秦氏 (はたうじ) 【前半】 

 

 

秦氏に関する人物

平城京跡出土の木簡に記述されている秦氏

末裔とされる氏族

末裔・枝氏は60ほどあるとされる[27]

松尾氏は、秦氏の末裔。秦氏は松尾大社、伏見稲荷大社などを氏神として祀り、それらは賀茂氏の創建した賀茂神社とならび、山背国でももっとも創建年代の古い神社となっている。秦氏の末裔はこれらの社家となった。

末裔を称する人物

脚注

  1. ^ 『新撰姓氏録』左京諸蕃
  2. ^ 上田[1965: 71]
  3. ^ 太田[1963: 4716]
  4. ^ 太田[1963: 4713-4716]
  5. ^ 上田[1965: 140]
  6. ^ 平野邦雄「秦氏の研究」『史学雑誌』第70編第3・4号、1961年
  7. ^ 直木[1988: 45,53]
  8. ^ 上田[1965: 71-72]
  9. ^ 笠井倭人「朝鮮語より見た秦・漢両氏の始祖名」『考古学論考』『古代の日朝関係と日本書紀』所収
  10. ^ [佐伯:1994 369]
  11. ^ 田辺尚雄『日本文化史体系』「奈良文化」章
  12. a b 関[1966: 96-97]
  13. ^ 佐伯好郎「太秦(禹豆麻佐)を論ず」( 喜田貞吉主宰『地理歴史 百号』明治41年1月収載)
  14. ^ 「又至竹斯國又東至秦王國 其人同於華夏 以爲夷州疑不能明也」(『隋書』「卷八十一 列傳第四十六 東夷 俀國」)
  15. ^ 大和岩雄『日本にあった朝鮮王国』白水社
  16. ^ 平野邦雄『大化前代政治過程の研究』吉川弘文館、1985年。中屋宗寿『民衆救済と仏教の歴史 中』郁朋社、2012年、261-262頁
  17. ^ 直木[1988: 45]
  18. ^ 太田[1974: 1016]
  19. ^ 太田[1974: 1017]
  20. ^ 稲荷神の由来となった秦伊侶具の出自について、『稲荷社神主家大西氏系図』に「秦公、賀茂建角身命二十四世賀茂県主、久治良ノ末子和銅4年2月壬午、稲荷明神鎮座ノ時禰宜トナル、天平神護元年8月8日卒」とある。
  21. ^ 西田長男『神道史の研究』第2巻、p86。雄山閣、1943年
  22. ^ 上田[1965: 143]
  23. ^ 上田[1965: 20]
  24. ^ 上田[1965: 20-21]
  25. a b 大江[2007: 271]
  26. ^ kotobank,デジタル版 日本人名大辞典+Plus。大江[2007: 222]
  27. a b c d e f g 豊田武『苗字の歴史』中央公論社、34頁
  28. ^ 関晃[1966: 103]
  29. ^ 伊藤信博「桓武期の政策に関する一分析(1)」名古屋大学『言語文化論集』 v.26, n.2, 2005, 8頁
  30. ^ 『古語拾遺』。関[1966: 105]
  31. ^ 『寛政重修諸家譜(第18)新訂』 続群書類従完成会、1981年、150頁
  32. ^ 『川勝家文書』 東京大学出版会、日本史籍協会叢書57、1984年、437 - 438頁
  33. ^ 太田[1963: 36]
  34. ^ 日前首相羽田爱穿中山装”. 中国国際放送 (2007年11月20日). 2018年4月19日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク

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