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Nature Danger Gangのユキちゃんです。
NDGライブ情報からユキちゃんなりのライブ感想やら感じたことやら自撮りやらを赤裸々に綴ってます。

過去にいくとNDGのユキちゃんじゃない、ただのユキちゃんの記事も読めます


こんにちは

今日は映画「i ai


」について書きます。

私のブログ読んでくれるぐらいの人はたぶんもう知ってるだろうけど、バンドの「GEZAN」が今森山未來呼んでまで一生懸命作ってる映画の話ですね。

こないだ公開されたドキュメント「with」


にまんまと感銘を受けたのでぼちぼち書こうかな、と思った次第です。


正直このドキュメント観るまでは映画制作について懐疑的でした。

懐疑的っていうとちょっと違うかもしんないけど、「あぁ映画作るんだー」っていう、それ以上でもそれ以下でもないような。

あと印象としては何回目のお金集めなのよっていう。

それこそNDG自身がクラファン完遂してないんでどの立場から物申してんのよってかんじなんですけど、(ごめんそろそろちゃんとやろうって招集かけるわ。何年ぶり何度目かわかんない。ごめんなさい。)


でも全感覚祭投げ銭制度からはじまって、誰かの通帳にお金振り込んだりとか、お金振り込んだら苗が届くとか、
その都度その都度筋も通ってるし期待して納得してお金渡してるけど、
映画なんてばかお金かかることまたやんの?クラファンの目標も3000万円じゃん!そんなお金持ってないってば!笑
マヒト並みにみんな躍進してないんだから!笑

っていう感想が先行して。


まあなんか多方面に活躍してるしフジロックも毎年当たり前にでるようになったし色んな金持ちの大人にも好かれてそうだしどうにかなるでしょっていう気持ちのまま。

それこそ映画のクラファンのページを300万円で壊れたマイク渡すのうちよりえげつないじゃんって笑ったりしながら眺めるだけ、でしたよね。




そんなうちカルロスさんが辞めて。
カルロスさん辞めたなぁ。
フジロックでヤクモアがでてきて。
zocもそうだけど新メンバー加入オーディションのドキュメントはどれとっても面白いよね。


そうそうそのフジロックの映像もさぁ、
コーラス部隊引っ提げたりしてビビりましたよね。
うわ!本気やん!お金かけてる!あのgezanがこんなプロみたいなステージを!ほあ!っていうね。
だからそんときも心の裏で思うわけですよ。恥ずかしい話。
フジロックのステージこんなお金かけれるんならクラファンやんなくてもいいやん、ってね。卑屈な話。



そんときに誰かがTwitterで呟いてたの見たんですよね。

「GEZANも変わったよなぁ。昔のままがよかったわ」

みたいなニュアンスのこと。



変わっ………てはなくない?

変わってはなくない?

え?GEZANほど変わらないバンドってないと思ってたんだけど、
え?GEZANでも変わったって言われるか…そうかぁ…。



ってその呟きみて思ったんですよね。
散々金集めとか金持ってるとか僻んで眺めてた癖にその呟きみたときに「違くない?」って思っちゃったんですよね笑。



昔のままがよかったっていう話に関しては分かりますよ。
だって私だって昔のスタイルの方が好きだもん。
吉祥寺のきったないライブハウスで暗すぎて上も下も分かんなくなる熱狂の中で鳴らされるガレージバンドみたいな時代が1番好きだった。
大好きなヨーコと一緒に鼻血だしてる女の子をカルロスさんかタカさんが心配してるのをみて羨ましく思った。
絶対こぼす酒を片手に握りしめる夜が好きだったよ。


海外のバンドと一緒にツアー回ってるときも好きだった。
彼らの持つ海外のビール瓶みたいな雰囲気が最高で、リスペクトし合ってる時間が秀逸だった。


時代が逆行するけどアメリカツアードキュメントもいまだにいいよね。
金がねぇ金がねぇっていいながら着々と土地を巡ってロン毛アジア人が面白がられる様は強いエネルギーの塊でしかなかった。そこまで、やれるか。



転機はいつかのリキッドだったように思う。
久々にちゃんと観るかーって遊びに行ったら急にレゲエみたいな歌歌い出しておうおうおうってなった。
モッシュ待機してた数名のモヒカン頭も呆然としてる感じがしてた。

そのくらいからGEZANがなんか、こう、壮大なものを含むようになってった気がする。



というわけで私主観でだらだら語らせていただきましたが私が見てるなかでもGEZANが演る音楽にたしかに変化はあったんだけども、
そこに違和感はなかったのは、
いつでも透明性があったからだと思う。


