生まれて初めての大阪城ホール。これが不思議と緊張しなかった。ステージから見える景色はなかなか壮観で気持ちがいい。
ここんとこ小さなライブハウスで、お客さんと近い距離で演奏することが多かった。目と鼻の先にお客さんを意識して演奏することはなかなか緊張を強いられる。そのことに慣れていたせいか、むしろ開放的でとても気分がよかった。スタジアムは気持ちがいい。元春の横浜スタジアムのLand Ho以来だ。
まず杉君がご挨拶。初めて会ったとき佐野君の持ち曲が600曲あったと言われたというエピソードを披露。
どっと会場がわいた。ついこないだ杉君は、竹内まりやさんのフロント・アクトとして、BOXで大阪城ホールを経験しているのですっかりおちついたものだ。
杉君に引き続いで今度は僕がご挨拶。
「こんばんは、ハートランドの初代ギタリストの伊藤銀次です。」と自己紹介したら、うれしいね、会場いっぱいの歓迎の温かい拍手が。まさに、ハートランド、故郷に帰ってきたようで、ちょっとじーんときた。
実はリハーサルではこの自己紹介、いきなり「こんばんは、戦場カメラマンの渡部陽一でーす。」と、ホーボー・キングのメンバー受けを大いに狙って、お茶目にギャグっていたのだった。うれしいことに大受けで、さらにそれが佐野君のツボにも見事に入ったようで、「本番も渡部さんでいくのかい?」と笑っていた。
場所も大阪だし、ギリギリまでそのつもりでいたが、大阪城ホールいっぱいのお客さんを前にしたとたん、さすがにそのギャグを出すことはできなかった。満員のお客さんがいっせいにスベるのだけは見たくなかったからね。あくまでリハ用ギャグ、未発表映像ということで ... 。
僕がナイアガラ・トライアングルvol.1、佐野君と杉君はvol.2なので、今日の3人はまるで衆参両院のような、ねじれトライアングルだという話をしてから、今度は僕が佐野君を呼び込んだ。
よく考えて見るとこの3人は、かって大瀧さんプロデュースの「イエローサブマリン音頭」で招集をかけられた、大瀧さんいわく「ビートルズにゆかりのある3人」ではないか。
いまステージ上に並んだその3人をそれぞれビートルズにたとえるならば、佐野君=ジョン、杉君=ポール、銀次=ジョージといったところか。
曲は「Bye Bye C―Boy」。佐野君と杉君がプロデビュー前に出会っていた頃の曲。この曲のすばらしさに当時から杉君は佐野君というシンガーソングライターに一目おいていたようだ。
僕は僕で、バックレーン元春セクションのメンバーだった寺尾次郎君(B)と真藤重人君(Drs) の二人と、ハイファイセットのバック・バンドでいっしょにプレイしたことがある。しかも二人がハイファイに引き抜かれたということを「Bye Bye C-Boy」のレコーディングで佐野君が話していたことを思い出し、歌いながら、この曲にまつわる不思議な因縁を感じていた。そんな運命の曲を3人で歌うのは今日が初めてのこと。3人でハモってるときの気分は、まるで高校生。たぶんごらんになっていたかたたちにも、そう映ったはずだ。
超レアな元春18歳のBye Bye C-Boy。この当時でこのポップセンスはすごい。
続いて堂島孝平君と片寄明人君のWポップ・コンビによる 「週末の恋人たち」。
これはもう二人にぴったりの選曲。この演奏にはおまけがついていて、指揮者のような燕尾服もどきを身につけた佐野君がタクトを振ってくれた。
これが実に堂に入っていったもので、遠目に見ていると、まるで小沢征爾さんかと見まがうばかりだった。
片寄君の提案で実現したらしいが、佐野君のこういったさりげないユーモアのセンスも、デビュー当時から変らない、実は魅力の一つなのだ。
ただおとなしくずっと1曲を指揮しているのかと思っていたら、それだけですまないのが元春。
3番に入ったところでいきなりマイクを握って歌い出すところが、いかにも"らしく”って笑えた。歌うロックン・ロール・コンダクター、いいじゃないか。

