葛飾北斎 下 | 片付けがはかどる方法 外伝

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続きです。

鴻山の援助のもと、北斎は岩松院の
大天井絵、八方睨み鳳凰図のほかにも
天井絵の大作を複数手掛けています。

完成に要する時間などから逆算し、
小布施訪問は計四回に及んだとも。

ただ天保十三年の訪問などは、
実は裏付ける客観的な資料に乏しいとの指摘も。

確かだといわれるのは、
1845(弘化二)年の来訪です。

北斎が同年正月に鴻山に宛てた書状に
三月半過キニも可相成哉(あいなるべくや)、と
したため、鴻山も漢詩で、

卍老人(北斎)がわが家に半年余り居た。
ある日別れを告げないで去った、などと
残しているのです。

北斎研究の第一人者Nさんも、名主の
斎藤月岑(げっしん)が残した日記を根拠に、

86歳の北斎が
小布施に滞在したことは間違いないと太鼓判。

6月8日付の日記には、
葛飾北斎改為一、今年八十六才之由、
春より信州へ参候よしと記されています。

弘化二年といえば、すでに老中水野が失脚し、
天保の改革は終了済み。

なのに北斎があの険しい碓氷峠を越えたのは、

江戸から避難するという以上に、
大きな理由があったと考えるべきですね。

肉筆画を中心に作品を公開する
小布施の北斎館。

専用展示室で、祭(まつり)屋台の
怒濤(どとう)図と呼ばれる二枚の天井絵
”男浪””女浪”が公開されています。

両図とも砕け散る波頭、逆巻く大波など
大海の荒々しさを見事に表現しています。

波といえば、海外では”グレートウェーブ”と
呼ばれる富嶽三十六景
神奈川沖浪裏の荒れ狂う大波。

確かに怒濤図の波は、
それをほうふつさせる北斎ならではの作画です。

いやいや、さらにパワーアップし、見るものを
大海の奥底に引きずり込むかのような迫力に
満ち満ちています。


九十歳よりハ又々画風を改め
百才の後にいたりてハ此道を改革せんことを
のミねがふ。


北斎が飽くなき向上心を記した
絵手本”画本彩色通(えほんさいしきつう)”は、
亡くなる前年の1848(弘化五)年の出版。

北斎館のH館長は、
老絵師が小布施で大作に打ち込んだのは、
新たな道を築くためだったと考えています。

この地を目指した最大の目的は、
鴻山支援のもと集大成となる
作品づくりにあったのではないか、と。

飽くなき製作に対する意識、スバラシイですね♪

我々片付け隊は、常に貴方の
隣に寄り添い、片付けの方策を
伝え続けていきます。

これまでも、これからも。

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