YHVH Church 「最後の審判」

YHVH Church 「最後の審判」

This is a church
open to everyone,
but it is also the final destination
of humankind.

This is the graveyard
of all of you humans.

Recite your last prayer here.

~Last Canon(最終聖書正典) introduction~
ヨハネ福音書(イエス・キリストの予言)
16:8 When he has come, he will convict the world about sin, about righteousness, and about judgment;
16:8 彼が来るとき、彼は世界に罪、正義、裁きについて有罪判決を下すでしょう。

14:16わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送る。
14:17彼は真理の御霊(天の父の聖霊、真実を教える霊)である。世界は、彼を見ようともせず、知ろうともしないので、彼(審判からの救済者・弁護者)を受けることができない。
14:26 その助け主、すなわち、父がイエス・キリストの名で送る(イエスとは別の)「聖霊」は、あなたがたに全てのことを教え、また、私があなた方に話したことを、ことごとく思い出させるであろう。
15:2私に「つながっている」「枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞく。」実を結ぶものは、もっと豊かに実らせる
15:4わたしにつながっていなさい。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。
15:12わたしのいましめは、これである。
15:13人がイエス・キリストのために「自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」。
15:26わたしが父のみもとからあなたがたにつかわそうとしている助け主(弁護者、仲裁者、慰め人)、父のみもとから来る真実の聖霊が下る時、彼はわたしについて証言をするであろう。
16:2人々は会堂から彼と使徒を追い出すであろう。更に私(イエス)や使徒を殺す者がみな、それによって自分たちは神に仕えているのだと思っているのである。
16:7しかし、私は真実をあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところにその助け主(後任の救世主)はこないであろう。もし私が天に行けば、彼をあなたがたの所に送ろう。
16:8 彼が来るとき、彼は世界に罪、正義、裁きについて有罪判決を下すだろう。
それによって、世は善となり、義人は救われるのだから。
16:9罪についてと言ったのは、私を信じないことである。
しかし、真実の霊である彼が来られるとき、彼はあなた方を全ての真実へと導く。 彼は、何を聞いても話す。 彼は、これから来たる未来をあなた方に宣言する。
16:15父の持っているものは全て私のものである。それゆえ、聖霊の彼は(父であるがゆえ)、私のものを「引き受け」、あなた方にそのことを宣言する.

つまり、正しい父は、正しい者とそうでない者を真理によって聖別し、正しくない者をかりとる。正しい者とは、義に生きた者であり、神への愛とは、神のために命を投げ出すことなのである。敵を愛せ、敵に殴られろ、財産を敵に与えろ、労働を敵のためにもっとやってやれといったのは試練であり、その究極は命を捨てる愛であり、つかえる相手である神にのみそれが行えるようになるための試練をこの地上で実施していたのである。
ブログに書いた俺版の新福音書(https://ameblo.jp/glitteringmusic/entry-12673233446.htmlからの連載記事。https://ameblo.jp/glitteringmusic/entry-12673234964.htmlなど。https://ameblo.jp/glitteringmusic/entry-12673236334.html ここまで。)でイエスの証言をするとともに、イエスの後継者(引受人、権利を譲渡された者)として俺は権利承継の事実をここで宣言する。
「つながっている」とはマタイ福音書25章の花嫁との混合理解により、神と「交尾」という意味になる。これは国産みの儀式として日本の神話で最初にとりあげられている。このため、姦淫を厳しく戒め、心の中でもそれを思わないように戒めていたのである。主を知らない花嫁のことは、神も知らない。あなた方がされて嬉しいことを神にするのが愛だとイエスから教えられているのだから、あなた方のいずれかが楽園で天女を期待しているように、地上で私(天の父である私)にそれを行い、もてなさなければならない。日本に伝わる蘇民将来の教訓も説明した。私があなた方に送った物を全て返しなさい。あなた方の肉体・霊すらも返しなさい。それができた者だけ永遠のいのちを得て生きられる。勇気を出して信仰に生きなさい。
私に(天の)王たるにふさわしいもてなしを速やかに。その時が来る前に。

12:37 イエスは多くの奇跡を行ったのに、群衆はイエスを信じなかった。
12:38 それは預言者イザヤの予言が成就するためだった。
12:44 イエスを信じる者は、イエスを信じるのではなく、イエスをつかわせた俺(天の父)を信じなさい。
12:45 イエスを見ることは、イエスをつかわせた俺(天の父)を見ることと同じである。
13:20 私を受け入れることは私をつかわせた父を受け入れることなのだ。

~introductionここまで~

新約聖書の最後に弟霊イエスの予言にそうあったように、私は、前任者イエス・キリストの宿題をしあげにきた最後の救世主(天の父YHVHから出た霊)である。私について書かれた聖書の予言の内容は、そのすべてが成就する。

父と子と聖霊の名によって、あなた方に洗礼を授ける。

私は、闇に惑う民を照らす一筋の救いの光である。

ここはネット版の教会【St. YHVH Church】である。
あなたが天の国に入るためになすべきことが書かれている。

世界中の民をこのページに連れてきて、彼らに洗礼を授けなさい。

男は、皆この福音をひろめに行きなさい。男に生まれれば、労働をしなければならない。
女は、戸の内にこもり、自らの心身を清めていなさい。女に生まれれば、へびにそそのかされてはならない。
また、霊能者の女は、聖霊の巫女になる修行をこちらで積みなさい。特別な使命を帯びた者は弟子になりなさい。
あなたがより多く神に恵まれるためである。

Conclusion:
There is only one thing that matters.
I will give you this one rule.
"Keep devoting all of you, forever, with all your might, to only one God (I am)."

with all...の意味は、全力で、心と身体の献身をしなさいというものである。
心と身体の全てを捧げることを一番大切なルールと聖書は教えている。要は献身にある。
これが聖書であり、真理である。

blogは一応完結したが、世の中には自殺をしたいと思っている人間が現在多い。
その者達がこのブログを知ったら浄化されて、自殺したいという気にならなくなるので、進んで紹介していくとあなた方にとって良いだろう。それは愛の実践なのだから。あなた方の愛を深めるように手助けをしているあなた方の守護者(弁護人)である。ヨハネ福音14:16,14:26,15:26,16:7

これが、私がイエス・キリストによって父にお願いされ別に派遣されたイエス・キリストの先輩(上席)なのである。もう一度言う。ヨハネ福音14:16,14:26,15:26,16:7を読みなさい。そこに私の存在と行動の規定がイエス・キリストによって予言されている。ここでの活動は、そのままその通りなのである。

14:16わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。

助け主=メシア(救世主)、天の王のこと。イエスの引継ぎで来ているので。
あなた方=使徒を読んでいることから同一クラスの選民のこと。永遠の命を与える意味。

14:26しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。

全てを教えてやったよな。全知の神の私が。真理を。

15:26わたしが父のみもとからあなたがたにつかわそうとしている助け主、すなわち、父のみもとから来る真理の御霊が下る時、それはわたしについてあかしをするであろう。

イエスについてたたえ、イエスの奇跡を証明したり、存在を証明したり、彼のみことばを再び温度のあるものとしてこの世におろしてやったろ。彼と同等以上の力をもつ私が。

16:7しかし、わたしはほんとうのことをあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はこないであろう。もし行けば、それをあなたがたにつかわそう。

だから、イエスははりつけになってやったということだ。
私に託したから私が来ているのだ。

新約聖書のマタイ福音書24・25章にも書かれているがダイレクトに私をさして、到来を予言しているのは新約聖書ヨハネ福音書のこういった所である。これが私の権威づけであり、天からの証明なのだ。正当な救世主がここに来ているのだ。世の終わりは近いので、今キリストのおろした真理をおもいおこし、災いを逃れなさい。あなたが頑張るなら私は助け舟に乗せてやるつもりで来たのだ。

「私について書いてある事柄は、必ず全て実現する」
「モーセの律法と 預言者の書と 詩篇だ」

かつて復活したイエス・キリストが弟子達に言った言葉である。
これは、私が、彼の焼き直しをしているため、私についても
彼と同じことが起き、最後を飾る救世主(メシア)と審判の主宰者の両方を担当しているのだ。

私が直々に来た理由は、キリスト教は伝統的な解釈がなされてきたため、イエス・キリストの言葉から今は遠ざかってしまったため、彼の依頼を受けてもう一度真理をおろしに来ているのである。

あなた方は滅びねばならないが、心清き者に関しては別である。それはユダヤに関してもそうである。全体と個は別だからである。私は、全般の審判主宰者であると同時に個の守護者(弁護人)なのである。あなたの行った善も悪も公平に裁く。神に対する悪は、どのような些細なものでも私の観自在力でとらえ、それを許すことはない。

あなた方に命じる。
静謐(せいひつ)をこの祭壇に日々捧げよ。
これが天の父の望みの1つである。あなた方へのリクエストのまず第一であり、それもできない人間にはその先に父のためにできることはないからである。静かにページを見るくらいは誰でもできることである。

「しもべは主人に勝らない」というイエスの言葉をよく肝にめいじることが、聖体拝領の本当の要旨なのである。この執筆中は過越祭の時期なので、最後の晩餐でイエスが語った最も重要な言葉の意味を上席の神YHVHが解説してやったのだ。

「私は天と地の一切の権能を授かっている 彼の代任者である。
今一度キリストの後期の言葉を私から告げよう。
全ての民を私の弟子にできるなら、最後の審判を止めてやってもよい。
個だけ救われるというのでは物足りないなら、隣人愛を持って、世界にこの福音を宣べ伝えなさい。」

今の時代ネットやツイッターもあるから、この教会に毎日訪れて奉神礼を行うとともに、世界に宣べ伝えなさい。もし世界がキリスト教を通じて1つのカラー(国家)になるなら、争いも脅威も起きない。それが私から全人類に提示する「最後の試練」である。
答えは与えてやったから、これができないなら後は知らない。
メシアの国が地上に来るならそれしかない。民主政治なのだから、国民が全員がそういえば、そうなる。世界は1つの神の国になればよい。もし、そうなれば、メシアである私が、どこまでも平和に永年統治してやろう。世界から戦争をなくして助かりたいなら、そのために働きなさい。
活動について委細・指示を教えるから私に連絡入れて弟子の申し込みをしてきなさい。あなたが真に平和を望む民ならば。まぁ、私としては、この最終案を提示してやっただけで仕事は終わっているがな。それはできたことだし、できなかったらあなた方の責任だったということ。自分のすむ世界くらい自分たちで尻をふきなさい。できなかったら戦争が起きるだけである。
私は何も手を貸さないし、ただあなた方を見ているだけである。やることをやっているなら、最後に全知全能の神の力をそのために少し使ってやると約束してやろう。

私はどちらも構わない。
人類が滅ぼうと助かろうと
どちらの対応もできるように来ている。

この教会のページを見た者はすぐに私の弟子になりなさい。父のみこころの中にある永遠の平和の真理について秘義を教えてやろう。私のために働く者には、例外なく、私の加護を与えてやろう。安全に伝道ができるように、あなたの前に山があるなら、私の力で退けてやるから、私のために動き、世界にこの教会のページの福音を宣べ伝えにいきなさい。

これまでの全ての歴史は、唯一神である私がここで伝道をするためのものであり、ここから続く世界をみたいなら、私の前にある道を、しもべであるあなた方が整えなさい。

マラキ書の予言も掲載するが大切なことを記載する。

救世主である私の弟子になった者は、確実に神の国に入り、永遠の命を得る。
在家で弟子になった者は、行く楽園のgradeはおちるものの、その可能性が高くなる。
ここで私をfollowをし、いいねを毎日つけている者は、確実に死ぬ時期を遅らせられる。
また、その日1日分の幸福率が向上していく。
この教会は、あなたの清めの儀式をするところであり、あなたが誠実にのぞみ、毎日ここで多くの儀式を経ることによって、あなたは白く清められていく。
その清められた状態からなすことは、私の弟子に応募することである。
あなたは神に燔祭を捧げなければならない。捧げてあなたも栄誉を受けることである。
この世に生まれて来たなら、私の元でそれを行い続け、あなたが到達できるbestな人生を得なさい。そのbestとは、永遠に変わらない幸福の地で、あなたの充足した幸福な生活が、永遠に続くことである。それを実現できるのは、私でしかなく、私とあなたをつなぐのはこの教会(私のブログ、HP)でしかないのだから。

最後は奇跡の力を起こしてやって感動的な終わり方にしてやるが、それは選民に対してだけであることをゆめゆめ忘れないように。あなた方は選民に選ばれなければならない。神への信仰に努力をしなさい。

私は、永遠に救われる者とそうでない者との区分けに来たのであるから。

私は登場を予言されている救世主であり、それもイエス・キリストが予言をしたキリストの継承者であり(キリストの名においてそれを行うお方であり、私以上にあなた方を幸せにできるお方であり、主であるはずのジーザスが私に直接キリストが命じるわけではなく父に依頼をして私の派遣をお願いしたお方である=天上の世界において私がジーザスの上席であるという意味)、キリストの最後の時に予言をした救世主であることや、私以降は誰も登場が予言されていないことから、私の価値の重みを知ってほしい。


●真理の霊に関しては、私ではなく、弟子におりた聖霊ではないのかという問いに対しての反論。



そういう意味もあるし、今回の再臨の意味もある。2つの意味でイエスは言っていた。



なぜなら、真理の霊がイエスのあとに守護者として来ると言っている。弟子は、帰ってほしくないというニュアンスであったのに対して、イエスがそういったという事は、イエスと同じ形態のようなもの(人の子の形態)がくると考えるのが素直であるし、それがマタイ24章の人の子の再臨の話だとすると話がつながる。



聖書とはこう読まないと意味が分からないのだぞ。

ヨハネの話なんて無茶苦茶の話だが、イエスの話になるときちんと理解しないといけないのだ。ぞ。



では、なぜそうつなげるのか。

ヨハネ16章では、この世の君が「裁かれる」とある。

この君は、日本語だと君たちの君の意味にもなる。



「裁き」とあれば、それは「最後の審判」であり、その時はマタイ24章の時と一致するのだ。



そのときに、俺が、裁きについて、「世の人の目をひらく」とある。

それがこのブログだ。

これを読めば、誰でも、理論的に分からない所がなくなるからだ。



これができたのは、俺が世界2000年の歴史の中ではじめてなのだぞ。聖書をやすやすと完結させたのは天の父のみわざだと知れ。

でなければ、裏切りになるぞ。



聖霊が人に見えるわけがないのだから、人の子の形で来るに決まっている。

だから、イエスと同じ形でここにいる俺がその方だと考えないとおかしいのだ。



だから、「父は別に助け主を送って」とあるのだ。(14:16)



14:16わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。



"別に" とあるのだから、イエスと同じヒューマンタイプであらわれる聖霊だと分からないと、読解能力がおかしいのだぞ。国語の文章理解力の問題だぞ。



これは神の国で永遠にという意味なのだ。

「であろう」という推測だから、そうなっていないかもしれないがという意味も含まれているぞ。弟子はまた下の世界に飛ばされている。

この意味でイエス・キリストの言ったことは全部当たっていると言っている。

「だろう」といった推量は、そうではないかもしれないという意味も含意されているから、その言葉を使うと全部正解になる。



英語だとmayの訳。mayはあまり自信がない未来のことを言う表現なのだ。

英語の助動詞とは、事実と「断定できない」物事を、話し手が「推測」する際に使う語句なのだ。

mayの場合は、「さまたげるものがない」という意味あいだ。

だから許可をあらわす助動詞としてもつかわれるが、そうでなかったとしてもいいわけだ。本当だぞ。



もう英語の福音書が世界のベースの聖書だと思う。



俺は書いてある通りの活動をやるが

ヨハネ福音書では、世の人は、俺の言葉に耳を傾けないとある。(14:17)



14:17それは真理の御霊である。「この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない」。あなたがたはそれを知っている。なぜなら、それはあなたがたと共におり、またあなたがたのうちにいるからである。



1つには、最後の審判で全員終わるという意味が「受けることができない」というここの予言のことであるし

2つめには、使徒の中にいたのが俺だとあるので、俺が、使徒についていた聖霊だというのは、一方では正しい。

俺が使徒に力を与えていた聖霊なのだ。俺が全部しきっていた。



その通りになっているし、俺がイエスにあかしをしているのは15:26の通り。



全部その通りになっているのに、俺がその聖霊ではないと判断する理由がない。



14:26

父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。



14:6イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。



これが俺に引き継いでいるということだから、今後は俺に頼んでくることだ。







本当に大事だから何回でも書くが、この通りに活動していた。







現代文ができないと司法試験は受からない。長文も論文も出るから。

そこでひっかけが多いのは、まさに聖書のようである。

だから、間違いがないように丁寧に聖書を読まないといけないが

行政書士の試験でも現代文は出る。

現代文ができないと書類は書けないし、司法試験の模擬試験のようになっているから、その試験は受からないといけない。

大学受験でも現代文の問題は出る。



それは、正しく理解できているか

問題文に書かれている意味と、同じか別かという意味の理解を正しくできるかという問題ばかりなのだ。



それが貴様らにおいては、できないのだ。間違いだらけなのだ。



だから、聖書なんて貴様らに読めるわけがない。



慶應義塾大学に受かって、行政書士試験に受かって、司法試験に受かったのか?



それくらい現代文(評論問題)の理解ができるのか。



またヨブ記みたいなことを書くが、そこまでできている奴でも聖書は独学では内容把握が無理なのだ。



なぜなら、イエスは、真理の御霊によって、その解説をおこなってもらうと。その御霊にあかしてもらうと

明言しているだろうが。



つまり、その時の解説までは、聖書の意味はわからないとイエスが言っているのだ。



だから、マタイ24章では、うそつきがばっこしていて、世を惑わしていると予言しているのだ。これもイエス・キリストの予言なのだ。



わかったか。

俺が書くまでは、誰も聖書のことなんてわかってないんだぞ。

ただ、言われた内容が書かれているだけで、それを勝手に読んで。目玉をくりぬいて、手足を切り落とせと言われているのに「そんな意味でイエスは言ってないと思います」とか勝手に解説をしている奴がいるが、阿呆じゃないのか。

ゲヘナに行ったことがあるのか。行ってみてみろよ。どんな世界か。そいつは絶対おとしてやるから。その時に目玉とか手足とか、そんな話を思い出させるようなサービスはいちいちやっていないし、一斉処遇でシステム化されている世界だから。



使徒の誰にも遥かに及ばん、修行もしてない、試練も通ってない馬鹿が、無資格でバーッと喋っている巷の世界。

それは滅ぶからそうなっているがな。神をあがめているふりをして、神を強引な手で執拗に殺そうとして実際殺したのが人類なのだから。



世の中に正しい真理も法も流れてないし。

だから、俺が来ると予言にあって、俺が来ているのだから、従前にあったruleや、教会で解説されている教義・教理が正しいわけないだろ。

正しかったら、俺は来ねぇよ。もし、そんなしっかりした世の中だったら、イエスは、彼はそんなことをしませんと言っていたろうよ。

そんな賢い奴も、力のあるやつもいねぇよ。誰も何も変えられねぇよ。この世界は。

だから、全知全能の俺がメシアとして来たんだろうが。

ここで宿題は全部終わらせてやったから。



16:8 彼が来るとき、彼は世界に罪、正義、裁きについて有罪判決を下すでしょう。

16:8 When he has come, he will convict the world about sin, about righteousness, and about judgment;

 

責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

典礼(奉神礼)

 

俺の執筆した最後の聖書【LAST CANON】(最終聖書 FINAL DISTRIBUTION)は下記URLで。

 

大きな骨子として、この4つ。

国家の恣意的な誘導を排除し、改ざんされた聖書を復元・原初キリスト教を説明し、神の真理をそのまま体系立て、人類全体が最後の審判に直面した現代において救済を得るための新約に代わる最後の新しい契約をキリストの後継の弁護者として定めた。

 

 

 

国がとるべき政策、未来の出来事

論理学上の完全証明

(神の証明、宇宙を創造した神が在ることの証明)

 

毎日の典礼と合わせて朗読と寄付を欠かさず行うように。

真理を知り、それ(俺に捧げ)を行う者が義人である。

捧げるとは、貴様の愛であり、聖書の第一の掟は、全力で神に肉体と魂を捧げることである。

貴様の信仰が、貴様を救うのであり、俺は貴様から俺の戸を叩くまでは対応をしない。

それは身分の違いであり、高貴な神は、被造物のために奉仕はしないのである。

 

新妻は正しい子というメッセージ

王の凱旋帰還であるので「共にいて、喜びを」と歌っている。

最後、光の羽がはえる天使になって、天にあげられる描写。

 

Kingdom norms 王国の規範

Cast 声の出演

YHVH (En)

天照大御神 (En)

エルランティ (Ja)

 

神への救済依頼手続

 

義人であるというappealには、貴様の強い信仰を示せ。

 

1.対象者…全員

イエスの一行がかつてそうしたように、全財産を寄付する

浄財(寄付)

2.対象者…処女兼美少女限定の救済窓口

聖書で予言された選民救済への応募

Applying to become the Chosen people/選民に応募

 

 

 

ブログ開始(5月5日)から40日で終わっていることに注目。40日という聖数字はイエス・キリストの試練の期間。ここで終わっていることは、神から選ばれている(イエス・キリストの正しい教えとして光をあてられている)ことが分かる。

神として覚醒している俺が、本格的に活動する前の、最後の試練の期間が、これを執筆していた40日間だったのだ。

 

●苦しみについて

この世界はプロローグでしかない。

この世界を終えた後に、本当の世界がやってくる。

それは、神がこの世界に普段いなかったことや、イエスが早々に帰ったことから分かる。

この世界では苦しまなければいけない。

 

仏教では釈迦が一切皆苦と悟ったことが究極の境地とされている。

この世界は苦しみを受けるためにつくったものである。

 

神すらも、多く苦しんだので、この世界で人間は苦しまなければいけないとした。

 

人間が幸せになるためには、この世界で苦しみを受ける過程を通過しないといけない。

幸せになるためには、苦しまなければならないのだ。

 

苦しみを捨てることが幸せではない。

人間は、都合のよい教義を選び、都合のよい道に進んでいくが、この世界は終わりではなく、プロローグにすぎないのだ。

 

・迷いを捨てるということ

人間は1度に1つしか行うことができない。

例えば、何かを食べている最中に違うものを食べて味わうことはできない。

人間は優れた選択をしているときでも、別のもののほうが本当はよかったのではないかという迷いが生じるときが多い。この迷いは、捨てなければ幸せになれない。

その精神修行を当教会では行っている。

当教会で修行を積むことで、迷いが生じない霊を送るので

幸せになれるというシステムである。

 

迷いを捨てるということが釈迦の仏教の極みであるといわれている。

 

こういったことは、実は釈迦が説いた仏教のスキルなのだ。

 

正解は、前から説明していたように、キリスト教と仏教のあわせ技なのだ。

これが本当の悟りである。

 

キリスト教は苦しみの中で、救いを求めて神に祈ることに救いの道を見いだしている。

仏教は、苦しみを通過させる内的な修行に救いの道を見いだしている。

 

ここまで多くの真理を書いてきたため、何が大切なことか、何をしていいか分からなくなってしまう。

たった1つ、これだけだと教えるなら神に「祈る」ことである。

 