偶然、赤でコーディネイトした銀次・孝平・真理。やっぱり衣装はこうでぃないと ... 。
つづく
ここんとこ小さなライブハウスで、お客さんと近い距離で演奏することが多かった。目と鼻の先にお客さんを意識して演奏することはなかなか緊張を強いられる。そのことに慣れていたせいか、むしろ開放的でとても気分がよかった。スタジアムは気持ちがいい。元春の横浜スタジアムのLand Ho以来だ。
まず杉君がご挨拶。初めて会ったとき佐野君の持ち曲が600曲あったと言われたというエピソードを披露。
どっと会場がわいた。ついこないだ杉君は、竹内まりやさんのフロント・アクトとして、BOXで大阪城ホールを経験しているのですっかりおちついたものだ。
杉君に引き続いで今度は僕がご挨拶。
「こんばんは、ハートランドの初代ギタリストの伊藤銀次です。」と自己紹介したら、うれしいね、会場いっぱいの歓迎の温かい拍手が。まさに、ハートランド、故郷に帰ってきたようで、ちょっとじーんときた。
実はリハーサルではこの自己紹介、いきなり「こんばんは、戦場カメラマンの渡部陽一でーす。」と、ホーボー・キングのメンバー受けを大いに狙って、お茶目にギャグっていたのだった。うれしいことに大受けで、さらにそれが佐野君のツボにも見事に入ったようで、「本番も渡部さんでいくのかい?」と笑っていた。
場所も大阪だし、ギリギリまでそのつもりでいたが、大阪城ホールいっぱいのお客さんを前にしたとたん、さすがにそのギャグを出すことはできなかった。満員のお客さんがいっせいにスベるのだけは見たくなかったからね。あくまでリハ用ギャグ、未発表映像ということで ... 。
僕がナイアガラ・トライアングルvol.1、佐野君と杉君はvol.2なので、今日の3人はまるで衆参両院のような、ねじれトライアングルだという話をしてから、今度は僕が佐野君を呼び込んだ。
よく考えて見るとこの3人は、かって大瀧さんプロデュースの「イエローサブマリン音頭」で招集をかけられた、大瀧さんいわく「ビートルズにゆかりのある3人」ではないか。
いまステージ上に並んだその3人をそれぞれビートルズにたとえるならば、佐野君=ジョン、杉君=ポール、銀次=ジョージといったところか。
曲は「Bye Bye C―Boy」。佐野君と杉君がプロデビュー前に出会っていた頃の曲。この曲のすばらしさに当時から杉君は佐野君というシンガーソングライターに一目おいていたようだ。
僕は僕で、バックレーン元春セクションのメンバーだった寺尾次郎君(B)と真藤重人君(Drs) の二人と、ハイファイセットのバック・バンドでいっしょにプレイしたことがある。しかも二人がハイファイに引き抜かれたということを「Bye Bye C-Boy」のレコーディングで佐野君が話していたことを思い出し、歌いながら、この曲にまつわる不思議な因縁を感じていた。そんな運命の曲を3人で歌うのは今日が初めてのこと。3人でハモってるときの気分は、まるで高校生。たぶんごらんになっていたかたたちにも、そう映ったはずだ。
超レアな元春18歳のBye Bye C-Boy。この当時でこのポップセンスはすごい。
続いて堂島孝平君と片寄明人君のWポップ・コンビによる 「週末の恋人たち」。
これはもう二人にぴったりの選曲。この演奏にはおまけがついていて、指揮者のような燕尾服もどきを身につけた佐野君がタクトを振ってくれた。
これが実に堂に入っていったもので、遠目に見ていると、まるで小沢征爾さんかと見まがうばかりだった。
片寄君の提案で実現したらしいが、佐野君のこういったさりげないユーモアのセンスも、デビュー当時から変らない、実は魅力の一つなのだ。
ただおとなしくずっと1曲を指揮しているのかと思っていたら、それだけですまないのが元春。
3番に入ったところでいきなりマイクを握って歌い出すところが、いかにも"らしく”って笑えた。歌うロックン・ロール・コンダクター、いいじゃないか。

偶然、赤でコーディネイトした銀次・孝平・真理。やっぱり衣装はこうでぃないと ... 。
つづく