私と同じその三流大学の英語科に入学して来た学生の中に、一人の男性がいました。
彼はなぜだかすごい有名人で、入学して来たばかりだと言うのに、
不思議なことに大学中が同じあだ名で彼を呼んでいたのです。
ちなみにそれは、某スプラッタ映画の殺人鬼の名前でした。

 噂によればですが、彼は前年度まで隣の大学の医学部に通っていたのですが、
誰ともうまく行かず大学生活が面白くないので、
2年か3年で中退してこの大学に入って来たとのことでした。
もちろん、そんなことができるのですから、
一応どこかお金持ちの家庭の息子なのだろうと推測されていました。

 そして、気に入った人間(多くの場合、当然女の子)には、
つきまといを繰り返して困らせているということが噂になっていました。
どうやら隣の大学の学生だった頃から、そのはこの大学まで流れてきていてようでした。

 メガネで髪の毛ぼさぼさ、ずんぐりむっくり、それくらいの特徴の学生は山ほどいますが、
彼の特徴はその強烈な匂いでした。
どこかで特殊な掃除のアルバイトでもしているのかわかりませんが、
彼はいつも独特の匂いを放っていました。

 私は大学に入学したばかりで、まだ知り合いも誰もいない頃だったので、
そんな彼の噂のことなど知る由もなく、少し特徴がある人だなと思うくらいで、
同じ新入生として極めて普通に接しようと思っていました。

 しかし、入学式も終わって数日後のこと。何かのガイダンスで、大学の敷地
外にある別校舎に新入生全員で向かっている時のことでした。

 ふと彼は私の横に近づいてきて、
「君って女の下着とか似合いそうだなあ」
彼は私を上から下まで眺め、そう言いました。

 ちなみにその頃にはもう、私は自分の性別の違和感が爆発しそうでしたし、
実際自分の部屋では心の性別でいられることに喜びを感じていました。
でも、それはまだ「性同一性障害」なんて言葉も世間にはない頃で、
私は自分自身に対する罪悪感に苦しんでいて、「隠さなければいけないもの」と思っていました。
まして高校の時に好きだった子は隣の大学に入学していて、
その想いはまだまるっきり消えていませんでした。

 とにかく、件の彼がそんなセリフを吐いた時、周りには同じ新入生がたくさんいて、
私は必死で動揺を隠そうと努めました。

 彼にはそんな状況も関係ないようで、もちろん私の気持ちなんてものも知るわけもなく、
更に話を続けてきました。
「なあ、君、そういうの持ってないの?」
「いや、持ってないよ」
私はその場から逃げ出したい気持ちを抑えながら、何とかそう答えました。
「じゃあ、俺がプレゼントしてやるから、着て見せてくれよ」
彼はそう言って、気持ち悪く笑いました。

 私はもうひどく気持ち悪いのと、怖いので何も答えられませんでした。

 外を歩いているところだし、彼の声もひどく大きい方だったので、
当然その会話は周りの学生に筒抜けだったと思います。
さりげなく周りを窺うと、彼らは私のことを言ってるのか、彼のことを言ってるのか、
ひそひそ話をしていたようでした。

 私は困った人に寄ってこられたものだと思いました。

後編はこちら。

。。。。。

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