家のドアを開けると知らない人がこたつにいた | 人生を変えた魔法の言葉 ~癒しと気づきに出逢う、静かな物語たち~〔こ~ちゃんの気まぐれ日記〕

人生を変えた魔法の言葉 ~癒しと気づきに出逢う、静かな物語たち~〔こ~ちゃんの気まぐれ日記〕

サンジュネス勝俣工一(旧姓せきや)が日々の何気ない出来事や気づいたこと。生きていく中で気力が尽きて崩れかかりそうになったとき、方向を失い迷っていたとき、さまざまな場面に出会い支えられた言葉、感動させられた言葉を送り続けたいと思います。

こんにちは。サンジュネスの勝俣です。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

ひとり暮らしのはずなのに、

帰ると知らない人がこたつにいる…。

それも、一度や二度じゃなくて。

今日は、少しだけ“非常識だった頃の私”の話をさせていただきますね。

 

 

◆家のドアを開けると知らない人がこたつにいた

 

孤独から逃げようとして逃げられない状況の中で、孤独が私の基盤を作り上げてくれた。

小学、中学の頃からの孤独の中で、ラジオと出会った。

 

小学校の頃、私の周りの友だちたちは、みんな仮面ライダー。

私はラジオを聴いていた。

 

 

中学校の頃、中村雅俊の「俺たちの旅」を周りの友だちみんなが見ていた。

私は、NHK FMか、ニッポン放送

それで、世界の音楽と出会い、今に繋がっているんです。

ラジオがくれたのは、孤独を越える大きな世界。

 

 

それで18歳、

4畳半二間の小さなアパートで暮らし始めた頃、

私の部屋は、24時間365日カギはあけっぱなしでした

なぜなら、それは、帰れば、誰かが待っていてくれたから(^^)

 

時には、夜遅くアパートの部屋に帰ると

夜遅く扉を開けると、見知らぬ女の子がこたつに入って

恥ずかしそうに「○○くん、まだかな。ここで待っていればいいからと言われたから」とか。

そんなことは1度や2度ではなかったのです。

 

ほぼ、毎日誰かがいたのです。

仲間だけでなく、仲間の友だちまでが

私の部屋を“集合場所”にしていたんです。

 

気づけば、あの頃の私は、

孤独とはまるで正反対の毎日を生きていたのです。

 

☆そのアパートで撮った18歳のときの写真。右上が私

https://www.givegive.co.jp/pic-labo/18sainotokinosyasin.png

 

 

あの小さなアパートでは

いつも笑い声、誰かの温もりがいっぱいでした。

帰るとすでに明かりがともっていて、

誰かが食い物も買ってきていて

たまり場になっていたんです。

 

ふり返ると、あの日々は宝物です。

仲間がさりげなく、いつも横にいてくれた。

 

人って、いいですね。

初めて出会った人も、

長い時間を歩いてきた友も、

たとえ同じ時間を過ごすのが一瞬であっても、

心の灯りをともしてくれる存在なんですね。

 

人生は、誰かとふれあうたびに、そっと色づいていくのだと思います。

あのラジオの音がくれた世界と、

あのアパートで分けあった笑顔が、

今も私の胸の奥で静かに光っています。

 

今日も、私は思うのです。

出会いは、人生最大の贈り物なんです。