これは非常に大事なことです。
外側の環境や他者だけを見ていたら、それだけが基準となり、環境や他者に従うしかありません。
自分というものが無くなります。
他者に従うロボットと同じです。
自分の人生を生きることができず、他者のために生きることになります。
自分を抑圧している人は、自分の外側だけを見て、自分の内側を見ていません。
そのような生き方をしていると、自分が何を望んでいるかすら分からなくなります。
何のために生きているのかも分からなくなります。
人は皆「自分の幸福のために」生きているのです。
それはワガママではなく、生命全てに備わる生まれつきの本能なのです。
他人を蔑ろにして自分の好きなように生きるということではありません。
まず、自分のために生きて、自分を尊重し、自分の生活を立てなければ、本当の意味で他人を尊重することもできないのです。
他人を尊重しながらも、自分の幸福のために生きることは可能です。
ただし、無条件に他人を尊重するわけではありません。
あくまで、自分の幸福のために他人を尊重するのです。ですから、尊重する価値のない、むしろ毒になるような人間は遠ざけることも必要です。
他人を尊重するのが無条件に正しいわけではありません。 他人に迷惑をかけたり、他人を不当に利用しても何とも思わない、どうしようもない人間も残念ながら存在します。そのような人間の被害に遭わないように自衛することも必要です。
まず、自分のために生きることが、エネルギーを生み出すのです。心の平和と心の健康を作り出すのです。
その土台を創らずに、他人を尊重しようとしても、良い結果は生まれません。
それは他人への尊重ではなく、他人を基準にして生きることで、精神的に他人に支配されているだけです。支配されると「恐れ」が生まれます。自分の恐怖を解消するために他人に従属しているに過ぎません。
それは相手のことを考えていません。自分の身を守るために厭々、相手を尊重しているふりをしているだけです。
そして、そのような弱く卑屈な人間は、他人から尊重されることもなく、踏みにじられることでしょう。
あなたが自分で気づかなければなりません。
誰もそのことをあなたに指摘してくれません。
他人にとって、あなたは便利な存在だからです。
社会的にそれが正しいと称賛すらされるでしょう。
でも、あなた自身が自分のために生きていなければ、なんの意味もないのです。
あなたが他人を尊重するのは自分の幸福のためですか?
それとも、自分の中にある恐れを回避したいためですか?
同じ「相手を尊重する」行動であったとしても、その動機が違えば、まったく別の結果をあなたにもたらします。
外側だけを見て、自分の内側を無視して生きるのは、自然な生命の在り方を無視した不自然な生き方なのです。
外側だけを見ず、まず自分がどうしたいのか、どうありたいのか、どんな人生を生きたいのか、自分の内側に目を向けて、それを大事にしましょう。