ジャパンタイムズ記事全訳 | 「学習の作法」普及に向けて~原田将孝公式ブログ~

「学習の作法」普及に向けて~原田将孝公式ブログ~

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ジャパンタイムズに掲載された記事の全訳、スラッシュ入り本文、読み下し訳です。
元記事は
こちらからご覧ください。

・通常の全訳


<日本の教育格差をなくす>

原田将孝はGLS予備校の校長である。GLS予備校というのは中学、高校、大学受験の指導を行っている東京都目黒区の塾だ。
自身の経験に基づき、講師達の指導技術向上の手助けを行ってもいる。

原田氏は1982年、福岡県に生まれた。学校の勉強は氏にとって問題ならないほど簡単なものであった。
勉強せずとも高得点をたたき出すので、逆に先生が他の生徒の勉強を手伝うよう頼むほどだった。
「それが教師としての原点で、私は教えることを好きになったのです」と原田氏は語る。

しかし、原田氏の人生は勉強のように順風満帆ではなかった。

「私は子供の頃ぜんそくのため、ずっと外に出られないでいました。その間たくさんの本を読んだのです。私は読書が大好きでした。夏目漱石や森鴎外といった日本の有名な作家の本はほとんど読破しました。」

両親は優秀な息子を塾に入れた。そのとき小学5年生だった。
「それはもう衝撃でした。そのときまで私は中学受験があるとさえ知らなかったのですから。ですから初めのうちは塾で先生が黒板に書くことがさっぱりわかりませんでした。」

一番下のクラスに入塾したが、中学受験の頃には塾でも1、2を争うほどの生徒に成長していた。
自宅から離れて自立するべく、ラ・サール学園に入学することに決めた。ラ・サール学園は男子全寮制(訳注:実際は全寮制ではなく、自宅通学している生徒もたくさんいます)の中高一貫校である。
「ラ・サールは素晴らしい学校でした。」と述懐する。

高校三年生の時、東京大学を受験した。
「東大受験は自然なことでした。まわりの人の大半も受験し、合格していましたから。私の両親は多くの学生が弁護士となるかキャリア官僚になる学部(訳注:文科一類)に出願するよう勧めました。特に深く考える間もないまま私は合格しました。」

しかしすぐに、それが間違いだったと原田氏は気付く。

「周りの人は考え抜いた上で受験を選択し、なぜ東京大学に入学したかの目標とビジョンを持っていました。しかし、私は学部で何をするかもしりませんでしたし、自分が本当にそこに入りたかったかもはっきりしませんでした。私は物理と数学のほうがよほど好きでした。別の大学を再受験することさえ考えました。」と原田氏は言う。

原田氏は自らの人生と将来について考え、一つの結論に達した。
「そうだ、教えることがやりたいんだ」

2005年に氏はアパートに小さな塾を開いた。
「私の作ったホームページを見て塾のことを知って入塾した生徒はわずかでしたが、前進し続けられるほどの収入が得られたことに感謝していました。」

しかし、口コミで氏の塾の評判は広まり、三年もすると塾は急成長を見せだした。
生徒が次々に来るようになり、一年ほど前に今の場所へと塾を移した。

「GLS予備校では”勉強の作法”を教える点が他塾との最大の違いです。それはマナーにも似ています。勉強習慣が体に染み込むまで、その作法を繰り返します。同時に、私が生徒と絶えずコミュニケーションを取ることによって勉強の意味についても考えてもらっています。それから、シャドーティーチングを使って生徒が本当に理解したかを確認します。シャドーティーチングでは生徒自身が自分の学んだことを、自分の言葉で他人に伝えなければなりません。考えもせず機械的に暗記するだけでは、他人を説得する説明はできません。」と原田氏は言う。

原田氏は、難関大学に見事合格したたくさんの生徒達こそが自身の教育手法の効果を示す何よりの証拠だとする。

「現在の日本の教育方法が効果のあるものならば、教育格差のようなものは起こりえません。日本は天然資源は持ちませんが、人的資源ならあります。人的資源のために教育システムをより良くしなければ、将来日本は大変なことになってしまうでしょう。」

・スラッシュ入り本文
<Closing the educational gap among Japanese>

Masataka Harada is the principal of GLS Yobikou/, a juku (cram school) in Meguro Ward, Tokyo,/ that helps students study and prepare/ for the entrance exams/ for Japanese junior high schools, high schools and universities.

