履歴書(りれきしょ)とは、学業や職業の経歴など、人物の状況を記した書類の事である。就職や転職時の選考資料として用いられる。また、学歴や職歴によって給与や資格等を決定する手続き(査定)において、それを証明する各種の書類とともに提出する。

履歴書は、就職活動の際の第一ステージにあたり、記載内容いかんによって次なるステップにすすめるか否かが決定するわけであるから、その価値は非常に重要といえる。


そこで、履歴書に嘘書いて就職した事例を考えてみたい。


他の掲示板やブログなどでは、私文書偽造罪(刑法第159条第1項)・同行使罪(同法第161条第1項)にあたるかどうかの議論がされている。


これは少し刑法の勉強をすればわかることであるが、私文書偽造罪は成立しない。


偽造には二種類ある。


有形偽造と無形偽造である。


有形偽造とは、他人が勝手に名前を使うことであり、内容の真実性は問わない。


無形偽造とは、本人が自分の名前で、虚偽の内容を書くことである。


これについて、形式主義と実質主義の対立がある。形式主義は有形偽造を、実質主義は無形偽造を処罰することをいう。


諸外国では、実質主義を採用している例も少なくないが、わが国は原則として形式主義によりつつ、公文書や診断書などでは実質主義を採用している。


つまり、純粋な私文書については無形偽造は処罰されないのである。


履歴書に書くのはあくまで本人の名前である。署名押印が本人のものである以上、私文書偽造罪で処罰されることはない。偽造私文書でない以上、行使罪も成立しない。


しかし、ほとんどのブログや掲示板は、ここまでで議論は終わっている。


これを司法試験や法科大学院の答案で書くと、かろうじて合格点はもらえるかもしれないが、これだけでは優秀答案にはならない。へたすれば、不合格まである。


詐欺罪(同法第246条第1項)の検討をしなければならないからである。


というのも、就職するのはそこで給料をもらうためである。給料は当然のことながら財物である。ひらたくいえば、嘘ついて、金をもらうことになるので詐欺罪にあたる可能性は十分にあるのである。


なお、詐欺罪は個別財産の対する犯罪なので、正当な労働力の対価としてもらったとしても、詐欺罪の成否に影響はない。たとえば、2万のテレビを嘘ついて販売し、2万円の現金を得た場合、2万円について詐欺罪が成立する。


実際に、給料をもらった場合は、詐欺罪が成立することについて争いはないだろう。もっとも、違法性阻却事由等の検討は必要であるが。


では、給料をもらう前に、虚偽内容が発覚し、クビあるいは採用取り消しになった場合はどうか。


前提として、雇用契約は取り消し(正確には解除)に対する遡及効は生じない(民法第630条、第620条)。つまり、違法だろうがなんだろうが、働いた対価は必ずもらえるということになる。もっとも損害賠償の請求はあろう。


そうすると、試用でもなんでも、実際に働いた場合は、給与請求権が発生し、それを受け取ることが可能になる。つまり、最低でも詐欺未遂罪は成立する。ただ、現実に給与を受け取っていないので、未遂にとどまる。


その後に給与が支払われても、詐称事実との因果関係がないので、既遂にはならないのではないかと思われる。

※なお、これについては争いがあろうかと思われるので、私見のレベルにとどめたいと思います。というのも、給与はいやおうなしに支払わなければならないため、因果関係が断絶していないということも考えられるからです。


それでは、採用前に発覚した場合はどうか。この場合は、実際に働いていないので給与請求権は発生していない。


これについて、未遂罪の成否、つまり「実行の着手」(刑法第43条本文)のメルクマールとして「現実の危険」があったかどうかで判断する見解がある。おおよそ実務もこれによっており、本件でもこれに従うことにする。


採用募集をするということは、それに対して賃金の支払いを費用として雇用者側は考えていることになる。その支払いをあてにして、履歴書を提出することになるから、就職の意思をもって履歴書を提出した段階で、現実の危険があるといえ、詐欺未遂罪が成立するといってもいいだろう。


もし、採用前に、詐称事実を雇用者側に自白すれば、中止未遂(同法第43条ただし書き)が成立し、必要的減免措置が採られることになろう。




<刑法>

(未遂減免)

第43条 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。


(私文書偽造等)

第159条 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。

2 他人が押印し又は署名した権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。

3 前2項に規定するもののほか、権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

(偽造私文書等行使)

第161条 前2条の文書又は図画を行使した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、又は虚偽の記載をした者と同一の刑に処する。

2 前項の罪の未遂は、罰する。


(詐欺)

第246条 人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。

2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。


<民法>

(雇用の解除の効力)

第630条 第620条の規定は、雇用について準用する。


(賃貸借の解除の効力)

第620条 賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合において、当事者の一方に過失があったときは、その者に対する損害賠償の請求を妨げない。





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