の地で終える事となりそうだ。

さて この圧巻といえる絶景を横目に本題の鉱山跡へと向かう。

下に約3km 下ると道幅も落ち着き、ガードレールもある。
しかし 車を停車させるスペースは無い。
少し下の方から歩くとしよう。

少し歩くと…
おっと この山深い場所にミスマッチな物がみえる。

トロッコサイズのレールだ。
斜面に沿い、下りてきている。

確か 下の酒屋さんの証言では 標高のある場所から道側に鉱石を下ろしていたという。
そして 荷役は なんと日通。
あの独特な黄色い3tトラックで運搬していたようだ。
酒屋さんがある集落には 鉱員さんの住宅もあり
事務所もあったと話す。
仕事を終えた 鉱員十数名が角打ちに訪れていたという証言も得た。
明治後期頃から採掘を始め、昭和48年に閉山。
マンガン鉱を産出。

さて 沿革は 簡単で申し訳ないが 山中を歩いてみよう。
ここもまた 荒れ果てている。

何とか荒地を交わし登って行くと、水路が設置されていた。
とりあえず 先程のレールがあった場所の真上辺りまで歩く。

ん~何も残っていませんね。

更に奥へと登ってみることに。
砂防ダムの堤防を越え、裏側に出ると人工的な地形が残っていた。
石垣である。

これは…
ズリだろうか?
砂防ダムが近くにあるので確信は持てない。
砂防ダムがあるという事は 雨天時 ここに沢ができるからである。
沢の流れに流された堆積物である可能性があるからだ。

とりあえず 人工物が無くなるまで奥へと進む。
しかし 地山に行き着くどころか道が現れた。
道は 荒れ果てているが奥へ奥へと伸びている。

道の終着地点。
広大な切り開きを大規模な石垣が支えている。
さて ここは 田畑か鉱山施設の基礎か?
酒屋さんは このような事も言っていた。
「鉱山跡は水道局が工事をしていた」
この先も歩いたのだが パタリと人工物が消える
地山に行き着いたので ここで調査を終了とし、
下山した。
こちらの旧秋元鉱山の動画はこちら。
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