Based on his experiences, Harada is guiding his teachers/ on ways to master the art of teaching /to enhance the learning experience for students.

For Harada, born in Fukuoka Prefecture in 1982, studying at school was not a problem /and everything was very easy. He got good marks in tests/ even without studying. His teachers even asked him/ to help his classmates/ who had difficulty understanding certain subjects.

"That is when I started teaching others/ and came to like teaching," he said.

Harada's life wasn't all that easy, however.

"When I was small, I had to stay indoors/ because of asthma. That's when I had a lot of time/ to read books," he said. "I loved reading, and read through most of the books/ written by such prominent Japanese writers/ as Soseki Natsume and Ogai Mori."

Since he was excelling in his studies, his parents put him into a cram school/ while he was in the fifth grade.

"That was really a shock. Until then, I didn't even know /that entrance exams existed for junior high schools," he said. "So in the beginning, I didn't have a clue/ what the teacher was writing/ on the blackboard at the cram school."

He started from the lowest level, but by the time/ he took the junior high school entrance exams, he had become one of the best students/ at the cram school.

Seeking to become independent /and live away from home, Harada chose to enter La Salle High School in Kagoshima, an all-boys boarding school /that offers six years of schools, from junior high through high school.

"It was a great school, and I enjoyed studying there," he said.

In his third year at La Salle, Harada took the entrance exam /for the University of Tokyo.

"It was a natural matter of course, as many of my friends took the exams /and got in," he said. "My parents recommended me /to apply to the department where many students eventually become lawyers/ or go on to pass the national public service exam/ to become top-class government officials. There was no questioning, and I just got in /without thinking deeply about it."

But soon, Harada discovered that /his choice and action had been a mistake.

"All those around me had thought/ through their choice/ and had a clear goal and vision /as to why they had come to the University of Tokyo. In contrast, I didn't know what I was doing/ in a department /that I wasn't even sure I wanted to be in. I definitely loved physics and mathematics more. I even thought of entering another university," he said.

He thought hard about his life and his future, until he finally reached a conclusion: "I want to teach."

Hence, in 2005, Harada set up a small cram school/ in his apartment.

"I took in a handful of students /that came to know about my place /through a website I had created. I appreciated that/ I could earn just enough to keep me going," he said.

But word-of-mouth traveled fast /and after about three years, his cram school started booming. With more and more students coming to his place, he moved his operations /to the current location over a year ago.

"The greatest difference/ between GLS and other cram schools /is that my place teaches the process of learning. It's like manners. You repeat the process/ until the habit of studying becomes a natural, integral part of you," he said.

"At the same time, I continuously communicate with each student/ to think about the meaning of studying. Then, I confirm /whether the student has really digested /what he or she has learned, through the process of what I define as Shadow Teaching. This is where students are requested /to teach the knowledge absorbed /to others in their own words. Because if you automatically memorize something /without thinking, you can't possibly explain and convince others/ on what you have learned," he said.

Harada cites his many students/ who have passed the entrance exams for the top universities in Japan /as proof of the effectiveness of his teaching method.

"If the current education method in Japan were good and effective, no such thing as an educational gap would have occurred," he said.

"Japan is a country without natural resources, except for its people. And if we don't do something about our education system now /to improve our human resources, our country will be in serious trouble/ in the near future," Harada said.

・読み下し訳
<日本の教育格差をなくす>

マサタカ・ハラダはGLS予備校の校長だ、東京都目黒区のジュク(詰め込み学校)である/生徒たちが勉強し、準備するのを助ける/入学試験のための/日本の中学校、高校、そして大学への。

自身の経験に基づき、ハラダは彼の講師達を導いている/教えることの技術の道の上で/生徒のための学習経験を強化するために。

ハラダにとって、1982年、福岡県に生まれた/学校での勉強は
問題ではなかった/そしてすべてがとても簡単だった。/
彼はテストで高得点を取った。/勉強することなしでさえ。/彼の教師たちは彼に頼みさえした/彼のクラスメートを手伝うことを/特定の科目を理解するのに困難を抱えた。

