秦氏 (はたうじ) 【前半】
秦氏に関する人物
- 弓月君
- 秦河勝 - 聖徳太子に仕え、太秦に蜂岡寺(広隆寺)を創建したことで知られる。村上天皇の日記には「大内裏は秦河勝の宅地跡に建っている」と記されており、平安京への遷都や造成に深く関わっていたことが記紀の記述からも読み取れる。またほぼ同時代に天寿国繍帳(中宮寺)の製作者として秦久麻がいる。
- 大生部多 (おおふべのおお) - 駿河国の不尽河(富士川)で虫を常世神とする新興宗教を唱えた。秦河勝に討伐されたが、大生部多も秦氏の系統といわれる[22]。
- 朴市秦造田来津 - 白村江の戦いで戦死。
- 秦吾寺 - 蘇我倉山田石川麻呂の謀反計画に連座し処刑。
- 藤原葛野麻呂 - 母方の祖父が秦嶋麻呂で、秦氏は藤原北家と婚姻関係を持った[23]。
- 弁正 - 秦牛万呂の子で、次男が秦朝元。秦朝元の娘は藤原清成の室(妻)となり、藤原種継を生んだ[24]。
- 道昌 - 俗姓は秦氏。法輪寺を再興した僧侶で、恒貞親王に密教を教えた[25]。
- 慧達 - 法相宗の僧侶。美濃出身で俗姓は秦氏[26]。
- 賀美能親王 - 秦氏で、嵯峨天皇の乳母[25]。
- 法然(母が秦氏)
- 秦公春
末裔とされる氏族
末裔・枝氏は60ほどあるとされる[27]。
- 秦首、秦公、秦人、秦子、秦冠、秦姓[28]。
- 勝氏、忌寸氏、部氏[29]。
- 朴市秦氏(えちはた) - 近江国愛知(えち)郡。
- 内蔵氏、大蔵朝臣[27](漢氏と共通)[30]。
- 朝原氏、太秦氏、長蔵氏、長田氏[27]
- 惟宗氏[27]
- 長宗我部氏 - 信濃秦氏の秦能俊が土佐国長岡郡宗部郷の地頭となったため改姓。
- 川勝氏[31][32]
- 赤松氏[33]
- 東儀家
- 松下氏 - 松下氏自体は宇多源氏(近江源氏)六角氏の末裔を自称。庶家に花井氏がある。
松尾氏は、秦氏の末裔。秦氏は松尾大社、伏見稲荷大社などを氏神として祀り、それらは賀茂氏の創建した賀茂神社とならび、山背国でももっとも創建年代の古い神社となっている。秦氏の末裔はこれらの社家となった。
末裔を称する人物
脚注
- ^ 『新撰姓氏録』左京諸蕃
- ^ 上田[1965: 71]
- ^ 太田[1963: 4716]
- ^ 太田[1963: 4713-4716]
- ^ 上田[1965: 140]
- ^ 平野邦雄「秦氏の研究」『史学雑誌』第70編第3・4号、1961年
- ^ 直木[1988: 45,53]
- ^ 上田[1965: 71-72]
- ^ 笠井倭人「朝鮮語より見た秦・漢両氏の始祖名」『考古学論考』『古代の日朝関係と日本書紀』所収
- ^ [佐伯:1994 369]
- ^ 田辺尚雄『日本文化史体系』「奈良文化」章
- ^ a b 関[1966: 96-97]
- ^ 佐伯好郎「太秦(禹豆麻佐)を論ず」( 喜田貞吉主宰『地理歴史 百号』明治41年1月収載)
- ^ 「又至竹斯國又東至秦王國 其人同於華夏 以爲夷州疑不能明也」(『隋書』「卷八十一 列傳第四十六 東夷 俀國」)
- ^ 大和岩雄『日本にあった朝鮮王国』白水社
- ^ 平野邦雄『大化前代政治過程の研究』吉川弘文館、1985年。中屋宗寿『民衆救済と仏教の歴史 中』郁朋社、2012年、261-262頁
- ^ 直木[1988: 45]
- ^ 太田[1974: 1016]
- ^ 太田[1974: 1017]
- ^ 稲荷神の由来となった秦伊侶具の出自について、『稲荷社神主家大西氏系図』に「秦公、賀茂建角身命二十四世賀茂県主、久治良ノ末子和銅4年2月壬午、稲荷明神鎮座ノ時禰宜トナル、天平神護元年8月8日卒」とある。
- ^ 西田長男『神道史の研究』第2巻、p86。雄山閣、1943年。
- ^ 上田[1965: 143]
- ^ 上田[1965: 20]
- ^ 上田[1965: 20-21]
- ^ a b 大江[2007: 271]
- ^ kotobank,デジタル版 日本人名大辞典+Plus。大江[2007: 222]
- ^ a b c d e f g 豊田武『苗字の歴史』中央公論社、34頁
- ^ 関晃[1966: 103]
- ^ 伊藤信博「桓武期の政策に関する一分析(1)」名古屋大学『言語文化論集』 v.26, n.2, 2005, 8頁
- ^ 『古語拾遺』。関[1966: 105]
- ^ 『寛政重修諸家譜(第18)新訂』 続群書類従完成会、1981年、150頁
- ^ 『川勝家文書』 東京大学出版会、日本史籍協会叢書57、1984年、437 - 438頁
- ^ 太田[1963: 36]
- ^ “日前首相羽田爱穿中山装”. 中国国際放送 (2007年11月20日). 2018年4月19日閲覧。
参考文献
- 太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店、1963年
- 平野邦雄「秦氏の研究」(『史学雑誌』第70編第3・4号、1961年、『大化前代社会組織の研究』吉川弘文館、1969年所収)
- 上田正昭『帰化人』中公新書、1965年
- 関晃『帰化人』至文堂、1966年
- 豊田武『苗字の歴史』中央公論社、1971年
- 太田亮著、丹羽基二編『新編 姓氏家系辞書』秋田書店、1974年
- 司馬遼太郎、上田正昭、金達寿編『日本の渡来文化』中央公論社〈中公文庫〉、1975年
- 直木孝次郎『古代日本と朝鮮・中国』講談社学術文庫、1988年
- 大和岩雄『秦氏の研究』大和書房、1993年
- 佐伯有清編『日本古代氏族事典』雄山閣出版、1994年
- 中村修也『秦氏とカモ氏』臨川書店、1994年
- 加藤謙吉『秦氏とその民』白水社、1998年
- 笠井倭人「朝鮮語より見た秦・漢両氏の始祖名」『古代の日朝関係と日本書紀』吉川弘文館、2000年
- 大江篤『日本古代の神と霊』臨川書店、2007年
関連項目
外部リンク
- 秦氏考 (日本語)
- 「日ユ同祖論 の謎」 (「ヘブライ人渡来説」の研究) (日本語)
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