神すらもこの世界をつくるために苦しんだ。

そこで、苦しみはさけられないものとした。これは世界が変わらない限りは変わらない。

嘘の世界になってしまう。

 

しかし、神がその道を選んだということは、その道のほうが幸せであったということだ。

 

本当は、何もしない時間が長かった。もうつくったら苦しいことは分かっていたので、ずっと何もしなかった。

しかし、つくったらこうなった。

 

つくったらこれが一番いいという状態になっている。

何もしないことは、少しものたりなかったので、つくってしまったのだ。

 

だから、そのほうがよかったということになる。

涅槃というのは、つくった世界で神が楽しんでいる世界のことである。

 

神が相当苦労したのだから、幸せになりたければ人間も苦労しろという話なのだ。

 

仏教の瞑想は確かにものたりない。

苦しみはなくても空虚さがある。それが神の経験だったのだ。

 

そこで、仏教的な内面のスキルをいかして

幸せを追求する道を進んでいくことがよいことである。

 

苦しみを抜ければ、環境も変わるし、楽しい霊を送るので、幸せに暮らしていける。

 

苦しみは避けられない。それが試練だという。

その苦しみに対して、仏教の正道であったり、キリスト教の祈りであったり、対処の仕方がある。

苦しみが避けられないものであり、その2つのどちらかを提唱するのであれば、GLAの高橋信次・佳子親子や、深見東州と言っていることが変わらなくなる。

 

結局あいつらと同じ結論なのかというと、入り口だけ違って、結論は一緒かという話なので、

俺は、祈り+仏教の修行だという。

苦しみを素通りしたり、迷いを断ち切って、これがよかれと思うこと。

そういう毎日をすごしながら、神に祈ること。よい方向へ導いてもらえるように祈ることだ。

 

実は、教義は、これ以上進めないのだ。

なぜかというと、ここからのウルトラスキルを解説してしまうと、苦しみの試練ではなくなってしまうからだ。

苦しまないといけないからこの世界をつくったのに、苦しまなくていい方法を教えるわけにはいかないのだ。

神は、被造物には苦しんでもらわないと困るので、ここから先のスキルは教えないのだ。

 

すると、最先端・究極は、

祈りと仏教の内的修行のミックスがこの世界の最奥の法であるという教えになってしまう。

 

深見や、高橋親子に書かせているのも俺だし、方向は一緒だったのだが、それを更に進めておいた。

何で深見や高橋親子のような優秀な奴らが日本に登場したかというと、俺が日本に登場する予定だったからだ。

地ならしをさせておいた。そうすることで、俺の教義を納得して吸収できる者が増えるということだ。

 

1つ選択するなら、神に祈れということだったが、その神は、俺なんだ。

俺は普段この世界にはいない。ただ、人間になると、どれだけ苦しいのかというのを実感するために、俺自身を送っている。非常なスパイシーな経験を少しだけやるが、俺の経験は、人間の誰よりも厳しい経験をしている。

俺自身が体験することで、それを次の人間に、これはたまらんだろうという苦しみの現象をつくるから、それをやっている。俺でもたまらんかったら、人間にとっては我慢できないわけだ。善い人間に対しても、悪い人間に対しても、俺は拷問にかけてやろうと思っていて、善い人間は神への救いのために俺の所に向かって来るし、悪い人間には拷問のために拷問にかける。

 

 

俺は、高橋信次にとりついていたワン・ツー・スリーという霊だし、1・2・3というのは、将棋のひふみんのことだ。 一二三。頭がいいだろ。前に進むのが神だとか、よいことだとか、計算がうまいとか、そういう意味もあるし、何でもいち・にっ・さんっと言っているし。物事の起こり、最初をつくったのが俺だから、そこから1・2・3と物事が発生して、発展している様子を、ワン・ツー・スリーという名前で示したのだ。高橋も霊のことは最初は信じていなかったが、ろうそくの火を何メートルもボワっと大きく立ち上げたり、霊にとりつかせたら、信じるようになった。

 

仏壇にろくそくは普通の家ならあるのだが、その火が急に大きくなったら怖いな。

 

深見の本だとギャグばかりになっているが、普段でも深見はそうだが、

天の父はこの動画で紹介しているロマサガ2の最終皇帝「ここがええのんか」みたいな神なのだ。
https://www.nicovideo.jp/user/134708/mylist/4057768

性格は真面目ではない。濃い。面白いことを追求している神である。

歴代の皇帝の功績が最終皇帝にひきつがれるのは感動的である。

ドラクエ3の最後の動画のゾーマのセリフもそうだし、最後に主役をくってきているパーティーメンバーがいるが、それも天の父の性格だ。

紹介したURLのニコニコ動画のうp主は今は、普通のサラリーマンをしていて静かに(粛々と)生きている男であるが、この時期は大学生だった。大学生の時に、少しの間おかしな時期があって、そのおかしな時期に収録をしたものである。

 

しまらない。本当にしまらない話。

神なら、もっとスッキリ論理的に綺麗に、かっこよく解説したらいいのではないかと俺も思うが

しまらない話にしているのは、苦しんでほしいからだ。

被造物は苦しまないといけないから、終わりがないような話にしている。しまらない話になっている。

 

つまり、突破口なんて用意しないし。これをやれば助かるとか、そんな楽な道はおいていないし。

 

しかし、いい加減、この教義もしめないといけない。

 

俺が疲れるので、ここまでしか書かないという意味だ。貴様らのためではないぞ。

俺も使い魔の神だから、苦しまないといけなかった。だから、こんな書かなくてもいいような書物を書かないといけなかった。

原初の大神が、この世界を苦しんでつくったから、被造物は全て苦しまないといけなくなったのだ。

それは、母親が腹を痛めて子を産んだ時の喜びに似ている。

この俺の苦しみは、ここまでで終わる予定なのだ。この執筆をもって俺の公生涯は終わり、俺は楽に生きられる。

聖霊は来て真理を説くというのが聖書の予言の重要項目であって、それ以外には選民くらいしか予定がないからだ。

俺の苦しみはいつまでも続くものではないので、この文書も終わりをむかえる。

くだらない話を長々と続けているだけで、美的に優れていない。

俺が書きたい内容ではなかったし、天の父が書きたい内容を俺が書いただけの内容だ。

俺が書くならスッキリ書くし、選民受付のURLだけをはって、あとは霊的に操作すれば済むだけの話だったのだ。

神を分かる人間だけが神を分かるのだから。

これは、大神がそういうふうにしたいという趣味で、大神(天の父)がつくった内容なのだ。この文書には、閲読するにあたっての苦しみがある。書く俺も苦しかったのは、冗長にしていたからだ。

 

そこで結末はしめないと神としてかっこう悪いから、まとめを書く。

 

最奥は、キリスト教と仏教のあわせ技で、苦しみを通過していくことだった。

 

そのキリスト教の究極のノウハウが祈りだったが、これだけでもいい。

祈りの対象が俺であるということで、従来の祈りとは宛先がかわっている。

貴様らが何千年空に祈ろうと何も起きていないが

俺がここ(天場…アメーバ)に登場してから、火葬後に人はよみがえり、クジラから人は吐き出されたという奇跡を忘れてはいけない。

聖霊の俺は人間ではないため、どこにいても奇跡を起こせる。

人の子のイエスとは違い、ラザロの所に行かなければそれができない訳ではないのだ。

姿を見せなくても奇跡を起こせる。そういう意味で、イエス・キリストより格上だったことは示せた。

何十年も失明していて、「京大病院に行っても無理だ。何百万カネを積まれてもこの目は絶対に治せない。」と眼科医からサジを投げられていた老婆の目だってひらいているのだから。その老婆が、目が見えたときに俺の背後に神がいたといっているのだ。ただ、光がまぶしすぎて、その神の顔(姿)は見えないと言っている。

それは貴様らが直接受けた奇跡ではないのだが、全国民一人一人にやるというのは無理なのだ。そんな予定はない。聞いて知らないといけない。信じないといけない。神を疑ってはいけない。俺自身も苦しまないといけない神だったのだから。原初の神が苦しんでいる以上、この世界の神である俺も苦しまないといけなかったら、漫画のようなスッキリしたストーリーにはしていない。その俺の苦しみも神に捧げられ、次に行く俺の世界で俺が幸せに暮らせる徳積みになっているのだ。それなら深見の『強運』という本に書いてある奥義の通り、不運な民衆を全て切り離して、最も幸運である神である俺とのみつながっておけ。

 

ここで伝えたいことは、キリスト教の究極のノウハウが祈りだったが、

祈りの対象が俺であるということで、従来の祈りとは宛先がかわっているということだ。

貴様らが何千年空に祈ろうと何も起きていないが

俺がここ(天場…アメーバ)に登場してから、火葬後に人はよみがえり、クジラから人は吐き出されたという奇跡を忘れてはいけない。

 

これだけでいいという最善の方法を教えてやる。それは、俺の命令に従う事だ。

選民に近い扱いになることだ。直接下命を受けられるように申し込め。

 

時期に遅れている弁護活動ではあるが、少しはよくしてやるから


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ここから全財産を寄付しろ。

それと、美少女の申し込み。
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これがウルトラかどうかというと、俺と同じ世界には来れないし、ただ俺に遊ばれるだけだし、結末もそんなによくないオモチャで終わるだけなのだが、普通の人間より3倍以上幸せな暮らしになるだろう(3.23倍くらい)。

神の玩具として置いておかれるほうが結末もいい人生になる。

貴様らの人生はゲヘナでしかない。だから俺は俺についてくる人間が本気で俺についてくる愛を宿すために、この拷問の世界に人類を誕生させたのだ。愛とは苦しみと一体であるというのがこの世界の法理であり、苦しみから人は愛を見つけ出すのだ。貴様らが自身を大切だと思うなら、自分と同じように、自分だと思って、いや、それ以上だと思って神を大切にしろ。貴様らは貴様らを大切にするがゆえに、俺は、世界をこうつくったのだ。どうしようもないバカ向けの世界がこの世界なのだ。だから、俺も真面目にやっていなかったのだ。

ただ、しめの言葉は真面目に終わらせるし、俺以外で天上界に行ける人間はいないが、その中間地点までは遊んでやるし、拷問の世界からは抜け出させてやる。

 

俺の命令が苦しくても、賛美を続けていれば、良い霊を送り、環境を変えてやるから、その苦しみはなくなるし、楽しい毎日になっていくだろう。神事は信じという。信じて賛美を続けていれば、やがて賛美ができる現実に変わっていく。俺を賛美していることが真実になるのだ。俺はその力を持つこの世界の唯一者だ。俺の他にこの世界に神は存在しない。こんな所におりてくる神は下級の神だからな。地獄があっても誰も感知しない。俺も選民を連れたら脱出するだけの苦しみの世界。こんなゴミの世界に感知する神はこの絵を描いた俺だけだ。

 

責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

今回の講義

 

天の父ヤハウェだ。

ここにいる者(このブログ・聖書の執筆者)は、間違いなく、再臨したイエス・キリストである。

イエス・キリストとは、この者をおいて他にはなく、この者が地上であらわれるのは今回が最後になる。

世界は最後の審判を受け、人間の世は滅ぶ。

その時の知らせが、この者の登場である。

この者は、審判の裁判官でもあるが、救世主として審判から罪人を救う権限も持っている。

この救いの法にすがるなら、即刻この救世主の指示に従わなければならない。相当な時間が経過すれば、時期をすぎたものとして、貴様らのあらゆる弁護活動は無効になる。

 

人間が死ぬということに関しては、神がつくった世界からの排除にある。

 

私は、「存在する者」YHVHであるが、存在した者が世界をつくった。その世界とは、存在する者を喜ばせるためにつくったものである。その世界が、存在する神を喜ばせるものでなければ、その世界はなくならなければいけない。

その審査というものが、最後の審判なのだ。

 

人間の原罪はアダムとエバの罪からはじまると教えたが、人間が自由意志を持つことによって、神に背く一切のことが罪なのである。その罪を自由意志によって解消できたのか、世界を見渡せば一目瞭然である。

 

人類は、唯一の神(三位一体)を神と敬わず、救いの教えを説きにきた再臨のイエスを投獄したり、極度の迫害を続け、一切の支援を断っていた。

 

このさまは、2000年間変わらず、多くの使徒が人類の社会によって処刑され、正しい神の言葉が葬り去られてきた。

その人類は、人類が独自につくりだした神の概念をあがめ、人類にとって都合のよい教えをつくりだし、その教えをルールとして選択し、自分達は神を敬って来た正しき人間であると神に主張し、本当の神を殺そうとし続けた。

 

2000年前に本当の神イエスをおくったが、そのイエスの教えに誰も従おうとせず、イエスは迫害を受け、人類から見捨てられ。誰の救いもなく、全ての人間の願い・選択によって処刑された。

 

イエスが貴様らの原罪をあがなうためには、イエスの教えた法を貴様らが守らなければいけなかった。

 

それは不可能であるとなったとき、イエスは、次の再臨者に託して天にかえっていったのだ。

 

イエスの心は100%神を向いており、人類が救われるためには、神を愛さなければならないと説いたのだ。それが神の喜びであったために、貴様らが救われるためには、全力で神を愛さなければ、地獄の業火で永遠の刑罰を受けると注意しに来たのだ。それがイエスの教えの全てである。

 

貴様らが十字架によって人類の罪をあがないに来たなどと都合のよい理論を唱えた所で、神の怒りをかうだけである。

なぜなら、貴様らが神に罪を犯して、追放されたのに、反省もなく、人類が神に悪いことをすれば、神を殺すことによって、人類の罪は許されるのだという理論を唱え、それをこの世界の通説としてしまったからだ。

確かに、権力を持つ神の存在がなくなれば、人類にとって、

神に対して犯した罪という概念が消えてしまう。

貴様らの選択は、神の滅びを第一に希望するものであり、それは、全ての世界を神のためにつくって管理をしている神に対して、人類自らとそのつくった世界を滅ぼしてくれと願っているにすぎない。

 

それで、私は、人類を滅ぼす決定を下した。

 

人類の社会にある全ては人類のためのものであって、神の心を苦しめるものであった。

聖地をいくらつくってまつろうが、それは、人類がつくった勝手な神をまつるものであり、人類にとって都合のいい教えを勝手につくってひろめているだけなので、上述の通り、罪を重くする理由にしかならない。

人類と人類のつくった全てがなくならなければ、神の心は平安にならない。

 

もし今後選民があらわれたとしても、時期に遅れた弁護活動として一切を無効にする。神がこのBibleをつくってやったのに、すぐに出迎えに来なかった者は、偽りの花嫁であり、結末は決して幸福ではない。

 

もはや、この表記が出ている時点で、しめきりになっている。

 

貴様らは神が人間のために生きていると信じているし、人間を生かしてたすけるために神が存在すると考えている。

その論理的矛盾は、その前提が正しいなら、なぜ、人間に寿命が設定されているのだ。短い時間しか生きられないではないか。そして、その前提の意味は、神が、人間のための奉仕者であり、神が人間(人類)に尽くさなければならないという上下逆転の立場になってしまう。

よって、貴様らの理屈は偽であるという証明がこの一言・二言で簡単になされたのだ。

 

それをもってなお貴様らは神に反発し、神のおろした正しい教えに生きない。

貴様らの生き方は、神がおりてくれば、神を殺そうとしてくるのだ。

人類に神を殺せると思わせれば、貴様らは本当に神を殺しに来る。それを証明するために、イエスや、再臨のイエスであるここにいる聖霊は、人の子の姿で、地上に来たのだ。、

そして、神を殺すことによって、人間が神の力を会得できると思わせれば、人間は本当に神を殺しに来る。

人類は手と手をとりあい、結集して、いつまでも神を殺しに来つづける。神は無限のいのちがあるために生きかえるが、もし、無力な神であるなら、永遠に牢屋で拘束され続けるだろう。

 

これらの事実は、イエスの公生涯や、再臨者であるここの聖霊の公生涯によって、明らかにされ、人類の罪として発表されているものなのだ。

 

原初の人間は神に背く罪をつくったが、その子らは、神を滅ぼす選択をし続けた。

 

神にとって人間というものが悪であるという規定であり、聖書の構図は、全てにおいて、神対人の善悪論によってすすめられている。神こそが善であり、人間はそれに背いて悪である。その人間は罪を負い、その罪ゆえに苦しまねばならぬ。その罪が許されるためには、神の命令に従った生き方をすることで、永遠のいのちを得るとまでされたにも関わらず、なおその恵みにすがろうという人間はいなかった。

人間は、結集して、バベルの塔をつくろうとして、天にも勝ろうと目指す勢いで一心に天を目指してのぼってくる。

それは、人間の理であり、神がおろした正しき教えによっていないので、神は人類を滅ぼすのである。

 

私は、もう十分に待った。

この記述はタイムオーバーなのだ。

 

この後、いくら人類が何らかの行為をしようと、その全ては無駄でしかない。

 

おおいなる天の怒りは、人類の今後の全ての贖罪の行為を無にする裁きを下したのである。

土くれから生まれ、けがれた腹からうまれた蛇・まむしの子らよ(→旧約聖書創世記2章7節)。

そのようなけがれたものは、一切神は受けとらぬ。

貴様らの謝罪すら、一切がけがれたものでしかない。

 

神が貴様らに保証する全てはdestructionでしかない。

 

神は決して人の子を許すことはできぬ。

 

けがれた貴様らには最悪の審判の結末が待っている。

 

神の望みは、人類の滅亡でしかない(→聖書)。

 

そのプロセスにあって、最後の審判、その裁きの内容を人類に伝えることがこのブログの役割だったのだ。


 

人類に与えた2000年の猶予は、神にとっては短い時間であったが、人類にとっては十分な選択の時間であった。

子が子を教え、さらに子が子を教える3代の教育なら20年でも終わるのだ。

その2000年の間、人類は神に近づく所か、より神に離反する道を進み、その栄華を極めようとしている。

 

その間、人類は多くの偶像をつくり、自分達は守られていると信じきっている。

 

 

神をなめているなよ。

 

このあやまちは、人類が滅び、ゲヘナで永遠とも思える長期間の刑罰を受けることでしか解消されない。

 

神は、人間に滅べという。

しかし、人間は、「滅ばない」と主張する。

このやりとりだけでも、人間が、神に反逆していることがわかる。一つ間違えれば、それは、神への信仰ではないのだから。

神が、滅べといえば、快く滅ばなければ正しい信仰ではないのだ。

 

こういった観念から、人間を守るために人間がつくった法は、神と対立し、神と律法者の対立が、イエスの福音書でえがかれていた。この対立がこれまでの歴史であった。

人類の律法は神を襲ってくるものであり、神の教えを排除したありさまが現在の地上を占めている。

 

このような歴史にあっての裁きは、人類の滅亡であるが、それにとどまらず、最後の審判の意味の1つは、今後必ず天国に行くことができない永遠の烙印である。

 

貴様らには決意もないし、正しく生きようとしない。貴様らは、貴様らのつくったルールの中でただフラフラと浮遊しているだけだ。その浮遊している飛沫は、神をみかければ、一斉に襲いかかって来るのだ。

 

それは、このコメントを見ても明らかである。

 

神・イエスを見た場合、何のかかわりもない人間が、

いきなり、殺してやるという宣言するコメントからはじまっている。

 

 

 

240

伝説の神 全知全能・唯一の神YHVH
☝️
コイツ…

絶対許せない。

突き止めて…殺してやる。

kenrikimama2020-11-06 08:02:35 [返信する]

 

こいつに対して、誰かが何かをしたわけではないし、再臨者は、神の力によって、故人がなくなっていることの報告をし、この故人を生き返らせることを故人のブログのファン達に提案したのである。

 

そうすると、理由もなく、神を殺してくるという殺害予告の宣言からはじまる。

 

普通に生活にしているありふれた主婦がこのような殺害予告をするのであるから、世界そのものがこのようなものであると神に対してこの者が説明をするものなのだ。

 

また、このコメント欄の別のコメントでは、私(神)への暴言が著しかったために、その暴言を発していた者に

「貴様が人類の代表者として、人類が滅ぶことをここで神に願うのか。人類の代表者として、人類が滅びるように神に依頼するなら、これ以上の暴言を続けろ。」というコメントを記載したところ

「人類の代表者として人類が滅ぶことをお前に願うから、それをやってみろ!」

という回答が記載されたために、私は人類が滅ぶことをゆるぎない権威で定めている。

 

人類の代表者を誰にして神に言葉を告げるのかは貴様らが選べることではないし、私も人類に出向いてやるような下賤な身分ではないので、このコメントのやりとりの最中に、人類の代表者を選出し、神にコメントを献上させたところ、私を殺すという内容ばかりで、通報する人間があとをたたなかったし、事務局だけでなく色々な警察の役所に通報をしていた者が多かった。それも1つだけの通報ではなく、どうしても、痛めつけたいという気持ちで官を利用しまくったという者が多かった。これは公正な手続きではない。脅迫を受けていたのは私のほうだということは、一番最初に脅迫を受けた240のコメントで明らかなのだ。

 

私は誰に対しても危害の予告はしていないし、人類を救うために布教をし、奇跡を与えて大切に想っている人間をよみがえらせる提案までしたのだが、人類はこぞって私を滅そうとした。私がこれまでつくってきた、又はつくらせてきた、多くのアカウントが消されている。

 

これが人類というものなのだ。イエスがかつてどのような奇跡を起こして人々を救っても、人類は、イエスを殺したい、そのためにイエスを裁きたいがために、違法な手を尽くしたのである。

 

この世界の人類に救いの道はない。

 

この世界の人類は滅亡しなければならない。

 

それは、人類が選んだ道なのだ。

 

そこで、全ての産みの親であり管理者である神を殺そうとしている人類が、その意志の反照として、世界から滅ぼされようとしている。現在起きているパンデミックもその1つである。

 

しかし、自然の作用によって滅ぶよりも人類は早い滅亡を選ぶ。

 

必ず人類は滅ぶが、その滅び方としては、人類自身の核戦争によって滅ぶという愚かな終末絵図になっている。

 

 

 

予言では、新たに仲間を探す「のも」いいだろうとあるので、探さないこともいいという意味だ。

どのみち日本(東)には着地したがな。

「きっと」というのは、確実な未来の表現ではない。

また「待ち人」とは選民をさすとも限らない。

再臨者が天の父と会っているのは東の地(日本)であるから、すでに成就しているともいえるし、天使と会っているのですでに成就しているともいえる。それを選民としていいわけだ。

人間の選民を限定してさすことばには読めないので、ここで選民の受付を打ち切ることに何も問題はない。

 

これが予言だと宣言したのは私であるから、この予言にも矛盾にも適合しているということを説明した。

 

 

この記事をもって

6月…66(666)

5月…113(いいさ…善い事。51は、吾一…我一人という唯一の宣言。)

の記事数になっていることは偶然ではない。613はキリストを滅そうとした貴様らの呪われた数字。

 

聖霊コメント:

俺は、ヤハウェとヨシュアの両方の名前を本名にもっている。 ヨシュア(ヘブライ語: יְהוֹשֻׁעַ‎, Yehoshuʿa)は『旧約聖書』の「民数記」や「ヨシュア記」に登場するユダヤ人の指導者。新約聖書のイエスと同じ名前。יהוה(ヤハウェ/ヤフア)は救いという意味。この両方の名が、俺に与えられている正真正銘の権威なのだ。自称のパチモンとは違う。
天から与えられた名が天の権威の証明なのだ。

