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今日は、以前に見られなかった国見 炭鉱
本坑に向かう

今回の国見 炭鉱とは二里町 中里にあった
国見 炭鉱です

まずは、

(昭和22年 航空写真)
昭和15年6月1日、
国見 炭鉱は吉原 梅吉氏が開坑した

7年後の航空写真、
1、の選炭場らしき建物
2、の夫婦石駅まで伸びていた索道の中継
ホッパー
航空写真でもその軌道が確認できる

海抜350mと県下で最も高い位置にあった
国見 炭鉱、
距離にして2.5kmにもなる索道にて運炭していた

そして、

(昭和37年航空写真)
この頃には里山炭鉱株式会社が運営していた

1、中継ホッパー
2、選炭場
3、ボタ山
4、炭鉱住宅
この航空写真で見るとシックナーらしき建造物が確認できる

1の中継ホッパーが以前よりも増築されているように見えるが、
1、2、合わせて選炭場と言っていいのだろうか

という事で現地に向かった

本当に眺めの良い場所だ、
標高も高く こんな所に本当に炭鉱があったのかと思ってしまう

しかし、

炭山…
バス停がある

期待が膨らむ、
歩く足取りも軽くなった


歩いて行くうちに確実に不釣り合いな造形のものが見えてくる、
早足で登った




やっと、見る事ができた…
巨大な遺構だが、大きさの割りにか細く感じる

そして 周辺にも、

橋脚らしき遺構、
周辺の藪も見てみたかったのですが
まずは先程の中継索道を見てみたい


よく見れば、索道遺構もホッパーも同じ1つの建造物のようだ

こちら側からは、確認できない

索道軌道をボタ山方向に回り込む、

こちら側の方が見易い、
一部分は、崩れていた



内部は、コンクリート製の頑丈な造り

標高の高いこの場所に巨大な施設を建造するのは、さぞかし大変だっただろう

しかし、この遺構が現在の道路を上手く交わし残っている事に感動した

さて、周辺の藪の中なのだが 気になる

激藪の中に何か残っていないだろうか

居ても立ってもいられず 藪の中に入った


台座のような遺構、
そして、

引きの写真では藪と竹が激しく何が何やらわからない写りだった…
塞いでいるようだが下部と横には穴が確認できた

両際には 石垣があり 奥へと入っている

その突き当たりにコンクリートで塞いでいる所があった

坑口ではないだろうか

とは、思いつつも積もる土と竹、そして藪ので断言はできない

その後も歩き回り、
藪の中には 元炭鉱住宅の基礎や石垣、
コンクリートの建造物などが多く残っていました

この狭い土地を開発し産業を立ち上げた
先人達の力強さを感じる

この国道498号線沿いには 国見 炭鉱だけではなく幾つもの炭鉱が操業していた

その数ヵ所の炭鉱跡地へも足を運びましたが痕跡を確認できない

この 国見 炭鉱の遺構だけでも残っていてくれて良かった、
以前訪問時、時間の都合で見ることができなかった遺構に数年ぶりに会えた事が嬉しかった
