受け入れるということ | なんでもない日々が一番幸せ

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娘二人 愛犬 と、ゆるゆる暮らす毎日。
穏やかに、のんびり、楽しく。
シングルになって、日常が明るくなりました。

2018年3月 離婚成立しました♪♪

思いたったので、つれづれに。

 

障害のある方と関わる仕事をしています。

身体はもちろん、知的、精神に障害のある方もいます。

 

ご本人はもちろん、ご家族も、その障害を受け入れきれず、

いろいろと問題を抱えている方も少なからずいます。

 

職務上、いろいろなケースを見て

学ぶ機会もあり、都度思います。

 

元夫も間違いなく障害を抱えていました。

 

私達は、利用者さんのご家族のお話を伺い、

いろいろな話をします。

時にアドバイスもします。

そして自分たちが彼らと接する方法を日々

検討し、学んでいます。

 

でも、元夫には、それをしようとは全く思いませんでした。

私は元夫の障害を受け入れようとは全くしなかった。

 

それを悔やんでいるのではありません。

今もその気はありません。

もちろん、仕事上学んで得たスキルで対応方法は

ある程度分かる気がします。

今なら、以前よりもっと。

 

けれど、それをしてまで暮らしたいと思えなかったし、

今も思えない。

 

たとえば、これが、自分の子供であれば、時間はかかる

かもしれないけれど、受け入れ、社会生活を送る上で

なるべく困難が少なくなるように考えると思います。

 

障害はその人のせいではありません。

親の育て方でもありません。

 

でも。

元夫に関してはそう思えません。

なぜ自分で、自分の生きにくさに気づかないのか。

なぜ義父母(特に義母)は息子の障害に気づかず、

というか気づかないふりをして、それを増長させるような

育て方をしたのか。

 

不思議と、元夫に対して憎しみはないんです。

生きづらいだろうな、と思いますけど。

でも関わりたくない。

障害がある元夫を支えながら生きるなんて選択肢は

思いつきもしなかった。

 

それは愛がなかったからなのか。

 

うん、多分そう。

ちーん。

 

なんともとりとめのない思考なのでした。