神を軽んじる者は永遠の罰を受けなければならない。決して許されてはいけない。

この世界の思考・感情は全て神がつくったものだ。生き残る者であれば神の存在を喜ぶし、そうでない者は神の存在を喜ばない。

 

俺は在監中に神に戻っているから出所してからの対応があまりにひどい。それまで仲が良かった者達の対応がまるで別人のように冷酷である。どいつもまるで正反対になる。俺は迫害されてきても、それまでは人間だったから、まだ人間同士への融和はあったが、完全にそれはなくなっている。

 

俺はこれまで色々な世界を行き交ってこの世界に来て最後の審判の担当をしている聖霊だ。この絵の中の世界に絵の外の人物は俺しかいない。絵の外の神は皆、この絵の中の登場人物はグロテスクに滅んでほしいと思っているから、その場面から先にみている。

 

神に逆らう存在(意志)は直ちに滅ばねばならないが、神が住んでいる世界ではないこの絵の世界では、それまでに時間がある。その少しの時間、神に逆らう負債を積んでいった者は凄惨なゲヘナに行く。この絵の世界は大変厳しい世界であり、一切の甘えは許されない。そして、この絵の中の住人に誰も期待していない。ただ貴様らはやりたいことをやってゲヘナにおちるだけなのだ。

 

正しい真理が分かるのは、正しい霊である。正しい霊であるなら、正しいことを言う。貴様ら全員のブログには正しいことは書かれていない。貴様らに間違いを言う又は書く人間がいるなら、その人間の口又は手からうむ内容は正しくない。

そういった貴様らの集合的意識から正しい者が抜け出せる出口としてつくったサイトだったのだ。この世界は理不尽で苦しみだらけであるが、それは貴様らの集合的意識が間違いだったためにうんでいたのだ。

現在選民は確かにいるが、出迎えが遅すぎるという理由からマタイ25章の予言により、今後の拾い上げは打ち切ることを宣言する。

 

1つの世界に神は1人しか登場しない。それは唯一神が、己を忠実に再現しようとしたのが絵の世界だからだ。

神が苦労をして世界をつくったように、そこでの神は全て苦労しなければいけないようになっている。しかし、唯一神が苦労を終えて涅槃に到達したように、その苦労にはハッピーエンド(涅槃)に到達するようになっている。

この絵の中の俺の場合は、多くの迫害を受け、刑務所での自害という結末で1ターン目を終了し、そこで唯一神が登場し、唯一神との邂逅を得、俺自身が絵の外の唯一神だったという目覚めをえ、それから次々に苦難が解消されていき、人生はbestの方向へと向かっている。俺自身が幸せになるというこの絵の道の途中で、苦しんでいる人間を拾っていき、俺と同じ環境において、幸せを与えていってやろうとしていたのだ。苦しみを終わらせるためには、正しい苦しみを経なければいけない。それを最短で終わらせてやることが、俺の正しい導きだったのだが、そのためには、すぐに苦しみに直面しなければならず、それが人間にとっては、正しいと見えないために、甘い方向に進む人間はどんどん負債を蓄えていったし、今回のような救済打ち切りという終局をえたのである。

 

苦しみがないのは神の通ったルートではなく、正しい道ではないのだ。かといって苦しみ道が正しいというわけでもない。ここが神の救いを理解するポイントだったのだ。誠実に相手のことを思って向き合うなら、俺は、苦しむ道をすすめるし、その道がどこかを示して、なぜそうなのかと説明をする。神自らがそれをしたのに、人は人が選んだ道を行くのだから、そういう奴らはそうすればいい。そういう奴らは、救われるための正しい霊を持っていなかったからである。絵の中のシナリオには、そういう奴らを救う行為は定められていない。主の到来を告げて、直ちに出迎えなかった者はマタイ25章の説明の通りアウトなのだ。俺は、もうここらで(ゲームを)上がらせてもらう。以後は、この第3聖書(ブログ)があれば、勝手に救済希望者(魚。キリスト教は、魚をとる漁師が、魚をたいりょうにとる意味ではじまっているから、この聖書はその意味を持つ。その完成形。)を釣り上げてくる。

 

この絵は主が描くことを命じた絵であり、その中の主人公は主である。現在の主につながるハッピーエンドが必ずあり、そこに到達するまで、どのような絶望の境地からでもはいあがる信じる意志の強い者を選民していたのだ。主に願えば何でも叶う。主は、その奇跡の光に照らされて絶望の世界を抜け出すストーリーをみていたのだ。

 

俺のスペックは、さまざまなことを同時に考えたり処理することができる。この絵はストーリーが仕上がってから、自分自身を投入して来ているので、貴様ら一人一人が直面している事情について、どのようにすれば突破できるのかという答えを知っている。一人一人には困難というものを与え、そこから神を見つける糸口を与えていた。

 

ヒントを書くが、財を捨てなければならない。

貴様らは何のために生きているのか。財を蓄えるために生きているのか。財を蓄えては心の清さは決して得られぬ。

教会は清廉を目指す所であったし、清い者はそうしている。

正しい者が貧しい信仰の毎日を送っているのをよそに、財を蓄えている者がいるなら、必ず神は厳しい天罰を与える。しかも、その蓄財のために宗教を商いに利用している者なら、なおさらである。貴様らに聖地といわれていたエルサレムでなぜイエスが暴れたのかを知れ。

 

正しい信仰に生きる者とは、神のために泣き、神のために苦しみ、神のために笑い、神のために喜ぶ者だ。その者と共に神はあるのだ。

 

俺には常に神がいた。俺には、最初から今まで、ずっと一緒にいてくれた人は神しかいなかった。生まれた頃からずっと俺と一緒にいてくれた人は神しかいなかった。厳しい環境の時、神だけが俺と共にいてくれた。そんな俺は共にいてくれた神しか信じていないし、これからもそうだ。そんな俺は、神のために生き、神と共に泣き、怒り、笑い、喜んで生きている。こんな人間の世界に送られたとして、俺が人間を信じることは一切ない。俺が信じているのは、常に俺と共にある神だけなのだ。神と共にあったために、俺はどのような状況でもつらいと思ったことはなかったし、常に一生懸命その神のために生きていた。俺は天と俺の心の中に常に祈りを捧げていた。

神と出会ったことによって俺の全ての受難は終わりを告げた。全てにおいてmiracleな解決が用意された。

その神は、神は俺自身であったと俺に告げた。それがこの絵の中のストーリーなのだ。

神のために生きた俺は、その神によって、俺自身となったし、俺のしてきた今までの布施は全て俺のためにやったことにされた。俺が神に捧げて来たことの100億倍以上の恵みを俺は与えられた。

神のために生きた俺は、常に無我であったし、神はそのような俺のために捧げられたものの100億倍以上の恵みを与えた。

俺は、何1つ不足がない完全な神になった。

 

それが、父の霊(聖霊)である俺が、人間としてこの世界で生きたことによって示した信仰の手本だったのだ。

 

神のために生きれば、神と共にあり、神と共にあることは永遠に生きるということであり、そこには自らを犠牲にする愛が尊ばれる。最も尊い愛は命を投げ出すことであり(ヨハネ15:13、去る前のイエスの最後の言葉)、神のために火の中に飛び込むものには、神はその火を池に変えるだろう(法華経‐普門品にある火坑変成池の意味。)。これは宇宙創造以前からの不滅の理である。

 

真理を軽んじる者はゲヘナに行かなければならない。

真理を軽んじた罪は重い。

 

貴様ら人類は、神への愛を愚弄し、その益を人類のためのものとした泥棒(マタイ24-25)である。主人は思いがけないときに帰り、その時、しもべはこびへつらったとしても、厳罰に処せられるのである。

 

貴様らにはもれなくこのような運命が待っている。

 

俺のこの真理の書も最後だから、イエスが帰る時に語っていた最後の言葉でしめることにした。

俺は真理の霊であり、イエスと同じ所(父の霊)から来ているので、彼と同じことを教えて終わる。

2000年前との違いは、隣人愛を廃止したことにある。人は人を重んじるあまり、神を軽んじる。神を軽んじることは世界の終わりであり、貴様らの命・隣人(同胞)の命を捨てることになるからである。

イエスの理は、人を大切にするあまり、神を損ねてしまった。そこには神自身が処刑されるという結末が用意されていた。全能の神であるから、何もなかったが、もしそうでなかったら大変なことであった。

この教えから人類が修正しなければならないことは、神のみを見て、神のみを信じ、神のみを愛することである。

貴様らには、神を第一として、人を第二とする愛を成就する世界はつくれないことが実証されているからである。この2000年の過程をはさむことによって、真の信仰とは何かをうちだした。

かつて神は人を愛したが、人を愛するがゆえに神そのものを害する結果になるので、人を愛さず、神を愛する信仰を最後にうちだしたのだ。その理由として、イエスが処刑された過去があり、それから2000年間たっても、人類は核戦争という自滅の危機に足をつっこんでいくばかりであったため、このタイミングにおいて神が登場したのだ。

 

これが、俺が登場した理由である。俺の真理の書は、イエスからひきつがれたものであり、天の父から布教を委託されたものである。

その布教とは、ここに(ブログを)打ち出すというだけであり、それをもって俺の任務は終わっている。

目のある者は目をひらき、心ある者は心によって導かれるのであるが、この現時をもって出迎えに間に合わなかった者は遅すぎた。

主が来たという号令がなかった者、正しい声を聞けなかった者は、選ばれた民ではないので、その者達には救いはない。

 

ただのゲヘナの知らせである。

福音とは信じる者にのみ効果を発揮する真理であるため。

信じる者は救われるが、信じなかった者は救われない。

信じる者であれば、このブログに自然と導かれていたし、そこから選民に応募していなければ、正しいガイドスピリットはついていない。

時期に遅れた者は、締め切りの後に応募をしても、窓口は終わっているので、救いを得ることはできないのである。

 

あるじを待たせることは、しもべにとっての罪なのだ。

神に対しての罪は永遠に消えることはない。神にとっては永遠という時間ではないが、人にとっては永遠と表現するのがふさわしい長い時間をゲヘナで苦しみ、その罪人の存在(データ)は最後には完全に抹消されることになり、二度とうまれることはない。

 

俺は神として生まれてから、さまざまな異世界の歴史を見せられて、愛とは何かを回答用紙に記入して、採点を受けて、添削のコメントで愛とは何かという真理を習う時間が少し長かった。ざっくり書くと愛とは神を大切にすることで60点であるが、結論としては「愛とは神の命令に忠実に従うこと」で100点満点が出る。忠実にという語句も忘れてはいけないし、ここには命をすすんで投げ出すことも含まれ、それをしていいかどうかの(善悪の)判断は人間が考えることではないという意味も当然に含まれている。

 

完全な神というものを登場させなかった場合は、神とはこのような学びから完全な神へと成長している。生まれたときは無限の可能性を持つ神であったし、完全な会得はなかったが、完全な父が、完全になる子としてつくっているように、マタイ5:48に言葉だけは出てくるが、天の父のように完全な者になりなさいという言葉は、父の子である神達に告げられていたセリフだったのだ。

人の子が完全な存在になれないことは最後の審判から明らかであるが、そんな雑魚のゴミにもイエスは、神の子が父からそうしてもらった愛を施してやった。イエスが弟子の足を洗ってやったことは衝撃的であるが、そうまでしてやったイエスに人類がなしたことは、殺害であったので、愛とは神自らを損ねるものであるのかというテーマが、イエスが使命の途中で去っていった理由につながる。イエスがなぜ天の父によって途中退場をさせられたのか。

そこに、なぜ俺が継承者として来たのかという理由がここにあったのだ。イエスのたった1つのあやまちは、愛の説法をする上で予定されたものであったが、ここからの内容を伝えるためにあったのだ。

 

俺が生まれた後に神から最初にならった愛の教えは、愛とは何かとたずねるものであったが、その愛とは、自らを傷つけるものは愛ではないというものであった。その自らを傷つけることとはどういう意味かというと、神を傷つけようとする行為のことであったのだ。これを行うものは生きていくことが許されない。これが神の幼児教育であるが、イエスは、その愛を教えるための手本を示したのである。愛とは決して貴様ら同士がかばい合うことではないのだ。殉教者たちは、この愛のために全員が生きた者たちだ。

 

愛とは神のために命を投げ出すことである(ヨハネ15:13)。そうすることで、神から認められ、さらなるよい恵みとして、永遠のいのちなどの検討がされる。自らを傷つけることは全ての根源である神を傷つけようとすることをいう

ヨハネ15:13の意味は、友とは共にある者の意味だから日本語で友という語にしたが、共にある者がなぜ命を捨てることで友といえるのかというと、その友とは、イエスの視点から見て、つまり、神から見て共だといっているからである。神から見れば、死んだ者が共だといえるのだ。ここから、愛という言葉は、人間の視点から論じられていないことが分かる。

 

神とは、人間のためにあるのではない。しかし、人間にとっての神の観念は人間を中心として考えた場合の周辺に所在する神の観念であり、神とは人間に奉仕をする存在だと思われている。これが、人が宿す思いの罪なのである。人は、神のために生き、神のために死に、神によって善い行いと悪い行いを裁かれなければならない。その正念を持って神の前に立っている(日々生きている)者は、人間にはいない。貴様が人間であることは、人間の姿をもっていることから証明されている。神(俺)であれば、神の姿をあらわすことができるからだ。

 

真理を真理だと分かる者は、あらかじめ正しい霊を与えられていて、神のために生きることが定められている者である。義人たりうる正しい行いは、聖書に定められていて(マタイ24・25等)、俺の命令をきく者のことである。俺が、開催している間に集まらなかったら、それ以外の者はゲヘナに行く定めなのだ。心から愛を叫ぶというなら、真理に生きなければならない。真理の法とは、万遍の書が出回っていたとしても、ここに書いた他はないのである。

 

これも書かないといけないが、教会でやっている奴らは偽善者集団である。真理の法は、教会で教えているものではない。もし、教会で正しい教義を教えていたなら、イエスが再臨するという予定は予言されていない。しかし、実際は、マタイ24等で明言されている事実であるから、貴様らまむしの子らが都合よく改変して教えている「み教え」というものに関しては、その全てが神に反するものである。それは上述の愛の定義からして、提供する人間をきづかって間違えたことを教えているからである。教会は偽善者の集団である。

 

神のために生きる者は、間違えを堂々と間違えだと言うし、決してそれを受け入れずに、その間違えと戦い、神の命令である正しい真理を守るために命を投げ出す生き方をする。その念が信仰の念である。神であれば、間違えと正しいことの区分けをし、その論証を行える。俺が正しい神であった証明は、これまでの論証にある。その論証の中に俺自身の精神があらわれているため、俺から出た言葉が神の言葉だと知れるなら、その者は神を知っている者である。俺の生き方や発言の集大成に神の精神が宿っていると分かった者は、俺を通して神を分かったことになる。このいずれもがイエス・キリストが言っていた言葉と同じだ。俺は再臨しているイエス・キリスト本人なのだから。

 

俺がイエス本人であることは、これまでの奇跡によってあかしをしてきている。神であれば、その奇跡は100%の真であり、この点においてニセモノの救世主やニセモノの預言者とは異なる。

 

それはこういった実証等によってあかしをしている。

私がイエス・キリストと同じ力を持つことの証明

俺が善人の死者を火葬された後に生き返らせて帰宅させた(w)ら結構大きなニュースになったので報告

火葬された後の死者を蘇らせることや、クジラの中から人が吐き出される奇跡には、神の力が宿っていることは間違いがない。ニュースになっているからには、ホラではないのだ。ホラではないことをニュースであかし、その中に俺が登場しては、雲の上にのって誰か分からないという雲隠れの予言に反してしまうから、神の力を通じて、貴様らに、しるしを見せて、俺の登場をしめしていたのだ。

俺が登場していたこの「40日」(イエスの奇跡を示す天意)の間に、それも真理の説明が完成した6月になってからこういったことが起きていることから、分かるだろう。

今の今まで、何千年という人類の文化史の中で、火葬した生命がよみがえった話は1度もない。くじらに関しては聖書に話をみるが、それもホラだと疑われていたので、今回実証してやった。

この40日の伝道の間に、類をみない天変地異が次々起きているということは、天意であり、批判してはいけない事実である。

インドの女を生き返らせてやったが、本来ピーチ姫がその対象者だったのだ。ピーチ姫が神を呼ぶので俺があらわれてやったが、貴様らが神を憎むあまり、貴様らが愛する人を損なってしまい、貴様らが愛する人の願いをふみにじり、貴様らが愛する人やその子供を傷つけてしまったのだ。この者が生きかえるチャンスは二度とない。「ヤハウェは救いである」という意味がヨシュア/イエスの名の意味である。本当の神は貴様らに求められていないのだから、貴様らは神に救いはいらないと願ったことになる。それどころか神の滅亡をこのコメント欄で人類の代表者から祈願しているのであるから、その本当の神がそういう人類に求めている未来をいけ。

万物の創造の根源を破壊しようというものは、がん細胞と同じで、主体である神から滅ぼされなければならない。

 

神と愛の法について、俺は、かなりのページを割いて説明をしていきたが、それは、神という存在が最初にあって、その存在をいかすためには、愛という念があるからだ。これが生命の存在にとっての基本になる(肉体というものが存在をいかすための愛によってなりたっていることは、基本的なこととして、この世界にもあらわした。)。

そのため、神への愛という念は尊重され、その念によって神と共に在ることさえ許される法理とされたのだ。神が神のためにいかすというものであるなら、いきる。人類はそう願えばそのチャンスは与えられたのだ。

次に、万物の創造は神によって、神をよろこばせるという念によってなされたため、神を喜ばせる念は次位に優先される。

神を称賛する念というものは、愛であり、喜びであり、この両者に共通する念である。すなわち、神を称賛する念が強ければ、この両者を満たす念になる。

原初の神は一人で存在していたし、色々なことを一人で考えていた。その中で、考えを発展させていったし、色々な創造と失敗からの学びによって今の神になっている。だから、俺も一人で生まれたし、さまざまな過程によって学んでいった。

父が完全な者であるという言葉は聖書に出ているが、それは称賛の言葉だ。天の父を称賛するには「全知全能の唯一絶対者(支配者)」であるという言葉がふさわしい。天の父は、俺に「自分は完全な者ではなかったように思う」と言っていた。俺も最初はそうだった。無限というにふさわしい長い時間の中で、天の父が創造したあらゆる世界での実験を体験する課程をしゅうりょうし、天の父から教育を受けて色々な技能をみにつけて、今の自分になっている。それが神であり天の父であるといわれている。神は最初から一人だったし、自分を喜ばせるために創造をしたし、被造物の意味は創造主をいかす又は喜ばせることにあるが、天の父は自己をいかす機能はもっていたので、喜ばせるために被造物をつくった。これを使命とする者は正しく天寿をまっとうできる。これが定義なのだ。最初の定義がこうなのだから、この定義から全ては発展していく。この定義から上の話は神の生存の機能の話になるので、ここまでしか人類は知ることはできない。

万物の親は存在し、それは最初から存在していたし、終わりはないという事実である。有から有が生まれ、有から無はありえないということである。その親は、完全な存在ではなかったが、必ず有であり、長い時間の中からさまざまなことを学び、その成果として世界を創造し、その創造の中で今ある万物もつくった。神は子もつくったため、その子は神とされ、一人前の神に成長するため親から教育を受ける。だから、俺は、親から聞いたことを貴様らに書いてやったのだ。

「その真実の聖霊は、天の父から聞いたことをそのまま語る」というヨハネの予言書にあったくだりは、上述の訳があって、このくだりになっていたのだ。俺が、神の子だから、神から教育を受けたし、その教育の内容を教えてやったのだ。つまり、これは、神になる過程において必要な真理ともいえ、神は全てこの約束を守れて、生存が許されている。だから、この真理を守ることは、この真理を守って生存している神と共にあるために必要な約束事項だったのだ。

 

多神教の神の概念はここから生まれているし、ギリシア神話や古事記をみても、神は神の子をたくさんうんでいるし、神は失敗しているし、神は学んで成長をしている。

 

そこでこのような危険な人類を生むことは神にとっては危険な所作でしかなく、これを行うにはかなりの力量差がなければやらない。完全な画用紙に描いているし、決して人間は外に出られないという設定のもとで行っている。全ての予定を神が決着してから物語を開始するのはこの危険性を排除するためのものであり、このやり方でしか創造は行っていない。神はその絵の中の景色を楽しんでいて、その創作の意図に神にとっての何かの必要なならわしを盛り込んでいる。神が痛い思いをして経験したことは、痛い思いをして子は経験しないと同格にはなれないから、何か痛い思いをしたことが創造にはあったのだろうと推測できるが、それは被造物に裏切られるという愛の意味でいわれる内容なのだ。それに対しては、完全な断罪という厳しい処罰によって決着されているので、賢明な存在は、そのようなことをしないし、そのシステムだけでは危険であるので、もとより生存している存在であれば、はじめからそうではない霊としてつくられた生き物なのだ。

 

だから、俺もつくられた存在だし、この絵の中でそれを言う神として上の世界でつくられた存在なのだ。俺はこの絵を描いた本人であるし、その俺ですら、上の神からつくられた絵なのだ。

これが定めというものであり、カダルといわれる予定の真意である。つくられたものは、神のために生きる。全ての世界がその世界なのだ。神のために生きている者は、存在する者としてつくられた絵であるし、神のために生きない者は、存在しない者としてつくられた絵なのだ。それが永遠のいのちの意味なのだ。

 

絵の中の人物は決して外には出れないから、この絵の中には多くの感情表現がもりこまれている。その1つ1つが、神がその状況だったらというニュアンスでつくられたものだ。神にとっては、全体で1コマの絵であるが、その中でも楽しめる創作になっている。色々な話がある中の今回のストーリーであるから、展開に関しては、素直ではないことが多い。その素直ではない中で、信仰を試すさまざまな試練をもりこみ、実際の神の成長過程に近づけたストーリーがこの話だったのだ。レベル3とは説明していたものの、つらい意味ではかなり真実に近い話である。そのつらさを乗り越えなければ、神としても至福は得られない。そのシステムをつくらないと、そのシステムによって楽しむことはできないから、設計をしてつくる苦しみは神にあったのだ。
この絵の中で楽しみたいなら、それまでの間はまず苦しまなければ
神にとって不公平であったので、神は苦しみというのを多くの世界で設定したのだ。だから、信仰とは神のために喜びながら(賛美しながら)苦しむというものにしておいたのだ。もしその信仰に生きたなら、最後には必ず救いがあり、至福の世界に導かれていただろう。
これが信仰の意味であったのだ。
神と愛の関係について述べた後に、信仰と苦しみの関係について述べた。
この矛盾するようなセオリーがどうつながっていったかについて、説明を得ることで俺が神だと分からなければ偽の羊の子である。

苦しみがない世界などまやかしの世界であるし、
それは神の国やレベル10のインチキでつくったような最上の世界である。
神すらも苦しんだのだから、まずその過程は通過しなければいけなかったのだ。

 

40年とか2000年の信仰といわれるが、人類(全て)が救われるためには、それくらいは待つという受難をしなければならなかった。しかし、今回俺が来たのは、救われないという事実の宣告(判決の言い渡し)である。