チームとしてのGEZANはマヒトは天才肌すぎて何考えてるか分からないけど、その都度綺麗な文章で、なんであんな綺麗な文章で、分かりやすく伝えてくれるし。
マヒトがわけわかんない分カルロスさんやイーグルさんの透明性が際立つ。
新しく入ってきたロスカルもヤクモアもそうだし、その4人がくしゃって笑ってる顔みると4人が納得してるんだったらじゃあそれはバンドの変化というより進化なんだろうな、と思ってきた。


そう。だから5人が、GEZANが進化してるのに変わって欲しくなかったっていうのはファン側の怠慢だよね。
好きな音楽を決めるのはその人自身だから怠慢っていう言い方はキツすぎるにしろついていけなかった自分自身をせめるならまだしろ「変わっちまったよなぁ」っていうのは言い掛かりすぎる気がする。


変われば変わるほど、バンドとしての大きな目標や目的を叶える為の変化だったのに、変わらないでくれよぅというのは悪魔の囁きに等しい。

そして変わらないものもきっとあるはず。
悪魔には眩しすぎて見えてないだけでしょ。





っていう感想をもったところで、
それでもクラウドファンディングまではまあ参加しなくていいかまあまあ
マヒトなんか本の印税で儲けてるでしょあれ小説のロン毛の男のセックスから始まるやついやすぎて立ち読みしてすぐ本閉じたけど


ああそうそう1時間のドキュメントねロードなげえなぁYouTubeさいきん重いんだよねって

あ、いつのまにかロード終わってるビールあるし観れそうだな観るかー


って観た後に私すぐ1万円のTシャツ買っちゃったよクラウドファンディング参加しました。
マヒトの小説も後でちゃんと買おう。


観てくれたらたぶん全部分かるのでドキュメントの内容までこのブログでだらだら解説はしないですけど、
なんていうか、
それこそほんとに、
変わってなかったですよ。


映画の話をカルロスさんから持ちかけるところとか(意外だった)、
相変わらずタカさんが自転車で走り回ってるところとか、
GEZANの外側のサークルにいるいろんな大人の感想、
些細な冗談とか、
画面の中の色、




コロナが流行って、
たしかに生活は一変した。
私個人の話だと神奈川に生活拠点が移ってからは遊びに行く現場も少なくなったし、仕事もコロナで影響受けるような職種じゃなかったのでなんもなく日々を淡々と過ごしていたんだけど、
映像見て、
ああそうだなもうエモーショナルとかノスタルジーは彼らにつくってもらわないと自分たちでつくりだせもしない環境になってしまったんだと思った。


つくってもらわないとつくりだせないなんて言い過ぎかもしれないけど、
事実ライブがあってもライブハウスの前で集まって乾杯したり、酔った勢いでキスしたり、抜け出して居酒屋行ったりすることはできなくなったわけで。

そう言う夜は、今のところ失われてるわけで。

少なくとも知らない人と共にする夜はなくなったわけで。

その点GEZANには実績があるわけで。

台風の影響で無くなった全感覚祭を渋谷に取り戻してくれた夜の実績があるわけで。


だからその実績と彼らの姿勢を信じて課金するぐらいわけなくなったよ、っていうね。

あと12時間もないけど。
払えるだけお金払うよ。期待してね。


長くなりましたが個人的な応援ブログです。
もっと早く公開すべきだったんだろうけど、
なんにせよ私達は行動が遅いよね。

届く人に届きますように。


こんばんはユキちゃんです。

実は先日武道館以来のzocライブに行かせていただきまして。
すっかり大森靖子さんが生きてるだけで嬉しい大好き人間になってしまったばかりでして。

そんな最中今回のパワハラ騒動が起きまして。

文章書き起こせるエネルギーが渦巻いてるので言いたいこと書くよ!

