岡山県が支援を打ち切ることにした理由であり、

6/20の取締役会で、石井・坂口両氏が、伊原木氏の完全民営化案を拒否した理由の一つが、

「チボリ」の名前でした。



チボリの名前が使えなくなったので公共性がなくなった、

(県による土地転貸の問題と合わせて)チボリの名前の名称を復活させる前提だったので、却下した、

http://www.okanichi.co.jp/20080621130328.html

そういう話になっています。



チボリの名前が使えなくなったことについて、岡山県は、↓で公開している資料

www.pref.okayama.jp/somu/gyokaku/gaikaku/H19/gaikaku19-02.htm

でも語っているように、

「デンマーク側が、5年間36億円の投資を要求し、それを取り下げなかったため、契約更新をしなかった」

と主張し、県内のマスコミもそれをそのまま伝えるだけでした。



今でもそのように信じている人が多いのではないでしょうか?



しかし、岡山県議会の全員協議会

http://www.sanyo.oni.co.jp/sanyonews/2008/02/22/2008022209521162011.html

で、チボリ・ジャパン社長の坂口氏が、そうではなかったことを暴露しています。


以下に、その全員協議会の議事録P2 の終わりから、P3P4 までに記されていた坂口氏の発言をまとめてみました。



-------------

<前置き>

デンマークのチボリ・インターナショナルとの交渉がなぜこんなにこじれ、もめ、契約更改を断念することになったか?


これは決して世の中で言われているように「投資額が大きいから、それができないから」という理由のみでぶつかり合って分かれることになったのではなく、そこに至るには非常にたくさんの理由があった。


<本論>

チボリ事業はデンマーク・チボリとチボリ・ジャパンの間になされた契約に基づいて公園がつくられ、運営がされている。

知事が2006年3月の末に、倉敷チボリ公園を県民・市民公園にして、指定管理者制度を導入して、チボリ・ジャパンをその指定管理者に指定するという枠組みを発表したが、坂口社長は、それをデンマーク・チボリとチボリ・ジャパンの間の契約の枠組みの中に組み込むのは無理があると感じた。

チボリの県民・市民公園化、指定管理者制度の導入は、6月に条例化される予定だったが、先に条例化してしまうと将来いろいろな問題が起こるのではないか懸念を示し、7月に始めるデンマーク側との(契約更改のための)1回めの交渉の後である9月に先送りしてもらった。

7月の交渉の冒頭で坂口氏は、次の10年もデンマークのチボリと提携関係を続けながら何とか活性化していきたいというジャパン側の考え方を示した。

続いてデンマーク側がパワーポイントを使いながら考え方を示して来たが、一番最初に大きく出してきたのは、「ブリーチ・オブ・アグリーメント(契約違反)」ということだった。

何点か挙げられていた理由の中の一つに、県民公園化は(その時点では契約違反ではないが)枠組みの変更ではないかという懸念があった。

それを受けとめて持ち帰った後、9月に日本で本格的な交渉に入り、その結果、
「年2回ワークショップをやって、その中でチボリ・ジャパンが生み出すキャッシュフォローの範囲でやれることをやって行こう」
「フォローを続けて3年ぐらいやることによって公園を元気にしていこう」
ということで、いろいろな問題は残っていたものの、大筋ではそれで合意をした。

ただ唯一、指定管理者制度については、デンマーク側がいくら話を聞いてもわからないと言って、持ち帰ることになった。


帰国したデンマーク側からたくさん質問が来て、ファックス等で説明したがわからないということで、11月に企画振興部長にも行ってもらい、デンマークで交渉し、説明もした。

デンマーク側としては、
「指定管理者制度になると、入園料も入園時間も県が決めることになり、チボリ・ジャパンの支配力が極端に落ちること」
「指定管理者制度は3年ごとに見直しになるため、3年たった後も引き続きチボリ・ジャパン社がそのまま公園を管理できる担保はどこにあるのか?」
といったことに非常にしこりを感じていた。(原文では「非常にしこった」)

そこで、坂口氏は、倉敷チボリ公園は県のものを無償で貸してもらってやっている事業で、県が支援しないと言ったらやっていけないことなどいろいろ話をし、指定管理者制度を認めてくれるよう説得。

デンマーク側は話のわかる人たちなので(「彼らもよくわかる人間ですから」=坂口社長の言葉そのまま)、基本的に指定管理者制度を承認した。

基本的に指定管理者制度を承認するが、それは最後にして、ほかのことをもう一度をさせてくれと言って来た。

ほかのことというのは・・・
県民公園にするのはいいが、チボリの名前のまま県民公園にして何もしなかったら、それまでもかなり落ちてきていたチボリというブランド、品質が、デンマークのチボリとして容認できない姿になってしまう。

チボリという姿、チボリの名前を使い続けるのであれば、品質を上げてもらわないといけない。

品質を担保するものとして投資が要ると主張し、日本に来て調査して、5年間で36億円という数字を出した。


それに対し、坂口社長は、チボリ・ジャパンはもうキャッシュフローをどんどん生まないような事業になっているからとても受けられないし、倉敷の町の真ん中にあって、大きなジェットコースターを入れることは絶対できないと押し返した。

その一方で、2007年2月末の交渉の際、2006年9月に合意したワークショップの枠組みを引っ張り出して、話し直した。

デンマーク側は、キャッシュフローの範囲内でやるということについては理解するが、もし1年間、2回続けていろいろ検討しても何も実行されないなら、契約を終えることができるという条項を加えて来た。

過去に、(日本側が)いろいろやるやると言いながらなかなかやらなかったことがあったため、デンマーク側は、契約ができても実行されなかったら意味がないということで、2回続けて実行がないときはやめることができる条項を入れようとした。
=それは日本側もやめることができるし、デンマーク側もできるというもの。

それを持ち帰って県とも検討したが、期間のない契約みたいなもので、受けるわけにはいかないということで、交渉はここまでということになり、公開交渉はそこで断念した。

------------------------------------

以上です。



デンマークとの契約更新を断念するハメになった経緯を簡単にまとめると、



これまで岡山側に度重なる契約違反があった。


5年で36億円という投資を要求されることになったのは、指定管理者制度というデンマーク側にとっては受け入れ難い制度をゴリ押ししたためと、これまでの契約違反や公園を劣化させたツケ。


最終的に36億円は取り下げてもらっていたが、岡山側が、双方で話し合って決める約束を破る気満々だった。

(「2回続けて約束したことを破るつもりだった」あるいは「ワークショップを2回やっていろいろ決めてもそのうち何一つ実行しないつもりだった」、いずれにしても、それを当たり前のことと思うぐらい約束を破ること、契約違反が当たり前になっていた?)




ということです。




そして、再契約の条件は、



ワークショップをやって決めた約束を実行し、キャッシュフローの範囲内で経営する。



ということらしいのですが、それでも、再交渉してチボリの名前をもう一度使えるようにするのは無理でしょうか?