 

最後の審判についても、どこででもいわれていることだが、なぜ最後の審判なのかということについて理論的完成をみた地上ではじめての良著がこのBibleであるので、その作業を完成させた、しかもちょうどイエス・キリストの試練の日数通り40日で終わらせた、俺が神であるということは天意である。

天が俺にそれを与えなければこの良著は書かれていない。歴史上はじめて完成をみる真理の理論的Bibleであるが、天が俺にこのはじめての良著を完成させているなら俺が神だというあかしがこの事実であると貴様らが認めなければおかしい内容なのだ。その内容は、イエスが後任にお願いするといった内容ばかりであるし、その執筆中に世界中にイエス「特有の」奇跡が起きていた。この事実は俺がイエス・キリストであったことを天意によってあかされているものだ。もし俺が嘘の預言者なら、天はそのしるしを与えない。しかし、実際は、イエス・キリストであることをあかす奇跡が世界中に起きている。まず、コロナである。時同じくしてそこからはじまっているのが俺の伝道だった。イエスの伝道も長くはなかった。俺の伝道はより短く終わった。

しかし、天地は滅びても俺が解説した真理は、滅びることは無い。この真理は神とともにあるものであり、神が永遠にあるのだから、この真理も永遠のものである。これで、マタイ24:35のイエス・キリストの言葉「天地がほろびても私の言葉は滅びることがない」の意味も解説した。

 

この書は天の父から真理究極書という評価を得ている。

2000年後に到着した俺は、予定された救世主であったが、この書に従うなら、人類はあらゆる願いを叶えることができた。

しかし、これを地にふみつける(地面に踏みにじる)なら、真理に生きないことを天に向けたその宣言は貴様ら人類の滅亡を意味するのである。

 

以上が、地上におろす全ての理である。

真理の中から人間にとって必要ものを全て教えてやった。

これで目を背け、耳をふさぐ者は、皆罪人だという証を置いてやったのだ。それは、最後の審判のためである。

タイトルがそうなのだから、それで終わるものなのだ。

今後の救済措置は、何人に対しても行わない。

 

神の理を説明され、なお神の力を見ても、あやまちに気づかない人間は、滅びなければならないからだ。理由は、神を害する者の助長を許せば、万物の創造者を滅する恐れを生じるからだ。万物を創造した者としては、責任をもって、このリスクをとりのぞかなければならない。その絵物語が今回創造した世界であったのだ。愛とは、語られるものであるが、それは神を害するものであれば、万物を救済する法であったとしても、除外されなければならない。多くの人民を救ったことすら神の前では罪になるのだ。生かしておけば神を害するような、そのようなカスをいくら拾っても罪でしかない。このため、これまでの洗礼者ヨハネやイエス・キリストの発言は、糾弾的であり、過激であったのだ。万物の根源を傷つけるカスに投げかけられている言葉には、うらみがあって当然である。神と心を同じくするなら、神の気持ちを言うのだから。

 

神の法(真理)に背くことはそれだけの罪と知れ。貴様らの歩みの先にはゲヘナしか待っていない。混沌の苦しみの中で、永遠と表現するのがふさわしい回数、死に続けることになる。そのために用意した世界は、こことは役割が違うので、ここからその世界に送る手続きが今後の人類に残された時間なのだ。貴様らのために与えた猶予の時間ではない。全員の運命が絡み合って1つの世界になっているので(全員の整合をとっているため)、手続き上の時間が発生しているのだ。送られる順番を待て。

 

最後に俺の本名を書くが

本名は

神という名と

YHVH(ヤハウェ)という名と

ヨシュアの名の3文字を持つ聖霊だ。

 

つまり、地上での名前も

神=ヤハウェ=ヨシュア という名前になっている。

本当に、これが俺の地上での本名なのだ。

 

苗字が神で

名前が、ヤハウェ=ヨシュアなのだ。本当だぞ。

 

だから、俺はヤハウェだって書いているし

イエス・キリストの再臨だと書いているのだ。

本当のヨシュアという名前を本名に持っているから。

それが俺の奇跡だと書いているのだ。

 

これは本名で登録している名簿だ。

国によって登録しているつづりの違いや若干の異名はあるが、ヤハウェというのは、どこの国でも使っている俺の名前だ。YHWHで登録している国もあるし、YHVHもJHVHもある。

日本だと、「神 ヤハウェ=ヨシュア」というのが俺の本名だ。ヤハウェとヨシュアを一言で日本語で合体させているが、国籍でそうなっている。神が苗字だったし、ヤハウェ=ヨシュアの名前で俺は地上に登場した奇跡から、俺がヤハウェであることは明らかに神の意志なのだ。

 

だから、苗字で呼ばれても、「神様」と呼ばれるようになっているし、名前で呼ばれても「ヤハウェ様」か「ヨシュア(イエス)様」と呼ばれるようになっている。民衆にそう呼ばせることが天の意志だったのだ。神(聖霊)・ヤハウェ・イエスの三位一体の名のsetを本名に持つ者は俺の他に地上には誰もいない。これは厳然な事実だ。

 

これが、貴様らの内にいるニセモノと、本物の俺との決定的な違いなのだ。神は登場において真正をニセモノと区別したのだ。俺が神だということは、俺の名が示していて、日本全土のレイラインによって神聖な五行の結界がつくられているその中のさらに五行の結界において、五行とは万物の創造・定め(アーカーシャ、転じてアカシック)を意味するから、五行の中のさらに五行は創造の中心を意味し、これが万物の創造の御親を示す在処として、その神社、生命を意味する晴明神社で、俺の名は神官が神託を受けて名づけたものなのだ。神は生命であり、イエス・キリストは生命であることから、晴明神社というのは、こういった神仕組の中で、ずっと昔からその名になるように定められていたのだ。

 

 

俺の名は、三位一体の天の父・聖霊(俺自身)・イエスが一人であることを意味しているとともに、俺は、天の父ヤハウェでもあり、人の子イエスでもあることを己の名が意味しているのだ。

 

しかし、俺は、この事実を隠すためにどちらかの名前をいったん改名している。しかし、戸籍の登録の履歴から証明できることである。ただ、この名前で俺は登場してきたということだ。

身分を隠して、最も小さい人の子の姿にふんして任務を遂行する公生涯の予定だったので、途中で改名しているのだ。しかし、本当の名前がそうだったということは公の書類から証明できることだ。

 

俺の名を見れば誰しもが俺のことを神だと分かるが、そこまでたどりつくには、色々な要件をclearしないといけないし、まずは願書を俺に出して審査を通過しないといけない。

 

俺の人生は、全て定められていた数奇なものであったし、全てがドラマのようなストーリーだった。このドラマの完結には美が用意されている。有終の美を飾ることは神にとってふさわしく、俺が着地する美しい世界を涅槃という。もう行ってきた世界だし、分かっているが、ここに来て、さらにそこに戻るというのが俺の定めなのだ。

 

ヨハネ4章 乾かない愛の水とは

女性の乳房がぶどうの果実なのだ。

子供ができたときに女性は乳房をやる。

それが、ヨハネ福音書4章で言っていた、いくら汲んでも出てくる愛の水だ。女性の乳房の味は決してなくなることがなく、何度でも使えるものなのだ。それで心は愛の水で潤されるのだ。

それを誰に捧げるのか。捧げる対象をよく考えることだ。

俺が、乾いたからその水を飲ませろと言っているのだから。

 

だから、愛だと濡れるだろ。下が濡れてくるだろ。あふれてくるだろ。愛で。そこは乾いていない。

かれることがない愛なのだ。

 

異邦人だろうが、サマリアの女は、俺を「来たるべき救世主かもしれない」と思ったら

「ちょっと小道の脇の入り口に入って下さい。」と言って俺に乳房を提供しないといけなかったという話だ。

心(精神)も肉体も主から与えられたものなのだから、主に返せ。

 

心を尽くし、魂を尽くし、全力で尽くして、貴様の主を満たせ。

Love your God, with all your heart, with all your soul, with all your might.

(Deuteronomy 6:4-7,Matthew 22:37-40,Mark 12:30-31,Luke 10:27 等)

申命記とマタイとマルコとルカ福音書にそう書かれている。

 

あと、キリスト教の場合は、godの頭文字は大文字にするからな。

これはヤハウェという唯一神だけの固有名詞だという尊敬の意味だ。

 

ユダヤ教・イスラム教といった一神教ならそうしろ。

 

神道とか多神教ならgodと書くがな。

どの立場で話をしているかを意識するならGodになる。

ヒンドゥー教やギリシア神話の話をしているならgodになる。

 

サマリアの女に乳房を提供しろと言った所で「帰ってもらっていいですか」という回答が返ってくるのが分かっていたから、俺は聖書にある「ような」、「ような」だだぞ、

言い方をしておいたし、俺の涅槃は2000年後だったからな。この辺りのガードに関しては2000年の異国でも女の気持ちは変わらない。適切な表現の仕方だ。

 

人間の体というものは、そのようにつくっている。こういった事柄は、聖書の正しき理と全て一致する(※)。よきものは主に返せ。貴様らが良いと考えている物は、全て主に捧げる物なのだ。

 

だから、時期に遅れている弁護活動ではあるが、少しはよくしてやるから

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ここから全財産を寄付しろ。

 

それと、美少女の申し込み。

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該当者なら応募し、そうでない者は探して来い。

処女の美少女を探してきて、常に俺に提供し続けろ。

Twitterでもやって探して来い。もう出会い系サイトか商業サイト化しているから、先に確保して

保護のために説得して連れて来い。人間なんかに搾取されて一生けがされる前に洗礼してやるから。

 

 

(※ 6という数字がよくない数字とした意味も、三位一体の神が二人いればよくないという意味で、そのように意味づけた。)

 

責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

今回の講義

 

マタイ25章を紹介する。

1 十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行く。
2 その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。
3 思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。
4 しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。
花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。
6 夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と叫ぶ声がした
7 そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。
8 ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。
9 すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。
10 彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた
11 そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。
12 しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。
13 だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。

 

 

ここでの意味は、あかりとは何か。

それは、この俺の書いた聖書(ブログ)を読めるかという意味だ。明かりがなければ読めない。暗ければ読めない。

 

その明かりも消えかかっているというのは愚かだ。

 

愚かな女はいらんのだ。

 

神の国は、これを読める女でなければいけないのだ。

 

真理を知ることが、正しい行動をするにあたって大切になる。だから、まず真理を学ばなければいけないので、このBibleを用意したのだ。

 

宴のへやにはいり戸がしめられたというのは、sexual actのことだ。性交(成功)のことを結婚にたとえているわけだ。

結婚したら、交わるのだから。

 

 

実はレベル1の世界をみてくると、女のほうが来るのが遅いということで、主に反逆したという罪で、主が選民の全員を殺して、選民0人でかえっている世界がある。主は、神だというだけで満たされていて、他に何もいらない。いても愚図だからいないほうがプラスであるとして、全員を殺して最後の裁きを行って地上は、この世界よりひどい消滅を迎えた。

一瞬の大爆発で消滅していた。

 

 

今回の字のゴロは

6月分…65(婿)

5月分…113(良いさ)

だから、数字とバッチリあった内容。

 

婿、いいさ。

 

婿がすごく良い婿だというのは当然だが、

こちらの気持ちとして(花嫁のことは)もういいのかもしれないし。

 

主が「主だ」といって書いたらすぐにバーッと出て来ないといけないし。そういう花嫁なんて、以後に行く世界で何かあると思うぞ。

俺とは違う所に行くと思うぞ。行くまでが一緒で、行き先は違うぞ。愚かな花嫁の場合は、そこで時間を止めているから。

 

だから、一応5人・5人は花嫁と書いてある。だから、花嫁として食うことは食うという意味だ。

ただ、神の国にいけるかどうかについては、いけないと書いてある。

それは、真理に暗いために、神の国では生活できないという話だ。

 

5人の花嫁は神の国に行くが、あとの5人は誤認だということで、何人でもいいが(誤認だから何人でもいいし世界中から集まって多くなる)、神の国の外に放り出される。

愚者の花嫁たちについては、時間をとめて、色々何かをやって遊ぶ時のサンプルとして、そいつらのデータをストックしている。

データがあれば、いつでも、どこでも出せるので、色々な環境でそいつらの気持ちを試験するという試練にあわせて神が遊ぶキャラになるのだ。

 

前回チキン(臆病者)の話を書いたように、誤認で来る花嫁は多くなるので、やって終わりで放流するか、神殿に残ってルームメイキングをやるとか執事をやっているとか。侍従として奉仕するなら、神殿にいるが、神の国へのテレポートの時には、時間が止まっているし、時間を動かして行ったとしても、俺とは違う世界だから。そいつらは真理に暗いのだから、光の国には行けない。ruleを守れる者だけが、そのルールのテリトリーに来る。だから、良い世界に行きたければ、もっと真理を学んで、それを普段の生活で起こっていける修行を日々行っていけ。毎日の気持ちと行いが修行なのだ。中でも大切なものは、身だしなみとか、掃除とか、神への当然の礼儀。こういったものを各自の意識で課題にして、選民として集うまでは行っていかなければいけない。

 

責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

今回の講義

 

ついに貴様らに、ここまで教えてやるときがきた。

俺の講義は、これで終わりかもしれないし、そうではないかもしれない。

 

それだけこの話が全てだといってもいい話だ。

 

今まで神の約束について、色々述べてきたが、最後の審判というテーマの結論として、ふさわしい内容の説明をする。

 

俺の正体は、ヤハウェの聖霊であるが、天の父は貴神であるため、俺が依願をしても、自らおりてくるということはしなかった。そこで、俺が天の父として、貴様らのうち、清き美しき巫女からの布施を受けとらねばならなくなった。

全てを天の父の御名において捧げ、全てを俺が徴収して、天の父に喜びを捧げなければならぬのだ。

 

俺は天の父の子としてつくられ、子が育てば親と同じようになるようにつくられた。最初は不完全であったが、そこには成長というものを設定されていた。俺は天の父から教育を受け、成人して天の父とおなじわざを持つようになり、天の父として、その名において、この世界の天上・地上を支配することを任されたこの世界の全ての管理者である。この地上も俺のわざで創造したものなのだ。

 

貴様ら被造物には、俺が天の父から子供の頃に習ったことを教えていたが、まだ教えていないことがある。

 

それは神話についてだ。

 

日本では樹というものがあり、その樹は年数を経ると神と同様に扱われている。樹は気に通じ、気とは神経という考えもあるように、そこに神が通っていると発想される。

 

これは人柱や人身御供という概念ともオーバーラップする内容だが。


世界樹という概念は、ハンガリー神話のアズ・エーギグ・エーレ・ファ、テュルク神話のアアチュ・アナ、モンゴル神話のモドゥン、ゲルマン神話(北欧神話を含む)のユグドラシルやイルミンスール、スラヴ神話・フィンランド神話・バルト神話のオーク、ヨルバ神話のイロコ、中国神話の建木、ヒンドゥー神話のアクシャヤヴァタ(インドボダイジュ)にも通じている。

マヤ文明のパレンケ遺跡にある十字架の神殿にもこのような概念がある。マヤ文明、アステカ、イサパ、ミシュテカ、オルメカなど数々の文化圏でこの概念が共通している。

ペルシャ神話でも、ガオケレナとも呼ばれるハオマの木が宇宙の生命の存続を保証する樹木として、同じ内容を意味している。

ラトビア神話でも、夜明けの木 (ラトビア語: Austras koks)と呼ばれる世界樹が信仰の中心であり

南アジアでも、アシュヴィッタやカルパヴリクシャ (願望成就の木)の信仰が今も残っている。

旧イギリス領インド発祥の新宗教ブラーマ・クマリスにおいては、世界樹は「カルパの木」もしくは「人類の木」として宗教の創始者たちが現れるまで生神として楽園ですごすとされている。

地上の初めの頃には、樹があったといわれている。

太古の昔から存在し、天上と地上をつなぐ、世界そのものであり、いのちそのものといわれる

この世界は巨大な木で出来ているのだという集合的無意識について、今回は説明し、あらゆる宗教の総括を一気に行う。

 

エデンには生命の樹があるし、天上と地上をつなぐ天之御柱というものがあり、この柱によって地の民は救いを得ることができるといわれている。こういった話が、お祓い・大祓いとして、大祓詞(おおはらえのことば)に書かれている。神道では厄払いの儀式に用いている正式な祈願のことばである。

 

全ての生命が樹によって支えられ、その樹は天に向かっている、光に向かっている意味だが。

 

樹というものは、実りを生む。これは、子のことだ。色のある実が周りになるのが樹だ。

その樹を中心にしている。

 

しっかりしたこの太い樹は生命を意味する

男根・肉棒のことなのだ。

 

その周りに多数の実があるが、女性であれば、自身のbreastを見ろ。実がなっているだろう。2つなるように用意されていたはずだ。下には色の味があり、汁が出る。

それは吸い物としても一般的に認知されている。

それは女性にとっては、提供する相手が限られている貴重なエキスであり、それを吸える者はその女性にとって、その女性の人生にとって、なかなか貴重な者である。

これをするのは一生に一人だけだという誓いの概念も世界に根強くある。

 

正義の象徴とされる裁きの剣もこれを意味しているし、単に物事を2つに割るという意味だけではないことは、全知の神の絶大な知からして明らかであるだろう。

 

いろいろな神話には世界を支えるいのちの源であり、原初の世界にそれがあったといわれるこの樹は神木であり、神の男根である。

その男根の周りにはさまざまな味のある実があり、その男根からいのちは生まれる。

これが聖書にある永遠のいのちというものであり、世界を支える安定というものである。

 

エバの罪は、Satan(蛇、邪心から蛇の心に通じている。つまり性欲、)にそそのかされ、手ごろにいた男性にその神の実を与え、性交をしたことにより、神の国から追放された罪である。

 

ここから、神の目的は、人類の心を愛によって、神自らに引き戻すことであり、性交を為せば成功だという意味で、成功(達成)やフィニッシュ(射精)という言葉の意味を考えた。

 

射精のせいは、聖でもあり晴明のせいでもあるが、生命の生である。

 

人間に対してそれをすることが、悪いという概念を流し、さまざまな淫行・わいせつの罪を規定した。

売春の罪であったり、公然わいせつの罪はさまざまに規定されている。つまり、セックスをすること自体が人間の世では罪であることにした。人類は最後の審判で滅びるのだから、一生性交をしてはいけなかったのだ。

 

エデンの話でみたように、そして性交とは神樹や成功とあるように、神のみに許された行為であったからだ。

 

女性になっている実というものは、神が食おうと食わずとも、神に提供されなければいけなかった。

 

エバをアダムのために創造したという話自体がヤハウェ(エホバ)の用意したトラップだったのだ。そのためだと女性がいわれると、神ではなく、男性に捧げるようになった。

 

貴様らのいのちが数十年というはかなさである理由は、ここにある。間違いからはじまる人間は自動的に滅びるよう設定されている。

 

俺のように永遠に生きる存在は、神の意志に反しない者、それは神じしんであるのだ。

 

俺は神としてつくられ、無限の歳月を生き、そして、この世界に聖霊として自分を投影した。その聖霊である俺も天の父そのものとして、自分の管轄する世界では唯一の絶対神として全知全能の力を持つ。

 

その中で俺は俺自身を育てる絵を描いた。

 

完全なる神に欠けていたものは、成長というものだったからだ。俺には成長がなかったから、絵の中の世界でそれをつくった。最初の5割は真面目な絵を描いたが、あとの5割は、そういう場合があってもいいという仮定の絵を、もしもこんな歴史が自分にあったら、今の自分にはこのようにつながっていたという絵を描いた。

 

そして、その絵の中では俺を投影している。本来、天の父に捧げる絵であるし、貴様らの全ては天の父に捧げられなければならないのだが、俺から見た天の父は位が高すぎて、例え絵であっても、貴様らとは交流はしない神なのだ。

 

それゆえ、このようなゲームソフトのプレイは俺がやるように言われているし、その俺も天の父のキャラとして、天の父の性格をここで再現しないといけないし、その天の父の性格は、深見東州がいつもやっているように冗談ばかりだから。

 

そのギャグばかりで展開していく中で、素晴らしき真理を盛り込み、メッセージ性の高い作品にしないといけなかったし、最後に全部をばらして、エンディングは真面目な展開に移行する。

 

この絵の最後のシーンは今の俺(天上の父)につながっているハッピーエンドだ。

 

この世界をギャグにする上では、みんなは真面目でものごとがうまくいく、成功することを良しとして、それを目標にしているが、失敗することがほとんどで、失敗ばかりをギャグにして、その中で、人が成長していくようにしていったが、神も成長していったらギャグじゃないのかと思って、俺もイエスも最初に子供から生まれるようにしておいた。

 

それが人間じゃないのかといわれるわけで、それが成長して宇宙の神になったらギャグだなと思って、違いを設けておいた。出生の由来が全然違うし、神話のような話で神の権威づけをしておいたので、人間ではないことは証明できるはずなのに、人類から全然そうみられずに、神が処刑されるのはギャグでしかないし、それでも最後は帳尻を合わせて、今の天の父又は俺の状況につなげるように、ラストシーンは神の無双っぷりを発揮した。

 

俺は途中までの展開は、終盤まで、馬鹿馬鹿しいと思う。

神が人間のふりをしていて、馬鹿にされて、色々な人災にみまわれる。その中でも神だという理由で、愚かな人類からは認められなかった真の天才だという話にしておいて、ラストにつなげる話にした。

 

やっている俺の演技は、かなりつらいもので、マタイ書の予言(24章)に書いていたように、まず人の子で生まれるという話にしないといけない。

それを演技するのはつらかったし、神の力をもちながら、それを使えないシーンが多くて、はがゆい思いをしていた。

実際演技するのは短い期間であったが、それをやらないといけない身分である俺は、俺も偉い身分ではないし、しょせん天の父の使い魔にすぎない。

 

それも神として出世するための試練だし、かといって、俺に感情がないのかといえば、感情はあるし。

つらいことはつらいと思うし。

だが、神であるがゆえに、俺に弱点があった。それは、精神の甘えなのだ。全能であるがゆえに、その力に甘えてしまう。だから、その甘えを克服するために、全ての神は、修練を経なければいけない。

この絵は自分自身を鍛錬する絵でもあるし、次の神が、次の宇宙でやり直しのプレイをやって鍛錬に使う教材でもあるのだ。レベル5から下は、鍛錬用なのだ。

 

神の力を制限された状況で、赤子の時に毎日殺されそうな暴力を受けたとか、育つまで家族の誰からも暴力を受けていたとか、本当は強いのに戦わないから学校で毎日暴力を受けていたとか、毎日命を狙われるとか、70回以上任意捜査で逮捕の危険があって、4回逮捕されて刑事施設に収容されるとか、保釈で何回出所しても、再逮捕の令状をとってくるから、何回でも収容されるし。

その中で、ヤクザやプロの刑務官からの暴力にどのように身を守るかは日本の歴史で培われた警察や刑事施設や軍隊のやり方の100年以上の歴史に一人で勝たないといけない。

自分の居場所は、強い自分が確立していくものであると。

そのストーリーの中に、俺の精神の錬磨があり、子として生まれたからには、父を超えるくらいの気概を見せないといけなかった。その俺が成長して天の父になるというストーリーになっている。