すっかり気持ち悪いオタクの戯言なので大森さんとかzocとか興味ない人にはつまらないものかもしれない。
面白くなるようにがんばるよ。




上記リンクの通り、
アイドルグループzocの共犯者(リーダー的立ち位置):大森靖子さんがメンバーである巫まろさんに対してパワハラと思われるような言動を発した一部音声が公開されたことによりまとめブログに載るぐらいの騒動になりました。っていうのが今回書くところのメインの話なんですが、


この音声を聴いたときに私は最後に啖呵切ったのいつだったかなと思い巡らせつつ感動を覚えていました。

たぶん24歳ぐらいのとき。
当時超純粋な恋心を寄せていたマヒトゥザ○ーポーを、バンドメンバーであるメグさんに横取りされたときが最後の啖呵を切ったタイミングだと思います。

あとは家族間の喧嘩とかでちょこちょこあるけど、まあそれは家族だしノーカン。

横取りしたのは悪いと思ってるからゆきちゃんが嫌ならNDG辞めるって提案をメグさんからされたときに、「舐めんな。そんな生半可な気持ちでネイチャーやってねぇからお前もそうであってくれ。」という類の啖呵を切りました。

それから今日30歳に至るまで、なかなか他人に対して啖呵を切ると言うタイミングはなく、それは歳を追う毎にもうしばらく無いのではないかと感じています。

同年代の皆んなもきっとそうだと思う。
昔は怒りに対するエネルギーが自然と内側から湧き上がり、自分の中の理不尽を許さず、だから反面純粋に心の底から喜んだり、夜を楽しんだり、恋に敗れて死ぬほど悲しんだりできたものだと思うのだけれど、歳をとるとそうもいかなくなってしまう。

自分の怒りを伝える方法を、経験からなるべく穏和になるように選択したり、もしくはアルコールと一緒に流し込むようになる。絶対に逃したくない夜は年々減っていき、誘われること自体も少なくなる。自分の隣には配偶者がいて、遊ぶことと同じくらい仕事も大事になる。小さい喜びでも生きていける。TwitterもInstagramもたまに見るぐらいが丁度いい。
心を燃やすことは美しいことだけど、それをして明日もやっていかなきゃいけないことが分かりすぎていて、もう燃やし切ることはできない。最悪でも3:00には寝たい。だ。

だから私はすっかりブログが書けなくなってしまった。自分の中の怒りも喜びも他人に披露するほどのものではなく、他人に対してとても寛容的になってしまった。
私はこう思ったけど、こう思うことで誰か傷つくかもしれないし、わざわざいうほどのことじゃないかも。


今回の騒動で怒鳴りまくる靖子さんの音声を聴いて感動した。
特に「いやぁじゃねぇ!」のところが中学時代の女の先輩みたい。

理想を理想で終わらせず、怒りを有耶無耶にせず、妥協せず、諦めず、投げ出さず、他人に流されず、
魂を削って戦い続ける彼女のそれすぎて感動した。

中学生みたいに、まだ、怒りを忘れずに。
大人になっても、怒りから逃げずに。


大森さんが魂を削っているのは、もう皆知っての通りだ。
自らを超歌手と命名し、曲でもインタビューでもライブでも著書でもどこをとってもマジで魂を削って生きているのはこんなに見ての通りだ。

そしてそれに救われてきた。
この曲私のこと歌っている。私の夜を救っている。まさしく今日MVでてくれて助かった。ライブで聴きたい曲やってくれたから死ねる。


そうやって魂を削った歌に救われた癖に、魂を削った怒声を聞いて「パワハラはダメ><」という舐め腐った声の多さに失望した。
は?なにを見て聞いてきたの?
なにを受け取ってきたの。
てめぇは何様なんだ馬鹿野郎。

大森さんの怒鳴り声が暴力的すぎてトラウマ彷彿とさせるとか、大森さんの歌声に生を救ってもらった癖によく宣える。
魂を削った歌手活動の一環に過ぎず、彼女の筋は通り過ぎていて、尚且つこれは運命を共にするメンバーに向けられたもので、しかも音声のみで一体誰がどんな目的で公開したのか分かったものじゃない。


100歩譲ってライブ中に急にそうなったとか袖から声が漏れてたとかだったらショックも受けるものだと思う。

でもそうじゃないじゃん。
大森さんは一貫してるじゃん。
魂を削って生きている姿じゃん。そうして生きてくれているから私たちは彼女のつくる歌に救われて泣いて動けなくなって明日も生きていこうってなるじゃん。
怒鳴り声がトラウマとかなんで大森さんの生き方よりも自分の過去を優先してるわけ?
過去はもう歌に救われてきたでしょ?何回恩を忘れてナイフ投げんの?
簡単に、
あんな生き方してる人のこと簡単に否定すんな誰にも出来ないことをこの世界でただ唯一してくれている人を否定すんなテメェ如きが誠実をみせろこんなに愛してくれてる人に少しでも誠実を返さんかそれが唯一できることだろうが。