「それが私が他人に教え始めたときで/そして教えることを好きになったときだ」と彼は言う。。

ハラダの人生はすべてがそのように簡単ではなかった、しかし。

「私が小さかったころ、私は室内にとどまっていました/ぜんそくのため。それはたくさんの時間でした/本を読むのに。」彼は言う。「私は読書が大好きでした、、そしてほとんどの本を読み通しました/日本の有名な作家の/夏目漱石や森鴎外といった。」

彼は学習に秀でていたので、彼の両親は彼を塾にに押し入れた。
「それは本当に衝撃でした。そのときまで、私は知りさえしなかった中学校のための入学試験が存在するということを」彼は言う。「私は手がかりを持たなかった/何を先生が書いているのかの/塾の黒板に」
彼は一番下のレベルからはじめたが、時までには/彼が中学入試を受ける、/彼は最高の生徒の一人になっていた/その塾での。
自立することを求めて/そして家から離れて生活することを、/ハラダは鹿児島のラ・サール高校に入学することにを選んだ/男子の全寮制学校である/6年の学校を提供する、/中学校から高校を通した/(注:実際は全寮制ではなく自宅通学している生徒もたくさんいます)

「ラ・サールは素晴らしい学校でした,そして私はそこでの学習を楽しんだ。」と彼はいう。

彼がラ・サール(高校)三年生の年、ハラダは入試を受けた/東京大学への。

「それ(東大受験)は自然な当然のできことでした、私の友達の多くもその試験を受けましたから/そして入学しましたから」彼は言う。
私の両親は私に薦めました/多くの学生が最終的に弁護士となる学部に応募することを/あるいは国家公務員試験にパスすることとなる/最高級の政府の役人になるための(注 文科一類のこと)。疑問はありませんでした、そして私はただ入りました/それについてふかく考えることもなしに。」

しかしすぐに、ハラダは発見した/彼の選択行動が誤りであったことを。

「私の周りのみんなは考えていました/彼らの選択を通して/
そして明確な目標とビジョンを持っていました/なぜ東京大学に北のかについて。対照的に、私は自分が何をしているかを知りませんでした学部で/私が入りたかったかどうかさえはっきりしなかった/。私は間違いなく物理と数学のほうがもっと好きでした。他の大学に入ることさえ考えました。」とハラダは言う。

彼はは自らの人生と将来について懸命に考えた、一つの結論に達するまで。
「私は教えたい」

しかして、2005年、ハラダは小さな塾を立ち上げた/彼の部屋で。

「私は一握りの生徒を引っ張ってきた/私のところについて知るようになった/私が作っていたウェブサイトを通して。私は感謝した/自分を進み続けられるのになんとか足りる程度稼げたことに。」

しかし、口コミは早く広まった、そして三年ほどののち、彼の塾は急成長をはじめた。彼のところにくるますます多くの生徒(という状況)に伴い、彼は事業を動かした/一年ほど前に今の場所へと。た。

「最大の違いは/GLS予備校と他の塾の間の/私のところは”学習のの過程”を教える点です。それは作法にも似ています。あなたはその過程を繰り返します/勉強の習慣が自然に、あなたの統合された部分になるまで」
彼は言った。「同時に、私がそれぞれの生徒と継続的にコミュニケーションを取ります/勉強の意味を考えるために。
そうして、私は確認します/生徒が本当に消化したかどうかを/
彼もしくは彼女が学んだがことを、私がシャドーティーチングとして定義した過程を通して。これは生徒たちが要求される場面です/吸収した知識を教えることを/他の人たちに彼ら自身のことばで。なぜならもしあなたがなにかを機械的に暗記したら/考えることなしに,あなたは説明し納得させることはできはずがないからです/
あなたが学んだことを」と彼は言った。

ハラダは、彼の多くの生徒を引用する/トップレベルの大学への入試にパスしてきた/彼の教育手法の有効性の証拠として。

「もし現在の日本の教育方法がよくて効果的ならば、教育格差などというようなものが現れたりしてないでしょう」
彼は言った。
日本は天然資源なしの国です、人々を除いては。そしてもし我々が我々の教育システムについてなにかを今しないと/我々の人的資源を改善するために/我々の国は深刻な危機に陥るでしょう/近い将来に」
ハラダは言った。

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