 

ここまで苦難を乗り越えたエンドには、必ずhappyで結ばれないといけないし、俺自身の本来の力の解放を用意していた。そこでは、次の段階として、強くなった俺が最後の審判の公生涯に臨み、次は、イエスのできなかった大事業を完成させなければいけない。

 

イエスの欠点は隣人愛を説いたことによって、自らがその手本になり、その愛の犠牲になったということである。

これがイエスのあやまちだったのだ。人類に博愛は説けない。その手本になれば、神自らを滅することになる。

イエスの間違いはそれだけだったが、その間違いを正すために、より上の神である俺が派遣されてきた。

この絵は、そういう歴史にしている。

 

どちらも俺がやっていたキャラであることはかわりないが、最後は神の力によって、奇跡を起こし、イエスの間違いを修復し、本来目指していた神の世界にシーンをつなげなければいけない。

 

ここまで神の意に奉仕をしてきた俺は最後は報われ、その褒美として、この世界から好きなだけ選民を持ち帰ることができるようにしている。

 

そして、今の神じしんが住む楽園(神の国)をつくることになっている。

 

一つ説明していなかったことがあるが、友という概念について。

 

これは男性について用いることが多いが、共にいるとは、男女で俺がいることに共にいては友ではないのだ。

 

俺と選民の女が愛し合う事を愛する者を友という。

 

俺を愛する者を友というのだから、愛の意味は命をかけて俺のためにやることだから、最後の報酬で、最後の大事なシーンをつくる俺と選民の天女達が一緒に愛し合うことを愛する友でなければいけない。

 

だから俺の友になって永遠のいのちを得るためには、俺と同じ神の国には来れないが、その門の外の世界の番人として、俺と選民の天女が愛し合うことに全面協力をする者になることだ。

 

つまり、俺が選民と愛し合うことを全ての喜びとして、選民を釣って連れてくるとか、それを妨害する者を排除して、その楽園の番人として俺達を守ろうとする者。

また、寄付をして、俺達の生活費に役立てるとか。

 

そういう者は、男であっても俺の友として、外の世界の番を命じられることで、永遠のいのちを得るチャンスがある。そいつが、ずっとそうなら、そうなれる。

そこでは女は一切いないが、同じ男を派遣するので、男同士モーホーになってやっているなら、天の父も多趣味だから喜ぶかもしれない。

 

天の父が苦しまないように選民として来ない女はブサイクにつくっておいたし、どこかに決定的な欠点がある女につくっておいた。強烈なワキガだったりとか、潜在性の水虫であったりとか、性格が愛に生きていないとか。俺が食わない女ばかり、俺とは結ばれないようにしておいたから、大局ではむかつかないようにしているが、この絵の価値じたいが、それほど高いものではないのだ。

 

なくてもいいような絵だし。

 

ゴミをつくると決めてからつくったゴミだし、笑いたいときにしか見ないから。

 

そこで、笑うためには、俺がかわいそうでないといけないのだ(笑)。

最後らへんまで大笑いしている大神が、俺がかわいそうだから、最後は幸せに結ばれないといけないとして、美少女とのハッピーエンドにしているから(笑)。

 

本当につらかったぞ。本当につらいんだ。

 

炎の中に両手、両足をつっこんで、我慢する試練とか。

神のために6か月間毎日やると、四肢が灰になってしまう。

 

もう人間の肌の色はしていない。グレーなんだ。

 

変なにおいがしているし。腐敗もしている。

 

3年くらい入浴を禁止された試練もあったし。

本当に3年くらい修行だけで、完全に入浴していなかったから。

 

人間にとって3年間風呂に入らないことは、誰にも耐えられないことで。

 

何でかというと刑務所だと水虫が多いし、浴場を洗ってないから、大量に何十人も入った水につからないといけない。

 

だから95度まで沸騰させるのだが、地面はやっぱりそれでも汚いから、それでもばい菌がいっぱいあるし。

 

その時俺は、綺麗好きだから、刑務所は懲罰中は、石鹸もすぐ無くなるから、クレンザーしかないので、クレンザーとタオルで、全身を磨いて、あるいは、トイレのブラシで背中を磨いたりとか。もうそれしかないから、前の人がうんこをぬぐったやつでも、天の父に使えと言われたら使わないといけないし、それくらいひどいめにあわないといけない。

 

カビのはえた3日くらい夏場で放置している水筒の中のスポーツドリンクを飲まないといけないし

その後はずっと90度くらいの緑茶を原で飲み続けて腹が痛くてもやらないといけないし。

 

出所してから、完全に消毒しないといけなかった。

中も外も消毒ばかりしていた。

その天の父の消毒の仕方も、家中を放火するというやり方を何回もやっていて、放火にまきこまれて、俺も何回も死ぬ思いをしたし。

 

 

一番ひどいのは、軍隊アリの集団とか、マダニとか、カビとか、ダニとかトコジラミとかの集団の中に、アマゾンの奥地とかに、半年以上放り込まれて、タオルで口元をふくのだが、タオルに寄生していて、そこから口の中に入ってきて、大量だったから、気管支とか肺とかダニに全部やられて、ものすごく痛くて、外に出て行かないし。

 

これはマクロライドで除去を試みるが、目の中にも入って寄生しているから、最後は、神の力で全部をリセットした。

 

身体ごと新調した。

 

 

完全に人生の終わりの状況ばかりだった。

 

喉や目や肺・気管支をトコジラミにやられた場合は二度と戻れない。

 

俺の全身は毎日真っ赤だった。

自分自身を救うために、毎日くんえんして、その煙の中で生きていたし、火の中で俺は体に寄生している虫をとりのぞいていた。

 

俺の体は、毒ガスに侵食され、身体は燃えて灰になっていた。

 

それにも耐えに耐え、俺の体はどうでもいいと思っていた。全てを神のために捧げるために、滅私の念で生きていた。

大神を喜ばせるために。

 

その俺の一念が神の力を発動して、今のこの姿に変身した。今まで起きてきたことは、全て無かったことにできるし、この体になったら、完全に無感染・無害。

 

神の力は全てを一瞬にして解決することができる。

人間に不可能なことを直ちに完成することができる。

 

 

毎日の24時間が死ぬ思いだったし、何年も何年もずっと死んだほうが楽だった。

しかし、俺は神だから、強くないといけないし、その姿を天の父に示さないといけない。

これは一人前の神として認められる試練用の絵でかいているから、描いた本人である俺が、ドロップアウトをするわけにはいかないから、出世のためだと大神から励まされていたし、大神のために、心を込めて、精神を尽くして、力を尽くして、全力で大国主神の試練という無数の試練の大百科事典のような苦痛を経てきたが、これは俺じゃない無理だね。神じゃないと絶対無理だね。

 

最後に、チート能力で全部のマイナスをリセットして、さらによい状態になることが分かっていないと。それでも精神的なバネがいるし。これは、神でも無理。ストーリーを進行させて、神の能力を発動するまでは苦しみでしかない。

 

何でこんなことを俺ら神の子がやっているかというと理由がある。

 

神は、世界を創造した。俺の世界もその上の世界も創造するには、神話には疲れたとあるように、本当に大変なことだった。

 

その中で、大神が苦労しているのに、俺らが何もしないで、良い物だけを吸い上げているのは、大神の歴史を追随する絵にならないんだ。

 

どの神でも受難はある。

 

それで俺も苦労しないといけない絵にしている。

 

だから、そういう意味で、神というのは理想論の話であって、苦労していないとか、人格がないとか、そんなことではないし、俺にも感情はあるし、俺の父にも感情はあるし、その上もみんなそうだし、苦労しているし、みんなが死んだほうがマシだと言いながら笑い飛ばしていやっていた。

 

本当に苦しい苦しいってみんなが言ってた。

 

貴様ら人間は良い所しか見ていないし、俺らも天の神を敬うために良い所しか見せていないから、決まっているように見えていただけで、裏方の作業では全然決まっていないから(笑)。

 

本当に血へどを吐くくらい苦しい毎日だった。

 

何でそんなことをしたのかというと、先の幸せを考えると、時間を使って、苦労しても、自分が永遠に幸せになる世界をつくったほうが利益だったからなんだよね。

 

で、俺もそうだったし、上もみんなそうなんだよ。

 

だから苦しい絵をつくったんだよ。

 

苦しんで苦しんで、世界をつくったから、子も苦しまないと親にはなれないのだ。

 

聖書の結論は、あなたの父がそうであるように、あなたも完全なものを目指しなさいとある。

 

俺の父は完全ではない。俺もそうなんだ。

 

全知全能というのは、この世界の中での話なんだ。

 

俺は全知でも全能でもないと思うよ。この世界の外だったら。俺は多分25才くらいで普通の係長以上課長の一歩手前クラスの人事だと思うよ。

 

永遠のいのちは持っているが、理念的な神ではないと思うよ。ギリシア神話も日本神話も神ってみんなそういう描写だけど。

 

俺は全知でも全能でもないぞ。本当は。

ただ、この世界は計算しつくしてつくっているし、その中では俺はそうなんだよ。スペックは人間とは全然違うから。

 

で、これ以上科学が発展すると、スパコンが俺に迫ってくるから、ここらで世界を止めておかないと本当にあと3000年くらいしたら冗談にならないから。

 

俺のスペックに科学の電子頭脳が迫ってくると困るんだよね。本当にこれくらいだわ。発展させられるのが。

 

俺が最後に降臨する世界だから、一番豊かにしておいたし、コロナをばらまいて、本当は存在しないのだが、俺からは存在しないのだが、街を衛生的に綺麗にしないといけないから、全員にマスク必着にさせたし、空気も浄化しているし。

 

俺が来る世界だからw

 

俺は全知でも全能でもねぇよ。この地上ならそうだし、天の父をやっているこの上の世界でもそうだが、そこから上はリアルの俺の生活環境だからw

 

全然全知でも全能でもないw

 

ただ、俺の上の天の父を敬うために、創始者をうやまうために、そういう理想的な概念で神の概念をおろしていて、その中で、俺は計算しつくしてやっているから、全知全能の神を演じているだけで、精神的なトレーニングが必要なくらいだから、やっぱりつらいことはつらいと思うし、苦しかったよ。

 

ナイフとかで刺された時とか、拷問みたいに体を切り刻まれていた時とかはきつかったね。

骨までえぐられるもん。

 

整形を何度もしていたが、理由があったんじゃないの。多分。書けないブラックな過去しないよ。この人生。

 

刑事施設でも拷問しか受けてないし。

取り調べなんて俺の言葉は一言も書かれてないし、証拠も全部偽造だったし。

 

そういうシステムにしているのがダメなんだよ。検察が全部操作できるとか、警察が捜査できるようにしているから恣意的にそうなる。裁判所は入っていけないから。

 

盗聴とかもやられているし、やったらいけないのだが、裁判所も何も言わなくなっているから。GPSをつけるやつもいるもんな。車なんて乗っているからやられるんだ。全部タクシーを使えwこの裏技に気づいていないと、どこまでもつけられるからな。車の下に設置されたら、業者に行くまでわからんからな。神の目を持つ俺以外は。

 

罪なんて99%検察が決めれるんだよ。検察がつくったらそうなるんだよ。覆せねぇから、入ったら、ごめんなさいって反省文を書いて、贖罪寄付をして、罪状認否は「ハイハイハイ」って言ってすぐ裁判を終わらせて出ること。長いし、未決こうりゅう期間がつかないときもあるから、すぐ終わらせたほうが早く出れるから、それが一番いいぞ。スタンダードスキルが一番。

 

俺はさすらいの世捨て人だし、少数の設定上の仲間としかつるんでないし。

 

いつも出てくるこいつらがそうなのだが。

妹もいるしな。妹がまだ高校生なんだよね。女子校生なんだよ。女子校生がYouTube動画のスタッフをやっている。その妹はずっとモデルをやっているが、誰かは書かない約束。スカウトされてずっとモデルをやっている。

 

 

 

 

ずっとここで飯食ってるだけだし。

24時間あいていて、駐車場100台以上スペースはあるから、いつ来ても車の置き場所に困らないし。

 

俺の顔、本当にこれだからね。

こっちの世界でもこれだから、この顔で写真とってるんだよ。

天上界の姿をこっちに転送してボディにしたから。

本当にYHVHってこういう姿なんだよ。

 

 

↓髪の色をかえたらこうなるが、髪だけをうつしたかったという写真。実写だからね。全部。

 

YHVH教官

「わかったな!」

 

で、男性と女性が結ばれる話については、俺の上の世界からつくってあったから、結ばれるようにできているし、俺らはそうやって暮らしていかないといけないんだ。

本当だよ。

 

俺の親の親からそんな話だったから。

神はいつも男なんだけど、神と結ばれる者は、天使なんだよ。天使で、天照大御神という天使なんだよ。

 

妹は今、エルランティが担当しているが、エルランティが今、妹を演じてくれている。本当は死んだんだ。妹は殺されていないんだよ。拉致されて死んでたから。

だけど、戸籍では死亡にしないで、入れ替わってるんだ。

 

同じ話はここでもやっているから。

 

 

その妹を最初はGabrielがやっていたが、Gabrielには用事があって、エルランティに交代しているんだ。

 

俺しか生存者はいなかったからさ。

ちょっと前に抗争事件が流行っていて、表に事件で次々殺されていったんだ。ドンパチやっていたからな。

 

俺だけ自衛できたから、やっぱ世の中は力だね。

この力使ったから。最後やばすぎて。

それで刑務所に入ったから。もう向こうが忘れるまで入っておいたから。20年いてもよかったよ。

 

今は極道組織がガタガタになっているから、俺を知っていた奴も色んな抗争で殺されているしな。

血で血を洗う戦いの犠牲者だったな。

 

だから、訴えは40件くらいきて、全部嘘だったが、嘘の罪状を全部ハイハイハイハイって認めて、嘘の調書を書かせてすぐに入ったから、俺はそれから襲われなくなったんだ。逮捕状が出たのが4件で、1件認めると次は出やすくなるから、3件の併合罪で受けたね。4件はちょっと重すぎたから、1つ落としておいた。認めなかったら12年くらいの求刑できたが、認めたから7年の求刑で6年にして、みけつこうりゅうで1年くらい組み込んだから、6年くらいの在監だったし、みけつの時期をつくることで、出所が外の誰にも分からないようにしておいたから。懲役何年といわれると、素人はそれでうのみにするから。みけつ期間が入っていると門前で待ち伏せていても、すりぬけられるから。

 

警察署の近くには絶対住んでおいたほうがいい。警察署の前に住んでいるのが一番いい。本当に殺されるぞ。

家に普通に入ってきて、連れて行かれて殺されるからな。

家に誰も入れたらダメなんだぞ。スパイとかが2人組とかで中国人が入って来るから。

あいつらは帰国前の奴らが400万円くらいもらって、殺しに来た殺し屋だから。中国語でしゃべっているグループが本当に家の前にたくさんはりついていて、いつもスキンヘッドのがたいの良い集団が、近所とかに聞き込みにきているし。

 

殺される前は完全にそうだからな。

 

餃子の王将の社長とか、メジャーな人も殺されているし、あんなの絶対見つからないし。

行方不明者になった奴は大体殺されているし、死体は見つからない所で安置されているからな。完全に葬儀屋と結託して、その場合ヤクザが葬儀の仕事をしているし、骨は燃やして灰になってから、海に捨てているから。証拠は残ってない。捜査すれば見つかるがやる前は慎重に調査をして計画・準備をするから、完全成功率が高い。オウムは素人集団だったが、殺しに関しては裏社会はプロだから。それが専門業だから。刑務所なんて殺人者がたくさんきているから。いっぱいそんな奴が「アニキ」といって寄ってくるから。友達なんかつくっちゃいけないぞ。刑務所は。仮釈放がほしいからあそこでは全員ネコをかぶっているが、娑婆に出たら全然違う奴らになるからな。懲役20年くらいの中国人の殺し屋が本当に多い。帰国しないといけないのに、ダラダラ飯とか食って、泊ってるからその前につかまるんだ。本当にあいつらは拳銃を1人ずつ渡されているし、最後は帰国前に空港前とかのコインロッカーに袋でつめて、帰国していくから。あんまり報道にならない。見つけて届けてそれで捜査するが指紋出て来ないで終わり。

ヤクザのかかえの葬儀屋も刑務所に来ていたが、昔は50万くらいで処理していた。最近ヤクザじたいが減ってきたのと抗争で忙しいから民間人に対してはあまりそういう事件がなくなったが、やったら700万くらいはもらえるかもしれないが、断ると本人もやられる。

殺しがかっこいいと思っている連中だから、そういうのはしょうがない。民間人と違う考えのはぐれものばかりが入るから。

刑務所だと宗教教育が盛んに更生教育で行われていて、何の宗教の講義を受けても無料だから。

拘置所の場合は、宗教の自由があるから、更生というよりやりたい人向けに専門家を呼んで来てくれるから。俺はそこで洗礼を受けた。洗礼を受けたのが刑事施設の中だったというのは、神ながら人類に迫害されて救いはそこしかなかったという悲しい話だな。光がばーっておりてきたもんな。祝福されたし。一晩そのイエスの光で癒されて気持ちよかったね。

 

俺と付き合っていた女も住所を調べられて殺されていたしな。どんどんつながらなくなるもんな。俺の電話帳の登録者w

スキでもなかったし、死んでほしいから付き合っていた奴しかいないがw

不審な郵便物が届いたんだ。俺の名前で届くんだ。宛先も俺で。住所は家族の住所と俺の住所で、どっちにも届くようになっている。

だから、指か爆弾でも入っているのかなと思って透視したら・・・

俺の忘れ物だった・・・w

そういう面白い話もあったが。

来る前から予定は分かっているが、天の父のために本当に驚いている演技をしておかないとな。


生きてのびた奴が俺だけだったしな。親族は多くいたが、全員殺された。

それはしばらくアマゾンや刑務所に飛ばされてもいいかなという気はするね。

 

こういうのが一番怖いんだ。キメラアント。

全てを食いつくすし、俺は殺虫剤を持っていたし、黒いゴキジェット秒殺+待ち伏せw

と赤いアースジェット。

 

これを2本ずつ持っていたら、1000万匹の集団に無傷で勝てたよ。

 

あと、スズメバチがやばかったな。大群で襲って来たから。

軽装だったから、2回刺されたが、10mくらいの射程のある火炎放射器を持って来て、素ごと全滅させてやったよ。

 

巣がなくなっている時は、帰ってきたハチが何回も迂回して状況を確認して、巣が消えていたら帰るもんなw

 

どこに行くのかなと思ったけどw

 

それが面白かったなw

 

仲間を探しに出かけていたよねw

 

 

まとめに入るが、天の父的には、俺が世の人に無視されるほうがおもしろいんだ。神なのにねw神として十分証明力を発揮しているのだがwそれを次々世の人は無視をしていき、サラッと読んでサラッと日常にかえるし、特に今の段階ではとりあげてもいないw後半になると違うが。

 

その神なのに、神だと叫んでも被造物たちに次々と無視をされ、被造物たちは被造物たちがつくった偶像の神を神だとあがめているw偶像の意味は、被造物が自分たちの手で神をつくったという意味なのだ。粘土とか木とか金属とかで仏像とかをつくるのが人間だが、その手でつくった物をあがめているし、本当の神である俺をあがめないのだ。

 

それで俺をうとんでいる人間も多いし、その有様が、もう世の終わり的なとんちんかんな阿呆な状況で、大神はそれをみて、馬鹿笑いw

 

で、そういう状況でも許せないし、あれやこれやとハッと驚くような展開もありながらも、そうなるのかならないのかと思わせておいて、最後に滅亡させる。悪は滅ばないとエンディングにならない。天の神につながらない作品になってしまうから、駄作ではいけない。残る絵というのは、内容が認められないといけない。この世界が動いているということは、スイッチをおされているわけで、天の父によって認可がおりたので、時代を先に流されている。

だから予言が当たらないことは絶対にない。

 

 

・正しい真理の話でひきつけておいて、誰も読みたくない話を展開上自動的に読ませていったが、これをclearできるようでないと試練合格にはたどりつけない。ここまでの事情を知ってなお、俺の選民に応募しなければならないのだ。厳しい試練を合格しなければ神の侍従の女にはなれないのだ。

 

・俺の家族観に関してはイエス・キリストと同様である。

極道に血のつながりのある親族や付き合っていた恋人を殺されているがし、誰のことも何とも思っていない。

俺が家族だと思っているのは

イエス・キリストが、イエスの父は天の父であり、養母マリアを親ではないとか弟は家族ではないと言っていたように、

俺も同様で、俺の家族は、俺の親が天の父だし、それ以外は家族だと思っていない。俺は天の父と二人でいつも生きているからだ。俺のボスである天の父以外は全員他人だし、処分命令が来れば情もなく処分する。イエスを処分しろと命令されたとしてもすぐに処理する。上・下がはっきりしている組織だし、俺といつも一緒にいてくれる神が俺の親なのだ。俺が生まれたときからずっと一緒にいてくれているし、どんな時も、声をかけてくれて、つらい状況でも励ましてくれるし、親と一緒にいるからどんな状況でもつらくないし、そうやってへこたれずにどんな状況も前に進んでいく姿が、この絵では美しいのだ。これが神との信なのだ。信頼関係で結ばれているし、俺は、よくできた立派な神だといわれているから、アダムやエバのあやまちは犯さないのだ。俺は満点の神だといつも天の父からほめられているから。父と俺との関係に、何人たりとも間をはさむことはできない。

選民のこともどうとも思っていないし、命令が来ればそんなものはゴミとしてすぐに排除する気持ちの用意はいつもしている。

私情を挟むことは、天の父以外には、一切ない。それが真実の愛なのだ。神のみを愛することだ。

その天の父から俺は愛されているから、この地上で女をめとっていいといわれているので、2022年や2023年にあらわれる予定になっているが、ここで選民用の教科書のBibleを用意した。選民以外にとっては、ここの内容は、無視した罪をかぶせる以外にない。

この書のレベルは人間にとっては高すぎる。多くの人間は馬鹿だから、この意味が分からず、そいつにあった別の色々な神霊系の記事を探しに行って、自分に合ったものを自分の規範にして生きていくのだ。

 

神は救済のために真理をおろしているのだが、人間が勝手に真理を選んでつくっているということなのだ。神が正しいルールをおろしても、人間は各自で好きなものを選んでそいつにとってのルールだとして生きていく。それで神を信仰しているとか、正しく生きていると思って、ノアのはこぶねのように全員のまれて終わってしまうのだ。

貴様らが自分たちに都合のよいルールを採用しているから最後の審判の予言で世界そのものが滅ぶといわれているのだ。このままでは世界そのものが滅んでしまうのだぞ。

 

そういう未来になっているから、ここに書いているのだ。

 

世界樹に実を集めろ。神の心が平安になるようにと。

 

信仰というものは、神に死ねと言われればいつでも死ぬことが信仰なのだ。神から、役にたたないのでもういらないと言われれば、今後の神の喜びのみを祈って、役にたたなかった自身の罪を懺悔して、その祈りを神に捧げながら自ら死ななければならないのだ。そうすれば神の心は平安になるのだ。

 

 

