あなたという存在は思考に従うものではない。
本来のあなたは、思考を支配する存在なのだ。
何について考えるか。
何に注意を向けるのか。
五感から受け取った情報をどう意味づけするのか。
どんな方向に思考を発展させていくのか。
あなたがどんな思考を発生させるかを、根源からあなたが支配できるのだ。
あなたがどんな思考を選択しようが、なんの制限もない。すべての思考は、あなたが自由に選び取ることができるのだ。

思考とは、物理世界でより生存率を上げるために進化した脳機能に過ぎない。
あなたは、その思考という道具をどのように用いるかを支配している。
もし、自らや他人を傷つけ、苦しめているとしたら、それはあなたが思考にそう命じているからだ。

思考という道具は、物理世界でのあなたに幸せや富をもたらすことにも使えるし、苦しみや貧困を生み出すこともできる。

思考自体に善悪を判断する力はない。
ただ、あなたが思考の支配者であることを意識せずに、ただ過去の習慣に従って思考を野放図に巡らしていたら、あなたの思考はコントロールを失い、思考という道具は方向性を見失ってしまう。

思考は道具であるとお伝えしたが、包丁を例にとってみよう。
包丁という道具は、おいしい料理を作ることもできる。自分や周りの人に幸せを与えることもできる。
しかし、その刃を自らに向ければ、自分を傷つけてしまうだろう。
包丁がよく切れる性能の高いものほど、料理にも役に立つし、自分に向ければ破壊力も増してしまう。
ただ、普通、包丁を自分に向けて使う人はいない。
それは包丁という道具の使い方を知っているからだ。
もし、包丁の機能や有効な使い方を知らなかったら、自分に刃を向けてしまうこともあり得るだろう。
思考という道具もそれと同じことだ。
使い方を知らなければ、自分を傷つけてしまうことも当然ある。
包丁という道具が悪いのではない。使い方を知らなかったことが原因なのだ。

包丁で自分の体を傷つけたら、痛いし恐怖を感じるだろう。だから次からはそんなことはしなくなる。
しかし、思考は目に見えない。五感で間違っていると確認できない。
だから、ずっと包丁で自分の体を切り刻むというようなことを繰り返してしまうのだ。
でも、思考という道具を間違って使っていることを知ることはできる。
今のあなたの人生、あなたの境遇が不幸だと思うなら、もしくは幸せだと感じられていないのなら、それがあなたが思考という道具を誤って使ってきたことを表しているのだ。

せっかく思考というとても優れた道具を持っているのに、使い方を知らず、ただ過去の経験から生まれた習慣にゆだねてしまっていてら、もったいない。

勝手に思考が生まれてしまうのだから仕方がない。

と言われるなら、それはあなたが自分の思考を支配していることを、あなたには思考を支配する権限があることを知らないだけだ。
忘れてしまっていると言っていい。

子供の頃は、自分の好きなことに思考を向けて、自分の嫌なことに思考が向かないようにあなたは自分の思考を支配していた。

それが、年齢が上がり人生経験を重ねていくと、段々と痛い目を見ることが多くなる。
そこであなたは、ただ自分の好きなことに思考を向けるのではなく、自分が嫌だと感じるものに思考を向けて、嫌なことを意識化して、それを回避しようとするようになる。

これは身を守るための大事なプロセスだ


ただ自分の好むのものだけに思考を向けて、嫌だと感じるものから思考を遠ざけるだけでは、現実世界の危険から身を守ることができないからだ。


そして、さらに経験を重ね、世の中の何が本当に恐れるべきもので、何が恐れる必要のないものなのかを判断し分けることができるようになり、あなたに思考を支配する力があることを理解すれば、あなたは無駄なことに思考という道具を用いることをしなくなるだろう。
そこで初めて、思考という道具を正しく使える資格を手に入れたことになる。

そうすればあなたは、思考という優れた道具を、人生をより豊かにし、あなたに幸福をもたらすものに集中することができるようになるだろう。

真に理解しなければ、またすぐに思考に支配され、環境に支配される生き方に戻ってしまうだろう。
過去の習慣を変えるには真の理解と、その重要性を知ることが必要だ。
包丁の正しい用い方を知ったならば、自分の体に向けることはしなくなるだろう。
とんでもないことだと思うだろう。
それと同じことで、思考の正しい用い方を真に理解すれば、思考を用いて自らを傷つけるようなことはしなくなるはずだ。


その気付きを得ることだ。

そのためには、あなたの存在が思考と同じレベルにいてはいけない。

あなたは思考ではない。思考するあなたはあなたではない。

あなたは思考を支配する根源である。

思考という道具を使いこなす存在なのだと気づかなければならない。