【ショート】「港のある風景」 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


::: 追憶の向こう側 :::-ベンチ



学校をサボった。
これで二度目のサボり。

足を延ばして 大きな公園に来た。
目の前には、とても広い港。

低い柵ギリギリまで行き、小さく寄せる波を見下ろす。
目を凝らすと 魚が泳いでいた。

目を上げた先には、大きな船が行き交い、たまに汽笛が鳴った。

大きな船、小さな魚、小さな…自分。

学校や家の事… 生きる事に、ちょっとだけ疲れた。
出来る事なら もっと遠くへ逃げたい。
…ま、制服姿じゃ、補導されてお終いかな。



港を正面に見ている、長いベンチ。
平日だからか、人の姿も疎ら。

そうは言っても、こんな姿で長居は出来ない気がした。


『ねえ、ちょっと休んでいきなよ』


声のした方に目を向けるが、誰もいない。
“いる” とすれば、ズラリと並んだ、木製のベンチだけ。

通り過ぎようとしたベンチから、声がする…?
「まさか」 と思いながら、私は “声の無い声” に、心で答えた。


「長くいたら目立っちゃうでしょ?」

『少しくらい大丈夫だよ』

「…それもそうだね。 じゃあ座ろうかな」


ベンチの真ん中に座り、心地よい海風に吹かれる。
頭の上では 海鳥が鳴きながら飛んでいた。


『あなた、疲れた顔してるね』

「うん。…生きるって、難しいね」

『そうだね』

「全てが嫌になって、またサボっちゃった」

『良いんじゃない? そういう時もあるよ』

「へえ。叱らないんだ」

『ベンチが叱っても、説得力ないでしょ』

「あはは。確かに!」


この5年で、すっかり姿を変えた港。
橋も、海に突き出た高い建物も無かった。
栄えるのは良いけど、それが少し淋しく思えた。


『ここから見る景色、変わったでしょ?』

「そうだね。全然違う景色になっちゃったね」

『私は毎日見ているから、慣れた』

「毎日毎日、ずっと海を見てるもんね」

『海ばかり見てるけど、楽しいよ』

「そうなの? 変わっていく海が、寂しくない?」

『ううん。楽しいよ』

「楽しい?」

『港が栄えれば、街も栄えるでしょ? そうすれば、公園に来る人も増えるもの。
“変わる”って、昔の姿が消えて寂しくも思うけど、希望のカケラでもあるんだよ。
だから、私は嬉しい』


ベンチは 嬉しそうに、少し誇らしそうに、声無き声を弾ませた。


『毎日、たくさんの人が来るよ。
幸せそうなカップルや、喧嘩中のカップル。年配の夫婦とか、お年寄りとか。
あなたみたいに、悩みを抱えている人もいる。
声を上げて泣く人もいれば、静かに泣いている人もいるよ』

「あなたは、いつもそれを見ているの?」

『勿論。だって私は、ベンチだからね。どんな人でも、座って休んでくれるなら嬉しいよ』

「……私も、前向きに生きないといけないね」

『そうじゃないよ。無理に頑張ることはないの。“自分のペース”って、誰にでもあるんだから。
無理にペースを上げたって、疲れてしまうだけ。
時には、無理な頑張りが必要な時もあるけど、焦ったら良くないよ』

「うん。…うん。そうだね」


膝に乗せた鞄に、一つ二つ…と涙が落ちた。
少しの涙で、さっきまで塞いでいた気持ちが軽く、落ち着いていくようだった。

よし。
今から、学校へ行こうかな。


「ありがとう。…少しだけ、頑張ってくる」

『どういたしまして。いつでもいるから、また座りに来てね』


手擦りを撫で、立ち上がる。
歩き出して振り返り、もう一度声を掛けてみるが、返事は無かった。

「ボー」っと、海の向こうで汽笛が鳴る。


ふと…
汽笛の海へ、嬉しそうに手を振る ベンチの姿が見えたような気がした。




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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。(*・ω・)*-ω-)) ペコリ
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