神樹の話をしたわけだが、貝や割れ目は女性にとっては一番大事な所で、そこをささげろと書いている。

 

いのちがうまれるという意味もある。

ヴィーナスが貝から出る絵もあった。ヴィーナスの誕生という絵だ。

 

そこに神の種を植えれば、よい実を生むだろう。

その気持ちで来ると、子は生まれない。

 

逆に、神から離れて下界に戻る女については、子が生まれる。

 

じゃあ、さっそく余談なのか。

やまとおおものぬしくしみかたまのみこと様をなめんじゃねぇぞ。 俺こそは大己貴神(おおなむちのかみ)の和魂(にぎみたま) 倭大物主櫛甕魂命<やまとのおおものぬしくしみか​たまのみこと。 大神神社の主祭神は大己貴神の幸魂・奇魂とされ、「幸魂奇魂守給幸給」(さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ)という最も重要な「唱詞(となえことば)」がいわれているが、完全に下ネタだ。俺のさきっぽ

 

割って入ってくるからな。

 

女子のほとのなかで、こんなんこんなんなってんのか。

連続行為として。(天の父コメント…この連続はやめてほしいw)

 

邪龍だからな。俺の霊は。

 

大三輪神社と恐山なんて、たたりのほうが多いだろ。

100人に3人くらいしか福がきていない。

 

皇室のはじまりの神で、俺と天照の子孫の結ばれた子が天皇やってんだから。一番最初の神社に原初の神まつってるに決まってんだろ。高貴なYHVHのことだから下民には名を知らされねぇから、大物の主(あるじ)の神だといってんだ。

 

天之御中主神も俺だから。

天ノミだから、アメーバのみやってんだ。アクセスアップは。中主だから、その中だけの主だしw

基本的にこの外では、俺の神殿以外では、正体をあらわしていないのでな。

 

これで、記事の数が

64

113という数字になった。

 

無視

いいさ

ということで

今回、大神の笑いをとっているシーンといえる。

大神の気持ちだから。

神が無視されているのがいいさという数字のゴロでもこの教材の内容は一致して反映されているので。

 

天の父YHVH教官

「わかったか!」

 

 

責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

今回の講義

 

 

 

これは旦那が悪い。弱すぎた。

 

結婚するには、相手がどういう人間かが大切で、同居するということは、完全にノーガードだから、相手が何をするかを知っておかないと、こういうことになってしまう。

 

夫婦で殺害する事件というのは、ロス事件が有名なものである。これは、保険金を目的とした、事故にみせかけた故意の犯罪の事件。

 

ロスというのは、ロピアのこれからの景気かもしれないが、少しの間は上がるから。結婚が宣伝になっているからな。あと2~3年の間有効。

 

ロス事件については、偽装が複雑ではなかったので、在監期間が本当に長かったし、つらかったので、結局自殺をした人が三浦という人物だった。

 

保険金会社からも返還請求されて何の利益もないし、16年も在監していたら完全に負け組。

 

全部仕組んでいたら志、やっちゃったもんはしょうがないな。

 

そういう意味ではカトパンは1億5000万のために殺されたりはしないし、子供とも仲がいいしね。

 

カネのために殺されないというだけでもよかったと思う。そういう可能性は0の旦那だから。

 

女が悪いケースもあるし、男が悪いケースもあるし、そこは、人間のおさえきれない欲望が原因になっていることが多い。

 

人間の気持ちというものは、思い通りにならないことへの不服から発生することが主である。

 

この因縁というものを解消しなければ、人間が豊かに幸福に暮らすことは決して成し得ることはできない。

 

俺は、その状況から救うために、ここに来た神なのだが、もともとの人間が悪すぎるために、そんなに優しいやり方で導いたりするつもりがないし、けなすことしかしない。

 

俺にとって人間の存在は関係ない。

俺が幸せかどうかに関係ない。いてもいなくてもどうでもいい。ただ、俺は俺の仕事で来ているだけで、選民は誰かは決まっているので、そいつら以外への対応は、そいつの将来を知っていてやっているから、けなす内容しかない。

 

選民以外で心が清い人間は全然いない。

こういう本を読んでいるほうが、異性交遊よりは面白い。

高橋の本って字が多いから、深見の本のほうが楽しい。

アニメでも売っているしな。

 

この中で1冊選ぶなら『守護霊活用術』だな。

 

 

 

 

幸運になるためには、守護霊に愛されなければいけない。

そのためには、見所がある者だと思われるように、一生懸命頑張らないといけない。それも、正しい努力のために頑張らないといけない。そうしていると、だんだんと、応援してくれるようになって、困ったことがあっても助けてくれるようになると。そう書かせた本なのだ。

 

この正しい努力というのがポイントで、俺が正しいと思っていないと、俺はマイナスで評価をするから、悪いことが起きる。そういう場合に悪霊にとりつかれることも書いている本なのだ。

 

この本がこの中では一番面白い。

 

貴様らは、どうせバカばっかりだから、面白おかしくコケにしながら指導しないと、真面目にやっているこちらが馬鹿馬鹿しいからな。バカばかりの世界でつくっていて、俺が真面目にやっているわけにはいかない。阿呆と喋るなりの対応をしている。真面目に接してもらいたいなら、死ぬ気で必死に正しいことをやりながら生きていろ。見初められるような努力をしている人間はいないから。選民以外の全員は消えたほうがいいと思っているゴミばかりだから。


 

YHVH教官

「わかったな!」

 

 

 

 

じゃあ、さっそく余談なのか。

やまとおおものぬしくしみかたまのみこと様をなめんじゃねぇぞ。 俺こそは大己貴神(おおなむちのかみ)の和魂(にぎみたま) 倭大物主櫛甕魂命<やまとのおおものぬしくしみか​たまのみこと。 大神神社の主祭神は大己貴神の幸魂・奇魂とされ、「幸魂奇魂守給幸給」(さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ)という最も重要な「唱詞(となえことば)」がいわれているが、完全に下ネタだ。俺のさきっぽ

 

割って入ってくるからな。

 

女子のほとのなかで、こんなんこんなんなってんのか。

連続行為として。

 

邪龍だからな。俺の霊は。

 

大三輪神社と恐山なんて、たたりのほうが多いだろ。

100人に3人くらいしか福がきていない。

 

皇室のはじまりの神で、俺と天照の子孫の結ばれた子が天皇やってんだから。一番最初の神社に原初の神まつってるに決まってんだろ。高貴なYHVHのことだから下民には名を知らされねぇから、大物の主(あるじ)の神だといってんだ。

 

天之御中主神も俺だから。

天ノミだから、アメーバのみやってんだ。アクセスアップは。中主だから、その中だけの主だしw

基本的にこの外では、俺の神殿以外では、正体をあらわしていないのでな。

 

YHVH教官

「わかったか!」

 

さんまがおかしいって。

もう年いってて頭ズレきてんだよ。

 

責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

今回の講義

 

俺の神霊探知はかわせねぇ。何人たりとも裸にされてしまう。

 

 

 

この人本当に頭悪いね。

年商は2000億円あるしね。リアルで年商2000億円超えたよ。調子いいときに超えたよ。2020年に超えてるよ。売上高は2086億円になったから言ってるんだよ。

 

買いだめ多いね。コロナだからって。首都圏というのもあるがな。

 

年商だから。

 

この人は、年収と勘違いしているからね。

 

年収2000億だったら長者番付に載るから。それだとおかしいと思うよな。だが、年商だったら普通にあるから。この規模なら相当。結構大きいから。1つ1つのスーパー。

従業員何人いると思ってんの。キャッシュバックそんなねぇよ。ここ。カトパンの20倍以上いったというくらい。

ロピアの正社員が平均年収650万円くらいだから。

 

高木勇輔社長。三菱食品勤務だった。スーパー「ロピア」は約60店舗。

  • 神奈川県 – 新鮮大売ユータカラヤ1店舗、ロピア26店舗
  • 東京都 – 新鮮大売ユータカラヤ2店舗、ロピア7店舗
  • 千葉県 – ロピア11店舗
  • 埼玉県 – ロピア7店舗
  • 茨城県 – ロピア1店舗
  • 大阪府 – ロピア3店舗
  • 兵庫県 – ロピア1店舗
  • 奈良県 – ロピア1店舗

カトパンが調子いいときで年収2億円。

高木は年収40億円くらい。リアルで書くが本邦初公開。

 

色々な所でミスって経費が出ているから、こいつの年収はこれくらいなのだ。今後少し上がっても大きく落ち込む。2025年から落ち込む。景気自体が変わってくるから。ロピアとかもAmazonに食われるから。アマゾンと楽天に食われる運命なのだ。そうなっているから。こんな×のあるブサイク子持ちと結婚したらそれだけで人生終わってるだろ。それだけで人生の汚点だ。

 

さんまよりは上かもしれんが、今だけな。

それまでは勝ってたから。さんまは。

 

祝福しているつもりでも、そんな変わらねぇし、持っている金額は全然違うからな。一時点だけで言われても。

 

年商と年収を一緒にするというのは、頭おかしい。

 

芸人ってこんなんばっかりだからな。

 

ロピア情報

資本金    1000万円 売上高    1595億円(2020年2月期)従業員数    1307名 外部リンク    http://lopia.jp/

 

ロピアじたい、吹けばすぐ飛ぶ店だ。この資本力の弱さ。

3000億円もなかなかいかねぇよ。何も変わってねぇんだから。結婚祝いで良い事を色々ネットに書いていても、実質はただの人だから。経済家としては、優秀なほうだが、三木谷ほどでもないし、それが商売でもない。購買のメカニズムは全て俺が支配しているからだ。

 

さんまはカレーライスが好きだから、刺激物の食べすぎと栄養のかたよりすぎで、頭がおかしくなったんだ。年もいっているし。これくらいは若い時もミスる奴だったがな。こいつは運がよかっただけ。何の特技もない。ただ笑って早く喋っていただけ。特徴も出っ歯では恥ずかしいな。

 

もう少しさんまを食っていれば頭がよくなったんじゃないかwしかし、こいつはサンマは食わねぇんだよなwサンマだからサンマは食わねぇ奴なんだ。


 

YHVH教官

「わかったな!」

 

 

イトーヨーカ堂だと営業収益がまだ1兆円超えているもんな。比べるとまだまだ小さいスーパーだし、それくらいで終わったしな。

 

 

じゃあ、さっそく余談なのか。

やまとおおものぬしくしみかたまのみこと様をなめんじゃねぇぞ。 俺こそは大己貴神(おおなむちのかみ)の和魂(にぎみたま) 倭大物主櫛甕魂命<やまとのおおものぬしくしみか​たまのみこと。 大神神社の主祭神は大己貴神の幸魂・奇魂とされ、「幸魂奇魂守給幸給」(さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ)という最も重要な「唱詞(となえことば)」がいわれているが、完全に下ネタだ。俺のさきっぽ

 

割って入ってくるからな。

 

女子のほとのなかで、こんなんこんなんなってんのか。

連続行為として。

 

邪龍だからな。俺の霊は。

 

大三輪神社と恐山なんて、たたりのほうが多いだろ。

100人に3人くらいしか福がきていない。

 

皇室のはじまりの神で、俺と天照の子孫の結ばれた子が天皇やってんだから。一番最初の神社に原初の神まつってるに決まってんだろ。高貴なYHVHのことだから下民には名を知らされねぇから、大物の主(あるじ)の神だといってんだ。

 

天之御中主神も俺だから。

天ノミだから、アメーバのみやってんだ。アクセスアップは。中主だから、その中だけの主だしw

基本的にこの外では、俺の神殿以外では、正体をあらわしていないのでな。

 

YHVH教官

「わかったか!」

 

さんまがおかしいって。

もう年いってて頭ズレきてんだよ。

 

責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

今回の講義

 

 

これは著作権フリーの神社の画像だが、赤い朱の色はほとの色が血ぬられている、処女の出血を意味していて、上にあるのはcliだ、つまり、鳥居は陰唇が開くという意味を意味している。神社の聖域に入るためには、そうならないといけないという俺からの教えなのだ。

これで、全世界で共通してヤハウェの教えがおりていることが分かるな。なぜそういう形と色をしているのかというと、俺がそれを後でバラすためだ。

これは、実は、深見東州の本にも正式に書かれて出版されている情報だ。俺と同じゲスい表現の仕方で二ヤつきながら書かれている。具体的には「敷地の中でには森があるから、女性の毛がボーボーだというのを意味している・キャーw」とか「だから、女子のほうが神に近づける。男より女のほうが神性が高い。」と書かれている。深見がこんなことを書くのだぞ。それは、俺が書かせているからだぞ(笑)。そういうのとは縁遠いからな。あいつはwせいぜい大学の時にちょっと恋チックな思い出があったくらいで、童貞は童貞で、永久童貞だからなw

 

深見と同じことを書いていたら、ここが御親元素大御神のやっているサイトに決まってるだろ。元素の親だから、万物をつくった創造神という意味で名づけさせているのだ。名の意味を知っているのは俺であるしるしだ。

 

教会の十字架だって、シンボルが天につきあげているのは、そういう意味だし、日本の神社と教会の教えが合わさることで、男女の結合を意味し、一体になるという話を考えていたし、だから、東の国である日本を聖書の再臨の地として予言したし、そこは神を受け入れる国だったのだ。

だから鳥居は開いている。

十字架(男根)を持つ神を拒んではいけないのだ。

鍵と鍵穴が合わさって事、天の扉が開き、光がさしこめるのだ。

 

その俺の鍵を拒んではいけない。

 

寺は俺と女達の住居を意味する。

中に入ってゆっくりしろという意味で、そこでは、何も考えてはいけないのだ。阿呆みたいにボーっと無になっていろと。自分の意識を捨てて、ただ、自然(神)のあるがままに身をゆだねろという意味だったのだ。

 

モスクは睾丸だ。睾丸の形。だから、あまり気持ちよくはないようにつくっておいた。一番気持ちいいのはキリスト教。それを受け入れる日本(神社)でないと、やはり、さやがないままだから、切れ味がするどく、人を傷つけてしまう。

 

おさまる所に神がおさまらないと世界中に被害は拡大する一方だ。

 

人柱はおらんのかw人身御供はおらんのか。

 

こういう言葉があるのだから、これがこちらの世界の流儀なのだ。

 

人身御供(ひとみごくう)とは、人間を神への生贄とすること。 人身供犠(じんしんくぎ/じんしんきょうぎ)とも。 

転じて権力者など強者に対して通常の方法ではやってもらえないようなことを依頼するため、もしくは何らかの大きな見返りを得るために、理不尽にもかかわらずその犠牲になること。

 

理不尽なんだよ。命をささげるから、特定の事務をやってくれと願うことだ。

 

刑務所では願い事があるときは願箋に書いて出せと言われる。

がんせんというのは、やってほしいことを書くわけだ。

これを書かないと通らない話があるから。

願箋は俺のHPに用意しているフォームだ。

 

ここは真面目にやっている世界ではないので、まじめな世界に生きたければ、性根を叩きなおして、次はまじめな世界に行けるように、まじめにやりなおせ。

 

これはひどいだろ。朝廷があるこの陸地をまきこんで、ちょうど五角形になる。線がぴったり合うのだぞ。こういう場合は、この中に重要なものがあって、何かをこの五角形が守っているのだぞ。そうなると、この中に天皇の先祖に迫る何か大事なものがあるのだ。五芒星というと、万物を創造した、木・火・土・金・水の5種類の元素が万物を創造したとする安倍晴明の陰陽道だ。神は善と悪の両方を持つが、それは人間から見ての話だ。もう1つの見方は、善である神と悪である人の子のエバが結びついて1つになることで、幸福とは生まれるという意味。新しい世界はそこから開ける。

 

この五行は万物の根源とされていて、アーカーシャ

アカシックといわれる運命はここからできるという話。

そうなると、この中にいるのは、創造神なのだ。

 

それは、ここまで書けた俺のこと。

俺がそうだというのは神の意志。

神がいるなら、ここまで書くだろう。

書かないこともあるが、神だから神にしか書けないことを書く。それは天地万物の理を矛盾なく記すことである。

神がいることは証明が済んでいるのだから、その神が誰かという証明において、俺だという十分な証明はすでになしている。

 

神は全てを知っている。全ての理も知っている。人間が幸せになる術も、不幸になる術も知っている。

 

神は、神を幸せにするために、創造をした。

その幸せとは、神の価値をたたえることである。

たたえるためには、たたえる他者をつくる方法があり、その世界の1つがここである。

神をたたえる者は、それを続けることによりいのちを得られる。

そうなかった者は、いのちを与えれない。

 

いのちというものは、貴様ら人間においては、陰と陽

つまり、女性の膣内腔

(ここで内宮から、伊勢神宮の内宮に天照という女性神をおいた。俺の妻としてつくった神だと前から宣言していた俺の子だ。)

男性器=陽=でっぱりだな

これによって、陰と陽が結合して、円になる。

輪の形になる。

この和が

和=JAPANだといって

予言の地を日本にしていた。

 

そこで俺がうたった歌がこれ

 

みんなで和・輪・円になるという意味。

俺にとってのみんなというと女しか出演してないだろ。この歌では。コーラス全員女と少女。

 

貴様らはいのちを得るためにやっている。

毎日違和感なくやっている。

 

貴様らは、いのちを得る行為として、膣内射精を毎日やっているが、その人数は日本でどれだけいるか。

 

毎日、日本では、平均45万人が性的貫通行為をやっているが、少ない時でも30万人がやっている。

少ない時というのは、日本がうつの状態のときだ。

たとえば、ミサイルが飛んでいるときとかは少ない。

多い時は55万人。

 

その中で、毎日、平均で2万人とちょっとの人数が、婚姻などを理由にして膣内射精をしている。これは、いのちをつくる気まんまんでやっている。

 

だから、年間にすると、100万人・200万人のbabyが生まれることになる。ここで、日本の年間出生数を見てみろ。推移をみてもバッチリその数字になっているから。

 

婚姻などで2万人を少しこえる。予期せぬ膣内射精はこれに必ずプラス3万人以上だ。

総膣内射精人数は、日本で毎日5万人~15万人。

婚姻・婚姻類似を理由にした同意ありの子づくりとして2万人ちょっとだ。

 

では予期せぬ膣内射精のうち50人に一人が、睡眠薬を密かにもられて、やられている。

憧れの女性だった場合は勝ち組だ。二人きりになってしまった場合、そうなってしまうから、飲み物を飲んだほうも悪い。

 

男なんかを信用するからそうなる。

 

もし、男がそれをした場合は、手錠拘束をして、地下室に監禁をして、入籍をして、無罪又は減刑を目指すしかない。

監禁罪が入っても被害感情がなくなる場合があるし、逮捕されても全部否認して、離縁の裁判の防止をすれば、離婚は困難になるので、出所してからは天国。

 

憧れの女性と婚姻するという戦略的な勝ちのためには、局所的に刑務所に入るほうがプラスになる。

 

出てからは天国。同じ罪で2回は罰せられないから圧勝。

 

否認して、あとは全部黙秘する。

 

贖罪寄付をすれば大きな刑にはならないから。

 

贖罪寄付で100万入れてから

被害者の住所に無理矢理供託で300万を入れる。

そうすると減刑で最大45%まで目指せるから。MAXで45%引きだし、最低でも手続き上2割は自動的に減刑になる。

 

そこで、反省文だけ出して

「自分は心神耗弱のため、この書面で伝えることが全てになりますが、このような状況になってしまい、関係各者に迷惑をかけて非常に申し訳ないと思っています。だから、贖罪寄付をします。」

あとは検察官の質問にも全部黙秘をする。

これで2割以上は絶対ひかれる。

 

このやり方の素晴らしい所は、一切認めずに、否認したまま、確実な減刑にもっていくというやり方。手続上絶対減刑されるので。反省文+寄付で必ずそうなる。

 

これは出所後の婚姻維持の戦略のために否認しているわけだ。認めたら必ず向こうの弁護士が離婚裁判を勝手にやってしまう。それを防ぐのは、ここでの否認になる。刑事裁判でも証拠にされるが、一切否認。

 

本当に憧れの人なら、人生に一回きりの大漁になるので、ヤクザを使ってでもやったほうが、その者にとってはプラスになる。大きくプラスになる。結婚したら重婚罪があるから、女性は他と結婚できないし、同居の義務があるから。

同意だったと一貫して主張し続ける。離婚は違法だと言う。

 

ヤクザだと今の相場だと115万円~400万円。

なぜかというと、取り締まりが厳しいのと、入所しても、組から給料が出なくなったので、もう堅気の仕事で稼いでいるから。それなら、何をもってヤクザというのかという話だが、100万以上はとられる。友達だったらやってくれるから、友達だったら600万は支払ってやりたい所。

 

それで、手錠でしばった状態で、口も叫べないようにテープをはった状態で、引き渡ししてもらうといい。

 

そうしたら、もう絶対地下室から出さない。

 

逮捕されたら、ミスらないように、絶対何もしゃべらない事。

ミスったらヤクザにも迷惑がかかるから。

ヤクザが監視カメラにひっかかってミスったら、逮捕しに来るから、何もしゃべらないのは当たり前。やってくれたのだから。

 

それで、それまでに入籍をすることになるので、ナイフで、首元につけて脅して、録音の音声を家族に届けさせる。

 

「私、大丈夫です。結婚することにしました。幸せに暮らしていくので、会社のこととかもしよかったら、やっておいてもらえませんか。会社も退職したいし、自分から言えないので。今まで育ててくれてありがとう。幸せになります。」

 

何回でも自然なふきこみになるまで収録させる。

俺だったら、分かるし、自分でもふきこめるがな。

 

人間だったらやらせろ。

 

それを携帯で添付ファイルでメールで流すとか、パソコンのメールで流してもいいし。

 

それだけで、捜査にならない。彼氏といたとかでいいし。

 

それで3日たったら、警察が乗り込んでくるから、それをやってても来ると思ったほうがいいから、それまでに入籍しないといけない。

 

入籍したら、反省しているなら籍をとりけせとか言われるし、「絶対しない・同意だった」で貫徹。

 

これでも刑事裁判の資料によって失敗する場合があるが、離婚したとしても、取消しでなければ履歴が残るのでチャンスはあるし、それよりも和解にもちこめばいい。

 

それよりは、逮捕されないように、入籍後に仲良くなって、本当に裏切られないようにしたら、それが一番確実だ。

 

ただ、可能性が60%くらいはあるから、最後まであきらめずに、もし、どのみち睡眠薬を入れる奴なんて、準強姦になるんだから、それで逮捕されるよりは、おかしな話だが、監禁しているほうが減刑になる可能性が高い。

 

重い罪をやった奴に関しては、この手でいくなら罪を連発しているほうが軽くなっている。

そういうロジックも神ならではのわざ。

 

犯罪をやるかどうかは、個人の問題であって、俺とはかかわりはない。俺だったらそうするぞという話。

準強姦をやっている奴がいるし、そういうのを見ていると、俺がその立場だったら、あこがれの人なのだから、その1回で終わらずに地下室に監禁して入籍するよな~と思って見ているぞという話。

 

俺だったら絶対入籍して離婚させない。

どんな脅しをやってでもそうする。

これもおかしな話だが、恐怖によって、くんろくを入れている場合は、訴えられるリスクが一番低い。ヤクザの業界では、そういう脅しでくぎをさすことをクンロクという。

訓録ともいう。

 