熱くなりましたが、この私の熱さは何の意味も持たなくなってしまったほど、大森さんの仕事ははやい。やっぱ神様。







冷静な考察を落としておくと、今回の騒動がわざとであれ、わざとでなかれ、
というか大森さんの曲つくるスピードがはやすぎてわざとだと思われちゃいそうだけど、
「炎上上等」zocにおいて、メンバーが大森さんのこと大好きな面子で構成された結果、矢面に立つのが今後靖子さんばかりになりそうなのが1ファンとしては不安なところです。
他のメンバーにも炎上してほしいわけじゃないけど、
でも今後まろと靖子ちゃんの姉妹喧嘩は増えそう。


あと靖子さんの怒声がほんと好きすぎてピエール中野にもああやって詰めてんのかなと思うとちょっとほっこりしますね☺︎


読み返してみてマジで何の意味も持たないブログになってしまったけど想いのままつらつらつらねるのは気持ちよかった。

とにかくzocライブ観に行って救われたから私も私の仕事しようと何度思ったかわからんぐらいにまた思ったので頑張って文章書きます。
また近々お会いしましょう。
30歳の憂鬱も書き記したいところ。

さよなら:)






急に母親匂わせみたいになったけど普通に姪っ子の椅子だわ



私は正直コロナで困ったことは特に無かったのです。




2月の終わり、久々に出演したNDGのライブはコロナの影響が囁かれるなかで無事開催されたし、

そのおかげで恋人もできて、

砂のように乾いていくだけだった心がみるみる潤った。

何も分かってない癖に「結婚する相手と恋する相手は違うから」などとぐるぐる考えを巡らし、
なんとか上手い、旨い相手とよろしくやっていけたらそれでいいのかも、
という考えが水を得て流されて、

かわいいかわいい愛おしい肉体をとにかく愛し尽くす瑞々しい心が得られて無敵になった。




自粛期間が始まって、他県への移動に規制がかかった後も
そのかわいい肉の為ならエンヤコラ
世間とは逆の流れの電車に乗って会いに行くのは
本当の愛っぽくて愛することにも愛されることにも満たされた。



仕事もおかげさまでなくならず、
世間がリモートで、同級生が家から何日出てない自慢をするのを聞きながら毎日バスに乗った。
zoomをやる機会が全然無いのはちょっと取り残されたようで寂しかったけど、
それでも出勤する機会をありがたがったり、在宅を羨んだりできる精神状態であったし、

6月にはしっかりボーナスもでた。




過去の私が救われた、
過去の私を構築する一部分で、確かにあったライブハウスにはお金を送り支援をして、
死なせまいと奔走する人たちを尊く想いながらエールを送った。


画面の向こうで鳴らされる音にインターネット上で野次を入れたり、とやかく売られるグッズをスクロールしたりしながら、



そこそこ楽しく、
なんなら生を得て、繋がりを得て、

いつかみんなでまた爆音で踊ろうねと約束を交わしながら、
過ごすことに、慣れていった。




日本人、対応して行く日本人。
私流される人間だいすき。
資本主義万歳。
今日の感染者は168人。
映画。コロナ禍。
閉店するラーメン屋。
1円を無くすサイゼリヤ。
22時以降は酒は出さない。
バッシングされるパチンコ。
消える喫煙所。
引越した人。
インターネットに再び浮上する友人。





困ったことは特に無くて。
取り返したい日常はあるような気がしていたけれど。
生死を分けたりされなかった。
生死を分けたりされなかった。












みんなが上手いこと、人類的に脅威に晒されても上手いこと生きてきたこと、

その上手いことのなかでだんだんと薄れていったもの、

大事なもの、


そういうのを救いとってくれるもので、



思わず泣いてしまったし、
確認したらネイチャーメンバーもみんな泣いてた。あはは。


私は私でよかったし、
みんながみんなでいてくれてよかった。


とにかく観てほしい
どうにかして観て共有してほしいので、もろもろ抽象的な書き方になってしまいましたが、


この日常で、
これだけは逃して欲しく無いものです。
ああ久しぶりに!!


言えなかったしばらく言ったなかったそんなこと。

新宿と渋谷と下北沢を酒を持って駆け巡りながら

この夜を逃さないで!!!

と叫んで大事な友達にキスをする日々が脳裏に蘇る。




上手く纏められないけれど、
この感情の激動の体験を、
ぜひ皆んなにも覚えていただきたく存じます。


かしこ。




今日の橋づくし、(死なない)憂国は16:00公演が最終ですが、
オンライン配信でなら23日(水)23:59までは閲覧可能です。

どうにか、ぜひ。