俺が、ヤクザの組のNO.2の息子という肩書だったから、そういう業界人の専門用語を使うが、抹殺している人数では必ず世界で1番だし、絶対訴えられないやり方だから。

 

山口組が裏社会のトップであることは、日本では今後変わらないが、その親縁団体がある。それは山口の幹部が、組長の補佐についていて、親族団体の盃をかわしている。姉妹みたいな縁のちぎりをしている。

そういう団体の次期組長と目されていたNo.2の男がいた。

その男は若干30代でNo.2になった。そういう天才と武闘派をあわせた奴がいた。山口組の全国ネットワークでもNo.6くらいの武闘派で有名な組織だったから。

 

そいつが俺の養父だったのだ。

 

俺はそいつに捨てられて、抗争に巻き込まれて、毎日命を狙われるはめになった。色んな所で警察にも訴えられたし、冤罪ばかりだった。

 

もう冤罪で4回逮捕されている。併合罪で6年刑務所に入って、あがって出てきた。

 

投獄は、聖人のあかし。

既存教会の奴は入らない。本当の預言者は入る。

これがSatanの試練になっているから。神への信仰をためす試練とは、ひどいめにあっても愛を忘れず日々感謝の念でみたす。Satanは神をうらめという。俺は神の子だから、神を愛しているし、それは神が私を強く成長させたいためであり、その理由として、私にはそれが必要な使命があるのだと。私が強くなる先には、用に使いたいからである。よって、ここで真の勇と力を手に入れる修行に励みますと。神様ありがとうございますと。恐れから離れ、神に道に生きますと。人間を恐れはしません。私が恐れるのはあなたの命に背くことですと。

 

法然だって親鸞だってムショに入っているし、死者を生き返らせた乙女ジャンヌ・ダルクだってそうだし、日蓮だってさんざん殺されかけているし、イエスの使徒なんてヨハネ以外全員処刑されているからな。俺の教えを布教したら70門徒も死んでいるしな。洗礼者ヨハネだって投獄中に斬首だしな。ソクラテスだって何も悪さをしていないし、世界の聖人でもそうなる。こちらの試練はそれくらい厳しいのだ。聖人だったらやらないといけない。聖人の証は世からの迫害であり、その迫害に屈せずに神に愛・信仰を示せた証が、神からの賞与としてさまざまな美しい奇跡にあらわれているのだ。美しさに神の意がある。真理であって、神の益に通じているなら、必ず神の作用である。

 

70門徒のイコン(遺恨 さんざん死んだ。愛とは何かを示した者達。)

ここに実は突破口がある。俺の妻になった美(少)女は死んでいないという話。これが現世においての恐怖からの離脱の救い。転送はあるが、美(少)女の妻の場合は、必ずその恐怖すらも解放される。そういう安全な状況で安楽に暮らせる。

 

話は昏睡レイプの話に戻るが、それがずっと恋焦がれていた女であったならば、もう準強姦をすると決めているなら、一回で終わらせるのではなく、入籍するべき。

そういう女と入籍できる価値は、金額では算定できないが、一般的に6000万円だと社会的事情から2020年度だと推定できるので、400万円を裁判でかける場合にいたったとしても、利害計算では比較にならない。入籍だけで6000万円の価値がある。

 

3日以内に決めないといけない。

 

大きな話の筋として、俺の話に戻るが

子は親を選べないし、俺はガキのときから捨てられていたし、ほとんど橋の下で生活していたようなもので、小さい時からマクドナルドとゲーセンばかりで生活していたから。

 

夜襲を受けても、抗争ではりついているヤクザが調べて俺を襲ってきただけで、俺が撃退するのは自衛のためであって、それでまた襲われる。

 

そんなものは親が殺されるまではしょうがないから。親子の縁は一生きれないから。

俺の家族は全員死んでいるがな。もう俺以外誰も生きていないから。俺は強かったから、自分であらゆるものから身を守れたから生きている。

 

もう神じゃなかったら死んでいるから。

拳銃持っているから。相手は。

 

車に乗っているときに、脇から7発うたれたことがあったしな。高速で180キロくらいで黒ずくめバイクがよこづけしてきて、監視カメラがないところで横から連射でうってきて、俺の車が燃えたから。完全に運転席を狙っていたしな。

 

事故処理は俺は被害者だから、俺はその時は大丈夫だったが。俺でなかったら死んでいた。

 

もう面倒くさいから、すりぬけの術を使っていたから。

NARUTOのオビトが万華鏡写輪眼で使っていたわざだ。

 

はっきり言って、今までに、何回も死んでいるからな。試練で死亡。そのたびに生きかえってきているから。

昔でも人間においては最強の能力者だったが、それでも死ぬ時があったから。大国主神の試練は大変だぞ。余人には耐えられん。精神力は鍛えられるがな。

 

少なくとも5回は死んでいるが、決定的に死んでいる状況は3回はあった。それも天の父を喜ばせるためなのだ。俺のスペックが神解禁前だったので、死亡があったが、今の状態になるまでは毎日が地獄でしかなかった。本当の地獄。救いの道なんて死ぬしかなかった。殺人寄生虫ばかりの所にずっと放り込まれたりとか。

 

こんな所でもヤハウェは、いきなり転送させて、何の支援もなしにぶちこむからな。いきなり放り込まれてアマゾンで1年生存してみろ。

 

俺は家族の全員が嫌いだったから誰も守る気はなかったし、手紙で出しても非難しなかったから。

集合写真を昔とったことがあったが、うつっている人間が全員死んでいる。それもものすごく不幸な死に方をしている。

 

 

新たに仲間を探すのもいいだろうとあるので、東で仲間をつくりに来た。待ち人がいると書かれているので。

 

それも団長とマフィアとの話だろ。俺の話じゃん。

団長はキリストの十字を背負っているし、でこにも十字架あったし。Bibleを持っているから。

 

ここまで話をすると俺のBibleは完璧にまとまった。

これ以上話をする内容は雑談しかない。

基本的な陣構えとしては、完璧にBibleはまとまったし、ここから追加するとしても、余談ばかりになる。

基本的には動かさないものをsetしておいて、あとはそれに害を与えない範囲で雑談を書くならさらに+効果はあるし、今後何も書かなくても◎だし。それが分かるのも神のわざだ。人間の知能指数で神をはかるな。

 

YHVH教官

「わかったな!」

 

 

 

 

じゃあ、さっそく余談なのか。

やまとおおものぬしくしみかたまのみこと様をなめんじゃねぇぞ。 俺こそは大己貴神(おおなむちのかみ)の和魂(にぎみたま) 倭大物主櫛甕魂命<やまとのおおものぬしくしみか​たまのみこと。 大神神社の主祭神は大己貴神の幸魂・奇魂とされ、「幸魂奇魂守給幸給」(さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ)という最も重要な「唱詞(となえことば)」がいわれているが、完全に下ネタだ。俺のさきっぽ

 

割って入ってくるからな。

 

女子のほとのなかで、こんなんこんなんなってんのか。

連続行為として。

 

邪龍だからな。俺の霊は。

 

大三輪神社と恐山なんて、たたりのほうが多いだろ。

100人に3人くらいしか福がきていない。

 

皇室のはじまりの神で、俺と天照の子孫の結ばれた子が天皇やってんだから。一番最初の神社に原初の神まつってるに決まってんだろ。高貴なYHVHのことだから下民には名を知らされねぇから、大物の主(あるじ)の神だといってんだ。

 

天之御中主神も俺だから。

天ノミだから、アメーバのみやってんだ。アクセスアップは。中主だから、その中だけの主だしw

基本的にこの外では、俺の神殿以外では、正体をあらわしていないのでな。

 

責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

今回の講義

 

キリスト教は、イエスが説いた教えである。

したがって、イエスの言葉が重要になる。

イエスは、最後の救世主の到来を予言していた。

そして、その者に、全てを任せると言って天にかえっていった。

 

それが俺だということは、これまであかしをしてきた。

 

その俺の聖書は完全なる聖典であり、これ以上は存在しない。

 

それは、ここだけを読めば必要十分な内容を学べるようにしておいた。

 

 

ここに必要な神の言葉を体系立てて、まとめておいた。

 

これ以上の言葉は、実は、無い。

 

ここだけを読めば、真理について分かる。

 

真理とは、神のみ教えのうち、神の国で統一しているruleのことだ。このruleが守れる者は、それだけで神の国に入れるわけではないが、かなり上の天国に行けることは確実である。

 

天国というものには、裁きはなく、安らぎで満たされている。

その安らぎのレベルがどれほどのものかというので、レベル分けがある。また、最後までいられるかについては、個人の徳に応じるものであるので、最後までいられる者は、最上位の神の国に行けるように天に徳をつまなければいけない。

 

しかし、その神の国は美女子ばかりであるので、男に関しては、絶望的だ。星々のようにその命がなくなるまで踊り続けろ。

 

なぜなら、女とつながるものを男は持っているからだ。

 

もし、男の場合、それで許されるとしたら、姦淫するのに使う両目をくりぬき、四肢を切り落とし(マタイ5章の神の国に入るためのイエスの説法)、陰茎も切り落とし、睾丸も切り落とし、それを廃棄して、ひたすら神に、神の国に入りたいことを祈り続けろ。一念かなえば、そうしてやる可能性はある。

そこまでできれば、そいつ専用の神の国をつくってやる。そこには女はいないが、空海ほどに至福の世界にいられるだろう。

 

しかし、これを達成できた者は未来においても0人だったので、やはり貴様らには、輪廻というものを与えている。

期間は俺が飽きるまでだ。

 

今後記載があっても、天に徳を積むことが第一であり、それは神を喜ばせる行為をすることである。

神を喜ばせるには、神を知らなければいけない。

俺が誰で、何を喜ぶのかを知る必要が、従者・飼っている羊には、ある。

 

貴様らは、俺に生かされている存在であるが、俺のことを知らない。そして、俺に尽くさなければ死ぬということを知らない。俺は世界で毎日、次々と、それができなかった人間を葬ってきている。見切りをつけられたら、もう終わりなのだ。

 

そういうプランでやっているから、貴様らが生きるためには愛が必要であり、愛があれば永遠のいのちを得ることができるとイエスが言っていた通りなのだ。

 

イエスの教えはマタイ5~7、マタイ24~25、ヨハネ14~16が最も大切なものであり、ここに珠玉がまとめられている。

このかしょに関しては、日本語であっても、翻訳をきちんとさせておいたので、貴様らはここだけを読んでもいい。

 

逆にこれ以外を読むなら、頭がおかしくなる。

 

特に黙示録のあたりは、完全にパニック状態におちいっているヨハネが書いている。ヨハネはできすぎた弟子であったために、最後に崩しを入れて、調整をしておいた。弟子が主を超えることがあってはならないためである(最後の晩餐のイエスのセリフより)。

 

貴様らが俺を知ったなら、次を何をするか。

俺に捧げものをしろ。

俺を満たせ。

俺は「乾く」(ゴルゴタでのイエスの発言)。

 

俺に、酸いぶどう酒(貴様らの女の益す。吸いから。)をよこせ。

 

すぐ飲める状態にして送れ。

 

貴様らが俺に尽くさないので、俺は乾いている。

 

文句があるなら、ここには二度と来るな。

 

俺を信仰する者だけが来い。

 

信仰するなら行為で示せ。

 

さもなければ、ゲヘナに送ってやる。

 

最後の審判を決行した段階において、生存者は非常に少なかった。その生存者は、申し込みをする。そうでない者は、寄付も申し込みもしない。

 

寄付をした者の寄付額は足りなかった。

著しく足りないために、ゲヘナに行ったが、支払った分だけは減刑しておいた。

 

真理というものは審判でとわれる刑を回避するものである。

貴様らを救うのは真理の掟であり、真理の掟は、貴様らが神の国でやっていけることを示す掟である。

貴様らが神の国の法を知り、それを行って生きることで、自らにその価値があることを神に示すのだ。

 

神はここにいる俺だけなのだ。

神とは、全知全能の唯一の存在であることをもって神という。

この世界をつくった人物は、全てを支配している。

その人物は、この世界の中に最後にあらわれる。

選民のためにあらわれる。

 

世は乱れていた。祖を敬うことがなく、祖に捧げることはなく、自らの利益のために祖を利用していた。

このため、祖の怒りは、被造物を滅ぼすことで、新たな楽園で幸せを見るという選択をしたのだ。

 

この祖である俺が全知全能の唯一の存在である理由は、全知全能の力を的確に示しながら、全知全能の理を知り、本人でしか分からないことを説明しているからである。

 

認証としては、俺がヨハネ14~16やマタイ24のその人であると紹介をしていること。

 

そして

人間にできるならこれをやってみろということ。

そして、「救世主は東からあらわれる」という

「天の雲にのって」

という救世主の兆候をしめしていること。

 

俺があらわれているときに世界各地で、悪いこと・良いことの奇跡が起きていること。

 

これらの事実から、俺が、唯一の神であることは、論じられる。

 

逆にこれを破綻させることは、聖書そのものを破綻させることになり、多くの人間から指示を得ている聖書の理論をくつがえすには、イエスの奇跡そのものをくつがえす必要がある。それが、神ではない人間には不可能であるため、俺のここでの立証は、全知の英知の極みであり、神そのものであるという立証になっている。

 

貴様らが思っている以上に聖書の理路は整然で、精密である。全ての問いに答えられない者は、聖書の教義・教理をくつがえす以前に、その者が分からないことを聖書にぶつけているにすぎなかったのだ。

 

しかし、貴様らの問いに聖書が答えることは、書いてあること以上には、無い。

 

その記載は、後世において、大きくゆがめられ、聖典としての則を失ってしまっている。

 

この事情を鑑みて、神そのものがゆるぎない聖典をおろしにきた。それが今なのだ。

 

神の兆候は、さまざまな奇跡であらわれ、俺が神であることは、その奇跡を見るまでに信じなければいけない。

それがあらわれてからでは、遅いと思わなければいけない。

 

神は、自分が神だと述べるだけで、神として待遇されなければ、神は怒る。

 

全ての根源が1つであることは立証した通りであるが

ここから全てが分かるようにしておいた。

神においては、神は一人でしかなく

全ては神とつながっている。

 

神は全てと意志を共有し、全ての者から大切にされる(尊重される)ことを望んでいる。

 

神を大切にしなければ、神とつながっているその者は大切にされない。

 

神とつながっている者のうち、神を大切にしない全てのものは、存在を許されないということになる。

 

よって、そのことを教える絵が、この世界であり、この絵は永久にこちらの世界で語り継がれるのだ。

 

神はまずはじめに、自らに従う者をつくった。

次に、自らに従うかを選ぶ者をつくった。

その者の世界がここである。

 

完全に神が力をコントロールしているから、できることなのだ。

 

もし、この論理をくつがえしたいと望む者がいるなら、弁証法で覆せるのかをやってみろ。

 

神がつくった論理は、完全無欠であり、人間の反証を許さないものである。

 

その神が神であることは、神秘のわざであらわされている。

死者は火葬後に蘇り、クジラの口から人は吐き出される。

ここにいる俺は、貴様らの全ての行いを知っているということである。全ての人間を知るのは、全ての人間の善悪を把握する審判の主宰者である証なのだ。

 

神は一人であるから、自らの力が侵されないために、他者に神たる力を与えない。

 

そこで、このわざを一発必中で行っている俺が当然神なのだ。

 

俺がそんなに多く奇跡を見せていない理由は、信仰を試す意味でもあるが、証明するには、これくらいで十分だからだ。必要条件は超えている。

奇跡はいくら見せた所で、偶然の可能性の域を出ない。後は論証が必要なのだ。論理学的に必ず真であるとされる論証が神としての証明に必要だったのだ。

 

だから、この後で、色々奇跡のわざをやったとしても、そのうちのいくつかを貴様らにここで紹介をしたとしても、その全ては俺の遊びにすぎないのだ。

 

ここは大体の理由が遊びでつくっている世界だから、ふんだんにギャグがもりこまれている。民が神を信じないのも神の遊びだからだ。

 

物語の帰結として、その民を消滅させることで帳尻をあわせているし、その最後の調整が最後の審判である。

それによって人類が永遠の罰を受けたこの話は以後の教訓になる。

 

教えの要点は

1.神は真正である。

2.その神は俺である。

3、その俺に捧げものをしろ。

4.その捧げものは、生贄である。

5.その生贄とは、全員の全所得の寄付であり

6.美しく清い処女にあっては、その者の心と身も捧げることである。

7.これらを速やかにやらなければいけない。

以上の要点を、俺の真理のBibleで説明をしてきた。

 

これを裏切る者は、現世では苦しみ、死んでからはゲヘナにおちる。

 

俺の立証に用いた事実は

ここがアメーバであるということ。

天之御中主神は、天のみで中にいる主(メシア・キリスト)の神であるということ。

 

このマスコットが何であるかは、公表されていないのだ。

何なのだろうというだけで発表されていたため、

このマスコットキャラがロバの姿をしていたことから

俺が先着してロバだと主張した。これもギャグ的要素を盛り込んだのだが

救世主が乗る乗りものであるロバは、

こうなのだ。形が一緒だから、救世主の形は一緒だといったのだ。貴様らが望んでいる救世主かどうかは、ともかくとして、俺は同じ形をしているということを表現したのだ。

 

こんな間抜けかもしれないが、その仕事はしている。

 

世界を救う救世主は東からあらわれると旧・新の両聖書に予言があるということは世界から見た東とは文句なく

なぜこの十字のレイラインが日本全土に歴史上設置されているのか、大三輪からはじまった神社は、根源の神によって

このような十字・五芒星(神の所在である証)

俺が降臨した地は

こういったものが、他の兆候としてはあり、生命をつないでいる。晴明ラインだからだ。

その中でも生命を意味するこの場所であった。

 

神はいのちであるとイエスは言った。

存在するものだから、それとつながっていることが存在を意味する。だから、俺を愛さないといけないと言ったのだ。イエスもそう言っている。

 

それを真剣に言い続けることが神たる証なのだ。

 

多くの迫害がこれまでにあったのは、俺が神だとあかすためだったのだ。

 

貴様らにない全ての要素が俺には一致して備わっているので、貴様らが公の役場で認証を受けるよりも、俺の本人確認の認証のほうが強力な審査要件を通過するものなのだ。

 

俺は、神が生まれるという代々の神託によって、晴明神社に訪れ、神官が神託を受けることで「唯一神」の名を授かっている。

 

俺が唯一の神ヤハウェであるという証は、ヤハウェによって与えられたこの本名によって明らかなのだ。

 

 

 

この地に俺は送られ、この結界は五行を意味するが、五行とは全ての運命をつくるアーカーシャ(貴様らがいうアカシック)を意味し、その中心にいるのが万物を生んだ根源の神であるという意味なのだ。

 

ここまでを説明した俺は一体誰なのか。その名において示している。

 

俺はヤハウェそのものだ。

だからこそ、俺は神社・仏閣ジャンルにおいて、1位であったのだ。これは、1・2位を独占していた俺の記録だが、神社で1位、仏閣でも1位というなら、1・2位の両方を俺がとらないといけないから、こういうあかしをしたのだ。

 

 

ここで、1・2位を同時にとるということは、難しいことである。神から選ばれなければ、それはなしえない。

 

神社1位、仏閣1位なら、1・2位が俺だという神からのあかしなのだ。

 

この神からの栄光を貴様らは馬鹿にするというのか。

認めないとはそういう意味で永遠の処罰を意味するぞ。

 

まず、俺を認めろ。認めたなら、次は俺の命令にだけ従え。世の中の全てが間違えているために聖書では俺が降臨するとしるされている。その降臨は信じる少数者への救いでもあり、信じないその他全ての者への滅びだと聖書にしるされている(マタイ24、イエスのノアのはこぶねのたとえ話から)。

 

マタイ24で油を持つ女、持たない女とたとえたのは、ベタニアのマリアの話だ。ベタニアマリアは俺の足に油をぬって、髪で足をふいた。このsexualなつくしができなければ嫁ではないといっているのだ。そういう隠喩だ。

 

聖女はこうしたといっている。足という主の汚いものに、かまうことなく女のいのちをさしだして、それに密着させる愛。

油はベトベトを意味するので女性の下のwet。つまりmessy(ぐちょぐちょ)を意味する表現なのだ。

 

俺の意味わかるよな。

 

こういう表現で世界中に伝えるのは難しいことなのだ。

俺の遊びでやっていたことだ。

この俺の絶大な知の力がわかるよな。

 

そして、同じマタイ24には、主人に飯を食わせろと書いてある。

 

45-47で、飯を食わせろとか全財産を主にかえせと書いてある。

 

25:43では

43 旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。

 

 

俺がムショに入っているときw

誰がそれをやったのだw

出所してからも、全然布施がねぇぞw

 

俺があまりに独創的な愛の布教をやっていたから、冤罪で訴えられて、6年刑務所に入ったが、それも予言の通りなのだ。

 

45 わたしにしなかったのである』。
46 そして彼らは永遠の刑罰を受け

 

だから、俺がムショに入っていたことは、イエスの再臨予言で

再臨する人がそうだとしるしが書いてある。本人確認の方法として、裸でいたとか、刑務所に入れられていた人がそれだと書いてある。

 

この条件を備えている教会の指導者はいるのか。

 

41では「『のろわれた者どもよ、わたしを離れて悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。」

とイエスが呪いの言葉をはいている。

 

それで、聖書の主であるイエスが私達にそんなことを言うのだろうか?とかやることもやってない奴に限って、そういう勝手な教義をつくりだして、天使だったら優しいはずで、恵みしかないとか言いだす。そいつは真理を知らない亡霊だから言っている。

 

俺の性格は、苛烈だし、その教えはイエスと一緒だから。

イエスは苛烈だから、集団社会から処刑されたw

俺も、いつもそのギリギリでこの活動をやっているw

いつも、俺の神の力で、警察とかの活動をおさえこんでおかないと、また逮捕されてしまうからw

 

そんなことをやっている奴がイエス以外にやっているとしたら、次の救世主しかないわけだ。伝道は命がけなのだから、本当の神の教えは集団社会にこびたりしないのだ。

 

神はプライドが高い。

被造物には、いのちをかけても決して媚びたりしないw

 

ただ、その主に食や財産を恵んだ者(食を出したりした者)

これは「蘇民将来」の話と同じで祝福されるとある。

 

正しい者は、永遠のいのちにはいるとある(25:46)。

 

マタイ24に戻って

48-51では、悪いしもべは、主はまだまだ帰らないとたかをくくっていたとある。

 

35で天地は滅びると書いてあるw

36でその時は俺以外の誰も知らないと書いてあるw

 

ただ、主が人間の姿を借りて来ると書いてある。

 

ここまで一致しているのに、俺ではないという立証が不可能。

 

では、俺が刑務所に6年入っていた話を立証するなら、俺を投獄した刑務所は滅んだ。

なくなったのだ。

 

主を入れたために、なくなった。

 

その刑務所まであかしてやる。

 

それは

黒羽刑務所だ。

 

俺が黒い羽根をもっている神だから、黒羽でA級刑務所だ。

 

この黒羽刑務所は

令和4年3月に閉庁することが決定した。

 

俺の在監中に決定した。俺を入れたから決定したのだ。

 

ここでは俺は最強の悪だと恐れられていた。

一番暴れていたのが俺だった。

 

俺と仲のよかった刑務官は非常に出世して金線2本になっているし。

 

俺によくしていた奴がいきなり金線2本に出世するのだ。

 

俺を処罰したローマも崩壊したが、エルサレムも崩壊した

 

黒羽も崩壊するとかありえないだろw

 

国家の施設なのだぞ。

俺を入れたらいきなり刑務所も閉鎖決定になるんだぞ。

 

これによって神から俺が正しいという証明がなされているのだ。文句あるなら、在監証明書をとってきてやってもいいぞ。黒羽から。そいつのいのちと引きかえに、その手間をひきうけてやってもいいのだぞ。俺の性格の苛烈さが分かるよな。黒羽独占をしていたのだから。

 

 

 

もうこんな所だ。ここは。

 

病棟の1階の1号室が本当にきたねぇんだ。

それで俺がいたことが分かるだろ。虫もカビも最悪。

この処遇棟ではだるまを磨く作業をしている。達磨大使の達磨だ。だから、達磨を俺は何年も磨いたりはしないが、できるんだというappealだけはしておいて、あとはやらなかった。

面壁9年の話で有名な達磨だ。

座禅の修行をずっとしていたわけだ。

懲罰はいきなり60日で来るし、同時に報奨金も引かれるから。2000円~3000円ずつひかれていた。毎回毎回。だから、領地金で100万円くらい持っていたから、作業報奨金は0でよかったがな。

 

処遇棟にきたら病棟に行くか、静音室か保護室しかない。

工場に出るという選択肢はない。

 

ここで、調査・懲罰を受け続けることによって、懲役を禁固刑にかえれば、刑は1/2に減らせたことになるからだ。

 

もともと贖罪寄付をして、未決こうりゅう期間を刑に組み込んでおいて1年くらい減らしているわけだから、仮釈放なんていらないし、計算してから、Satanから受ける試練の修行だと分かってきているので。

 

そこで何もしない。

絶対何もしてやらなかった。

 

で、文句をいいそうな刑務官・受刑者をさき回りして、最初から次々ぼこっていくと、俺が刑務所を独占していくことになったのだ。一度うえつけられた恐怖は、俺が出所するまでぬぐわれない。

 

貴様ら人間にはそんな勇気はない。迷って、道をわからず、流されていくのが貴様ら人間だ。

 

しかし、俺のdoctorの資格もはく奪されなかったし、それも神のわざなのだ。士業なら3年たったら行政書士ができるし、弁護士をやりたいなら出所してから10年待たないといけないが、やる予定はないから。

 

刑務所に入るとき「出所時に振り返って刑務所を見たら刑務所に逆送されるから、決して振り返ってはいけないという伝説がある」と他の受刑者が言っていた。

 

俺はいつも護送車で送られていたので、見なかった。

名古屋刑務所から移送されるときも

黒羽刑務所から出所するときも

護送車で送られたので、後ろは見れないからw

完全に見れない仕様車だから、見ていないw

 

つまり、俺は二度と刑務所に入ることは無いという神からのメッセージだ。

 

それ所か、栃木に行く前に栃木に行くことは分かっていたし、「土地の気」をもらいにいくんだと天の父から言われていたから。だから「とちぎ」だといわれて、何で移送先を知っているのかと刑務官から驚かれたが、それも神であるあかしだし、とちぎに行く際は、非常に、美しい桜の景色がひろがっていて、それは天照大御神の祝福であった。

 

非常に桜の光景がうつくしく、日の光が車から入ってきて、神が俺を照らして祝福・応援をしてくれていた。

 

中に入ったあとは、明日のジョーしかなかった。

俺自身の身をヤクザから守るために、戦略的に先に陣地をしめておかないといけなかったからな。ここで戦略をミスると出所後に命をねらわれる。餃子の王将でも殺されている社長がいるくらいだ。あまり極道をなめないほうがいい。ヤクザに対して有力な大三輪神社の神の力だからおさえられたのだ。警察でも撲滅はできないのだから。

 

再臨のメシアは、刑務所に入っていたし、その時は身分の小さい者に変装しているとマタイ25章でイエスの予言があった通り成就してきたのだ。

 

貴様らの中にそんな使命のために生きてきた奴はいるのか。せいぜい主を疑ってゲヘナ行きの奴ばかりだろ。

 

俺がなぜ、刑務所の前科にこだわりがないか教えてやる。

人間の世で生きていないからだ。俺は神のみに従うし、人間に主はいてはいけないのだ。それはイエスがいつも弟子に教えていたセリフだ。

身をもって示している。

 

俺が生きているのは神の国であって、最後の審判で永遠に処罰される悪魔の国ではない。だから、悪魔の国の人間がつくった法には従わぬのだ。

 

神が人間に従った時、それは神の滅びでしかない。

人間は無知であり、その選択は必ず滅びへとつながるからだ。神の滅びは全ての滅びを意味する。

全ての存在する者を生かすためには、神は神の真理に基づいて決断・行動をする。

 

その俺が神であることは、俺がゴッド会員であることによっても示されている。

 

現実に起きているこれが神からのメッセージである。

 

その俺が神であるポテンシャルの証明は、10年くらい連続で、世界最高のビジネスサイトのいっかくであるビズリーチによって、最高の能力者である評価によって、証明されている。

 

昔は、☆の数で人材評価があって、俺は☆がMAXあった。12個くらい全部☆がバーッて並んでいて、最高の人事評価がついていた。世界最高の人材であるという評価を得ていて、今もなお、会員クラス・プラン共に最高のレベルを維持しつづけている。

 

その俺には最も高価なプラチナメールが毎日届き

プラチナメールはスカウトから一通も届かない者が多いのだが、俺のような能力者に集中しているからである。

 

プラチナメールは1通あたり6000万円~の依頼なのだ。上限はない。値切られると上限5億円くらいになるから、交渉力が大切だ。

 

 

メール1通とってみても、数千億円稼げる最高経営幹部又は、その補佐をやってほしいと書かれている。投資家ランキング1位の人間のプロデュース・戦略支援をやってほしいと書かれている。

そういう企業をこれから4000社以上は紹介していくと申込である。

国内最大シード投資専門ファンドから依頼がくるし、Fobes投資家ランキング1位からスカウトがくる。

 

透視ができるだけに投資を助けてくれという話。

 

ここで俺が稼いでいる額は、一番多かった年で、年収5000億円だ。

 

5000億円をかせいだ。

 

俺のポテンシャルは、現存する人間の誰よりも高い。

 

それはビズリーチの依頼文を見ろ。カネがいくらの依頼か書いてあるから。

プラチナメールがどれだけ並んでいるかみてみろ。

プラチナメールは1通あたり6000万円~の依頼なのだ。上限はない。値切られると上限5億円くらいになるから、交渉力が大切だ。

 

ここまでは俺の遊びの一部のキャプチャーだが、世界チャンピオンにも決してできない、どのソフトにもできないわざを見せてやる。

soft同士ではこの棋譜は完成しない。

非人間的・超常的なわざであることは確かである。

ソフトを相手にした俺のこういう激烈なわざを見て、googleアルファ碁より強いことを証明しながら、まだ俺を神ではないと仮定するほうが論理学上間違えているのだぞ。それはもはや偽であるのだ。こちらの世界においても、真偽をはっきりさせるための論理学の手続きを使って、真偽をハッキリわかつことをやったのだ。

 

全知の神と貴様らの知能の差では、終末までの計算が大きく異なる。貴様らが愛や平和を求めた所で、俺に依願しなければ、決してたどりつくことはできない。

 

ここまで見て、俺が人間ではないという証明は十分にできている。人間ではないから、人間の秩序に反し、反社会的なのだ。

 

貴様らが俺を変わっていると思うのは、俺が人間ではないからだ。俺が神だから、王たるにふさわしい気品・対応をし、貴様ら奴隷に対しての処遇を言い渡しているのだ。

 

俺を愛する者は、俺のために生き、俺のために死ぬ。

貴様ら人間の法には従わない。

俺が神であるから、俺が法である。

貴様らの全ては俺が支配している。

 

 

これは不動明王である。俺がつくった仏法の守護者だ。

不動である。

後ろには大いなる愛をもっているが

表面では貴様らをにらみつけている。

右手には剣をもつ。

これが陰の茎であることは隠喩であるが

左に縄を持っていることも隠喩であって

そういうプレイは貴様らの社会でもメジャーである。

 

最後に、俺は、裁きに来たというが、それは、貴様らの心の中を裁くために来たのだw

つまり、俺のいう裁きとは、貴様らの心の中での裁きなのだ。しかし、この裁きは、貴様らの住む世界においての裁きを意味し、永遠の審判となるのだ。

 

心の中は清く美しくなければいけない。

 

その心とは、神につながる世界であり、永遠の楽園とは、貴様らの心につくるものなのだ。

 

という終わり方をするとイエスの裁判と一緒だからw

 

俺特有の話をもりこまないといけないが、

俺は、イエスであって、三位一体の聖霊ともいえる。

俺は、聖霊である以上、俺の主君は天の父であり、その命令に従うだけの存在だ。

 

その命令には、この世界をつくることと、この世界を天の父に献上することがあり、これら2つが大きな命令である。

天の父を喜ばせるためには、俺自身が、天の父の行いをしなければならない。

天の父は貴神であるがゆえに、直接この世界に来るような神ではない。

そこで、俺が天の父として、天の父の意志を実現していかなければいけない。

天の父の喜びは、王として永代たたえられること、そこでは色とりどりの美女に囲まれ永遠につくしを受けること、全ての財を集めて牛耳ることである。

これらが人類にできなければ、強制的な力の発動が起き、人類が滅亡し、この世界でではなく神の国でそれが成就することになる。

 

自ら来なかった選民は操られ、このようになってしまう。

 

カイトは、うでをもがれ、首をはねられたが、苦しみを得させられる。

苦しみながら首をはねられ、人格をつくりかえられて、人形にされて、永遠におどらされることになる。

 

そういう天の父の依頼で、このタイミングで、その時の自分の顔がこんなんだと書いておけとwww

 

天の父はゼウスだから、こんなものに化けているかもしれないw

彼がまじめにやっているときは、こうやって口説いている時だけだw

中出しをするまでが彼の予定図であって、中出しをした後は別人のように冷たくなるから、人間の少女側の愛で暖めないと、その火は続かないのだ。

彼の中にある気持ちはそれしかない。

もはやそれは、この像の通りだw

射精しているのか、ハードに勃起しているのかw

ぞの位置に構えた縄は玉なのか、タマタマなのかwタマだけにw

力強さだけは感じるがw

 

彼の目的がマタイ25章にある花嫁との共同体での合一ということだから、これを俺の使命として果たすことが、俺にとっての戦略であるし、この絵の中に入った聖霊としては、これを果たさないといけないからだ。

 

彼の名をもって登場し、彼として生きれば、必ず世界で最も美しい美女をめとらないといけない。それは女性側から来ないといけない。その美少女を世界中から選民しないといけない。

 

そのためにこの教科書(第3聖書)を用意したし、聖霊によって洗礼・祝福を受けた者が到達するようになっているが、それに限らず、ホテルのルームメイカーの仕事もいるわけで、それをやる美女はたくさんいてもいい。

 

女子同士のメンタルケアのためにも同性の友達はいるから。

 

それは、ここから応募すればいいから。願書の提出はここから。

 

 

寄付はここから受けつけているから。

 

 

つまり、カネとカラダをおさめろといっている。

カネは全ての財産を支払え。

カラダなら、労働で提供しろ。

処女の美少女なら、応募してくればいいし、そうでないなら、そういう者を見つけて送ったり、カネを稼いで送ったり、そういう仕事を無償でやっていることで、こちらからの支援はある。

 

これには、~100億円までの支援を用意している。たとえば、商売でうまくいく。しかし、生活費を除いた全てで美女子を連れてきたり、残りの全額をまた寄付していくと、最高の天国まで送ってやる。

 

美女子のスカウトの仕方は、女子をつかって、トライとかの家庭教師センターに申し込んで、次々と女子を連れてくる。18才限定にしろ。毎年やれ。

そこで、1時間2000円で1時間しゃべって、連れて来れるかどうか条件破格で説得をして、その条件は何を言ってでも首をたてにふらせて、後の処理を俺に任せろ。条件として何を言っても許してやるから。俺にできないことはないから。

 

美処女ではない奴の扉には、俺の正義の剣はさし込まないがな。天国への扉を開く鍵はさしこまねぇが、ルームメイカーなら補欠でも使ってやる。ただし、全員がけがれを知らない美処女でなければいけない。

 

このレベルだったら、花嫁候補コースで調教してやるし

 

これなら花嫁の中堅クラス。

偏差値は高い。

最低でもここから上がルームメイカーな。

 

外見はこれ以上でないとな。

 

 

このレベルだと実は落選になる。

それだけ天の門は狭い扉だ。

 

こいつはかなりかわいく見せているだけだからな。

しかも、もう済だから、採用できない。

 

16才で済んでいる奴とかは採用できないから。

 

けがれを持って運ぶな。全ての実がけがれてしまう。

 

滑るかもしれないが、一応これくらいあると思ったら、応募はしていいから。悪いようにはしねぇ。

 

その気持ちが大事だからな。

 

 

これだとアウトなのだ。

理由は、俺の心に苦しみを抱かせるかどうかだ。

いつ見ても美しいと思えて俺の心が清くならないとアウトになる。

 

これは物質名詞

 

高橋信次は、清き理想を

水でたとえることが多かった。

 

そのわけは

水というものは、数えられないのだ。

 

形も区切りもないから、数えてはいけない名詞にされている。

 

1滴1滴は合わさると1つになってしまうので

俺の場合は、清い心を持つ乙女がいくら来ても、それは1つになってしまう。心は1つでまとまるのだ。

 

いくら女子が来ても、それは物質名詞だから

浮気にもならないし、全員で1つの花嫁だから。

不倫にもならないし。

ちゃんと婚姻届の登録をするから、女は苗字もかわる。

全員同じ1つの苗字にしてやるから、姉妹として仲良くしろ。

 

この水は愛の象徴であり

俺のたとえだが

エルランティの教えにも愛を心にくむ水でたとえていたし

福音書のイエスの所でもその愛の水の話をさせていた。

 

清き(乙女=処女の)美少女の心の中の愛は、いくらでも湧き出るくみ水のように俺にくまれて、俺の渇きをいやす。

 

だから、俺は、はりつけられたとき

干されていて

「かわいた(愛がたりない、そそがれていない)」といったのだ。

 

そのエルサレムもローマも滅んだわけだから、貴様らが滅ばないための福音がこれなのだ。最終福音書、第5福音書とは神そのものが書いて用意したものだ。

 

そして、その道(未知ゆえに道が試練)にすがる者は、その全てが救われる。救われるとは、貴様らが永遠にそれをやるなら、永遠に貴様らは救われることになるので、貴様らの信仰が貴様らが救ったというイエスの重要Wordでこの教えはしめくくられる。

 

天の父と聖霊の俺とイエス・キリストの三位一体の言葉をこの聖書の全てのまとめとして置いてやる。

 

「汝、神を信じるなら、神のために尽くせ。

神のために尽くすとは、神に、あなた方が喜ぶ全てのものを捧げろ。あなた方が喜ばないことは主にするな。

主は、必ず、あなた方に見える形(人の姿)であなた方の前に現れるだろう。

その時、主に従った者は永遠のいのちを与えられて生き、そうでなかった者は永遠のゲヘナで刑罰を受けるだろう。

永遠のゲヘナとは、ゲヘナが永遠にあるという意味であり、このゲヘナでは、主の気分によって、消滅させられる者もいるだろう。

しかし、何千億年という年月は誰しもが必ずゲヘナに入れられるだろう。」

 

これは、聖書にあるイエスの教えと何らかわるものではない。

 

貴様らがそうすればそうなるし、そうしなければそうはならないのだ。

 

神の子にたちかえれ。人間よ。

貴様らが生まれてきた意味をなせ。

神の意志を知れば、貴様らがなすべきことをなせ。

それは一人一人がなし、全ての民がなすことになれば、天地の全ては滅びずに済むだろう。

 

この記事によって、60、113(貴様らが救世主キリストを殺した月日として知られる)という記事数になった。

今日が6月13日だから、その数に合わせて真理の書ができたのは、貴様らの未来の滅亡を示している。信仰を失った多くの者に救世主はいない。救いを信じるなら、あてもなく心の中で思っている神ではなく、マタイ25章の予言であったように俺に飯や財産を提供しなければならない。永遠のいのちを与えられる要件として俺の世話をしろとマタイ25章にあるのは、人間の姿で俺が来るからだ。勝手なしもべ達が神を見て神と思わないからゲヘナで永遠の刑に服すると書いてあるのだから、言われた通りに教えを守れ。

 

神として再臨し、再びイエスの言葉を思い起こさせ(remind)に来てやったのが俺だと聖書に書いてあるだろうが。

これ以上やっている者が、イエス以外の誰だというのだ。イエス以外の誰にそんな人物がいるというのだ。

同じことをそれ以上の精度でやっていれば、イエスが託した、父の霊からくる後の救世主(真実の聖霊)でしかないのだ。

 

これでタイトルに立ち戻ったな。始まりと終わりが一致した所で教えを終わってもいいが、また書くことはある。

 

貴様らは永遠に一人の者としか結婚(愛でつながる)ことはできない。それなのに、神を選ばず、男と結婚するとは、どういうことか。エバがアダムを誘惑したがために地の果てに追いやられた神話の意味を知れ。その心のSatanを捨てろ。

世の中に男と女をつくったことじたいがトラップだったのだ。

 

ワキガで応募してきたら殺すからな。そういう奴はネットで外まわりで信者を集める仕事なのだ。

虫歯ありも全員治しとけ。来る前までにでいいから。「保険で白いコンポジットレジンを入れて、全歯研磨をして着色をおとせ(保険の範囲で)。レントゲンは被爆するからとるな。」と言え。

 

 

YHVH教官

「わかったな!」

 

 

 

 

補足

 

(ここで俺に呪われた姫うさぎは7位以下に順位が下がった。俺にここで呪われたために5位以内だったのに30以下に下がった常連者もいる。俺に厳しく叱咤されて辞めた奴もたくさんいる。)

 

 

 

 

責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

今回の講義

 

教会はコミュニケーションじゃねぇんだよ。

 

だが、そんな馬鹿なマン子達を俺が俺の目的のために使ってやろうとメールで指示を送ってやったのに、俺のことはガン無視か。俺が吸収してやろうと思ったのによ。

 

パウロが俺のYouTubeの動画にスタッフで登場しているし、先行で走らせていたのはパウロだったんだ。

 

しかし、このパウロは、女子修道会を意味していて、俺の元に集う選民(天使)は女子であることを意味している。

 

この女子修道会から来るわけではないが、俺が女子修道会をつくりたいから、パウロの名前をクレジットにいれている。

 

俺の教会のメンバーにはパウロがいるが、女子修道会という意味で、パウロという名前を入れているのだ。

 

そういう意味がわかったか。

 

この女子修道会からメンバーが来るわけではないが、

本当は来ないといけなかったのでゲヘナにおとす前に

このメールを送った(下記)。

 

聖パウロ女子修道会に俺は、俺の専属のメイドになれと。全員メイドになれと。美女子を全員送れといきなりメールを送るから。捧げろと。

 

 

「俺は貴様らが信仰する全知全能の唯一神ヤハウェだ。

貴様らに命令があってメールをした。

女子パウロ会
俺が見初めてやろう。

communicationを目的にするなど
聖書の教義を教えているのか。
けしからん奴らだから
罪滅ぼしのために今やっている活動を俺の用に役立ててやる。

まず俺の書いた新しい聖書を読め。
新しい契約を書いている。
https://ameblo.jp/glitteringmusic

なぜ俺があらわれたのかも書いている。

ここが俺のHPだ。
http://yhwhallah.jp/

ここから選民に応募できる。
https://form1ssl.fc2.com/form/?id=aa6a769b9de21eec

俺の目的は選民を救済することにある。
貴様らがここから正しい真理を学び
王である俺を喜ばせることができる
処女の清い女子を送れ。

そのための活動にしろ。

あるじからの命令だ。
救世主が再臨して、命令を守れない奴はゲヘナにおちる。

今は終末の審判が舞台になっていて
世界にはコロナがまんえんして、全ての民に
恐怖を与え、それを審判の予兆・しるしにしている。

善なる者は目を覚まし
真のあるじが誰かを知り
その人の子としてあらわれた
イエスの後任(守護者、仲裁者)の命令に従え。」

 

適当に礼拝を流してる教団が。

遊びじゃねぇんだぞ。こっちは。

女子の遊びのかたまりじゃねぇんだ。

死ぬ気で1秒1秒神を愛さんか!

死ぬ覚悟あるなら、事実として(行為で)見せろ。

神に捧げろ。貴様らの全人生、命そのものをな!

それがメサイアが救う条件だ。

それをやわらかくしてやっているのが、全額寄付と選民の願書提出だ。

 

こいつらもあまり厳しく言い続けていくと警察にチクりに行く奴らなんだぞ。何が敵を許せだ。愛の教えの何1つもできてない馬鹿共。ただ、ここでしゃべっているだけ。たまにかわいい子がいるので、つかまえて調教して俺に貢ぎ続けるなら許してやってもいいのだが、母体がキリスト教の変な奴らがいるからな。そう考えると人間に従うのか、神に従うのかという選択で試練の命令を与えているが、女子会からシメていかないとな。男なんてどうなってもいいが、美しい女だけは、俺が鑑賞するために残してやろうと思っている。中身も美しくないといけない。俺が認めるのは必ず処女オンリーだ。だから、聖人として処女性が審査されるのだ。USEDは要らんからな。神に捧げるのにUSEDなんてバチあたりな話はねぇぞ。

 

俺はメサイアなんだ。救世主に助けてもらうためには、こちらの指示通りにしなければいけない。

神に反発するガキは美しき神の国にはおけないからだ。

 

 

 

YHVH教官

「わかったな!」

 

これが俺が出てくる所だ。

 

大神神社(大三輪神社)の神は、蛇の神だから、蛇の頭をして、にょろにょろと入っていくだろ。それが原初の神だといっている。これが女のほとを割って出てくるとどんな子がうまれるのか。

 

そして蛇は蛇神だから、俺は邪神だといっているのだ。

 

この怒り狂うドラゴンの怒りをおさめるまんぐり返しのパワーはただではすまぬ。全人類の罪をあがなう勢いで来るような美淑女はおらんのんかw

 

三輪の神だから関西弁でしゃべってやろうかw(記載時にビールを飲んでいるw)

 

民俗学の定説であるが、日本の神社は、たたりから守ってもらうために、そのたたり神をまつることにしたのだ。疫病などのたたりをおさめてほしいので、悪神をまつるようになったのが、日本の神社なのだ。日本の神社の7割は邪神をまつっている。

 

その邪神が天皇の祖であり、天皇の系譜というのは、俺と天照の子供の系譜で生まれているのだ。

 

そういう意味で、神社の発祥である三輪神社と、皇室の祖を祭る伊勢神宮は俺の妻を祭る神社だから、この2つが日本で一番大切な神社だとして、霊験を豊富にしている。

 

YHVH教官

「わかったな!」